な、なんだってー!
エローラたちに頼んだガウリスの新しい服はキッチリと一週間と二日で出来上がった。
「ジャジャーン!どうよこれ!」
エローラの一人が新しい服を着ているガウリスに向かって手をヒラヒラと動かしながら見せびらかしてくる。
ガウリスの新しい服はサンシラ国の人がよく着ていた…大きい布を折って体に巻き付けるあのゆったりとしたあの白い服、その下には赤いシャツ。
まあ見た目的には新品だってのは分かるけど…。
「なんかいつもガウリスが着てる服と同じに見えるけどな」
私が思っていたのと同じことをアレンが言いながらガウリスの服を触っていると、エローラの一人はうんうん、と頷いた。
「それでいいの。パッと見でサンシラ国の男だって分かるようにしとけばサンシラ国を知ってる人はビビッて近寄ってこないでしょ」
「そうすりゃ無駄な人間同士の戦いは避けられるでしょ」
その言葉にはサードも頷いて、
「それはありがたいことですね」
と微笑んだ。
…ガウリスからアレンが武道家になった経緯を聞いたけど、どうやら商人という肩書だと舐められるというサードの目論見で無理やり武道家にさせられたみたいだから、パッと見で相手が威圧されて避けていくに越したことは無いってサードは思っているのよね、きっと。
私はガウリスの新品の服を触りながら気になったことをエローラたちに聞いた。
「でもやっぱり触り心地も普通の服っぽいのだけれど…。ドラゴンの姿になったら伸びるの?」
エローラの一人が私の質問に答えた。
「伸びないよ。消えるの」
「消える…!?それって裸になるってことじゃないの!?」
驚いて言うとエローラたちはドッと笑って、私をバシバシ叩いてくる。
「違う違う、この服は一気に内側から圧力がかかると服が一旦空中に隠れるだけ。けど元々服を着ている人の傍にはちゃんとあるの」
「そうそう、元の大きさに戻った時には空中から服が現れて持ち主の体の周りに戻る」
「人間に化けて旅をしてるドラゴン専用の繊維の改良版で作ってあるから、その機能と実用性は保証するよ」
ドラゴンが人間に化けて旅してるというかなりの衝撃的な言葉がさも当然のように飛び出てきて、思わずガウリスはエローラたちに詰め寄った。
「ドラゴンが人間に化けて…!?ドラゴンが人間の姿で旅をしておられるのですか?」
ガウリスの驚きように、エローラの一人は馬鹿にしたような顔で笑い飛ばして指を突き付ける。
「何驚いてんの、ガウリスと同じでしょ」
ガウリスはそれはそうかと納得したような顔をしたけど、それでも重ねて聞いた。
「ちなみにその方は自分の意志で人間やドラゴンの姿になられているのですか?」
エローラたちはそりゃそうだ、と全員で頷いていく。
「だってドラゴンの姿でこんな町中に来たら大騒ぎじゃん」
「そーそー。自分の意思で人間になってるに決まってるじゃん」
「あ、ちなみにそのドラゴン倒さないでくださいね。うちのお得意さんだから」
最後のエローラはサードに向かって手を合わせて頼み込む。
サードはドラゴンが人間に化けて旅をしているというのを聞いて、何か思いついたような表情で…どこかエローラたち、そしてそのドラゴンを利用してやろうという表情を表向きの表情に隠しなが聞いている。
「そのドラゴンはどのようなお方なのですか?うちのガウリスのこともありますからできれば話をしてみたいのです。今どこに居るかなども分かれば良いのですが、分かりますか?どこに向かったかなどは…」
でもエローラたちは困った顔になった。
「旅をしてるドラゴンですからどこに居るかなんて分かりませんよぉ」
「あ、でも人間の姿だと髪の毛青いよね。そんで目の色は黄色で」
「見た目の年齢もその時の気分で変わるから会うたびに若かったり歳とったりしてるよね」
エローラたちはそう言いながら旅をしているドラゴンのことをペラペラと教えてくれる。
でもエローラたちがガウリスがドラゴンになるという話をしても特に驚かなかったのは、そういうドラゴンがいたからなのね。
やっぱりエローラたちは人間じゃなくて精霊だから、そういう人間じゃない存在が多くこの店に訪れるのかも。私たちだって精霊の紹介で来たようなものだし…。
「けどドラゴン専用の繊維で作られた服って…結構値段高いんじゃねえの?本当にタダでいいの?赤字になんない?普通にやったらこれいくらなの?」
商売気質のあるアレンはそこが気になってしょうがなったのかそう聞くと、サードは鋭い視線でアレンに向けた。
「無料でやるっつってんのに値段を聞くんじゃねえこの野郎」って言いたいんだと思う。
エローラたちはアレンの言葉にアハハ、と軽く笑う。
「まぁねー、めったに取れない繊維から作ってるし」
「そりゃ高いわ」
「私たち精霊の力もたんまり仕込んでるし」
三人は顔を見合わせると、ヘラヘラ笑いながら私たちを見る。
「けどあたしたち、そんなにお金にこだわってないんだ。お金の使いどころって服の素材買う時ぐらいだし?」
「おままごとみたいに人間社会でお店開いて仕事っぽいことしたいだけだもんね、うちら」
「遊びでお金が増えすぎても困るよねー。たまにお金がありすぎると人のご飯も食べたりもするけどうちらそんなに人の食べ物食べられないしさー」
「日光と空気と水があればお腹いっぱいになるから正直この店の建物だって要らないしねー」
「そうそう。屋根と壁って日光も雨も風も遮るしー」
「繊維と布が日ざらし雨ざらし吹きさらしはまずいからって建物作っただけだもんねー」
エローラたちはジレンマだわぁ、という困った顔で頭を寄せ合っている。
もしここにファジズが居たら、
「なによその贅沢な悩み!ふざけないで、私がこの百年お金を稼いで屋根の下で暮らすのにどれだけ苦労したか…!」
と怒り狂って泣き出しそうな言葉がポンポン出てくるわ…。
そしてサードはエローラたちに微笑みかける。
「なんて清らかな方々でしょう。やはり精霊とは素晴しい存在なのですね」
サードの爽やかな微笑みに、エローラたちはキュンとときめくような顔つきで静かになってモジモジしている。
でも違うのよ、その男はあなたたちじゃなくて結局タダでいいという言葉に喜んでそんな微笑みを浮かべているのよ。そんな男なのよ、そいつは。
もちろんそんな私の心の言葉は三人に届かないけれど。
「っと、そろそろホテルのチェックアウトの時間だから行かねぇと」
アレンがお店の中にある時計を見ながらそう言って、私たちはエローラたちに心から感謝の言葉を伝えて、エローラたちもお気をつけて、と手を振って見送ってくれた。
そうしてホテルに戻って部屋を出る準備をする。
どこの貴族のお屋敷?と見紛うほどのこの部屋ともお別れね。まさか一ヶ月近くこの部屋にいるはめになるとは思っていなかったけど…。
「エリー」
振り向くとカール…ファジズがやって来ていて、蝙蝠に分裂するとピーチ分の体のない半身の男の姿で私に片手でしがみついてくる。
「ねえ、どうしても行っちゃう?」
そろそろ出発する。その話を告げてからファジズは度々同じ質問をしに来ていた。魔族だと知っても普通に話し合える私たちを引き止めたがっているのは分かるけど…。
「冒険しているんだもの、ホテルに定住できるわけないでしょ」
「寂しい」
メソメソ泣きながらファジズは私の背中に手を回してしがみつく。
これで一旦お別れだと思うといつも通りに押し返せなくて、私は黙ってされるがままでいた。
「とりあえずロッテと会えたら、ファジズのことを頼んでおくから。それまでここでお仕事頑張ってね」
私もファジズの背中に手を回してポンポンと叩く。
「うん、うん」
ファジズは何度も頷いて私にずっと抱きついている。
でもチェックアウトの時間も差し迫っているんだからいつまでもこうしていられない。
私はファジズにそろそろ時間だから、と離れると、ファジズはカールの姿になって、メソメソと泣きながらホテルの入口まで見送ってくれて、いつまでも大きく手を振っていた。
「…カールの姿になってまであんなに泣かなくたっていいじゃんなぁ。他の従業員変な顔してるぜ」
アレンが苦笑いしながら支配人姿のファジズに手を振り、私も見えなくなるまでファジズに手を振る。
「百年も一人だったのよ、それがこうやって人としてじゃなくて魔族として接してくる人なんて居なかっただろうし…寂しかったのよ」
私にはサードとアレンが居た。両親も国の城に軟禁されてていても生きている。
でもファジズは両親を殺されて、史料編纂で一緒にいた仲間も殺されて、それからはずっと一人、自分の力だけで生きて来たんだもの。
きっと事情を知ったうえでそれまでと同じように接する私たちの存在が嬉しかったんだわ。それなのに私たちがいなくなるとなればまた独りぼっちになるって寂しい気持ちなのよ。
…早めにロッテとコンタクトを取られればいいけれど…。
ホテルからだいぶ離れた道を歩いていると、目の前に誰かが立ちふさがった。
あまりに堂々と私たちの行く手をはばむから、立ち止まって目の前の相手の相手を見る。
ピンピンと跳ねたオレンジの髪、負けん気の強そうな顔立ち、それに首から下全てを覆っている黒い甲冑に長い槍…。
見た目的に装備も随分と整っているし、中級以上の冒険者みたい。でもなんとなく見覚えのある顔だわ、どこかで会った人かしらとマジマジと見ていると、相手はジロリと私たちを見た。
「用があって来た、勇者ども」
相手が張りのある声で呼ぶ。
でも、「勇者ども」と言われて少し驚いた。そりゃあ私たちが気に入らない冒険者だっているかもしれないけど、ここまで横柄な態度を冒険者にされたことはないから…。
それにしても誰だったかしら、絶対にどこかで見たことがある顔なのだけれど。
今までの冒険を思い出して記憶をさかのぼらせていると、あっ、とアレンが思い出したように口を開いた。
「そうだそうだ!ほら、ロドディアスの古城で出会った黒い甲冑を着たあの騎士だよ。ほら中ボスのランディ卿の息子で、板金に頭打ち付けられて額から血を流してたグランだ!」
あ、ああー!あの黒い甲冑の騎士!グランって名前だっけ。
「そんなことは思い出さなくていい!」
アレンの言葉にグランは目を吊り上げて一声怒鳴った。
親のランディ卿も声が大きかったけど、息子のグランも負けず劣らずで声が大きい。その一声で周りを行き交う紳士淑女がギョッとした顔を一斉にこっちに向ける。
「まあ落ち着いてください。それで御用とはなんでしょう?こんな人通りの多い町中にまで現れてまで伝えねばならないことなのですか?」
サードが表向きの爽やかな表情でグランの対応をする。
グランはサードの表用の微笑みを気持ち悪い物を見る目で見ている。
魔族には性根の悪い人はすぐに分かるみたいだから、そんな性根をスッポリと覆い隠すサードの人当たりのいい爽やかな微笑みが不気味に見えるのかもしれない。
「まあ…そうだな」
グランはサードには目を向けないようにして、私を見下ろしてきた。
「我が主、ロドディアス王より伝令を受け持ってきた。まずは礼だ。人間界よりあの水のモンスターが全て居なくなったらしい。どのようにやったか分からんが、そのことについてロドディアス王は大変お喜びになっていた」
「そうなの!良かったわ」
どうやらサンシラ国の冥界の王、レデスのおかげで地上にいた水のモンスターは全て冥界へと引っ張りこまれたみたい。
「これで普通に川の水が飲めるわね」
「だなぁ、今まで一応煮沸してから飲んでたけど、やっぱり冷たい水も飲みたいもんなぁ。あの国の人たちにもそのこと教えないと」
「ならばあとで手紙を送っておきましょう。エリー、お願いしますね」
サードは何気に手紙を送っておけと面倒なことを私に回してきた。
この男と思ったけど、教えないとあの病気がはこびっていたあの一帯の人が不安な毎日を過ごすことになるものね…。でも魔族の知識を借りたとか神様の手を借りたとか、そういうことを普通に書いていいものかしら。
悩みながらふとガウリスを見上げる。
「ガウリスは本の管理が得意なら、本をよく読んでいたのよね?文章を考えるのは得意?」
「まあ、要約する程度なら」
「それじゃあ後でちょっと手紙書くのを手伝ってくれない?」
「ええ、構いませんよ」
こっちで話し合っているとグランはあからさまにイライラした顔で腕を組んで、コツコツと指先の手甲を腕の甲冑に当てている。
「まだ話はある。我が主、ロドディアス王とその姫、ローディ姫の処分のことだ。教える義理などさらさらないが、貴様が心配しているようだから教えてやれとのロドディアス王の恩情だ、ありがたく思え」
そうだわ。魔界から勝手に人間界に居ないモンスターを持ってくると罰則があって、お咎めなしとはいかないだろうが…ってロドディアスは言っていたっけ。
「どうなったの?」
「我が主、ロドディアス王は百年間城の中で謹慎、ローディ姫は人間界へ赴く資格は永久にはく奪されるものとなった」
やっぱりお咎めなしとはいかなかったみたい。でもそんなにひどいお咎めじゃないみたいで良かった、下手したら殺されるとか、殺す一歩手前まで傷めつけるとか、そんな酷いことをされるんじゃって思っていたから。
「でも百年の謹慎も辛いんじゃないかしら…」
私の呟きにグランは馬鹿にする笑いを浮かべる。
「人間だったら死ぬ年数だからな。だが我々魔族にとって百年程度、痛くも痒くもない。貴様らの尺度で測らないことだ」
その馬鹿にする態度で思い出した。
そういえば最近は人間に親しい魔族と多く会っているせいで忘れていたけど、魔族って基本的に人間のことは家畜とか虫けら程度にしか思ってないんだっけ。
あからさまに人間だからって馬鹿にする魔族に久しぶりに会ったわ。
「それだけを伝えに来たのですか?」
サードに声をかけられたグランは気持ち悪そうな顔で一歩引く。やっぱりサードの表向きの表情は不気味に見えるみたい。
「そうだ」
と言いながらグランはサードから視線を逸らして私を見下ろしてくる。
…何でいちいち私を見てくるのかしら、この人。
何となく視線を外して皆を見上げてから気づいた。
サードの表向きの顔は見たくない。でもアレンとガウリスを見ると魔族の自分が人間を見上げる形になる。そうなると身長的に見下ろせるのが私しかいないんだわ。…グランって案外と中身は幼稚なの?
グランはともかく伝えることは伝えたという雰囲気を出して背を向けて帰ろうとする。
でもふと足を止めて振り返って私を見てきた。
「そういえば姫が地上に連れてきたその水の微生物のことはロッテスドーラに聞いてどうにかなったのか?」
…ロッテスドーラ…って、ロッテの本名よね?
「まあロッテに聞いて、それから色々とあって」
細かく言うと長くなりそうだから大雑把に省いて答えると、グランは気もなさそうに、フーン、と言ってから続けた。
「そのロッテスドーラだが、さらわれたらしいぞ」




