2話 聖性は正義たり得るのか
少女はいそいそと男の分の食事の準備も始めた。部屋には机と一人分の椅子しかなく、それらや食器の予備を取り出すのに忙しい。
「ごめんなさい、私いつも一人なせいで、こういうことって始めてで」
とりあえず椅子を置きながら、少女は曖昧な笑みを浮かべた。それはとても愛らしいものだったが、そんなものを見てしまっては目が腐り落ちる悪魔は、うつむきながら答える。
「いや、気にしないでくれ、元はといえば私が急に訪ねたのが悪かったんだから」
「そう言ってくれると助かります」
今度こそ純粋な笑顔を返し、少女は作業へ戻っていき、やがて2人分の食事が並んだ。しかし、その量は満腹になるには程遠い。
「これは……」
その量の少なさに、さしもの悪魔もうめく。もしこんな食事を続けていたら、栄養失調で体調を崩すに違いない。
「食事も、いつも1人分ですから。夜はもう少し貰えるように、村の人に掛け合ってみますね」
食事の量など気にかけるまでもないというように慈悲深い表情で、少女は語る。その様子を見て、悪魔はフードの下でほくそ笑んだ。
「お嬢さん、お腹いっぱい食べたいと考えたことはないかね」
食欲。人間の三大欲求の内の1つだ。いくら清廉潔白な彼女でも、生きている以上、それから逃れることは出来ない。少女の数少ない欠点と言える。しかし少女は静かに首を横に振った。
「お腹いっぱい食べるなんて求めていません。朝ご飯は昼ご飯まで、昼ご飯は夜ご飯まで、夜ご飯は次の朝ご飯までの分だけ食べれば十分ですよ、それに、私1人がお腹いっぱい食べるくらいなら、他の人に分けてあげたいです」
普通の人間なら、口ではこう言いつつも、自分が死にそうなら他人の命を奪ってでも生き残ろうとするはずだ。だがこの少女は違う。目の前の人間が自分を殺したとしても、相手が満足するなら笑って死ぬのだろう。いや、兆が一にも彼女を殺そうとする人間などいないだろうけど。悪魔は、いっそこいつは狂っているのではないかと顔を、勿論少女には見えないように醜く歪めた。