種族の名は
「エリィ~」
支配人として暇な午前十時ごろ。
ファジズがスッキリとした男の姿のままで私に抱きついて頬ずりしてくるから、私は困惑の表情でファジズを押し戻した。
「あのね、何度も言っているんだけど、あまりこういうことしてほしくないの」
ファジズはキョトンとした顔で見返したあと、悲しげな顔になって小首をかしげながらジッと目を見てくる。
「嫌なの?」
そう言われると…返答に困るのよね。嫌っていうか、恥ずかしいからベタベタと引っ付いてくるのをやめてほしいって言ってるんだけど…。
答えに困って一瞬黙り込むとファジズから悲し気な表情がケロッと消えて、
「すぐに嫌って言わないなら、本当は嫌じゃないんでしょ?」
ファジズはまた抱きついてきて、私の頭に音を立てながら何度も口をつけてくる。
「だ、だからそういうのやめてって言ってるの!」
押し戻すけど、男の姿のファジズはビクともしない。私が男でファジズが女の子の姿の時は私の方が力は強かったのにぃ…!
ファジズは暇があれば私の部屋にやって来て、こんな風に抱きついてきたり頬ずりしたり口づけをしてきたりとベタベタ引っ付いてくる。
アレンも昔はベタベタしてきたけれど、あれは可愛がられてるっていう心地良さがあった。でもファジズのこのベタベタしてくるのはひたすら甘えて身体を密着させてくるからかなり恥ずかしい。
「おいエリー…」
サードが勝手に扉を開けて、サードについて来たらしいアレンとガウリスも中に入ってきた。
でもファジズの腕の中にガッチリくるまれている私と、ひたすら私の頭に口づけし続けているファジズを見て、アレンとガウリスは気まずそうに視線を逸らす。
でもサードはブチッとブチ切れた表情で聖剣を引き抜いた。
私の髪の毛に触れる者は私本人ですら許さないのに、ファジズがひたすら髪の毛に触れているのを見て一気にブチ切れている。
「てめえゴラ、エリーの髪に触んじゃねえ!ぶっ殺すぞ!」
サードはファジズに剣先を向けながらズンズン近寄る。
ファジズはそこでサードが部屋に入ってきていて、しかも剣を向けられているのに気づいたのか、
「あん、やだぁ、怖~い」
と言いながらファジズは私からようやく離れた。そして私はサードとファジズの間に立って、やめなさいよとサードの行く手をはばむ。
すると後ろから、
「あ、やった。エリーの髪の毛だわ!」
とファジズが自分の服から私の髪の毛をつまみ上げている。
その一言にサードが反応した。でもファジズは、
「はぁ…エリーの髪の毛一本でも愛おしい…」
と私の髪の毛に頬ずりしていて…頬ずりしたところからファジズの顔に金粉のように純金がすりこまれている。
ファジズはそこでふと自分の指に金粉がついているのに気づいたみたいで、なにこれ?という表情をしながら何の気なしに私の髪の毛を人差し指と親指でより合わせる。
するとファジズの指の腹にはキラキラと輝く金が広がってくっついている。
ファジズは自分の指を見て、え?という顔で私を見る。
「これってもしかして…金?え?エリーの髪の毛が金に…?」
私は思わずサードを見る。
サードは顔をしかめて聖剣を再び握り直す。
「殺す」
「ちょ、待った!落ち着けサード!」
「そうよ落ち着いてサード!」
アレンがサードに掴みかかって、私もさっきよりサードの行く手をはばんで抑え込む。
「髪の毛が純金になる種族…うそ…まだいたんだ…もう居ないって書いてたのに…」
え?とファジズの言葉に振り向くと、ファジズは驚いた顔で私を見ている。でも多分私の方が驚いた顔をしていると思う。
「私の種族が…何か分かるの?」
「もちろんよ。私の家系は魔界で一番古いとされているのよ?私の家系しか知らないような種族や滅んでいった種族の話も記録に残されて、私はその記録に残されていた種族を中心にあれこれ調べていたの。だから一通り知ってるわ」
サードはファジズの言葉で攻撃しようとする手を止めて黙り込むと、聖剣をファジズに向けた。
「言ってみろ」
「その危険なブツをしまってよ。そうしたら教えてあげる」
サードは少しイラッとした表情をしたけど、不承不承という顔で聖剣をしまうと、ファジズは私の部屋のベッドに座り込んで、話し始めた。
* * *
昔々、あるところに神と人間と魔族が一緒に暮らしていたの。
ある日、神と私の祖先は話し合った。
知らないうちに生まれていた人間は私たち神と魔族に似た容姿だけど、なんの力もなく危機察知能力も低くすぐに疲れるしあまりに非力すぎる。
それなら人間たちに私たちの力を与えてやろうじゃないかって、人間たちに力を与えようとした。もちろん人間たちだって神と魔族の力が貰えるなんて名誉なことと喜んで神と魔族の申し出を受けたらしいわ。
でも神と魔族の力は何の力もない人間には荷が重かったみたいで、力を分けられた人間は次々と死んでいったんですって。
そりゃそうよ。それまで空気の入ってた風船に魔法で一気に空気を入れたらどうなるか分かるでしょ?キャパオーバーってわけ。
いきなり力を分けたのがいけなかったんじゃないのって神と私の祖先は話して、それなら人間に自分たちの血を混じり合わせていけば少しずつ自分たちの力が人間に混じっていくんじゃない?って考えた。
そして神と魔族は少しずつ人間に自分たちの血を混ぜていったの。
…。サードとアレン。あんたらなんかエロいこと考えてない?言っとくけどこのころにはまだ魔族にも神にも人間にも性別は無かったのよ。
ふふ。ま、どうやって血を織りまぜていったのかは書き残されてないから、もしかしたらあんたらが想像したようなことかもしれないけど?
そうやっているうちに魔力の強い者、神威の高い者が現れ始めたわけ。
で、神はそんな人間たちが安心して暮らせる大地を作って、地面にくっついている自然のものごとは大地に任せた。
そんな中、私の祖先は大地がどんどん草花に木を増やすのを見て気づいたの。
どうやら草花や一部の木々には異なる種…まあいわゆる性別があるから数が増えやすいみたいって。それなら自分たち魔族や神、そして人間にも性別を与えればもっと数が増えるんじゃないかって考えた。
そうして私の祖先は草花に習って異なる種、性別というものを作り出して、全ての神や魔族、人間に与えたの。
そうしたら様々な種族が誕生していった。
そうして私の祖先は次々に誕生する種族、そして繁栄せず滅んでいった種族を書き留めて、記録として残したの。
そのころにはもう性別を誰に与えなくとも生まれたころから性別はあったし、土地を豊かにするのは大地がやっていたし、神は増える種族に愛と恩恵を与え続けていたし、他の魔族たちが人間や神を危険から守っていたから、私の祖先は今までのことを記録に残そうとしていたみたいね。
そうしているうちに様々な種族かまじりあって、ついに全ての血を受け継いだ種族が誕生したの。
それがエリーの種族だと思うのよ。…ああ、やっぱり?全部の種族の血が混じってるって?
日記にはこう残されてるわ。
『ついに全ての血を受け継いだ種族が誕生した。この全ての種族の血が混じった種族こそ全ての完成形であり、我々魔族と神の対立を鎮め手を取り合う要になるだろう』
って。
…そうよ、魔族と神が対立するようになっても私の祖先は昔みたいに皆で過ごすことを望んでいた。きっと私の祖先と力を合わせて共に世界を作った神も。
でもその時はすでに神と魔族の溝は深まるばかりで、神や魔族、地上で繁栄していた全種族の穏便派の声は誰にも届かないまでになっていたの。
私の祖先は神と対立する以前の性質のまま、皆から危機を遠ざけようと最後まで奮闘した。
全ての血が混じった種族を間に入れて、これは皆の子だ、平和の証だってのを見せて争いを終わらせようとしたの。
でも叶わなかった。
魔族である私の祖先は神々が放つ光で体が焼けただれて地面の下に引っ込んだ。
そうしてる内に神々も自身の光で人の目を潰すほどになって天の上へに引っ込んだらしいって聞いたから、祖先は痛む体を抱えて地上に出た。
全ての血を受け継いだその種族は人間に最も近いから地上に取り残されているはずだって、破壊され尽くされた大地の上を探し回った。でも発見できなかった。
大地をくまなく歩き回って、破壊された大地の隙間にこっそり隠れていた木の精霊がその種族を見たって言うから、どこにいると聞いても分からないと答える。
その精霊がわずかに見て覚えてるその種族のエピソードは二つだけ。
神の血を引いているからと天界に引き上げられたけどすぐに地上に戻されて、
「私は生まれたばかりなのに魔族の血が入っているだけで祝福もされず追い返されるなんて」
と泣いていたこと。
それを聞いた魔族が我々が祝福を与えて仲間にしてやろうと言ったけど、神の血が交じっているのに気づいた魔族は汚らわしいと唾を吐いて去っていき、
「私は誰からも祝福されない中途半端な存在だ」
と嘆きの言葉を一つ残してどこかに去ってしまったこと。
結局その種族は発見できなかった。
私の祖先はそのあと体が限界を迎えて地上で死んでしまったの。亡骸は戻って来なかったけど、その種族を探し回った記録だけは子孫の元に戻って来た。
記録に残っているその種族の特徴は神のように自然を操る魔法が使えて、抜け落ちた髪の毛が金になる。
そして神からも魔族からも受け入れられなかったから滅んだんだろうって残念そうに締めくくられてたの。
* * *
「私滅んだの?」
驚いてそう言うと、アレンが、
「滅んでないよ、エリー」
と冷静に突っ込んでくる。
するとサードがファジズにおかしいだろ、と言いたげに噛みついた。
「お前の先祖は神と力合わせたんだろ?神と魔族は対立してたのに神と力を合わせたお前の家が魔界で格式高いのはおかしいだろ」
ファジズは私のベッドの上でゴロゴロと転がるようにくつろいで、
「言ったでしょ?私の家系は魔界で一番古いとされる魔族の家柄なの。いわば魔族全員の始祖と言ってもいいわ。だからよ。魔界では力のある者こそ全てだけど、自分たちの産みの親とされる私の家系には一目置いてた」
と言いながら私の枕にしがみついて顔を押し当てて、
「はぁ…エリーの匂い…」
とウットリした顔になっている。
…目の前でやらないでほしい。…でも自分の知らないところでやられる方が嫌かも、っていうか人の枕の匂いを嗅がないでよ…。
嫌な顔でファジズを見ているとファジズは枕から顔を上げた。
「神はどうかしらないけど、きっと人間界でも魔界でもそんな種族が居たと知ってる人は居ないと思うわ。私は家に残ってる記録を解読して、魔界で両親と一緒に史料編纂していたから知ってたけど」
「シリョウヘンサン…?」
何それ、聞いたことない。
するとガウリスが答えた。
「文献や遺物を調べて歴史をまとめることですよ。まさか魔界でもそのような仕事があるとは…」
ファジズはフッ、とかすかに笑う。
「仕事っていうより、魔界の知識人の趣味に付き合わせられてただけよ。魔界に伝わってる伝説の話と本当の歴史は違うんじゃない?って気風が知識人の一部で高まったみたいでね。
私の家になら色々と文献があるはずだからそれを見せて欲しい、手伝って欲しいと言われたのよ。私は興味無かったけど両親が変にやる気出しちゃって、どうせお前も暇だろうって無理やり手伝わされただけ」
面白くないし、地味な作業だし、やってくるのは大した容姿じゃないおじさんばっかりでつまむ気にもならなかったし、昔の魔界の文字なんて読めないし、昔の文献は汚くて触りたくなかったし、でも他にやることなかったし…とファジズは文句をタラタラと言っている。
それでもその表情は昔の楽しかった日々を懐かしむような表情で、そしてわずかに寂しげに微笑んでから続けた。
「三代目の魔王が魔界の都合の良いように歴史を大きく捻じ曲げたのはちょっと調べたらすぐ分かったわ。
それを知ったら私もちょっと楽しくなってきて前よりやる気出てあれこれとやってたけど、目障りに感じたんでしょうね、前魔王は。史料編纂に関わった両親、それに皆が次々と殺されていったわ。そうして私だけでも生き残って本当の歴史が消えないようにしてくれって言われて…私は人間界に逃げて今に至るってわけ。
…本当は魔界にはいつでも戻れるの。でも今の魔王も本当の歴史を調べられるのが目障りだと思ったらきっと私は殺される。そうしたら、殺された皆の思いが消える。…だから今の魔王が迎えに来ないと…殺すつもりはないから迎えに来たという姿をみないと安心して魔界に戻れないの。だから帰れない」
そんなことがあったの…。
そんな気持ちで今までいたのねと痛ましい気持ちになってファジズを見ていると、ファジズは私を見て片目でウィンクして投げキスをしてくる。
その行動をみていると、痛ましい気持ちになったのが少しアホ臭くなった。するとサードはなるほどとあごをさする。
「つまりエリーは全部の血が混じってるくせに神からも魔族からも相手にされなかった運の無い種族ってわけか」
その言い方は腹立つ。
…でもサンシラ国で会ったバーリアス神は別れ際に私に言っていたわ。
『お前はいつでも神に愛されている。それと同じく魔族にも愛され、精霊にも愛され、モンスターにも愛されてる。世界の万物がお前を愛してる』
言われた時は何言ってるの?という気持ちだったけど、もしかしてあれって慰められていたのかしら…。
「けどさ、少し自分がどんな存在なのかって少し分かって良かったじゃん。これも袖すり合うも多生の縁ってやつだよな」
アレンがそう言ってくるから、私も頷く。
そうよね、神や魔族に見向きされなかった運のない種族だったのかもしれないけど、それでも自分の種族のことが少しでも知れて良かったわ。
私はファジズに微笑む。
「色々と教えてくれてありがとう、ファジズ」
ファジズはベッドから起き上がって、隣をポンポン叩いて私を熱っぽい目で見てきた。
「お礼は体で、ね?さ、来て。それとも二人きりの方がいい?」
「…」
だからそういうのやめてほしいんだってば。




