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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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病気の町

「申し訳ありませんが、この町は今封鎖されています」


頭には白い帽子、鼻と口も白いマスクで覆い、首から足元まで白い看護衣装で包まれた全身真っ白の姿。そして唯一出ているのが目だけという服装の男の人に止められた。


私たちはスライムの塔を離れてから順調に街道を進み、一日半で古城と最も近い町まで到着した。

そして目的の古城に行くためにはまず目と鼻の先にあるこの町に入らないといけないんだけど、町に入るための巨大な木造の扉はピッタリ閉められているし、数十メートルはある石造りの壁が町を囲っているから入りようもない。


「でも俺らここに入りたいんだけど…」


アレンが門番のように立っている男の人に言うと、


「申し訳ありません。ただ今この町で謎の病気が流行っていまして、もしかしたら伝染病なのかもしれないんです。あちこちに移動する冒険者が感染したら一気に病気が広まってしまう可能性がありますので」


男の人はそういう事情で仕方ないから、とばかりの口調で事務的に言うとムッツリと黙り込んでしまった。


私たちはお互い顔を見合わせ、そのまま私は遠くを眺めた。向こうには目的地の古城が森の頂上に鎮座しているのが見える。


まさかこんなに目で見える所まで来たのに町に入れないなんて…。


ここにくるまで私たちはゆるゆるとなだらかな坂道を進んできた。次第に街道の位置は高くなって、脇道は斜面へ、そしてここまでたどり着くと落下したらどうなることかと恐怖を覚えるくらいの崖になっていて見晴らしがいいから、余計に古城が目立って見える。


私たちと同じようにこの町を通り抜けようとする冒険者や商人たちもやって来て門番の人に声をかけているけど、伝染病かもしれないと聞くと顔色を変えて引き返すか、他に通る道はないかと相談して結局引き返して去っていく。


「ここ以外だったらあの古城に行ける道はあるの?」


アレンに聞いてみるとアレンは難しい顔をして地図を広げる。


「ないなぁ。この真っすぐな線が今いるこの街道な。そんで町に入って、町の東門を抜けた先の森を真っすぐ進んだ一番奥に古城があるんだよ。だからどうあってもこの町に入らないと古城に行けないんだよな」


サードも地図を覗き込む。


「もはや使われていなくとも城の名残りはありますね、ほとんどが自然の要害で作り上げていて城にたどり着くにはこの一本道しかない。であればこの町も元々は防衛も兼ねた城下町だったのでしょう」


確かにこの石造りの壁と分厚そうな木の扉は普通の町とは様子が違うように思えるし、古めかしいけど物々しくそびえたつ様は防衛用と言われれば納得がいく。


サードは地図を見ながら独り言のように呟いた。


「城の正面から向かって右が崖、背後には川が流れていてその先は滝になっている。左側には道のない森がずっと広がっていて歩くのは困難…」


どうであれ町の中に入らないとどうにもならないってことは私でも分かる。それでも町の中には入れないし…どうしよう。


「では少し交渉してきますか」


サードは白い看護衣装を着込んだ門番の人に近寄って行った。


「申し訳ありません、私はサードと申す者なのですが」


「知ってます、勇者様ですよね」


門番の人はムッツリと答えた。


大体の人はサード、エリー、アレンと聞いたら「勇者御一行!?」って驚きと喜び半々の反応をする。


それでも皆がキャーキャー言うわけでもないし、あの門番の人みたいに私たちを目の前にしても興味ない人もいれば、落ち着いてる人も一定数いる。

私はどっちかというと後者の対応をされたほうが気楽でいいんだけどね…。


ともかくキャーキャー騒ぐミーハーな人であれば勇者の立場を使ってゴリ押しで突破する所でしょうけど、私たちに興味ない門番を相手にどう交渉するのやらとサードを見守る。


「知っていただいて光栄です」


サードは微笑んで続けた。


「実はこの町の病気解明を私たちは依頼されているのです、ですからこの町に入れないと困ってしまうのですよ」


「病気の解明?勇者御一行が?」


門番の人が馬鹿な、とでも言いたげな声で聞き返す。


そりゃそうよ。勇者と言っても冒険者の端くれ、病気を解明するだなんて医療とは程遠い存在だもの。


普段のサードだったら「あ"あ"?」と濁音付きで聞き返すでしょうけど、表用のサードの顔は崩れず続けた。


「病気の原因がモンスターだとしたらどういたします?」


「…モンスター?おう吐と頭痛の原因が?」


門番の人は少し考えこんでから頭を軽く振った。


「この町の周辺にそんな毒を持つモンスターも居ないし、町の中にもモンスターが紛れ込んでいるという情報もありません。それなのに同じ症状の人が日に日に増えているんですよ?そんなわけはありません」


「ああいえ、実はそのモンスターが何なのか私には予測がついているんです」


は?


思わず表情が崩れてしまいそうになるけど、私もアレンもお互い何を言うこともなく平静を装ってサードの言動を見守る。

門番の人もサードの言葉に驚いたような動きで一瞬動きを止め、身をのりだした。


「本当…ですか?」


「ええ、実は昔見た文献で…」


サードが目をつぶり、あごに手を当てて考え込むふりをする。


「病気に似た症状を引き起こす毒、それを持つモンスターがいると見たことがあるのです。その当時はあまり興味が無く詳細は忘れてしまったのですが…」


そしてサードは門番の人に視線を向けて一歩詰め寄り、真っ直ぐ顔を見た。


「もしそのモンスターが原因だったらどうしますか?だとすれば冒険者の我々がお役に立つと思うのですが」


門番の人は少し考えて、それでも納得できないと思ったのか噛みつくように口を開いた。


「しかしそれでただの伝染病だったらどうするのですか。いくら強い勇者でも病気には勝てないでしょう」


「もしその病気の原因がモンスターだとしたら、あなた方医師の力で退治できるのですか?」


しばらくお互いに静まり返る。それでも門番の人は「しばらくお待ちを」と木の扉を開けて中に入って行った。


門番の人が消えてからアレンがそっとサードに近寄る。


「サード…」


私もサードに声をかけながら近寄る。


「今言ったこと、嘘だろ」

「今言ったこと、嘘でしょ」


語尾以外私とアレンの言葉がダブった。

サードは面倒臭そうに軽く振り返る。


「ったりめえだ。とりあえず中に入りゃいいんだろ」


それはそうだけど…けど町に入ったあともずっとそんなすぐバレそうな嘘でゴリ押しするつもり?


思わず額を抑えてため息を漏らす。


アレンの交渉は正攻法でお互いに気持ちよく終わるのに、サードの交渉はこうやって嘘とハッタリで押し通すのが常。


本当にこんなのが勇者でいいのかしら…。


* * *


サードのゴリ押し交渉で中に入れたけど、中の状態は思ったより深刻そうだわ。


「本来は街道から続く中心の大通りなので活気に(あふ)れているようですが」


重装備の看護衣装を着た女の人が私たちの前をキビキビと歩いてあちこちを案内しながら進んでいく。


門番の人はまだ軽装備だったみたいで、目の前を歩く女の人はもはや目も隠れて、口にも空気をろ過するための装置が取り付けられていて、スーコー、スーコーと呼吸の音が聞こえる。


念のために私たちも同じ白い重装備の看護衣装を着ているけど、歩くたびに自分の呼吸の音が服の中にスコー、スコー、と響く。結構息苦しいし蒸し暑い。


それにいくら見渡しても人っ子一人居ない。こんなに静まり返っている町なんて今まで見たことがないから不気味だわ。

本来なら商店が立ち並ぶこの通りは色々な人が行き交っていてお客さんを呼ぶ声も響いているんだろうと想像はできるけど、開いているお店も一つもない。


「用心のために無駄な外出は控えてもらっているんです」


「そうなのですか」


相手は女の人だけど声だけで見た目が分からないせいか、サードは口説くような素振りはないわね。まあいいんだけど。


そうしているうちに他の家より立派な家にたどり着いて、中へ通された。


中に入ると私たちと同じ重装備看護衣装をまとった人がこちらに近づいて来て手を差し出す。


「初めまして」


聞こえるのはおじさんの声。そのままサードから順々に私達と握手をすると私たちをここに連れてきた女の人に手を向ける。


「私はここの町長です。今案内してくださったこの方は国から派遣されてきた国家医師団の看護長さんです」


「改めて、よろしくお願いします」


看護長の女の人が頭を上げるのを待ってからサードは手を自分から私、アレンへと向けていく。


「私はサード、後ろの小さいほうがエリー、大きいほうがアレンです」


スーコーという呼吸音が響き合う中、お互いの顔もろくに分からないのに紹介しあう図は中々シュールだわ。


そして挨拶が終わると看護長がサードに声をかける。


「勇者様はこの病気の原因が伝染病ではなくモンスターの仕業で、そのモンスターの検討はお付きだと伺っておりますが」


「はい。ですがずいぶんと昔に見た文献のものですから、記憶が曖昧(あいまい)で…」


「私はモンスターだとは思っていません」


看護長はすぐにピシャリと返す。


「モンスターにより引き起こされる病気なども日々勉強し、研究しています。その中で頭痛とおう吐のみを引き起こす事例は見られません」


「だけど実際にいるかもしれないのよ」


モンスターが原因って言いだしたのはサードで、そもそもそれは全くの嘘。

でも確かに言っていたもの。あの古城から毒を持つものが流れてきているって、ラグナスが…。


そこまで考えて、ふと疑問が湧いた。


でもラグナスはあのスライムの塔の辺りを調べている人なのに、どうしてあそこから二日かかるこの古城から毒を持つものが村に来るってハッキリと分かっていたのかしら?

それにその毒をまき散らす原因は国の医師団すら分かってなくて情報屋も掴めていなかった。


それなのに、川を流れてくるって何で分かってたの?生態調査員だから?でも…。


悩む私に看護長が向き直ってツンとあごを上げる。


「そうですね。そうだとしたら私たちのまだ知らないモンスターという事でしょう。姿も見えず、毒をまき散らすモンスター。もし発見できたらお手柄物です」


「…」


もしかして馬鹿にされてる?


ムッとして黙ると、私が怒っている気配を感じたのかアレンは古城の方向に指をさす。


「とりあえず俺ら向こうの古城に行きたいんだけど、もういい?」


「あの古城にですか?こんな病気が蔓延(まんえん)している時に?」


町長が驚いたように声を上げる。


「そりゃあ私たちとしては町の近くに魔族が住み着いたようなので退治してもらえるとありがたいですけど…。

しかし今は町としての機能を失っておりまして…商品も売ってはならないんで、薬草も食料も渡せる状態じゃなくて…。そのぉ、もうちょっと別の時に行っていただいたほうが私たちも手助けできるんで…」


気遣うように腰を低くして町長が言ってくるけど、ただでさえ人の言葉が聞き取りづらい状態なのに、更に何を言っているのか分からないほどモゴモゴした口調になっていくから後半はほとんど何を言っているのか聞き取れなかった。


「大丈夫ですよ。前の町で準備は整えてきましたし、私たちは私たちなりに古城へ行って病気の解決を進めていきます」


サードがそう言うと、町長が「えっ」と声をあげる。


「まさか、あの古城からモンスターが来ているとでも?」


「という可能性もありますので」


「しかし…冒険者たちによればあの中には騎士型のモンスターはいても城の外には一切出ていないようですし、あの古城に魔族が居座わってから…ええと、何年前からだったかな…」


「三年前よね?」


それとなく口を挟むと、町長は頷きながら、


「そうですそうです、三年前です!」


と合点のいったように明るく言ってから続ける。


「そんな前からあそこには魔族が居たのですが、こんな状態になったのはここ数週間かそこらなんですよ。モンスターが原因だとすれば妙だとも思いますが」


「…なるほど、三年前ですか。…三年前」


サードは呟くように言いながら私の方をチラリと見てくる。でも目は隠れているから瞬間的なアイコンタクトはできなかった。


「ちなみにその症状が出始めた時にここを通った冒険者などはどうなったのですか?連日宿泊していた者などは?」


サードが私から視線をずらして看護長に聞くと、看護長はさらさらと流れるように答えた。


「全員は把握できていません。ただこの町に宿泊した方の名簿からできる限り探し出して調べてみました。症状は出ていましたがここの町の人たちより非常に軽く、疲れによる頭痛と胃の不調だと思っている方が大半でした。

念のため国の施設に入ってもらい様子を見ていますが、病気が進行する傾向は今のところ確認されておらず、回復の傾向です。それでも不便はかけますが原因が分かるまで施設の中で我慢してもらうつもりでいますが。

この町に連泊していた人たちも症状は軽かったり重かったりマチマチですが、やはり長く留まる方が症状は重いようです。

なのでこの町に留まれば留まるほど病状は進行していくと考えていただければよろしいかと」


なるほど、とサードは頷いて、私とアレンに手で行くぞ、と促した。


「詳細は分かりました、ありがとうございます。では私たちは私たちで独自に調べることに致しますので、これで失礼」

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