前魔王の息子の屋敷へ
巨大な炎の竜巻は慌てて消して、代わりに厚い雲を作り出して大雨を降らせた。
雨雲を作ると火で覆われて燃えていた空はあっという間に沈火されて、焦土と化していた地上も白い煙が出ているけど、火も大体消えたみたい。
「なあ、今度はこのまま大洪水でも引き起こそうぜ」
サードが何かしら期待しているような表情と甘い声で船の縁に寄って私を見てくるけど、
「やらない!」
と私はキッと睨みつけた。
…それよりこいつ、何でこういう時だけこんな優しげに口説き落とすような表情してくんのよ、いつも睨みつけてくるくせにムカつく。
まったく、この男の楽しみのために魔法を使うと魔界とはいえ消滅しかねないわ。やっぱりこの男は世界の頂点に立たせてはいけない男ね。今本当にそう思った。
「俺、エリーがエーデルに操られなくて良かったって、今本当にそう思った」
アレンが笑っている膝で立ち上がってそんなことを言ってくる。
…。さっきは腰が抜けていたけど私を止めるために舳まで這ってきたのね…。怖い思いをさせてごめんなさいね。
「ごめんなさい。でもサードに本気でって言われたし、本気でやったらどうなるか私も気になったし…」
謝りつつ、本気でやれとそそのかしてきたのはサードだと言い訳をする。
…でもこれは言ってはいけないかもしれない。さっきのは本気じゃなくて六割程度の力しか出していないってことは。
アレンはまだ怯えた表情をしているし、ガウリスもグランもあの惨状を見て引いてたもの。
あれが本気じゃなかったと知られた時、皆からどんな表情をされるか分かったもんじゃないから言わない。
サードは…喜びそうだけど、これ以上変に喜ばせて鬱陶しい対応になられるのも嫌だし。
するとガウリスは、ハッと顔色を青ざめて私たちを見た。
「…まさか私も海で暴れた時、ここまでのことをしたのですか?」
震える声のガウリスにサードは、
「何言ってんだ、エリーのこれと比べたら可愛いもんだったぜ」
と煙がくすぶっている大地を見ながら夢を語るような顔付きで、ポツリと呟いた。
「…あの姿のガウリスとエリーが暴れたら、あっという間に魔界が破壊されんだろうなあ」
なんか言ってる。
全員…グランも含めてサードの言ったことは聞かなかったことにした。
すると雨が降る中、遠くから小さい人影が近づいて来る。
もしかしてまた敵?と思って杖を構えるけど、サードが手を私の前に伸ばして止めてくる。
小さい人影は一定の距離以上こちらに近寄らないで、雨に濡れた白い大きい旗をブンブンと一生懸命振っている。
「降参だって」
アレンが人影を指さしながら言うと、サードは楽しそうに笑う。船は少しずつその白旗を振っている人影に寄っていく。
その人影は幼い顔つきの男の子で、ブルブルと恐怖しか感じていない表情で私たちを見ている。
「わ、わが主、リッツ様からの伝令、です。これ以上…手下と、屋敷を傷つけられたら迷惑なので、わが屋敷へ来いとのことで…、ぼ、ぼ、僕が、案内、します…。ので、どうか、攻撃しないでください…」
後半になるともう泣きそうな潤んだ目でビクビクとこちらを見ている。
「だってよ、どうするエリー」
サードは船の縁に片腕を乗せながら私に聞いてくる。
…でも何で私に伺いを立ててくるのこいつ。いつもはあれこれ勝手に決めるくせに。
「言われなくても攻撃なんてしないわよ」
魔族とはいっても、こんな脅えてる少年に追い打ちをかけるなんてもっての他じゃない。
サードは私の言葉を聞いて、少年に声をかけた。
「うちのエリーに感謝しろ!本気出せばお前どころかお前の主のリッツだって殺すことも可能なんだ、それなのにこんなに寛大な心で攻撃しないと言ってくれてんだぜ。
いいか、もしそっちが降参と見せかけて俺らを殺しにかかってくるってんなら、さっきよりも惨たらしい魔法を使ってジワジワと嬲り殺してやるからな、覚えておけ!」
少年はヒッと息を飲んでそのまま一瞬気を失ったのか落下しかけたけど、ハッと我に返って、
「こ、こちらです…」
と空中を飛んで移動する。
少年は私たちが攻撃してこないかとたまに心配そうな顔で振り返っていて、そのまましばらく飛んで行くと、少年は屋敷の半分以上が黒焦げになっている大きい屋敷の前へと降り立った。
きっと私が作り上げた炎の竜巻と炎の雨の被害に遭ったんだと思う。間近で被害にあった建物を見ると、私はなんてことをしてしまったのかしらという罪悪感が湧いた。
私たちの乗っている船もスルスルと少年の側に降りて、地面にたどり着くと入口が自動的に開いて下に降りるスロープが現れる。
「わ、わが主はこちらに…」
私たちを案内した少年は近くで見るとプクプクとしたほっぺの本当に幼い少年で、オドオドとした表情を浮かべて半分以上黒焦げになった屋敷の中へと入って行くから私たちもその後をついていく。
「ロッテはここにいるんでしょう?無事なんでしょうね?」
聞くと、少年はビクッと肩を揺らして、
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!殺さないで!殺さないで!」
と泣きながら懇願してきた。
なんだか初めて会った時のアネモを思い出すわ。サードに捕えられ脅された時こんな風に謝り倒して命乞いをしていたっけ。
「いるかいねえか、何もされてねえか聞いてんだ、答えろよ」
サードが私の言葉に重ねて上から威圧するように見下ろすと、少年はヒィィ、と悲鳴を上げて涙目になって引きつっている。
「こんなに幼い子を問い詰めるのは可哀想です。まずこの少年ではなく、主人のリッツという方に直接聞いた方がいいでしょう」
ガウリスが見かねて少年の前に割り込むと、それもそうだとサードは、ガウリスの体をどけと手で横に押し寄せて、
「さっさと案内しろ」
と少年に言う。
少年は泣きべそをかいて鼻をスンスン鳴らしながら早足で主人のリッツが居るであろう場所に向かっていく。
その後ろ姿を見ているとすごく抱きしめて慰めたくなるけど、きっと今は手を伸ばしただけで怯えられるでしょうからできない。
屋敷は空から見た通り広い。でも全体的に黒く焦げて煤けていて、屋根も壁も一部瓦礫と化して雨が入り込んでいる。
まあ私の無効化の魔法で船に乗っている時から今も私たちの周辺は雨は降っていないけど…。
どこかのお城みたいな凝った彫刻品のような壁に床、ドアも全体的に金の装飾で飾られているような屋敷なのに、その屋敷の中がこうも雨晒しになっているのを見ると、本当に私はなんてことをしてしまったのという罪悪感に襲われる。
いくらここが魔界で住んでいるのが全員体が頑丈な魔族だったとしても、人間と魔族はあまり考えが変わらない。もしかしたら私の魔法のせいで急に炎に巻き込まれて、怪我をしたり家を焼かれたりして泣き叫んでいる魔族が大量にいるかもしれない。
サードの言葉で「じゃあやってみようかしら」なんて軽いノリでこんなことするんじゃなかった…。
本気じゃなくてもここまでの焼け野原にしてしまうんだもの。六割程度でもこれぐらいの魔法は二度と使わないわ。
「私、やりすぎちゃったわね…」
落ち込んで呟くと、サードは私の隣に並んで、表向きの顔でニッコリと笑いかけてくる。
「いや、お前は最高だったぜ、エリー」
今までサードに表向きの笑顔を直接向けられることもなければここまで手放しで褒められることがなくて、一瞬、キュン、のキュ、までときめきかけたけど、その褒められている内容がこの悲惨な状況だから私はいやいや!と頭を強く振った。
危ない危ない、この性悪の偽の笑顔にやられるところだったわ。
そうしているうちに次第に焼け焦げていない部分へと歩きを進めて、屋敷の大きい扉の前に少年が立ち止まるとドアをノックする。
「リッツ様、言われた通り客人…。…を連れて参りました」
客人、のところで何か違う、と少年の顔が語っていたけど、中からは、
「入ってもらいなさい」
という柔らかい男の声が聞こえる。
この声の主がロッテにしつこく付きまとって、そしてロッテを誘拐したリッツという男の声…。
ストーカーの男みたいだからもっとボソボソとした暗い声だと思っていたけど、声だけは優し気ね。
でも女性を無理やりさらうなんて最低よ。もしロッテに何かしていたとしたら…絶対に許さない。ロッテにしたこと以上に苦しめてやるわ。
杖をギュッと握りドアの向こうにいるリッツという見えもしない男を睨むと、少年がヒッと声を上げ、
「リッツ様、ダメです、お逃げ…」
とまで叫ぶと、サードは少年の後ろから口を押さえつけて上から睨み下ろし、少年はサードの顔を見て気絶した。
サードはさっさと扉を開ける。
中は今まで見てきたように凝った彫刻品のような床や壁、そして調度品が立ち並んでいて、部屋の中心には縁全体に金の装飾が施された木製のテーブルがあある。そのテーブルを挟んで、これまた金で縁取られた椅子に二つあって、そこに座っている人が二人いる。
その一人の黒くて長い髪の毛と青っぽいローブという後ろ姿を見て思わず叫んだ。
「ロッテ!」
ロッテの名前を呼ぶと、ロッテは私の方を振り向く。そして驚いたように目を見開いて立ち上がった。
「客人ってエリーたちだったの?…え、じゃあさっきの炎の竜巻と炎の雨ってエリーの魔法?てっきりどこかの州のお偉いさんが来たかと思ったわよ」
いつも通りの口調、いつも通りのカラッとした性格でロッテは親し気な表情を浮かべて私の方に歩いてくる。
私はロッテにダッシュで駆け寄って、思いっきりしがみついてからロッテを見上げた。
「しつこく付きまとっている男にさらわれたっていうから急いできたのよ。大丈夫?何もされてない?」
ロッテはそれを聞いてキョトンとした顔になったけど、段々と合点がついたような顔つきになって大声で笑いだした。
「あっははははは!あたしが?男にさらわれて無理やり襲われてると思った?だからこんな魔界まで来たってわけ?何それウケる~!」
その笑う様を見てなんだか思っていたのと状況が違う気がしてきて、戸惑いながらロッテを見る。
「だ、だって、ロッテの使い魔たちがロッテにしつこく付きまとってるって…」
「あー。使い魔たちに嫌われてるからね。確かにしつこいもん、あんた」
ロッテが後ろをみるから同じようにそっちに視線を向けると、ロッテと向き合うように座っていた男は微妙な笑みを浮かべてこっちを見ている。
この男が…リッツ・ミルデ・ワーリという前魔王の息子?
「嬲」という文字を見ると、日本語勉強中のフランス人男性が「嬲る」を「まもる」と読んだらしく、日本人がうわあああと思ったというツイートを思い出します。
妙な罪悪感が日本人を襲う!




