二章 儚い記憶
ラファエルはこれからどうなっていくのか考えた。
以前に支配人とオーナーがマノンを売り払うと言っていった。
マリアンヌも代わりがやってきて着々と準備が進もうとしている。
変わってゆくことが怖かった。
「……マノンさん、どうして世の中はこんなに不公平なの?」
ラファエルはマノンに聞いた。
サーカスにくる観客たち。
街を歩く人々。
彼らは平穏な毎日を送ることが出来る。
けれどもどうして彼女たちはこんなに苦しめられなければならないのだろうか。
このような孤独の場所で自分の惨めさと戦い続けなければならないのだろうか。
自分自身だって、ただ母と一緒にいたいだけなのに、どうして叶わないのだろうか。
考えれば考えるほど、辛くなった。
「そうね。
どうしてかしらね。
ラファエルだってお母さんの病気がなければこんな場所で一人でいることもなかったのに」
「僕なんか、マリアンヌさんたちに比べれば……」
「希望を持つことよ。
それでいまが辛くたって乗り越えていける。
ラファエルはなにか希望はないの?
お母さんが治ること?」
「うん」
「ほかには?」
「ほか?」
「そう。だれか好きな子とかいないの?」
「好きな子だなんて、そんな」
「気になる子でもいいからさ。
正直に言っちゃいなさいな」
ラファエルはじっくり自分の胸に問いかけてみた。
真っ先に思い浮かんだのは故郷の幼なじみだった。
『ラフィ、あーそぼ』
舌っ足らずな彼女はラファエルと発音が上手く出来ずに、いつもラフィとなった。
耳をすませばいまでも彼女の声が聞こえてくる。
生傷の絶えない彼女にラファエルは助けてあげると約束をしたのだ。
ラファエルも母と過ごしたあの平和な日々に戻りたかった。
「……幼なじみがいたんです。いつも一緒でした。
故郷を離れるときにいつか迎えに行くって約束したまま果たせなくて。
元気かどうか気になります」
「初恋?」
「そんなんじゃ。
小さい頃にずっと遊んでいた幼なじみなんです」
「可愛いわね」
マノンは微笑んだ。
「さあ、夜警までしばらく時間があるわ。
いまは寝てしまいなさい。
起こしてあげるから」
マノンの優しい声と体温に誘われて、ラファエルはやがて深い眠りに落ちた。




