3話 確信する悪魔
「お嬢さん、使い切れないお金が欲しいと思ったことはないかね」
畑に出て行こうとする少女を呼び止めて、悪魔は聞いた。金は、それが誕生して以来人を狂わせてきた物だ、少女は貧しい、貰えるなら貰おうとするのが普通だろう。
「お金なんて、なくても暮らせますよ、何かを作って交換するっていう手間を短縮するものでしかありませんから」
それを聞いて、悪魔は唸った。少女の暮らす村は、貨幣経済がまだ浸透しきっていない。この少女でなくとも、村の人間は金が欲しいと思う者は少ないだろう。失敗した、と悪魔は溜め息を吐いた。
「君に欲しいものは無いのか」
こんなことを率直に聞くのは手段として面白くないなと彼は思ったけれど、少女の欲しいものというのが思いつかなかった。権力、武力、大勢の人を酔わせてきたそれらをやると言われても、彼女は、「そんなものあってどうなるんです?」と聞き返しただろうね。
「欲しいもの、ですか。今日食べるものと、暖かい寝床くらいですよ、子供の頃からずっとそうで、今、それが叶っているんです。何も欲しくありません」
生存に必要なもの以外はいらない、と少女は答えた。それが本心から言っていることなのだと、今まで偽善で表面を塗り固めて少女と同じことを言った人間を多く見ている悪魔は直感した。そこで悪魔は気が付いた、この少女にはそもそも、欲を抱くという機能が備わっていない。壊れているのだ。聖性の体現者、だがそこに、人間としての正しさは無い。たぶん彼女は天使だとか女神だとか、そういう形容をされて、実際そういう存在に生まれ落ちるべきだったのに、何の間違いか人間として生まれてしまった。彼女は、生まれるべきでない命だったんだ。