初戦
ソウバ村から他の町に出るには新月の森というものを抜ける必要があるようだ。ここを通るのは一部の物品を運ぶための荷車や度胸試しの猛者ぐらいらしい。因みに名前の由来は「常に緑が生い茂り、新月の夜のよう」だかららしい。
比較的人の栄える場所には現れないそうだが、こういった森や海など自然の中にはモンスターが潜んでいるらしい。最も、人間と共存する物もいるが、基本的にはお互いの居住を犯さないのが暗黙のルールのようにもなっていた。だからこういった場所に足を踏み入れるのは一部の許された者のみか、強さを証明し許された者程度であった。
魔王のときであったならなんの心配は要らなかった。だが今はただの少年、元から魔力の少ない身体なのだろうか、今までの魔法も思うように使うことができない。
それに加えて二人とも丸腰なのだ。この森に住むモンスターがどの程度なのか分からないが、武器は多いに越したことはない。足元に落ちていた木の棒を持ち、小型のナイフをポケットに忍ばせた。
「グァグァグァ!!!」
「っ!!」
「ひぃっ!!」
パキ、と小枝らしきものを踏むと潰れた鳴き声と共に茂みから鳥のようなものが何羽か飛び立っていった。襲いかかかってくることはなかったが、突然のけたたましい音に思わずナズナが飛びついた。この程度で怖がっていては、先が思いやられる。
「ナズナ、大丈夫か?」
「うん……びっくりした……」
ほっと胸を撫で下ろしながら答える。まだ出発して10分も経っていないのに、本当にこの調子で大丈夫なのだろうか。
この森は直進しても丸一日はかかると言っていた。何が出てくるか分からない以上、寝泊りをするにしても多少開けた場所を探すのが先決だった。
「とりあえず北西に進んでいけば少し開けた場所がある。そこまでがんばろう」
そういってなんとなく手を掴んで歩き出す。離れられて足手まといになるのは勘弁だ、そう思っての行動だがナズナは「えっ、ちょ、えっ……」と驚いた様子だ。
心なしか手が熱い気がする。へんな食べ物でも拾い食いしたのだろうか?
「だ、大丈夫!一人で歩ける!!」
「ん?そうか」
と半ば強制的に振り払われる。まあこいつも勝手の効かない幼子ではない、過度な心配は要らないか、と思った。やはり顔が赤い。ここは人間の男なら気遣いをしておくべきか。
「何かあったらすぐに言えよ。担いで走るくらいはできるからさ」
「う、うん…なんかシズヤ、いつにもまして頼もしいね」
いつも、が知らないからどう返せばいいか分からなかったが、適当なお礼をいって笑って見せた。
そんな場が和んだと思った瞬間、踏み出した足が突然引き込まれた。物凄い力で地面に引きずり込もうとしてくる。突然のことに体勢を崩してしまう。背後でナズナの悲鳴が聞こえた。
「っ!?シズヤ!!?」
「ちっ、下がっていろ!!」
すでに引き込まれた右足は膝ほどまで沈んでいる。おそらくコイツはブーラマン、泥の中に住み着き迷い込むものを引きずり込むモンスターだ。こいつの対処法は分かっている、基本的に引きずり込む引力の延長線に本体は居る。そこに一撃食らわせれば一瞬の隙ができる。
「くらえ!!」
手にした木の棒を地面に突き刺す。ぬかるんでいた地面には容易く突き刺さり、直後引き込む力が一瞬弱まった。その隙に足を思いっきり引き抜くと、泥にまぎれて手形がついていた。一瞬ゾッとしたが、ブーラマンは所詮低級のモンスターだ。この程度で怯んでいては意味が無い。
「行くぞ!ナズナ!」
「えっ、きゃっ!?」
しかし今は非力なこいつがいる。肩に担ぎその場を全力疾走で後にした。
背後でズプリ、とブーラマンが地中にもぐっていく音が聞こえた。