悪逆非道の前魔王の息子
ロッテをさらったリッツを見て、思わず驚いて、
「え?」
と声が漏れてしまった。
服装は黒いズボンに白いシャツというシンプルな服。少年がそのまま大人になったような柔らかそうな血色のいい白い肌に、フワフワの肩までの金髪、瞳の奥も覗き込めそうな淡い水色の瞳…。
男の人のはずなのに、女の人かと思ってしまうほどの中性的な線の細さの美青年。
何より目を引くのはその背中に折りたたまれている白くて大きい翼。
「…天使?」
どう見ても魔族じゃなくて、よく頭の中で思い浮かべるような天使そのものの姿じゃないの。
見かけで混乱していると、
「僕が、ロッテをさらって無理やり襲っているって?」
艶のある柔らかい声でリッツは私をしげしげと見ながら声をかけてくる。
私はロッテをギュッと抱きしめて、リッツから引き離すように一歩後ろに下がった。
それを見てリッツは椅子の背にもたれて苦笑した。
「僕でもそのようにロッテを強く抱擁したこともないのに羨ましい。やれ、僕も女に生まれるべきだったか」
え?ロッテを抱擁したことも、ない…?じゃあロッテに触ったこともないってことじゃないの…?
ロッテを見上げると、ロッテはニヤニヤと笑いながら、
「心配するようなことになってないよ。リッツは前魔王とは違うからね」
と言いながら、部屋の入口に立っている全員に視線を移して、今にも吹き出しそうな震える声で口端をヒクつかせながらロッテが言う。
「もしかして皆、そんなにあたしのこと心配して迎えに来てくれたの」
「だって、男にしつこく付きまとわれてて、そんでさらわれたってなったらそういうことじゃないかって思うだろ?」
アレンがそういうと、ロッテはもう耐えられないとばかりにまた大声で笑いだした。
「リッツ!あんた、しつこすぎるからストーカーか何かと思われてるわよ!アッハハハハ!楽しいー!前魔王の息子がストーカー扱い!」
「不本意だな」
間延びした口調でリッツは面白くなさそうに言う。でもあんまり気にしてもいないみたいで、私に目を向けてきた。
「しかし先ほどの炎の竜巻に炎の雨は凄かった。勝手に配下の者が飛び出して行ったと思ったら急にあんなことになって僕の屋敷も大損害を受けたが。今頃屋敷の東側は天井と壁が取り払われて雨晒しだろう」
罪悪感で思わずそっぽ向くと、リッツは誰かを馬鹿にするような表情で鼻で笑う。
「ふふ、思わず父が復活したかと思ったよ。ちょっとでも気に入らないことがあるとどこでも暴れてたらしいからね」
「シャレにならないわぁ」
リッツの言葉にロッテが笑い飛ばすけど、何となく責められている気分で私は杖をモジモジと握りしめながら反省する。
「…あんなことされたら、魔族の皆も苦しんてるわよね…」
家が跡形もなく消されて、家族が怪我をしたとかで魔族の人たちも今頃どんなに嘆き悲しんでいるのか…。
罪悪感に飲み込まれていると、ロッテが、ないない、と手を横に動かしながら笑い飛ばした。
「魔界じゃこれくらいよくあることだから、ああまたか、ってぐらいだよ。前魔王の時なんて気に入らない事がある度にその一面を十年は不毛の大地にするほど暴れてたからね。それと比べたらあの程度の炎、ちょっとこんがりするぐらいだよ。この辺りは僻地で家も少ないしね」
ちょっとこんがり、がどれくらいの状態なのか分からなくて不安なんだけど…。でもロッテの顔を見る限りだとそこまで気に病むほどのことでもないのかしら。でも…。
罪悪感のスパイラルに巻き込まれていると、リッツはロッテに目を向ける。
「それより続きを頼むよ。早く僕の相手をしてくれ」
「ああハイハイ」
ロッテはそういうと椅子に座って何かに手を伸ばしている。
何をやっているのか気になって近づくと、テーブルの上にはチェス盤があって、ロッテが駒を動かしている。
「…自分の相手をしろって、これのことか…?」
同じように近づいていたグランも思わず呟くと、リッツは視線を動かしてグランを見る。
「屋敷の中なのだから冑ぐらいとって自己紹介してくれないか。君は魔族だろう?」
グランは言われた通り冑を取った。
「俺はスウィーンダ国のランディ・ジーンクリーベント・ファーティンスタ卿が息子、グラン・エディオ・ファーティンスタ。此度は魔王様の側近の命によりロッテスドーラ・サーマンドリア・ハリスの救出を命じられやってきた次第」
魔王、とグランが言った辺りでリッツは不愉快そうな顔になって、黙ってグランを見上げている。そしてグランが話し終わると口を開いた。
「…言っておくが、僕はロッテをさらってもいないし脅迫まがいの手紙も送っていない。最近ロッテが人間界に行ってしまって暇だ手持ち無沙汰だと呟いていたら、僕の屋敷の者が勝手に動いてしまっただけだ。
いきなりこの屋敷の者たちがロッテを抱えて戻って来て何事だと事情をきいて、僕の方が驚いたくらいだよ」
そう言いながらチェスの駒をコン、と動かしてからまたグランに目を向ける。
「それにしても何で魔王の側近がわざわざスウィーンダ州の貴族にその話を持ち掛けた?魔王はスウィーンダ州を贔屓にでもしているのか?」
「いいや、俺にはロッテスドーラの元へ訪れる予定があり、その流れで魔王様の側近の者に救出に行くよう命じられたまで。
この底辺のリージング州に前魔王の息子とロッテスドーラという二つの脅威が揃ったら何をされるか分かったものではないと魔王様はお考えのようで、ロッテスドーラを救出せよと」
リッツは、ふーん、と興味が無さそうに言うと、白い馬の駒を動かしてロッテの黒い駒を弾き倒す。
「父と違って生まれてこの方何もしていないのに、こういう時ばかり何か企んでいるのではと疑われるのは不愉快極まりないね」
リッツがイライラと言葉を続けていると、ロッテは、コンと駒を動かしてリッツの白い馬の駒を倒す。
「はいチェックメイト」
リッツは顔を大きくゆがませ、ガックリと頭を垂れると手でおさえた。
「ああ、また負けた」
「魔王様も目つけてるみたいだし、いい加減戻ってもいいかな。久しぶりに会ったからこうやって遊んでるけど、使い魔が戻ってきたなら広間が本で埋まってるだろうし」
ロッテがそう言うと、リッツは顔を上げて指を一本上げる。
「もう一回」
「またぁ?」
ロッテは少しうんざりした声を上げる。
「そういうところがうちの使い魔たちに嫌われるんだよリッツ。あんた熱中したら五ヶ月もうちの屋敷に居座ってやりつづけるんだから」
ええ…五ヶ月も…?それは、確かにしつこいしそんなに居座られたら迎える側は迷惑かも…。
「もう少しで勝てるかもしれないんだ、頼む、もう一回」
「そう言っていつも負け続けじゃないの」
ロッテはそう言いながらも駒を動かして直していく。
「その一戦が終われば、ロッテを解放するか?」
グランがそう言うと、リッツはグランを見ずに、
「君と約束する義理は無い」
「しかし俺はロッテスドーラの救出を命令されている。ロッテスドーラは人間界に戻さねばならない」
リッツが透き通る瞳でグランを睨みあげる。
「それならここで君と僕とで戦うか?負けるのは君だ」
その言葉にグランの顔が怒りでピクッと動く。
「…大層な自信だな。ただ前魔王の息子というだけでなんの立場も無いお前が」
「地位はある。ワーリ家の主人の座を僕は手に入れている」
「それが何だ、ワーリ家は随分前にリージング州王家に追放された重臣の名だろう?そんな王家から追放される程度の家名を手に入れて何がそんなにすごいんだ?」
「…喧嘩を売っているようだね?君」
リッツがゆっくり立ち上がると、グランはやるかコラ、という雰囲気で槍を構える。
「はいはい、準備できたよ」
ロッテが手をパンパン鳴らしてリッツの注意を引くと、リッツはグランから目を逸らして椅子に座って白い駒を動かす。
グランは肩透かしを食らったような顔になって、
「おい、貴様…」
と声をかけるけど、
「うるさい」
とリッツはもうグランとのやりとりに興味をなくしたようにチェスに夢中になっている。グランは逆に怒って怒鳴り散らしそうな雰囲気になったけど、
「ちょっと待っててね、三分で終わるから」
とロッテがいい、本当に三分経ったかたたないかぐらいでロッテがチェックメイト、と言葉を唱えて勝利した。
そしてリッツがまた負けた、とガックリする姿を見て、グランはリッツに対してざまあみろという顔で薄ら笑っていて、さっきまで喧嘩に発展しそうだった怒りも晴れたみたい。グランが単純な性格で良かった。
「途中までは良いと思ったんだがな」
「目先の駒に目が行きすぎなのよ、あんた」
「んー…ロッテ、もう一回」
「またぁ?」
さっきと同じような会話が続いて行く。
「もういい加減帰してよ。これ以上私が留まったらあんた、本格的に魔王様に目つけられて消されるかもしれないよ、いいの?」
ロッテが呆れたように、言い含めるようにリッツに言うと、リッツは悲しげな恨みがましい顔になった。
「君という話相手が人間界に行ってしまってから僕は暇で暇でしょうがないんだよ。前魔王の子であるにも関わらず、こうやって対等に話してくれる者はいない。
周りには僕を利用しようと近づく者か、そんな者に目をつけられたくないからと近寄らない者の二通りしかいない。君はそんな僕を置いてさっさと人間界に立ち去ってしまった。
残された僕の気持ちが分かるか?僕だって行けるものなら人間界にでもなんでも行って自分勝手に過ごしたいさ。だがあの前魔王の息子の僕に人間界へ行く許可が簡単に下りると思えないし、そんな僕が勝手に行くと余計目をつけられるだろう?
だから人間界にある君の屋敷に遊びに行くこともできない。しかも君は独断で人間界に行ってしまったから魔界に戻ってくることもない。無理やりにでもこうやって会えたのだから、もう少し相手をしてくれ」
長々とした恨み節にロッテは困ったようにリッツを見た。
でも利用されるか、遠巻きにされるかの二通りの対応しかされてないなんて…。もしかしてリッツってかなり孤独な人なんじゃないの?
そんな中でロッテみたいに普通に接して話し相手になってチェスの相手をしてくれるなら、そりゃあリッツじゃなくてもロッテと離れたくないって思うわよね…。
ロッテもそんなリッツの気持ちが分かるからこそ、面倒くさそうに文句を言いながらもダラダラとチェスの相手をしているんだわ。
「じゃあ俺と勝負しろよ」
サードが急に話に割り込むと、リッツがサードに目を向ける。
「…ところで君は誰だ?」
「勇者御一行の勇者サード。そこの金髪の子がエリー、あっちの赤毛がアレン、その隣の金髪の大男がガウリス」
ロッテが簡単に私たちの紹介する。
「ああ、勇者御一行か。噂は聞いている。魔族を何人も倒しているらしいな。何でスウィーンダ州の貴族と共に来たのかは気になるが、まあどうせそれも魔王絡みの命令だろう」
あまり興味が無さそうに言いながらリッツはサードに再び目を戻す。
「で、何で僕が勇者とチェスを指さないといけないんだ?」
「俺が勝ったらロッテを連れて帰る、お前が勝ったら俺らはロッテを置いて帰る、これでどうだ」
サードはリッツの言葉を無視した。
「…」
リッツは軽く眉根を寄せてサードを見ている。
「これは僕とロッテの問題だ、放っておいてくれないか」
「恋人気取りか?」
サードが楽しそうに口端を上げて笑うと、リッツは苦笑して肩をすくめる。
「全く相手にされていないがね」
「だな」
サードの素直な言葉にリッツは不愉快そうな顔になって、サードから視線を逸らした。
「勇者がここまで性格が悪いとは思わなかったが」
「俺は前魔王の息子が思ったより常識人で驚いたが」
「…この天界の者のような見た目を父に嫌われて、生まれたころからこの地に放っておかれたもんでね。親の悪影響は受けていない、なんせ直接顔を見たことすらないからね」
「いいことだ。どうせそんな性格の悪い親の傍に居たら鉄鍋で頭かち割られてとっくに死んでるぜ。離れて正解だ」
それサードのことじゃないの。
サードは母親に鉄鍋を頭に打ち付けられそうになった所を、偶然外を通りかかった八三郎に助け出された。でもあのサードがそんな自分の昔の話を口に出すなんて…珍しいわ。
リッツは少しサードをジロジロと見ていて、その鉄鍋で頭を割られそうになったのがサードの身に実際に起きた話だと分かったのかフッと笑った。
「…そうか、ある意味お互いに親の悪影響で苦労している同士のようだ。分かった、そのよしみで君の条件をのもう」
サードはロッテをどかせてリッツの目の前に座った。そしてサードは盤面に目を向け、隣にいるロッテに目を向ける。
「で、ルールは?」




