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俺の正直な気持ち

 あの出来事以来、葵は朝、俺の家に来なくなった。

 学校でも、俺や花音や優里とは話をすることなく、過ごしていた。

 あのあと、追いかけていった優里は、葵と話すことはできたものの、ちゃんと伝わったかわからない、ということらしい。

 そして、学校の遠足――決意の日がやって来た。


   ◇


 俺は上下黒のジャージを着て、中にはあのとき買ったピンクのTシャツを着て、小さなカバンを持って、家を出ようとしていた。

「お兄、忘れ物ない?」

「あぁ、大丈夫」

「そう?」

 遥奈が見送りがてら、荷物の確認をしてくれていた。

「……あのね、お兄」

「どうした、遥奈?」

「最近葵ちゃんが家に来ないから、電話してみたの」

「――っ!? それで?」

「そしたら、葵ちゃんね、『もしかしたらもう、二度と行けないかもしれない』って言ったんだ」

「そうか……」

 遥奈は、俺の胸に飛び込んで、瞳を潤ませながら、口にする。

「いやだよぉ……、また葵ちゃんと会いたいよぉ……」

 俺は、泣きじゃくる遥奈の頭をやさしく撫でる。

「大丈夫、今日お兄ちゃんがちゃんと話してくるから」

「大丈夫なの?」

「大丈夫かどうかはわからないけど……、俺の思いをちゃんと伝えるつもりだ」

「それじゃ……、私の思いもちゃんと届けてね」

「任せろ」

「う、うん、よろしくね、お兄」

 遥奈は涙を拭い、笑って俺を見送ってくる。

「じゃ、お兄、いってらっしゃい」

「あぁ、行ってくる」

 ――今日こそ、ちゃんと俺の気持ちを伝えるんだ。

 俺は胸元をぎゅっと強く握り、歩き出した。


   ◇


 今日は遠足ということで、学校近くの広い道路脇の駐車場のところを貸してもらって、集合場所となっていて、そして、生徒はみんな私服で来ている。

 集合場所へ行ってみると、そこには生徒たちがもう半分くらいが集まっていた。

 俺は知っている奴らを探していると、自分のクラスが集まっているところを見つけた。

「沢ちゃんー、今日着ている服、気合入れているでしょ?」

「そ、そんなことないわよ!」

「本当? ちょっと如何わしいんじゃないのかな?」

「こ、こらっ! 教師をいじるのをやめなさいっ!」

「沢ちゃん先生、焦りすぎだよ」

「そうだよ、沢ちゃんまだまだ若いんだから」

「も、もう……」

 と、沢嶋先生がいじられているのを片手に、俺は先に到着していた花音たちのところへ行った。

「おはよう、花音、優里」

 花音はこの前とは一見変わって、ジーパンに、黒いTシャツを着ていて、ボーイッシュに決めている。

 変わって優里は、黒のチノパンにグレーのVネックにピンクのショートジャケットを着ている。

「おはよう、遥斗――っ、あら、だいぶ決めてきたんじゃない?」

「おっはよー、遥斗! おぉ? 首元からみえるピンクが目立っているんじゃありませんかぁ?」

「まぁな。今日、ちゃんとこの問題にケリをつける」

 俺は花音、優里を順に見て、決意を示す。

「まぁ、せいぜい頑張ることね……、ちゃんとフォローするから」

「私もちゃんと協力するから、安心せいっ!」

 優里はそう言うと、俺の背中をいつもより強く、一発気合の入ったビンタが襲いかかる。

「――っいてぇな……。でも、ありがとな」

「へへっ、私たちの分までよろしくな」

「おう」

 俺はそういうと、あたりを見渡して、葵を探し始める。

「篠木さんなら、まだ来てないわ」

 誰を探しているのか見抜かれたらしく、花音が言ってくれた。

「そっか……」

「でも、ちゃんと来るよ、あの子」

 優里が迷いのない声で、言ってくれた。

「どうして、そんなこと言えるんだ?」

「いやー、だって、伊達にあの子の親友してないから」

 ――そうだ、葵は、こんなときでも、逃げないやつだ。

 心配していた自分が恥ずかしい。長い間、幼馴染をやってきたのだから。

「おー、遥斗ー、もういたのか」

 クラスの集まりの中から武彦がこちらへ近づいてきた。

「まぁな」

「そうかい、そうかい。……で、篠木さんはどこなんだ?」

「いや、葵とは一緒に来ていない」

「ふーん、そうか……。悪いな、変なこと聞いちゃってよ」

 ――たぶん、武彦も最近俺が葵と話していないから違和感を持っているんだ。

「いいよ、別に」

「ならいいけどよ――っと、その前に」

 武彦は首にかけているカメラを手に取り、自分と俺の間から、女子の写真を撮ろうとし始める。

「……武彦、お前だけは、変わってないな」

「ん? なんか言ったか?」

「……いいよ、別に」

 武彦はカメラごしにシャッターを切り続けている。

 俺がそーっとその場所から去り、巻き込まれないようにする。

「あ、あんた、何しているのよ!」

「やだ、こいつ、眞柄だわ」

「マジ!? あの盗撮魔それってやばくない?」

 女子に気づかれた武彦は、俺に助けを求めようと駆け寄ろうとするが、俺は武彦を見捨てて、無事を祈ることにした。

「この、人でなしぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「お前は、社会的にどうなんだよ……」

 後ろで、武彦の悲鳴を聞きながら、俺はため息をつく。

「あら、遥斗ったら、実は紳士だったりするの?」

 花音が俺のところに来て、先程までの武彦とのことについてちょっかいを出してきた。

「いや、俺は犯罪者の片棒を担ぎたくなかったまでだ」

「まぁ、そういうことにしてあげるわ」

「……そういうことってな、俺はまったく関係ない」

「ふふっ、そうだったらいいんだけど」

「おいおい、俺を信用しろよ」

「あら? 私はあなたを信用しているつもりよ?」

「そ、そうか」

「ええ、そうよ」

 花音が迷いのない眼差しで、俺を見つめる。

「そ、そっか……、悪かった、信用しろとか言って」

「いいわよ、別に。信用なんていつでもなくなるものだし、創り上げることもできるから」

 そう言い残して、花音は優里のところへ戻っていった。

 ――あれは、俺への声援だったのかな?

 と、考えをしていると、後ろの方々が静かになったので、振り返ってみると、そこにはカメラを壊されてしまった武彦の姿があった。

「オウ、ノー、私の、マイキャメラが……」

「大丈夫、眞柄くん? さっきどたばたやってたけど、何かあったの?」

 武彦のところへやってきたのが、葵だった。

 葵は、ズボンに水色のTシャツに、ふわふわした白いジャケットを着てきている。

「あ、篠木さん……」

「ありゃりゃ……、カメラボロボロじゃん」

「うぅ……」

「何があったかわからないけど、ご愁傷様」

 と、言い残して、女子の集まっているところへ行こうとしたところで、俺と目線が合う。

「あ、葵――」

「――――っ」

 葵は俺の言葉を無視して、さっさと女子の集まりへ行ってしまった。

 ――ダメか? でも、諦めない。

 俺は今日、ちゃんと言うって決めたんだから。

「おーぃ、お前ら集まれー」

 沢嶋先生が受け持つクラスの生徒たちを呼び始めた。

 俺は魂が抜けている武彦の腕を引っ張り、クラスの人だかりへと向かっていった。


   ◇


 バーベキューをやるところまではバスで移動するらしく、俺たちはバスに乗って移動をしていた。

 バスの中では、武彦の隣に座り、カメラが壊されて意気消沈しているこいつを、呆れた眼差しで見つめていた。

 葵は何をしているか見てみると、隣には優里が座っていて、何やら話をしているように見えた。

 何の問題もなく、ただ目的地へ着くことを、俺は祈っていた。


   ◇


「さぁ、着いたぞぉ!」

 クラス一同がバスを降りたところは、森林の入り口だった。

「沢ちゃん先生? あの、ここにバーベキューするところあるんですか?」

「いや、ここを登るの」

「「「「ええっ!?」」」」

「沢ちゃん先生、そんなの聞いてないよー」

「どうして、こうなっているんですか!?」

「他のクラスのバスが見当たりませんが!?」

 クラスのみんながざわつき始める。

「あー、いやー……、そのー、この前、肉の質がいいところか、設備がいいところかって、多数決取ったじゃないか」

 確かに、そんな多数決を取った覚えがある。

「それでうちのクラスだけ、肉の質がいいところっていうわけで、ここになったわけ」

「ちょっと待ってよ、先生! 場所がどこにあるかぐらい把握できてたんじゃないんですか?」

 ある生徒が質問をする。

「…………言うのをすっかり忘れていましたっ!」

 みんな、唖然とする。

「まぁ、いいじゃないか、この程度の運動は、腹の隙間を空けるためにあるっていうことで」

 沢嶋先生は笑いながら、自分の腹を叩く。

「さ、沢ちゃん先生、実は、少し……体重が増えたの?」

「…………お前ら、さっさと行くぞ!」

 沢嶋先生が、入り口にある階段を駆けて登り始めた。

「図星だったのね――って、沢ちゃん先生、待ってよ!」

 沢嶋先生に続いて、クラスのみんなが階段を登り始める。

「俺たちもいくぞ、武彦」

 俺はまだ落ち込んでいると思った武彦を引っ張り、連れていこうとしたが、

「いや、ちょっと待ってくれ」

 武彦は、その場を動かず、じっとしていた。

「どうしたんだ? 置いて行かれるぞ?」

「俺はお前とちょっと話がしたい」

 武彦がただごとではない真面目な顔をしていた。

「なんだよ、話って」

 武彦は俺の顔を直視しながら、口を開く。

「この前、泣いている篠木さんから、電話をもらった」

「……」

 ――たぶん、あのデートのときのことだろう。

「俺はあの時、どうして篠木さんが泣いているかわからなかったし、内容が久東さんと優里さんが街にいるという情報だったから、どうして俺に連絡したのか、余計にわからなかったんだが」

 武彦は俺を睨みつけるように、鋭く視線を俺に向ける。

「この数日のお前らの態度を見ていると、察しがついたよ。――お前、篠木さんと付き合ってたんだろ?」

 俺は静かに頷く。

「やっぱりな、それでいざこざになって、こういう状況っていうわけか」

 武彦はため息をつく。

「……それで、俺に用があるのか?」

 俺が武彦に尋ねた。

「まぁ……な、つまり俺の出番ってことだ」

「というと?」

「篠木がお前や久東さんや優里さんの口を聞かなくなってしまったら、残っているのは俺だけだろ?」

「!?」

「まぁまぁ、そんなに驚くなって。ぶっちゃけると俺が篠木さんと遥斗を一対一で合わせるように手を回してやるから、ちゃんと話をつけてこいっ! ってことだ」

「武彦、お前……」

「いいってことよ、なぁに、静かなバーベキューなんか俺は願い下げだ、どうせなら、賑やかにやりたいっていうだけだからさ」

 武彦が俺の肩に手を置き、

「まぁ、そこんところ、いっちょ頼むわ」

「――任せろ」

「よーし、そうこなくちゃ! さて、早く行かねえと、置いていかれるぞ!」

 武彦は俺を置いていき、階段を登り始める。

「お、おい、ちょっと待てよ!」

 俺も武彦を追いかけて、階段を駆け登る。

 ――武彦、ありがとな。


   ◇


「おい、眞柄と鎌瀬、お前ら遅すぎるんだよ」

 バーベキューの会場に着いたと思いきや、始める前に沢嶋先生のお説教をもらっていた。

「いやー、ちょっとこれには事情がありましてね……」

「この馬鹿たれが……、でもまぁ、今日のところは許してあげる。早く自分の班のところへ行きな。女を待たせちゃいけない」

「それって、自分の体験――ぐふぇっ」

「おーと、済まない眞柄、ちょっとゴルフの練習してたら、当たってしまった」

「そ、そうですか……。あはははっ」

 武彦は腹を抱えながら、俺たちは、自分の班――花音たちのところへ向かった。

「すまん、遅れた」

 行ってみると、三角巾にエプロン姿の優里が立っていた。

「やっときたか、遅いぞ、てめぇら!」

 不意に手に持っていた包丁を俺たちに向けてきたので、俺は背筋が凍りついた。

「お前な、包丁を人に向けるなよ」

「おおっと、悪い悪い」

 優里は包丁をまな板の上に置く。

「優里さん、そう言えば、久東さんと篠木さんは?」

「あぁ、花音だったらライターを受け取りに行ってて、葵っちは食材を洗ってもらってるよ」

「……ちょっと待って、火は木とかを燃やすのか?」

「うん、なんかそうらしい」

 優里はケロッとそう言う。

 ――どれだけ肉に費用使ってるんだよ。

「それじゃ、俺は久東さんの様子見に行ってくるから、遥斗、お前は食材洗うの手伝ってやれ」

「うん、私もそれでいいと思うよ、それじゃ、遥斗、いってらっしゃーい」

 武彦と優里はお互いに親指を立てて、俺を励ます。

「――ありがとよ、武彦、優里」

 俺はそう言い残して、水道に――葵のところへ向かった。

 水道の近くを差し掛かると、葵が戻ってくるところだった。

「あ、葵!」

 葵もこちらのことに気づく――が、無表情のままで、俺のところへ近づき、

「野菜、洗い終わったから」

 と、言って、さっさと班のところへ戻っていく。

「ちょ、ちょっと待てよ」

 俺が呼び止めても、相手にしてもらえず、行ってしまう。

 俺は葵のあとを追いかけて、自分の班へ戻っていった。

「はい、優里。野菜洗ってきたから」

「おうおう、ありがとよ、葵っち」

「それじゃ、私、野菜切るわね」

「あ、あぁ、それよりやってもらいたいことが」

 葵と優里が話しているところへ、俺が戻ってくる。

「なぁ、葵、置いていくなよ」

「私は、置いてった覚えもないし、一緒に行った覚えもないから」

「ちょいと、葵っち、冷たいんじゃないのかな?」

「そんなことより、私にしてほしいことって何?」

「あ、いや……、その……」

 優里はあたりを見渡し、仕事を探している。

「何もないなら、野菜切りますね」

「ちょ、ちょっと――」

 すると、向こうから花音と武彦が戻ってきた。

「ライター、もらってきたわよ」

「お、それじゃ、いっちょ、この新聞紙を思い切って燃やしちゃってくださいっ!」

 優里は花音に新聞紙を手頃の大きさに破ったのを渡した。

「おっと、その仕事は俺がやりますから」

 と言って、武彦がライターと新聞紙を受け取ると、躊躇なく新聞紙に点火した。

「よしよし、燃えて――ってあっちぃっ!」

 そう嘆きながら、木炭が入れられてるコンロのなかへ投入した。

「……どうだ?」

 俺が火をのぞき込んでいる武彦に尋ねる。

「ん~。俺もこの手のことは初めてだからなんとも言えないが……。少し火が弱いかな。ちょっとそこのお二人さん、木炭持ってきてくれないか?」

「二人って、私と遥斗?」

 武彦に向かって葵が言い返す。

「そうそう、そういうこと。頼むわ、俺はこれが消えないようにしているし、優里さんは優里さんでエプロン姿だし、久東さんは向こうで使った道具の片付けしてくるからさ」

「……それだったら、仕方がないわね」

 そう言って、葵は木炭を取りに行った。

 俺も葵を追って、走ろうとすると、花音が横に立って、こうつぶやいてきた。

「ちゃんと言ってきなさい、選択肢は間違えないでね――私みたいに間違えると取り返しの付かないことになるから」

「――花音、お前」

「いいから行きなさい!」

 俺は花音に背中を押され、葵の元へ走っていった。


   ◇


 木炭が置いてある場所には、まだ誰もいなく、俺と葵、二人っきりだった。

「なぁ、葵」

「……何?」

 葵がこちらを振り返り、尋ねてくる。

「俺の話を、聞いてほしい」

「もう、私、裏切られることは嫌なんだけど」

 葵はぶっきらぼうに言ってくる。

「だから、それは間違いなんだって」

「何が間違いなのよ!?」

 葵は、俺を鋭い眼差しで見つめ、訴えてくる。

「何がどうなっているっていうのよ!?」

 俺は、覚悟を決めなければならなかった。

 あのとき、ちゃんと自分の気持ちを言えていれば、こんなことにはならなかった。

 だけど、あの時間はもう戻ってこない。

 だから、だから、だから――。

「だから、今、この場で、覚悟を決める」

「!?」

 俺の、覚悟、決意を込めて、言い放った言葉に、葵は目を見開く。

 俺はそれを確認して、話し始める。

「ことの始まりは、お前が告白してきたときからだったんだ」

「えっ……!?」

「俺はお前からの告白を受けて、嬉しかったよ、嬉しかった。……でもな、そこで俺は迷ってたんだ。お前のことを、幼馴染としてこのままの関係でいるのか、それとも、幼馴染から恋人としてのお前との関係でいるのかを」

「…………」

 葵は、さっきまでの気魄がなくなり、俺の話を黙って聞いている。

「そして俺は……、お前が泣くのを見たくなかった。臆病だよな、俺。葵は振られるのも覚悟していたはずなのによ……。俺は泣かれるのが怖かったんだ。だから、俺は自分の気持ちより、相手のことを最優先に考えてしまい、お前の告白を受けてしまったんだ」

 葵の手が震えていた。驚きと俺の思いを聞いて、思いが揺さぶられているのだと思う。

「ホント、俺は臆病者だった。でも、その場面を見ていた奴がいたんだよ。それが、久東花音」

「く、久東……さん」

「そして、花音が俺たちのクラスへの転校生ということで、来た時、俺の顔を見て、すぐわかったらしい――あの臆病者だって。それで、俺は屋上へ連れられ……罵声を浴びせられたよ」

 俺は葵の目を逸らさず、直視しながら、語り続ける。

「そのときだよ、俺と花音が同盟を結んだのは。あいつは小説家志望で、俺の恋路が認められなくて、そして俺も認められなくて、このことをちゃんと言って、本当の気持ちを伝えようって、そうして、俺たちはそのために家で話し合ってたんだ」

 葵の誤解が徐々に解けていったのだろう、葵は口元を抑えている。

「それから、遥奈がお前にそのことを話して、事態が悪化してしまった。そこで葵は、優里にそのことを話して、お前の代わりに問い詰めてもらったんだろ? そのとき、これとまったく同じことを優里に話したよ。――あいつ、呆れてたよ、俺のこと。でもさ、ちゃんと自分で言えって、そんなこと言ってた」

「優里……そういうことだったんだね……」

 葵の目元が涙で溢れ始める。だけど、ここで話は終わりじゃない。

「その後、お前からのデートのお誘いがあって、あいつらは俺たちのあとを着いて来た。俺がちゃんと言えるか見守るために。そして、あの言葉……。『長年幼馴染をしている俺からの意見』っていうのは、お前の言うとおり、俺の気持ちがまだお前のことを幼馴染だと思っていたから、出てきた言葉なんだと思う。それに加えて、お前は花音と優里を見つけてしまい、不信に陥ってしまったんだ」

「…………」

「本当にごめんな、葵」

 そう言って、俺は葵に深々と頭を下げた。

「わ、わわ」

 葵は大粒の涙を流しながら、顔を覆っていた。

「私こそ、ごめんなさい! ちゃんとあの時話を聞いていればこんなことにはならなかったのに……」

「いいや、元と言えば、俺が悪いんだ。お前が謝る必要はない」

「でも……」

「そして、俺はお前にちゃんと返事をしなくちゃいけない」

 葵は顔を上げて、俺を見る。そして、俺は勇気を振り絞って、口にする。

「俺はそもそも恋っていうものを全く理解しちゃいなかった。

 お前が告白をして来た時から、ずっと、そのことについて考えていた。

 でも、答えはやっぱり見つからなかった。

 恋ってどんなもんなんだろうな……。

 一緒にいて楽しいっていうのが恋なのか?

 相手のことが気に入ったからって、そういうのが恋なのか?

 そばにいてあげたいっていうのが恋っていうものなのか?

 俺にはわからない。

 だから、俺はこれから答えを見つけていこうと思っている。

 曖昧な回答のままじゃ、俺は嫌だから。

 だからな、図々しい真似だけどな、葵――」

 俺は、葵に手を差し伸べて、こう言った。


「俺が恋の答えを導き出すまで、待っててくれないか?」


 葵は、泣きじゃくりながら、俺の手を取り、

「うん、待ってる。私、たぶん、何年経っても遥くんのことが好きだから」

 俺は葵を抱き寄せる。

「本当にごめんな、こんなダメな俺で。答え見つけたら、ちゃんと言うから」

「ううん、大丈夫だよ。遥くんが導いた答えだったら、私真剣に受け止めるから」

「そっか……」

 葵は俺に両手を当てて、俺の顔をみる。

「ねぇ……、遥くん……」

「どうした?」

「キス……しよ……」

 一瞬ドキッとしてしまった。けれど、俺にはそんな資格なんてさらさらないのを自覚しているので、この答えは明確だった。

「すまん、さっき言ったとおり、ちゃんと――」

 俺の口が葵の唇に妨げられて、言葉が途中で切れてしまった。

 葵の唇は、柔らかくて、ほんのり桜の味がしたような気がした。

 葵は俺から離れると、

「これは、私からの一方的なキス……。これで一年は待っててあげる」

「お、お前な……」

「だから、それまでに、答え、見つけてね」

 葵は最近見ていなかった、とびっきりの笑顔をしてくれた。

 ――葵はやっぱり笑顔が一番似合う。

「わかった、善処するよ」

「善処って、やる気がない人が使う言葉だったような?」

「いいや、努力するよ」

「ふふっ、そうだね、頑張ってね」

 そんなことをしているうちに、他の班のやつらが、木炭を取りにこちらへ来ているのが見えてきた。

「そろそろ、花音や優里たちが待っているから、さっさと木炭取っていこうか」

「うん! ちゃんと謝らないとなぁー」

「大丈夫だと思うぞ? あいつらお前のこと心配していたから」

「だったらいいんだけど」

 俺たちは木炭を抱えて、花音と優里、それと武彦がいる場所へ戻った。

 その帰り道は、自分が元いた場所――スタートラインへ立ったような、そんな気分だった。


   ◇


 俺と葵は木炭を抱えながら、自分の班へ戻ると、花音と優里、そして武彦が待っていてくれていた。

「おい、遅いぞ! 二人とも!」

「野菜はもう全部切ってあるから、あとは焼くだけ」

「さきに野菜で、あとで肉な」

「ごめんな、待たせちゃって」

 俺は木炭をコンロのそばへ置いて、火の加減を見てみると、

「って、全然足りてんじゃん!」

「いやー、なんていうか、お前らが木炭取りに行っている間に、全体に火が行き渡ってな、燃え盛っているわけよ」

 武彦は笑いながら野菜を編み目の上に載せていく。

「たぶん、他の班も同じハメを食らっているはずだわ」

「はぁ……、そうだったのかよ」

 俺はため息をついた後、葵のほうを向く。

 葵は俺が見ていることに気づき、俺は頷き、葵を促す。

「み、みなさん!」

 葵の声に、花音、優里、武彦が反応する。

「い、今まで、ごめんなさい」

 葵は持っていた木炭をぼろぼろと地面に落としながら、頭を下げる。

「で、でも、もう解決したので、安心してください」

 と、笑顔で顔を上げて、みんなに言う。

「あ、あああ、あああああ」

「?」

「葵ぃぃぃぃぃぃっ!」

「ふぇっ!?」

 急に優里が葵に飛びかかる。

「葵―、心配してたんだぞー。葵ぷんぷん状態だったから怖かったんだからなー」

「ごめんって、優里ちゃん。そ、それはともかく、へ、変なとこっ、触らないでぇっ……」

 この二人はいつもどおりに戻ったみたいだ。

「ちっくしょ――――っ! どうしてこういうときにカメラがないんだ――――っ! おのれ、女子どもっ!!」

 武彦も武彦で、相変わらずだ。

「で、どんな魔法を使ったわけ?」

 花音が俺のそばへ近寄ってきた。

「いや、そんな変なことはしてないぞ」

「そう? ほんとに?」

「あぁ、ほんとだ」

「そう。だったら、恋の魔法でもあなたが無意識に使ったんじゃない?」

「ははっ、そうかもな」

「あら、否定しないのね?」

「でも、それは、お前的には、面白い展開なんだろ?」

「そうね……。もし、そうだとしたら、物語的に、面白い展開だったかもね」

 花音はそう俺に言って、小皿と箸を構えた。

「ささっ、早くしないと食べるものがなくなっちゃうわよ」

 俺がコンロの上を見てみると、もうぎっしりと野菜やら肉が焼かれていた。

「おいおい、なんでもうこんなに始まってるんだ!?」

「いやいや、さすが材料に値段を注いでいるだけあってか、量がなかなか多いんだよ」

 優里がとうもろこしを頬張りながら、そんなことを言う。

「ほら、眞柄くん、手を動かさないと」

「は、はい! わかっていますって」

 武彦は、焼けたものを食べつつ、他の材料を焼くという、器用なことに二つの作業を同時に行なっていた。

「あ、遥くん、はい、これ遥くんの」

 葵が俺に渡してくれた皿には、出来上がったものが載せてあった。

「あら、何気にいいご身分じゃない?」

 花音が俺にそう言うと、

「違うよ、久東さん。これは遥くんだからこそ、やってあげていることなんです」

 と、葵が花音に言ってくる。

「そうなの? てっきり彼女がしていると思っていたから」

「いえいえ、私は今、遥くんの彼女になるつもりですから」

 葵は何も恥ずかしがらずに、言い切った。

「す、素直に言われて、わ、私、結構動揺してるんだけど」

 そう言いながら、花音は俺の腕を掴み、震えている。

「おいおい、なんでお前が俺にしがみついてくるんだよ」

「だ、だって、あんなに素直に言われたから、動揺して」

「久東――いや、花音さん! 遥くんにそんなにべったりくっついちゃダメ!」

 葵が、花音に向けて焼きたてのピーマンを投げつける。

 それを花音はうまく口でキャッチをして、咀嚼する。

「ものを投げるなんて、いけないことだって、知ってる?」

 花音は俺から離れて、自分の皿と箸を取る。

「あー、さっきかののんが遥斗にしがみついてたのはなんで!?」

「優里! そんなこといいからって――お前まで、くっつく必要ないだろ!?」

 優里までもが、俺の腕にしがみついてきた。

「いや、なんかブームに遅れた感じだったから……」

「いいから、離れろって!」

「ケチー、ブーブー」

「ブーブーじゃないだろ!」

 俺は優里の手を振りほどいた。

「……なぁ、遥斗」

「どうした? 武彦」

「なんでお前だけそんなにいい思いをしているんだよっ!」

 武彦は滝のような涙を流しながら、玉ねぎをコンロに載せていた。

「いや、いい思いなんてしてないと思うんだが……」

「くっ、これだからこのヘタレ野郎は……!」

「ちょっと眞柄くん、肉がないわよ、肉が」

「あ、はいっ! ただいま!」

 花音が武彦に指示を出す。

「花音さん、肉ばっかり食べていると、太っちゃいますよ?」

「いいの、私は」

 葵の言葉に動揺せず、肉を頬張る花音。

「まだ肉足りないよっ! 私の鉄の胃袋が、唸り始めているぞ!」

 優里もお構いなしに、肉ばっかりを頬張っている。

「――ってか、肉の消費量が半端ない!?」

「大丈夫だよ、遥くん。遥くんの分はちゃんと私が確保済みです」

 そう言って、葵は俺に肉を盛った皿を渡してくる。

「おう、なんかありがとな!」

「いえいえ、どういたしまいて」

「ん? お前全然食ってないじゃんか、食べろよ、ほら」

 俺は盛ってくれていた肉を数枚、箸の逆を使って、葵の皿に載せてやった。

「い、いいの?」

「いいよ、せっかくのバーベキューだし」

「う、うん」

 そう言って、葵は肉を一枚取って、口に運ぶ。

「おいおい、賑やかにやってんじゃないかい」

「あ、沢ちゃんじゃん」

「こら、遠野! だから沢ちゃん言うんじゃないって」

「で、先生、何しにここに?」

「あぁ、そうだったそうだった」

 俺が質問すると、沢嶋先生は首にかけていたカメラを手に取り、

「ほら、写真取るから並んだ並んだ!」

「え? 写真ですか?」

「そうそう、ほら久東もぼさっとしてないで、並ぶ!」

 そう言われて俺たちは、一箇所に集まった。

 俺の右隣には葵がきちんと立っていて、左隣には優里がピースをしながら、テンション高めでいて、右前には花音が葵に捕まっていて、左隅に、武彦がトングを持って、輪に加わろうとしていた。

「はい、チーズ」

 そのとき撮影した写真は、みんな、笑っていた。


   ◇


 みんなはしゃぎ過ぎたのか、帰りのバスの中は静かだった。

 私――久東花音は、そんな中、メモ帳を取り出し、遠足で思いついたネタを記していた。

「おーぃ、花音?」

 通路を挟んで隣の座席から遥斗が呼びかける。

「何、どうかしたの?」

「いやー……、武彦が寝ちまって、暇になったっていうか……」

 窓側の席を見ていると、武彦が口を開けながら寝ていた。

 私は書き留めていたメモ帳を閉じた。

「つまり、時間潰しに私とお話をしようっていうこと?」

「まぁ、そういうことだ」

「それだったら、葵さんたちと――って、寝てるわね」

 私の一つ前の座席に葵さんと優里が座っているが、二人とも疲れきって寝ていた。

「わかったわ、話し相手になってあげる」

「お、サンキュな」

 私は手にしていた黒いボールペンを遥斗に向ける。

「あなたって、勇気と覚悟の違いって知ってる?」

「はぁ? 急になんだよ?」

 私が質問した内容が唐突すぎて、頭をかしげる。

「知ってるかって聞いているだけよ、勇気と覚悟の違いを」

「んー……、なんか同じように感じるんだけどな」

「それじゃ、何のために二つあるのよ? 意味ないじゃない」

「それもそうだな」

 そう言って、少し困った顔をする。

「で、結局はわからないっていうこと?」

「そういうことになるな」

 なんとなくそうだろうと思っていた。

「それじゃ、私がわかりやすく例えてあげる」

「え……」

「何? 不安?」

「ま、まぁな。お前の例えって……な?」

「そっ! そんなことないわよ……」

 大きな声で言いそうになってしまったが、ぐっとこらえた。

「まぁ、言ってみろよ」

「そうね……、こういう二つの違いを例えるのには、文で表したほうが受け取る感じが違ってくるのよ」

「と、言うと?」

「それじゃあ……、RPGとかのゲームで、ダンジョンの奥へ進む勇気と、ダンジョンの奥へ進む覚悟。伝わってくる感じが違うと思うんだけど」

 遥斗は私の発言に頷く。

「確かに。勇気のほうは勇敢に先に進むぞっ! っていう感じがして、覚悟のほうは、奥にボスがいそうな感じだ」

「そう、それよそれ」

「お前の例えも時にはちゃんとしたもんになるんだな」

「う、うるさいわねっ!」

 そう、勇気と覚悟には違いがある。

 勇気は、先のことを考えず、自分の意志を貫き通そうとする。

 覚悟は、物事が起こりうるであろう状況を予想しながら、先に進もうとする。

 この二つは、似ているようで若干異なるもの。

「こらっ、お前ら、周り寝ているから、少し静かに」

 沢嶋先生が私たちのところへ来て、注意を促した。

「うーん……、それじゃ、俺も寝るかな」

「そう」

 遥斗はそう言って、体を正面に向けて目を閉じた。

 私はそれを見た後、メモ帳を再び開く。

 そこには、こんなことが書かれてある。

『恋に、まず必要なものは、告白する勇気と振られる覚悟である。

 相手を気遣ってはいけない、相手が告白する時点で、相手には振られる覚悟があるのだから。

 だから、自分の気持ちを正しく相手に伝えることが大切なのだ』

 私はその次のページを開き、黒のボールペンで書き記した。

『主人公はクズとかではない。ちゃんと考えを持っている。

 タイトルの変更が必須。ひどいタイトルではなく、もっとこう――――』

 メモ帳とボールペンをしまい、遥斗のほうを見て、こうつぶやいた。

「お疲れ様、主人公――」


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