魔王の側近と貴族の息子
「いやぁどうもどうも、お邪魔しますよ」
ラグナスはいつも通りやる気のない、覇気のない声を出しながら個室の中に入って来る。
「この方は?」
ガウリスがサードに聞くと、瞬間的に表向きの顔になっていたサードはラグナスを見て、
「スライムの塔の側にいた生態調査員のラグナスさんでは?…なぜここに?」
と訝し気な顔をしている。
サードは一度ラグナスが魔族だって気づいたけど、ラグナスに忘却の魔法をかけられて、記憶がラグナスの都合の良いように書き換えられているのよね。
だからサードの記憶でラグナスのことはただのスライムの塔の側で生態調査している人間だって記憶されている。
ラグナスもサードと関わりたくなさそうにしているから今までサードの前では極力ラグナスのことは話していないんだけど…。
でもスライムの塔から数ヶ月も離れたここにどうしてラグナスが来たのかってサードにどこまでも突っ込まれたら庇いきれないわよ、ラグナス…!
だってサードは頭がよく回るんだから、ちょっとした情報からまた魔族だって気づかれるかも…。
ヒヤヒヤしながらラグナスを見ると、ラグナスはサードの言葉は無視して、心配そうな顔つきで私の手を取ってきた。
「ロッテの使い魔からロッテがさらわれたって聞いて…ほら、そのエリーの首飾りでここに居るって分かったから来たの」
そうか…ラグナスはロッテが心配で、だからサードに関わりたくないって考えもかなぐり捨ててここまで来たんだわ。私も真剣な表情でラグナスを見返して、なるべく小声で、
「今ここでもロッテのことを話し合っていたの。それで助けに行くことになったわ」
ラグナスはうんうん、と頷いて私の目を真剣に見返してくる。
「あのさ、エリー…?その子が…生態調査員の、ラグナス…?」
アレンがわずかに遠慮がちに声をかけてきて、私は…とりあえず曖昧に笑った。
アレンはロッテと私の会話を聞いてラグナスが魔族だって知っている。
でもガウリスはまだ「その方は一体?」という状態。
そっか、ガウリスはあの時まだ仲間になっていなかったから知らないのは当たり前だわ。
「えーと…」
とりあえずラグナスが魔族で魔王の側近だって悟らせないように、そしてどうしてここに居るのかを論理づけて説明しようとあれこれ言葉を選んでいると、グランがさっさと口を開いた。
「そいつは魔王様の側近で人間界でスライムの塔のラスボスをしている魔族のラグナス・ウィードだ」
「ちょっと!馬鹿!」
思わずグランの背中を甲冑越しにビシッと叩くと、グランは目を吊り上げて私に殴りかかろうとする。
「ストップ」
ラグナスは自身の持っている杖でグランの腕をチョイと横にずらした。
「エリーへの攻撃は私が許さない」
グランは目を吊り上げたままラグナスを睨んだ。
「なんで魔王様の側近で人間界でラスボスをやっている貴様がそうやって人間にいい顔をするんだ!しかもこいつら、魔族を何人も倒してる勇者どもだぞ!裏切るつもりか!」
グランの怒鳴り声にラグナスを耳をふさいだ。
「うるっさいなー。エリーとは友達なんだよ」
「友達ぃ?勇者と友達だと?まさか魔王様を裏切って通じているのか貴様…!」
「あのねぇ」
ラグナスは杖でグランのあごを下から押し上げて無理やり口を閉じさせた。
「あなたはスウィーンダ州のファーティンスタ卿の息子で生粋の貴族だけど、私は平民出身でも今は魔王様の側近なんだよ?どっちが格上か分かってそんな口聞いてるの?」
グランはそう言われると目を吊り上げたまま歯ぎしりをして黙り込んだ。
いつか殺す、と顔に書いてある。
「悔しいか、やーい、貴族のくせに平民に逆らえない奴やーい、ざまーみろー」
ラグナスは感情のこもってない口調で指をわじゃわじゃと動かしてグランを囃し立てている。
それでも十分グランは血管が破裂するのでは、というほど歯ぎしりしていた。
「…知り合いなの?」
何だか仲が悪そうだわと思いながらラグナスに聞くと、ラグナスは、ううん、と首を横に振った。
「ロドディアス王が謝りに来た時しか会ってない。でも私が平民出身って分かった時から偉そうな態度になって見下してきたから、何か腹立って」
確かにグランはいちいち馬鹿にしてくるものね。私は別に気にならない程度だけど。
「それにしてもこんなに美味しそうなもの食べないなんて勿体ない…。これのどこがゲテモノなのさ」
ラグナスはそう言いながらグランの手をつけていないサラダから始まって、スープにパンをひたして、ステーキを切り分けて次々と口に運んでいく。
「こんなに美味しいの食べないなんて勿体ないなぁ。こんなに美味しいのに、勿体ない…」
ラグナスはもぐもぐと食事を続けている。
「よくそんな…ゲテモノが食えるな…」
グランが信じられないという顔つきでラグナスを見ていて、ラグナスは食べ物で頬を膨らませながらグランを見た。
「魔界でもこれくらいの食事なら普通じゃん?魔界と人間界の食事は大差ないよ。むしろここの食堂のご飯は、美味しい」
モッモッモッと口を動かしながらラグナスは言う。
「…エリー」
サードが静かに私に声をかけてきて、軽く心臓がすくみ上った。そろそろとサードの顔を見ると、サードからは表の顔が消えていて、私をただ静かに睨みつけている。
「こいつは生態調査員じゃなくてスライムの塔の魔族だって?それもお前と友達?どういうことだ?説明しろよ」
「…」
ついにサードからこんな質問をされる事態になってしまった。どうやって今までのことを説明しようと手をわさわさと動かしながら考えていると、ラグナスは口に入っている食べ物を飲み込んでサードに目を向ける。
「あんたの記憶を消して私の都合のいいように書き換えたんだよ。じゃなきゃあんな大金とレアアイテム、普通の人間が用意できるわけないじゃん?」
ラグナスはグランに負けず劣らずあっさりと伝えてしまって、私はご飯をまた食べすすめているラグナスを見た。
「じゃあ何で俺の記憶がいいように消されたあと俺に何も言わなかったんだてめえ!」
サードが私に詰め寄るのをラグナスがサードの鼻先に杖をつきつけて、それ以上進まないようにする。
「言わないでって頼んだからだよ。どこぞの淫乱で性悪で二枚舌の勇者と一切関わり合いたくなかったもんでね。私面倒なこと嫌いだし」
ラグナスはそう言うと空になったお皿に向かって手を合わせて、ごちそうさま、と静かに目を閉じた。
ラグナスの一言にアレンはブッハ、と吹きだして大声でゲラゲラと笑いだす。
「おまっ、サード、魔族の!魔王の側近の子に関わりたくないって言われるってマジかよ!サードどんだけ性格悪いんだよウケる~!」
サードはイラッとした顔でアレンの脇腹に一発喰らわせた。アレンは脇腹を押さえて静かに椅子の上に横たわっていく。
まず私はラグナスに視線を戻して聞いた。
「ところで、ロッテのいる場所は分かるの?」
「分かるよ」
ラグナスはあっさり頷いてから続ける。
「そのさらった張本人のリッツの屋敷に居ると思う。魔界のリージング州に住んでるんだけど…」
そこまで言うとラグナスはそこから先は言いにくそうな顔になって、むー、と口をとがらせて言い淀む。
「魔界に連れ去られたということですか?」
ガウリスがそう聞くと、ラグナスは口を尖らせたまま、むー、と唸り続ける。
「そう。魔界のリージング州。でも…相手が…悪いというか…なんというか…」
何だかんだで言いたいことはハッキリ言っていくラグナスにしては歯切れが悪い。どうしたの、と目で言葉を促していると、
「リッツ・ミルデ・ワーリは前魔王の息子だ」
と、グランがまたもやあっさりと言う。
アレンが脇腹を押さえて起き上がった。
「前魔王の息子!?生きてんの!?」
前魔王は百年前に魔族に殺された。その息子が何で生きているのってアレンは言いたいんだと思う。
ラグナスは、ふーん、と鼻で軽くため息をつきながら説明する。
「そのリッツは父親の前魔王に嫌われて遠ざけられてリージング州の僻地に追いやられたから、前魔王とは生まれてから一度も関わったことがないの。他の前魔王の一族は全員殺されたけど、そんな生い立ちだからリッツは前魔王とは無関係ってことで命は助かったみたい」
「そのリッツは親父が殺されたことを実は恨んでいて、今の魔王を殺してその座につきたいと考えてる…ってことはねえのか?」
「知らないよそんなもの。私リッツって魔族と一度も会ったことないもん。力は強いって聞いてるけど」
ラグナスはサードにそう言いながらも、ふと、魔王がいるの知ってるんだこいつ…と察した表情をしながら続けた。
「大体にしてリッツに下手に近寄ったら他の魔族たちに変に目つけられちゃうし」
「何で?」
私が聞き返すと、ラグナスじゃなくてサードが答えた。
「リッツって野郎を利用して魔王の座を奪おうと考えるやつもいて、前魔王の息子に近づいたら周りからそんな目的で力のあるリッツに近づいたって思われるからだろ」
サードの言葉にラグナスは頷く。
「そうそう。下手に近づいて何の目的でリッツに近づいたんだって魔王様に睨まれるのも面倒臭いし、リージング州って魔界の中でもダークサイド寄りなんだよね。
だからリッツに下手に関わったら面倒な奴らに目をつけられてどこまでも絡まれて足引っ張られそうでさ。そんなだからリッツの知名度は抜群だけど関わりたくないって思ってる魔族は多いよ」
そうなんだ…。リッツは魔王の側近のラグナスでも手が出しにくい存在なのね。
そんな厄介な相手からどうやってロッテを助け出せば…。……あ!
私はそうだ!とラグナスに身を寄せた。
「そういえばロッテが言っていたわ!魔界で有名な魔族がロッテの貸本のごひいきさんで、魔王も下手に手を出せない人だって。その魔族に力を貸してもらえたらすぐにロッテを助けられるんじゃないかしら!」
ラグナスは少し黙り込んでから言いにくそうに口を開いた。
「多分その貸本のごひいきさんで、魔界で有名な魔族がリッツなんだと思うんだけど。ロッテからよくリッツの話聞いてたから…」
「誘拐した張本人かよ!?」
アレンが思わず突っ込む。
「なるほど、リッツって野郎はロッテに会いに貸本をよく借りに行っていた。ロッテはその気は無いが自分の身の安全のためにリッツの好意と地位と身分を利用していた。リッツはそれで自分に気があると思い込んだが、ロッテに適当にあしらわれ続けて、ついに…ってところか?」
サードが納得したようにリッツの心情をまとめているとアレンが、ちょっと待てよ?とあごに手を当てて考える。
「じゃあリッツに近づこうとしたら周囲の魔族に目をつけられて大変で、そのリッツ自身が魔王が下手に手ぇ出せないぐらい強いってことか?」
「そうそう。ロッテも面倒な魔族に好かれちゃったみたいで…」
ふぅ、とラグナスは困ったようにため息をつく。
「しかしラグナスさんは魔王の側近で、貴族であるグランさんより立場が上なのでしょう?それにリッツという方は前魔王の息子でも僻地にいるというのなら、そこまで地位が高いというわけでもないのですよね?ならラグナスさんが働きかけたら穏便に事が収まるのでは?」
ガウリスはどうでしょう、とラグナスに聞くと、ラグナスはむー、と口を尖らせる。
「ちょっとねぇ。あんたら色々知ってるみたいだからバラすけど、今は魔界の立て直し優先だから魔王様も下手にダークサイド寄りのリージング州にもリッツにも下手に手を出したくないの。私が動いたら完全に魔王様の命令で動くようなものじゃない?はい、アウトーってわけ」
そうですか…、とガウリスは他に手立ては無いかと難しい顔をして黙り込んだ。
「けど魔界って身分とか権力が云々じゃなくて、力こそ全てなのよね?」
私が聞くとラグナスはこっくりと頷く。
「そうだよ。強けりゃ強いほど上の地位に行ける。それまで世襲制だった王家も王になった魔族の力が弱けりゃ家臣が乗っ取るし、その王になった家臣だって力のある平民に負ければその平民が王になる。だから高い身分=力の強さってわけだね」
「それなら魔王と一緒に側近の皆で威圧すれば…」
「そこが問題なんだよ」
ラグナスはグランに目を向けた。
「そんなわけでグラン・エディオ・ファーティンスタ」
グランはいきなりフルネームで名前を呼ばれてラグナスを見る。
ラグナスはローブの下から丸められた紙を取り出し、シュルシュルと広げてグランに見せつけるように差し出す。
「魔王側近であるラグナス・ウィードからの命令です。今からこの勇者御一行と共にロッテスドーラ・サーマンドリア・ハリスの救出にリッツ・ミルデ・ワーリの屋敷へ向かう事を命じます」
その場に居る皆が目を見開いたけど、一番に声を上げたのはやはりグランだ。
「っはぁあ!?貴様ふざけるのも大概にしろよ、なぜ俺が、こんな魔族を何度も倒している人間どもと一緒にリッツの屋敷に行ってロッテスドーラを助けに行かねばならんのだ!」
グランはラグナスの胸倉を掴んでガクガクと揺らして、ラグナスからは「お、お、お、お」と揺れる声が飛び出す。
ラグナスはやめてよ、とグランの手を引き離して、
「魔王様はリッツのことも危険視してるけど、ロッテのことも同じように危険視してるの。他の魔族のプレーンになって歯向かってきたら魔王様といえど苦戦するだろうからね。
今のところ私とロッテの仲がいいから、ロッテが地上に行ってもまだ自分の手の内にいるって安心してる感じだけど」
と言いながらラグナスはグランを見ながら続ける。
「今回のことはただロッテがさらわれたってだけじゃない。もしロッテがリッツの手元にいるってのがリージング州の奴らに知られたら、都合よく利用できそうなリッツとロッテを使ってリージング州丸ごとが魔王様に歯向かって来る危険性があるの。
あの州の奴らはきっと魔王やその側近の立場を使って威圧したら何か起きたって察してすぐにリージング州にロッテがいるのが分かると思う。そうしたら今言ったのが現実化する。
それにさっき魔王様にロッテがリッツにさらわれた話をしたら、どんな手を使ってでもすみやかにロッテを奪還しろって言われてさ。
それなら魔族相手にクリティカルヒット出し続ける聖剣をもってる勇者を使うのはグッドアイディアだと思うんだけど?どうやらエリーたちも助けに行くみたいだし、あんたは魔王様の直接の配下じゃないしちょうどいい」
「…で、勇者どもを魔界まで連れて行けと?ハッ、魔族の敵の勇者どもをと一緒に行動する馬鹿がどこにいる?」
「ここに」
ラグナスはビッスビッス、とグランの額に人差し指を突き続ける。
「ふざけるな、貴様ぁああああ!」
グランはさっきよりも激しくガクガクとラグナスを揺さぶり、ラグナスからは「お、お、お、お」と揺れる声が飛び出す。
「やめなさいよ」
私がグランの腕を掴んで引き離そうとするとグランは、
「触るな!」
と腕で弾き飛ばしてきた。
その勢いで私は壁にぶつかって、アレンがすぐに私を支え起こしてグランに何か言おうとしたけど、その前にラグナスがグランの口の中に杖を突っ込んだ。
ラグナスの目は見開かれていて、今まで見たことがないぐらいの冷たい目つきでグランを下から見上げている。
「言ったよね?エリーに手出したら許さないって。あなたの体の骨を全部他の所に転移させて軟体動物にしてあげようか?それとも脳みその一部だけ抜き出して阿呆にしてあげようか?んん?」
聞くからに恐ろしいことをラグナスは言う。
人そのものじゃなく、体の中身の一部をワープさせることもできるの?ラグナスはポンポンとあちこちに転移できるけど、それと同じように体のパーツを抜き出されてポンポンとあちこちに放り出されたら…。
ゾッとしているとグランは眉間にしわを寄せて、ラグナスを睨み下ろしている。ラグナスはグランの口の中に更に杖を押し込んだ。
「これは魔王様公認の、あんたより格上の私からの命令なわけ。だから従え、従わないなら魔王様の命令に逆らった罪でここで殺すよ」
グランは忌々しそうに口から杖を取り出して、怒りで血管を浮き上がらせながらラグナスを見下ろした。
「いつか殺す」
「あっそ。じゃ、これよろしくぅー」
ラグナスは元々の調子に戻って、丸め直した紙をグランに握らせた。
むかぁし、ダンジョンのラグナスがグランを夕ご飯に呼んでくれた
グラン
「俺大根嫌いじゃ、豆が嫌いじゃ、魚が嫌いじゃ、ニンジンがだーっい嫌いじゃー、アッハハハハ!」
ラグナス
「…」
―その夜―
ラグナス
「もったいねぇ…もったいねぇ、もったいねぇもったいねぇ…」
グラン
「怖い、ごめんなさーい」
ラグナス
「もったいねぇ…もったいねぇ…」
―次の朝―
ラグナス
「それはな、もったいないおばけというものじゃよお↑」
グラン
「自作自演じゃないか貴様ぁああ!」
ラグナス
「皆も、もったいないおばけが出んようにしとるかのお↑?」
グラン
「話を聞けええええ!」
※意味が分からない若い子は、YouTubeで「もったいないおばけ AC」で検索してね!




