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三章 咆吼

「耳をふさげ」


クララが静かに言った。


「あ?」


ジョーが小首をかしげる。


ラファエルも言っている意味がわからなかった。


だがもう一度クララが「耳をふさげ」と繰り返したとき、


ラファエルとエレーナは咄嗟に両手で耳をふさいだ。


ジョーだけが左手にカンテラ、右手に銃を構えているせいで遅れる。


クララは手早く息を吸い込むと、凄まじい力で咆吼した。


「くぅぅぅぅっ」


内臓にずしんと響く雄叫びがラファエルの体を震わせる。


ジョーもカンテラを放って耳を押さえたが、あまりに遅かった。


悲鳴をあげたようだったが、かき消されて何も聞こえない。


クララの咆吼が終わってもなお、ジョーは雷にでも打たれたように体を痙攣させていた。


ラファエルも耳がきんきんして何も聞こえない。


それでもエレーナに向けて「逃げろ」と叫んだ。


声が聞こえたかどうかはわからなかったが、少なくとも唇の動きで言葉は伝わったようだった。


エレーナが廊下に向けて駈けだしていく。


ラファエルもクララと目を合わせて逃げだそうとした。


ジョーはラファエルに向けていた銃を立て続けに三発撃った。


パンパンパンと軽い音がどこか遠いところで鳴る。


弾丸の一発がラファエルの足下の床を抉った。。


ジョーがよだれを垂らしながら血走った目で、足のすくんだラファエルを見ていた。


「ぢねぇやごるぁっ」


回りきらない舌でジョーが叫んだ。


再び乾いた銃声が響き渡る。


同時に疾風の如くクララが動いた。


ラファエルに体当たりをして窓に突っこむ。


「うわぁっ」


腐っていた窓の木戸は壊れてクララとラファエルは空中に放り出された。


ラファエルの体はすぐに重力に引きずられて落下していく。


夜空に腕を差し出すクララが見えた。


ラファエルは手を伸ばす。


長いようであまりに短い時間のなかで、ラファエルの頭には母のことや、昔住んでいた家のことなどが駆け巡った。


治療などしなくて良いからそばを離れて欲しくと泣いた母の顔、


抱きしめられた骨張った細い体、


すぐに治して迎えに行くからねと見送ってくれた。


死にたくない。


ラファエルは強く願った。


目の前にはまっすぐな眼差しで自分を見つめるクララがいる。


懸命に腕を伸ばす。


触れあった。


暗闇にたゆたうセーヌ川が、音を立てて二人を飲み込んだ。


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