アレンがキレた
「杖か」
サードがそう言いながらアレンの持っている杖に目を向けている。
「ゾンビとか来たら…俺、これを振り回すんだ…」
ヒュンヒュンと片方の端を両手で持ったアレンは、杖を剣みたいに軽く上下に振り回している。するとサードは杖をアレンの手から簡単にもぎ取って、腕を広げるようにして杖の端と端に近い所を握る。
「戦う時にはこの持ち方にしろ」
…何か変わった持ち方を勧めるわね…。戦いにくそうだけど。
「何で?振り回した方がいっぱい当たるぜ?」
アレンも私と同じようなことを思ったのかサードに聞くと、サードは半円を描くように右手を前にヒュッと動かす。
一瞬で杖はアレンの喉元につきつけられた。アレンは驚いて思わず身を引く。
サードはすぐさま右手側の杖の先を下げて左腕を軽く引いて、そのまま水平に杖を押し出すように動かすと杖の金属部分でアレンのみぞおちにドッと軽く当たる。
「あいって…」
「分かったか?この持ち方のほうが体の動きは少なく防御は固く小回りが利いて次の動きにも繋がりやすい」
「…分かった」
アレンはみぞおちを押さえ込みながら頷いて、サードに杖を返された。
「サードさんは色んな武器が扱えますね」
ガウリスが感心したように呟くと、サードはふん、と鼻で返す。
「最高の武器はやっぱりこれだがな」
サードはそう言いながら聖剣の柄尻をポンポンと叩いた。それはそうよ、それは世の中のものは大体斬れる聖剣なんだから。
「まずグランが先頭歩け、次が俺、その後ろはエリー、アレン、ガウリス、一番後ろがロッテだ」
「命令するな!」
サードに言われなくても先頭を歩いているのはグランだけどね。
でもガウリスは心配そうな顔になってサードに声をかけた。
「ロッテさんが一番後ろなのは危険です。私が後ろを守りますよ」
するとサードは頭を振る。
「魔族はゾンビに傷つけられようが関係ねえんだろ?だったら魔族を前と後ろに置いた方がいいだろうが」
顔が好みで口説いたこともある女の人でもそんな理由で一番後ろに行かせるわけ?最低。
見下げる気持ちでサードを見ていると、ガウリスは首を横に振る。
「いくら魔族でもロッテさんは女性です。危険な場所には行かせられません」
ガウリス…!ガウリスのそういう所が本当に好きよ。サードとは大違いだわ。
でもロッテは特に気にしていない顔で、
「別にあたしは気にしないけど?モンスター程度じゃどうにもならないのは本当のことだし、ついてくだけで戦わないからね」
「それなら俺だってお前らがナバ様の孫に危害を加えないよう見張るだけだ。お前らの戦いなどに参加しない!」
グランはそういうとズカズカと歩いてロッテより後ろに行った。
「使えねえ…」
イラッとした表情でサードがグランを睨むと、グランはふん、と視線を逸らす。
サードはチッと舌打ちして、結局サードが先頭、その後ろは私とアレンが横並びになって、気を遣ったガウリスがロッテを横に来させて、グランが一番後ろになって進むことになった。
洞窟の中は人が二人並んでも歩けるような広さで、それでいて暗い。
私は松明に火をつけて高く掲げた。
サードとガウリスは前後に備えなければならないし、アレンはマッピングをしないといけないから明かりの担当は自然と私になる。
「…ゾンビってねぇ」
アレンの書き写したマップ通り歩いていると、ロッテがふいに口を開いて、ビクッとアレンが肩を震わせる。
「人間の新鮮な脳みそを求めるためにうろついてるらしいわ。だから生きている人間が歩いているとどんどん近寄ってくるの」
「…」
アレンが顔を強ばらせてロッテを見ている。私もアレンと同じような顔でロッテを見た。
「それなら今、ゾンビが私たちに向かってきているってこと?」
ロッテはニヤニヤしているだけで何も言わないけど、多分そういうことなのよね。
「これくらい音が反響する洞窟なんだ、近寄ってきたら音で分かるだろ」
サードはこともなげに言った。
まあね。この洞窟の中は皆の足音に話声がわんわんと反響してどこまでもエコーがかかっているみたいに聞こえるから、変な音が聞こえて来たら確かに分かりそうだけど。
「今度はここを左…」
アレンが言うと、サードは左の分かれ道に歩みを進める。でも一歩進んで歩みを止めた。
「…サード?え?何?何かいる?」
アレンが不安そうにサードに話しかける。
立ち止まって皆が無言になると、松明が燃えている音しか響かない静けさに包まれる。そんな洞窟の真っ暗な奥からは人のうめき声みたいな嗚咽みたいな「う…う…」という声と、ズルズルと湿り気のあるものを引きずるような音が聞こえてくる。
アレンの顔を見上げると、引きつけを起こしそうな顔で固まっていた。
「…ロッテ、ゾンビの弱点は?」
サードが視線を奥から逸らさずに聞くと、ロッテはさくっと答える。
「物理攻撃だと脳みその破壊、だから頭が弱点。後は動けなくなるまで切り刻む方法もあるけど、その前に爪で引っかかれたり噛まれたり嘔吐物をかけられたら終わり。
あとは炎も効果的。けど人間はその臭いを嗅いで気持ち悪くなる人が多いみたいだからお勧めはしないなぁ。洞窟内だから充満するだろうし、空気が足りなくなったら酸欠で終わるかもね」
「なんかもう全部やだぁー…」
アレンがメソメソと泣きだしてしまった。
「それなら私が風を起こして魔法で切り刻めばいいかしら」
「そうだな。わざわざ俺も近寄りたくねえ」
サードも頷くから私はサードの横に行って奥の方に狙いをつけて、片手に持ってる杖を前に向けると、風を洞窟の奥にパァンッと放った。
洞窟の奥からは、あああぅ…、という情けないような声が響いてきたけど、あうあうという声はやまないでズルズルと地面を這って進んでくる音がする。
「頭狙えっつってんだろ」
「仕方ないじゃない、暗くて見えないんだもの」
ムッとなってサードを睨む。
サードも洞窟の奥を見て、それもそうだな、という顔つきになった。
暗い所でもあれこれ見えるサードだけど、さすがにこの洞窟の暗闇の奥まではハッキリと見えないみたいね。自分もろくに見えないくせに私には頭を狙えとか、ふざけるんじゃないわよ本当。
「ここから十五メートルほど向こう、片足が無い状態で地面を這いながら真っすぐにこちらに向かってきてます。その奥からあと二体ほど歩いてきてます」
ガウリスがある一点を指さしながら言う。サードは驚いたように目を見開いてガウリスを見た。
「見えるのか?」
「ああはい。姿が変わってからどんな暗闇の中でも色々とはっきり見えるようになりました」
「てめえ、そういうことは早めに言えよ」
サードがガウリスを睨むと、ガウリスは申し訳ありません…と謝る。
でもしょうがないじゃない。ガウリスだってそのことを言うような状況が今まで無かっただけなんだから。
ともかく、私はガウリスを見る。
「正確な場所を教えてくれる?ガウリス」
「はい」
ガウリスも気を取り直したように顔を上げて、
「そこから真っすぐ、場所は十メートルから十二メートルほどの所を這ってきています、速くはないのでこの角度で狙えばよろしいかと…」
ガウリスは私の杖の位置を調整する。
そのまま風を放つと、ズルズルと近寄ってくる音が聞こえなくなった。うまく頭を狙えたみたい。
「次は三十メートルほど向こう、左の壁に体を擦りつけるかのように進んでいます、その斜め後ろをもう一人が真っすぐに歩いて来ます」
と杖を少し上向きにして、左に向ける。ガウリスに杖を動かされるままに魔法を発動すると、
「今のところ他にいません」
とガウリスは杖から手を離して、小さい声で「神の名の元に、あの者たちに愛と祝福を」と呟いた。
そのガウリスの言葉でふと気づいた。
思えば今倒したのはアンデッドモンスターのゾンビだけど元々は私たちと同じ人間で、私は今、人間を手にかけたんだって。
もしかしたらゾンビに襲われた村人だったのかもしれない。討伐に来て戻れなかった冒険者だったのかもしれない。そう思うと後味が悪くなってきて、気持ちが落ち込んでくる。
「エリーさん」
ガウリスが声をかけてきて、私は後味が悪い気持ちのままガウリスの顔を見上げた。
するとガウリスもどこか落ち込んだようなやるせない表情をしている。
「あのままの姿でさ迷い犠牲者が増えるよりなら、安らぎを与えるほうがあの者たちにとっても他の者にとっても良いことなのですよ。自分を責めてはいけません」
そんなこと言ってるガウリスこそが自分を責めているじゃないの。
最初はアンデッドね、という軽い考えだったけど、こんなに嫌な気持ちになるなんて思いもしなかった。
それにゾンビは襲った人を大体ゾンビにしていくモンスターなんだから、一人を見逃してしまったらまた被害が増える。
そうなると元々人間だった人全員を手にかけないといけないってことだわ。
そのことを考えるとすごく嫌な気分になってきた。
でもガウリスだってアンデッドになった人、それにこの周辺の人たちの命を優先に考えてゾンビを手にかけることを選んだはずだもの。そうよ、後味が悪くてもこれはしっかりとやらないといけないことなんだわ。
覚悟を決めて顔を上げると、サードはロッテに振り返った。
「とりあえずゾンビは手当たり次第に殺してけばいいな。一匹でも逃がすとまた増えるんだろ?」
…この男、罪悪感というものを感じないの?
そうして少しずつ洞窟の奥に進んでいく。アレンはマッピングをして、暗闇でも視界の効くガウリスが近寄ってくるゾンビやスケルトンを一番に発見してくれる。おかげで気づいたら目の前にゾンビがいた、っていう一番嫌なシチュエーションは回避できている。
「けどゾンビよりスケルトンの方が手こずるなぁ」
アレンがマッピングしながら呟いた。
ゾンビみたいにスケルトンから攻撃を受けるとスケルトンになるってことはないから戦う時に余計な気は使わなくていいんだけど、ゾンビは脳みそを破壊すれば動きが止まる弱点がある。
でもスケルトンには効果的な弱点がないから頭を破壊してもどこまでも向かってくる。
ロドディアスの塔の中身が空洞でも動き回る騎士型モンスターは手足を破壊したら動けなくなっていたから、風を放って足の骨を砕いた。
するとスケルトンは手で這いずって近寄って来た。
騎士型モンスターは頭を破壊したら完全に動きが停止したから頭を破壊した。でも首がない状態でも上半身が迫ってきて、その上半身を破壊したら腕だけが向かってくる。
そこまでくるとゾワッと鳥肌が立ってしまって、ひたすら指の骨まで粉々にしたところでようやく動かなくなったんだけど…。
でもいくら相手がモンスターでも、やっぱり死体をどこまでも壊しているという感覚で気持ちのいい行為じゃないし、少なからず心の中でごめんなさいと思ってしまう。
「だが今のところゾンビとスケルトンしか現れてねえが、他にアンデッドってのはどんなもんがあるんだ?」
サードがロッテに聞くと、ロッテはうーん、とあれこれ思い出すような声を出す。
「アンデッドっていっても色々と種類があるから挙げるだけでも時間かかるわよ。まあ大雑把に分けてゾンビとスケルトンみたいな目に見えるし触れるタイプが主だね。
それと目に見えるけど触れないゴーストタイプに、目に見えないけど何か聞こえるポルターガイストタイプ、目にも見えないし触れもしない正体不明タイプで分けられるかなぁ」
アレンのマップを描く手が一瞬鈍った。そしてガリガリとマップを書く手が早くなる。
アレンは最初ほど脅えていないと思ったけど、マップに集中することで恐怖を紛らわしているみたいね。
でもロッテの言葉を聞いていて、私も会話に参加する。
「ロドディアスの古城でもサードは同じようなこと言ってたわよね。見えないけど聞こえるとか、見えないけど臭いがするとかそんなのもあるだろうって。幽霊なんて信じないって言ってたけど、同じようなことを言っているじゃないの」
「俺が元々いた所でも理屈じゃ説明できねえこともあったからな」
「へぇー、魔法もないしモンスターも魔族もいないところなのに説明できない現象とか起きるものなの」
ロッテが興味深そうに聞くと、サードはどこか楽しそうに笑いながら後ろを振り向いてきた。
「俺の住むところにはフスマって呼ばれる化け物が出てなあ。フワッと飛んできて顔に引っ付いて窒息死させるんだとよ。それがカタナ…剣でも切れねえが、歯に施すオハグロっつー女の化粧だとすぐ噛み切れる。だから男でもその歯に施す化粧をしてる奴はかなり居たな。
あとはミコシニュードーって見上げれば見上げる程でかくなる化け物がでるって話もあったぜ。俺は実際にどっちも見たことはねえが」
サードの話を聞いて、私は呆れた。
「何よ、サードが元居た世界にはモンスターがいないって言っていたくせに、しっかりといるじゃないの」
「モンスターじゃねえ。化け物だ」
「モンスターと何が違うの?」
サードは一瞬考え込んで、
「…ん…?大雑把に言えば同じか…?」
と、認めるようなことを言いながらも釈然としない雰囲気で前を向く。
「ねーねー、他にそんな話無いの?」
ロッテはサードが元々いた世界に興味があるからもっと聞きたいとばかりに言うと、サードは前を見ながら話しだした。
「俺が元々厄介になってた宗教施設では死んだ奴の弔いもするんだがな、夜中に『今から弔いの準備をしてくれ』って外から声がする。だが外に出ても誰もいやしねえ。
だから寝ようとしたら入口を叩く音がして、出てみたら家族が死んだから弔いをしてくれって家人が走ってやって来ててな。ジューショクは言ってたな。『死んだ者の魂が先に飛んで知らせにきたんだろう』ってよ」
何それ、普通に怖い話じゃない。
洞窟内の暗さも相まってゾワッとしていると、アレンからクッという声が聞こえた。
「もうやめろよー!」
アレンの叫び声が洞窟中に広がって、暗闇に吸い込まれていく。
皆びっくりして思わずアレンを見た。アレンはまたあの分厚いメモ帳を握りつぶして、体を震わせている。
「俺怖いの我慢してんのに何でそんな怖い話ばっかりするんだよ!ふざけんなよ!別の話題ねえのかよ!マジでふざけんなよ!こんな暗い洞窟の中でそんな話ばっかりしてんじゃねぇよ!ほんっとふざけんなよ!」
珍しくアレンがキレた。
見るとガウリスもアレンが怒ったことに驚いて戸惑った表情をしている。
「ご、ごめんなさい。もうやめるから、そんなに怒らないで」
アレンがここまで声を荒げることなんて今まで見たことなかったから、私は心底驚いて素直に謝る。
でもロッテはプー、と吹き出して肩を震わせていて、ずっと不機嫌そうだったグランも一番後ろでそれは楽しそうに、そしてアレンを馬鹿にする顔で笑っている。
魔族はこういう人間の負の感情をつついて楽しむらしいから、今のアレンみたいに怖がったりキレたりする姿を見ると楽しいのかもしれない。
ロッテは人に対して友好的でも、やっぱりそういうところは魔族なのね。
「本土の方には皿を割った罪で殺されて井戸に放り込まれて、夜な夜な皿を数える女の幽霊が居てなぁ。それが夜になると恨めしそうに泣きながらか細い声で、一枚…二枚…」
「ちょっとサード!」
サードはアレンがキレようがどこまでも怖い話を続けようとするから、サードの口を手でふさいだ。
「サードなんて嫌いだ!大っ嫌いだああ!」
わっとアレンは腕で目を覆って泣き出す。
「ガキかよ」
サードはロッテとグランみたいに口端を上げてアレンを見て愉快そうに笑っている。
…こいつ、やっぱり魔族…?
姫路城にもいたぶられて身を投げた説のある井戸がありました。そんな姫路城には野良猫がわりといて触ろうしたんですが、
「触れるものなら触ってみろ…ただしその指がどうなるか分かっているだろうな」
という鋭い眼光の猫ぞろいで怖くて触れませんでした。さすが一度も落とされたことのない城の猫は気迫が違う。




