こんな勇者と旅してます
普段の冒険では絶対に入らない豪奢な王の間。
国王の前だから膝をつけ、と大臣に言われ素直に膝をついているけれど、なんでこんな奴に頭を下げないといけないのと腹が立って仕方ない。
イライラしながら頭を下げている私は三人パーティの勇者御一行の一人、女魔導士のエリー・マイ。
きっと玉座に座ってニヤニヤと見下ろしているはずの三十代か四十代の国王は軽薄な笑い浮かべて頭を下げている私たちの姿を見ているんだわ、ムカつく。
しかもこの国王、私のことを舐めるようないやらしい目つきで見ているような気がするもの、あんな視線を今も向けられているのかもと考えるとなおさら気持ち悪い。
さっさとここから出たいわ。
そんな視線をチラと左隣にいる勇者サード、そして勇者の更に左側にいる武道家アレン・ダーツに送る。
アレンも困ったようにこちらを見ていて目が合った。私たちの間で恭しく膝をついて頭を垂れている私たちのリーダーであるサードも私の視線を感じたのかチラと横目で私を見たけど、すぐさま私から視線を逸らし黒い髪の毛をサラリと揺らしながら顔を上げ、王子のような微笑みで物申す。
「王、何度も申しておりますように、私どもは一つの国とは関わらない中立の立場を心がけています。ですのでこの国の近衛となりあなたに仕えることなどは出来ません」
この国の王は勇者とその一行である私たちがやって来たのを知ると、近衛兵を引き連れやってきて近衛になれといきなり命令してきた。
でも勇者サードが今言った通り、私たちは国と関わらない中立の立場を心がけているからと断り、私もアレンもサードの言葉にうなずいて丁重に追い返した。
するとこの国の王は自分の言うことを聞かないなんてと怒りだし、隣の国へ行くための橋全てを封鎖して私たちどころか国民も、通りすがりの冒険者も、旅行者も、行商人も全ての人を国に閉じ込め、そして外からも誰も入れなくしてしまった。
この国は大河に囲まれた国で橋を全て封鎖されたら他に国を抜けるルートはない。
そうやって私たちを閉じ込めたうえでこの王は再び私たちの元へ訪れ、
「橋は全て封鎖した。さてお前らが近衛になると言わない限りは…分かるな?では先に城に戻って待っておるぞ」
と、高らかに笑い声を残して去って行ったのよね。
そんな王の言うことなんて聞くこともないと私たちは普通にこの国を出ようとしたけれど、全ての橋の前にはズラリと兵士が並んで立ちふさがっていて、
「あなた方が王の近衛になるまでこの橋は誰も通すなとのご指示になっております」
と言われるだけで通れなかったからこうやって改めて王に直談判しに来た所なんだけど…。それにしてもここの王って自分の意見は何でも通ると思っているのよね、腹立つ。
私はずっとイライラしているけど、勇者サードはどこまでも落ち着いた態度で、一国の王相手でも気後れもせず言い含めるように口を開く。
「しかし王よ、いくらなんでも隣国へ抜けるための橋を全面封鎖とはあまりにひどいやり方ではありませんか?私たちも困っていますが、それよりあなたの国民や行商人たちが大いに困っておいでです、どうか封鎖を解いてください」
サードのもっともな説得を聞いていたのか聞いていなかったのか…目の前の王は素知らぬ顔で自分の髪の毛をいじっていて、サードが話終えたのを見てニヤニヤとした笑いを浮かべる。
「お前らが近衛になると言うまでこの国の橋はアリ一匹とて通さんぞ」
困ったとばかりの王子のような優雅な微笑みのサードに、チリ、と鋭い感情が一瞬見え隠れした。でも目の前にいる国王もその傍に控えている大臣も何も気づいていない。
サードはわずかに背筋を伸ばして王を真っすぐに見る。
「では我々が近衛になると言わなければ誰一人、動物どころかアリも通さないと。絶対に」
「その通りだ」
これで国を通り抜けられず困る人々を見た勇者たちはこの国の近衛になる、そう確信しているような笑みで王も隣にいる大臣もニンマリしていて、その表情を見ると余計にイラッとする。
それでもサードは微笑み、優雅な動きでスッと立った。
「なるほど、承知いたしました」
城の人々は喜びの驚きを見せ、アレンと私は信じられないとばかりに驚いてサードの顔を横から見上げる。
「サード…!何言ってるのよ」
立ち上がってこんな男に屈するつもり?とサードの服に掴みかかると、サードは変わらず優雅に微笑みながら私を見返し、落ち着いてとばかりに肩をあやすように叩く。
だから口をつぐんで手を離すと、サードは私から視線を外し、王に向き直って微笑んだまま口を開いた。
「それならば我々は近衛にはならずこの国で永住いたします」
「…ん?永住?」
王は思ってもいなかった返答が来たので訳が分からなそうにしている。
それでも私にだって意味が分からない、何でこんな王の治める国に永住するなんてことをサードが言い出したのかなんて…。
わずかにその場にいる全員が混乱の表情を浮かべて戸惑っていると、サードは言い含めるように続けた。
「私たちが永住するにとどまり近衛にならなければこの国の中の者は誰も外に出られず、中に入れないのでしょう?そうなればさぞや食料などの物資が枯渇するでしょうね」
王はキョトンとした顔で何を言ってるんだこいつ、って顔をしている。でも大臣は何かしら話が変な方向に向かっていると勘付き始めたのか顔を強ばらせ始めた。
「さてこの国の食料はいつまで持つでしょうか?自ら国を兵糧攻めにしている状況です、食料は尽き餓死者が大量に出ることでしょう。その餓死者の埋葬をしっかりと行わなければ次第に疫病が流行り、その疫病で更に大量の人が死んでいくことでしょう。
そして見た限りこの国の畑などの国土は狭く食料は周りの国からの流通に頼っているようなので、長く見積もっても五年と数ヶ月で餓死と疫病の蔓延で自然に滅亡といったところですか」
サードはハキハキと言いながら踵を返しながら私とアレンを促した。
「では行きましょう。公安局へこの国の永住権をもらいに」
「ちょ、ちょっとお待ちを!」
国王の声じゃなく、隣に控えている大臣の声。サードは振り返ってそちらを見る。
「何か?」
「ただ近衛になればいいだけですよ、待遇だって説明した通りとてもいい…」
「興味ありませんね」
「あなた方が近衛になれば国民らもすぐに橋を通れるのです、もし近衛にならなかったとしたら沢山の国民があなた方を恨みますよ」
「その国民たちは橋を封鎖するなんて上は何を考えている、と怒っていましたが?食料が無くなるより先に怒り狂った国民が武器を手に手に城に向かうのが先かもしれませんね。
そうなれば世の中に勇者御一行として名を馳せる私もエリーもアレンも、この国の国民の一人としてあなた方に刃を向けることになりましょう」
優雅に爽やかに微笑む口から飛び出た不穏な言葉を聞いて大臣は心から表情を歪ませ、それもサードの顔を見てこれは本気だと察したのか背筋が凍ってしまっている。
大臣は慌てて王に視線を向けた。
「お、王!今すぐ近衛になるといわなければアリ一匹通さないと言ったことと、橋の全面封鎖を撤回してください!」
王は天井を見て髪の毛をいじっていて今の話を聞いていなかったのか大臣に目を向け、
「何を言う、勇者御一行はどうあっても近衛にするぞ」
「もうそんな事言ってる場合じゃないんですよぉ!この馬鹿王がぁ!」
そこから子供の喧嘩かと思う駄々っ子パンチの応酬が目の前で繰り広げられ、もういいだろうと別れの挨拶もせず私たちは勝手に城の外へ出た。
そうして次の日、無事に橋の封鎖は解除され、私たち勇者一行は橋を無事に通過して隣の国へぬけていく。
私はチラとサードの顔を見た。
あーあ、私とアレン以外の人が周りにいないからって酷い顔。
眉はつり上がって眼光は鋭くなって、ガラも数段悪くなってて…。
そんなサードはムシャクシャした顔でチッと舌打ちを一つすると王のいる城の方角を睨みつけた。
「あんなふざけたのが国の頂点なんだぜ?ろくなもんじゃねえ。あんな馬鹿、近いうちに王の玉座から引きずり降ろされるだろうよ。ふっ、むしろ俺があの場で殺した方が大臣も国の奴らも喜んだんじゃねえの?」
とニヤニヤと笑った。
* * *
歴代一番と誉高い勇者が持っていた聖剣を手に持つ事が許された勇者サード。
黒々とした艷やかな漆黒の髪を持ち濃紺の鎧を着ていて、品は良く低く柔らかい物腰、万人受けする爽やかで優雅な笑顔、その姿はまるでどこかの王子のよう。
…って、世間ではもてはやされているんだけどね…。
私は面白くない気持ちで離れたところからサードを見ている。
「ありがとうございます!ありがとうございます!これは息子の形見の品で…!」
目線の先ではお婆さんがサードに一生懸命頭を下げつづけていて、サードはその肩に手をソッとそえた。
「いいんですよ、これくらい」
「ああ…!本当に…!」
…。はぁ…。あのお婆さんの目には誉れ高い勇者の爽やかな微笑みが目に入っているんでしょうね。可哀想に、あの爽やかな顔に騙されて。
お婆さんは膝をついたまま言葉を続けようとするけど、声にならない嗚咽を上げて頭を下げ続けている。
「おやめください。あなたが頭を下げることなどひとつもないのです。あの盗賊たちはあなたから…いえ、この町の者たちから不当に物を搾取していました。それをたまたま私たちがとどめた。それだけのことです」
サードはニッコリと微笑む。太陽がサードの背後から差し込んでいて、お婆さんからはさぞやサードが神々しく見えているんでしょうね。
まるで茶番劇を見せられているような気分で私は視線を逸らして、お婆さんに心の中で語りかける。
その男はそんなに頭を下げるほど立派な人間じゃないのよ、本当の性格を知ったらガッカリするわよ。
すると周囲に集まっていた人々からも私たちに熱い視線を向けられているのに気づいた。
「すげえ…」
「あれが勇者様…たった一日で依頼したモンスターどころか俺らを困らせてた盗賊も倒すなんて…」
「さすが勇者御一行…」
「…」
うーん、勇者御一行の立場になってからこんな感じで注目を受けるのはほぼ日常になっているけど、こうやって注目を受ける状況はあまり好きじゃないのよね。
騒がれれば騒がられるほど落ち着かなくて居心地が悪くなってくるもの。
サードはお婆さんと話をつけてからこちらにやって来て、ようやく皆からの注目から逃げられるとホッとして歩き出した。
今日の内に少し先の町まで行くと決めていたから依頼のあったこの町から離れて、周囲に人が居なくなった辺りでサードは報酬の硬貨が入った袋を開ける。
途端にチッと舌打ちが響いた。
「ずいぶんとケチくせえ町だなぁ?町長自ら頼み込んできたくせにあのモンスターを倒してこの程度しか出ねえのかよ。次はあの町からの依頼パスな。飯も不味い」
そう言いながらサードは袋を武道家アレンへと放り投げる。
さっきまでお婆さんに見せた柔らかい物腰も爽やかな微笑みも消え失せ、いつも通りの顔で悪態をつくサードに私はため息をついて軽く首を横に振った。
そう、いつも通りなんだけど聞いていて気分のいい話じゃない。
「そんなこと言わないの。あの町は砂地だから雨が滅多に降らなくて作物が多く取れないし、観光名所もないから宿泊で稼ぐしかないってアレンも言ってたじゃない。それにしては随分とはずんでくれたんじゃないの?」
金を渡されたアレンは頭の中でチャキチャキと計算をしながら帳簿を取り出して数字をペンで書き込んでいく。
「そうだな。あのモンスターだったらそんなに相場の値段も高くないし、結構ぼったくり過ぎだと思うぜ」
「ほら。むしろあなたが法外な値段を吹っ掛けたんでしょ。それにちゃんと応えてくれたんだから誠意のある証じゃないの」
それ見たことかと私が責める口調で言うと、サードはギロッと私を睨みつける。
「あのモンスターは水がある限り飲み尽くす。つまりあの砂地に居つかれたら困るだろうが?そんで俺たちは金が欲しい。それならギブアンドテイクだろ」
「金が欲しいのはあなたじゃないの。それにほとんど私にばっかり攻撃させて自分は何もやらなかったくせに…」
私の得意魔法は自然の力を利用しての攻撃魔法。
火があったらそれを増幅して大火事に、水があったら大水を起こし、風を吹かせば嵐になってと、とにかく自然の物がそこにあればあれこれと自由に攻撃ができる。
そんな私の隣で数字を計算して帳簿に書き込んでいるアレン。
アレンの背は高くしっかりとした筋肉もついていて、燃えるような目立つ赤い髪も武道家になるために生まれて来たと言っても過言ではないほど武道家らしい見た目。
そんな武道家らしいアレンがなぜチマチマと金銭の計算をして帳簿を書いているのかというと、アレンは商人の出身でお金の管理に慣れてるから。
何で武道家なのに帳簿を書いているのか疑問に思って前に聞いてみたら、本当は冒険者の商人になる予定だったけど、ちょっとしたことがあって商人じゃなくて武道家の資格を手に入れてしまったんですって。
そんなに筋肉もしっかりついているのに商人の出なのと驚くと、その武道家らしい筋肉は荷物の上げ下ろしで手に入れたもので武道家として鍛えた筋肉じゃないという言葉と共に、
「俺戦うの好きじゃねぇんだ。だから肩書は武道家でも気持ちは商人!」
って堂々と言っていて、その通り戦う時には前に立って戦う事はまずない。でもその計算力とビジネス力は本当にすごいのよね、その辺の商売をしている人よりもアレンの商才はピカイチだと私は思っている。
そんなアレンは計算し終えて少し心配そうな顔をサードに向けた。
「でもちょっと巻き上げすぎじゃねぇ?今回は町を挙げての頼みだったから宿泊も買い物も全部無料だったし、それなのに勇者御一行がぼったくりしたって噂が流れたら…」
アレンの言葉にサードはイライラしながらアレンを睨みつけた。
「ったり前ぇだ、こんな辺境の来づらい場所、それくらいサービスがねぇとやってられっか。それにモンスター殺すついでにその辺に居座ってた盗賊どもを根元からぶっ潰してやっただろ。良い噂と悪い噂、どっちが流れる?ええ?」
アレンに喧嘩を売る態度のサードに嫌な気分になってきて、ため息をつく。
そう、これこそが世間から勇者と呼ばれている男、サードの本当の姿。
サードの性格はそのへんの悪党より非常にたちが悪い。何よりサードは頭の回転がとても速い。そして金に汚く、女の人はとっかえひっかえ、善人を見ればどう利用してやろうかとすぐ考える。
それでもサードに向けられる視線は尊敬や憧れなどの視線ばかり。
何故かというと王子のようと評される優雅な表向きの顔で裏の顔をすっぽり覆い隠しているから。
そんな完璧に表と裏の使い分けなんてできる訳がないわ、サードの性悪がいつ表に出て民衆から非難を浴びるかしらと楽しみにしていても、パーティ外の人がいるとサードは疲れ知らずでいつまでもニコニコと表向きの表情で微笑んでいる。
「はぁ…」
段々と頭が痛くなってきて頭に手を触れると、それを見たサードがギロっと睨みつけたかと思うと手首を掴み、肩がこれ以上回らないというところまでひねり上げてくる。
「俺の許可もなく髪の毛触んなって何度も言ってんだろ!抜けたらどうすんだ!」
「イタタ!痛い痛い!」
肩がねじれて痛がって叫ぶと、アレンが、
「おいサードそんな事するなよ!女の子だぞ!」
と、サードと私を引き離した。引き離されてアレンの後ろに隠れた私は肩をさすりながら文句を言う。
「私の髪の毛なんだからいつ触ろうが私の勝手じゃないの!」
サードはただ不愉快そうな顔で睨む。
「バカ言うな。お前の髪の毛はいい金なんだぞ、雑に扱うんじゃねえ」
謝るでもなくお前が悪いからとばかりの言葉に私も不愉快な気持ちでアレンの背後からサードを睨みつける。お互いにしばらく睨み合ったけど、どちらともなく「ふん!」と顔を逸らした。
アレンはチラチラと私とサードの様子を伺ってから自分の荷物入れのバックから紙の束を取り出す。
「ところでこれが今俺らに来てる依頼の一覧なんだけど、見る?」
「言えよ」
サードの不愉快そうで偉そうな言い方にもアレンは動じず依頼の紙をめくっていく。
「害獣型モンスターによる畑への作物被害対策。国の式典への参加。一国の中を周回する魔族攻略。村人失踪事件調査手伝い。貴族のボディガード。冒険者向け雑誌ザ・パーティの表紙モデル」
サードは聞いているこっちがイラつくほどの大きいため息をつく。
「クソくだらねえもんばっかりだな」
依頼はハロワと呼ばれる仕事請負所に行けばいくらでもある。特に勇者とその一行の私たちには依頼がひっきりなしに来る。
もちろん駆け出しでもが勇者でも仕事の依頼は受けるか受けないかは自由だけれど。
「この冒険者向け雑誌の依頼とかどう?俺、毎月購読してるし。サードの顔も今より売れんじゃね?」
アレンが雑誌の表紙モデルの依頼をグイグイとサードに向けるけど、
「そんなくだらねえ仕事できるか」
の一言で終わった。アレンは、
「ダメかぁ…」
と口を尖らせながら惜しそうな顔をしてその依頼を見ているけど、私は知っている。アレンはその雑誌の専属読者モデルの女の子のファンだから、あわよくば会えるかもしれないという期待があったのよね。
サードは歩きながらよく通る声で続けた。
「国関係と貴族関係もパスだ。こいつらエリーの髪のこと知ったら目の色変えて自分の物にしようとしやがるからな、特に貴族は陰険な奴が多い」
サードは異様に国…王様とか貴族っていう地位の高い人たちには妙な偏見を持っている。
まあ私も地位の高い、特に国王と呼ばれる人には嫌な思い出しかないのは事実だけど。
先日の橋を封鎖して国に閉じ込める王でしょ、それと…故郷で純金を巡り戦争を始めた王と、私たち一家を牢屋に捕らえた隣国の王…。
嫌な思い出が蘇ってきて、それを振り払うように私は口を開いた。
「それでもねサード。私も貴族なんだから目の前で貴族は貴族はって悪く言わないでくれる?」
そう、私は貴族。
私は故郷、エルボ国内の貴族であり一領主であるディーナ家の一人娘、フロウディア・サリア・ディーナ。
今世間に通っている勇者一行のエリー・マイの名前は偽名。
そんな貴族の娘だった私がどうして偽名を使って勇者一行の一人として冒険者をしているかというと…。
「うるせえ下っ端貴族。お前の家なんて貴族とは名前だけの地域の顔役だろ」
回想に入ろうと思ったらサードに邪魔され、それも下っ端貴族と言われ思わず魔法の杖で殴りかかるとアレンに押さえ込まれる。
アレンは話を逸らすように他の紙を私とサードに差し出した。
「これはどうだ?一国の中を周回する魔族の攻略」
「魔族つったって、一回倒してもまた同じ奴が現れたりするじゃねえか」
そう。
ある魔族を倒したその後、別のダンジョンで同じ魔族と会った事がある。対面した時、魔族のほうが気まずそうに視線を落としていたのが印象的だったわ。
「倒れたらその場で砂みたいな光の粒になって消えていくのにね」
「まあな。もし倒しても一旦どこかに消えてまた戻って来るんだったらいくら倒そうがキリがねえ。それに周回してるってんなら一ヶ所に留まってないんだろ?なら初回限定の宝箱もねえな。パスパス」
サードの言う宝箱は、ラスボスを倒した最初の者のみに与えられる報酬のようなもので、誰が設置しているのか不明で不気味と冒険者の全員が言っている。貰うけど。
その宝箱はどんなに不便で誰も訪れた事がなさそうな場所でもラスボスを倒したら必ず鎮座しているから、もしかしてラスボスがわざわざ消える時に置いていくんじゃないかって憶測も出ている。でもその結論は未だに出ていない。
「けどそうやってえり好みしてたら勇者らしいこと何にもできないぜ」
「んな事言ったってなあー。あーあ、魔王でもいりゃそいつぶっ潰して代わりに俺がこの世の中仕切ってやんのになあ」
今の世の中、魔界の住人である魔族は地上にチラホラと居ついているけど、魔王と呼ばれる存在は居ない。
百年昔までには魔王はいた。でもその魔王はあまりに仲間内にも残虐非道だったから、魔族がクーデターを起こして主である魔王を殺してしまったんですって。
それまでは魔王が居なくなるとすぐに新しい魔王が現れていたのに、百年近くたっても新しい魔王が現れないから偉い学者たちはこう考えた。
「もしや魔が魔を倒したから魔王となる核自体が抹消され、魔王という存在は消えたのでは」
そういうことならそういうことなのかもしれないと皆それで納得している。
「あ、そういえばザ・パーティで気になる記事があって」
アレンがふと思い出したように自身の愛読雑誌を開いたから私もサードも歩みをアレンに合わせて横並びになって、その見出しを読みながらサードが呟いた。
「村の奥に一晩で建った謎の塔、魔族と思われるが詳細不明…」
「まだ誰も最後まで攻略してないんだって、これ」
その言葉にサードがいち早く反応した。
「ってことは、初回限定の宝箱は俺のものってことだな」
もうサードは自分の物にする気満々だわ。私は呆れたけどアレンは頷きながら説明を続ける。
「そんで難易度は初級から上級で…」
「ちょっとなにそれ。初級から上級って幅がありすぎじゃないの」
アレンの言葉を思わず遮った。
私もたまに見るけど、ザ・パーティでは新しい攻略場所ができると雑誌の記者が実際に途中まで攻略して、どのような敵がいるのかを調べてから難易度を設定して雑誌に掲載する。
でも「初級~中級」「中級~上級」の振り分けはよく見るけど「初級~上級」となると意味が分からない。易しいのか難しいのかさっぱり分からないじゃない。
「なんか途中までは楽に進めるんだけど、途中から一気に難易度が上がるんだって。えーっと『窓を見る限り十階建ての、らせん階段とフロアが交互にある塔。一階から五階までは初級。ただし五階から苦戦して一歩も進めず探索終了。中級かそれ以上のレベルでないと先には進めないだろう』だって」
サードは雑誌の内容を朗読するアレンの言葉を聞き終わってから聞いた。
「で、どんなモンスター出るんだ?」
「スライム」
アレンはあっさりと答え、サードが眉間にしわを寄せ聞き返す。
「あ?」
「スライム」
アレンは同じ言葉を繰り返し、サードが信じられねえという顔つきでアレンを見た。
「スライムぅ?」
苦戦した、中級以上だという雑誌の内容なのにその相手がスライム?と私も驚いて耳を疑う。
スライムはモンスターの中でも雑魚中の雑魚。その辺の農家のお爺さんだって畑に居るスライムをクワで倒してるし、子供だって棒で突ついて追いかけ回して遊んでいる。
サードはスライム…とまた信じられなさそうに呟いてから振り向いた。
「面白れえな。行ってみるか」
あっさりと次の行先が決まった。