一章 憧れ
「……鍵、掛けるよ」
ラファエルは気が進まないが食事を終えたクララに再び口輪をつける。
クララは二ヶ月前にこのサーカスにやってきた。
彼女が来る前はベンガルトラがいた。
生まれたときから水牛と共に生活し、本来は獲物である水牛から口移しで餌を貰うという芸をしていたのだが、老衰で死んでしまった。
代わりに見世物小屋にいた彼女をオーナーが買い取ってきたのだという。
クララは来て早々に調教師に反抗し、支配人がさせようとしている火の輪くぐりを一度たりとも行おうとはしなかった。
そのたびに鞭で叩かれる。
だが、彼女は殴られても屈しない。
一度、支配人や調教師に向かって彼女が吠えたのを間近で聞いたことがある。
臓腑が震えて身動きが取れなくなるほどのすごい声量だった。
さすがの支配人も怖じ気づいて、それ以来彼女は口輪をされている。
ラファエルはクララが何の問題もなく芸をこなして欲しいと思いつつも、それと同時に屈しない彼女の頑なさに尊敬の念も抱いている。
ラファエルは支配人に刃向かったことなどないからだ。
仕事を失う訳にはいかなかったし、何より支配人に怒鳴られると恐ろしさで震え上がって抵抗する気持ちも失せてしまう。
口輪の錠がかちりとかかる音が胸を打った。
「……終わったよ」
彼女は何も言わない。
否。
何も言えない。
もう用は済んだとばかりにラファエルに背を向けてそれっきりになった。
ラファエルはその背中にそっと声をかける。
「じゃあ、また明日……」
なんでも大人の言うことを聞くことしか出来ないラファエルにとって、クララは特別な存在だった。




