波乱なデート
土曜日――デートをする日の朝、携帯のアラームが部屋に鳴り響く。
休日は、部活とか入ってない俺にとっては早く起きて学校に行く必要がない。
そのため、休日は遥奈が起こしに来ない。――朝から疲れずに済む。
だから、早く起きなければならないときには、こうやって携帯のアラーム機能を使って起きている。
俺は携帯のアラームを止め、ベッドから出て、顔を洗いに洗面台へ向かう。
「あれ? お兄、なんか早くないか?」
「あ、遥奈、おはよー」
洗面所へ行ってみると、そこには先客の遥奈が立っていた。
「うん、おはよう。今日なんかあったっけ?」
「いや、ちょっくら出かけるもんでな」
「へぇー、そうなんだー」
遥奈も起きたばかりなのか、長い茶髪がところどころ跳ねている。
遥奈がぱしゃぱしゃと顔を洗い終え、遥奈は自分の部屋へ戻っていく。
俺は顔を洗い、自分の部屋に戻り、出かけるための服装を決めた。
――こういうのはいつもどおりでオーケーなんだよな。
どうしてそう思うかというと、ギャルゲでやっているからわかるのだ。
わざわざいつもとは違う服を着て『決めてきたぜっ』とやるよりは、いつもどおり接するために、いつもどおりの服を選ぶだということだ。
俺はいつもどおりの、黒色を中心とした服をチョイスし、それに着替えて、部屋を出た。
すると、部屋の前に遥奈が立っていた。ちゃんと跳ねていた髪を直してある。
「どうした?」
「いや、ちょっと聞きたいんだけど、葵ちゃん、元気だった?」
そう言えば、昨日の朝葵とは会っていないため、心配していたのだろう。
「大丈夫だ、昨日はちょっと風邪を引いて寝込んでいたらしい」
「そう、それならよかった――けど、私が遅くまで公園に居させたのが悪いのかな?」
「あぁ、そうそう」
「ん?」
「遥奈にこう伝えておいてって頼まれてた。『遥奈ちゃんのせいじゃないから安心して』って」
「お兄、実はそれって、私を苦しめているのと同じなんだよ? しかも言われてないでしょ?」
「……バレたか?」
「うん、バレバレ」
俺の気の利いたアドリブが、どうやら裏目に出たらしい。
「――でも、お兄がそう言うんだったら、安心していいんだね?」
「まぁな」
「そっか」
遥奈は微笑み、朝食を食べるために、台所へ向かった。
俺もその後を追いかけるように台所へ向かった。
◇
俺は待ち合わせ時間の二十分前に、待ち合わせ場所の街にある噴水へ着いた。
二十分前に行ったのは、彼女を待たせてはいけないという、これまたギャルゲの教えのためである。
――何気に役に立っているな、ゲームでも。
ちなみに、まだどこに行くのかも聞いてはいない。たぶん、その場の雰囲気で決めるのだろう。
そのため、俺もなんらかの準備は特にしていない。
ただ、いつもどおりを主旨においた形でこのデートに臨んでいる。
けれども、何らかの準備をしてきた奴らがいるということに、俺は気づいていた。
――なんでいるんだよ、お前ら。
俺はその場所から、近くにあるカフェのテラスを見る。
そこには、サングラスをかけている優里と、帽子を深くかぶっている花音がいた。
優里のほうは、しぶい緑色のジャケットとジーパンで、メンズ風に仕上げており、花音のほうは、ブラウンのトレンチコートを羽織っており、中には白いシャツに、カーキ色のチノパンを着ていた。
俺は素早く携帯を取り出し、優里と花音宛に、メールを送りつけた。
この場から、向こうにメールが届いたことを把握すると、メールの返信が届いた。
優里の返信は、
『葵っちから聞いた! どう動くか気になったから尾行させていただきます!』と。
――尾行する気満々かい。
そして、花音の返信は、
『昨日言った通り、尾行させていただきます』と。
確かに昨日、電話がかかってきた内容を伝えたとき、
『物語的に、面白い展開きたわね!』とテンションが上がっていたのを覚えている。
その後『どういう展開になるか気になるから、尾行させていただくわね』と、堂々と宣言されてしまった。
――っていうか、そもそもデートって尾行されるためにあるのか!?
これまたギャルゲの話なんだが、初めてのデートで、他のキャラに尾行されていたのであった。
――何回か、ギャルゲって言っているが、そんなにギャルゲしているわけじゃないからな!
あくまでも参考ということで、花音とやってきたギャルゲを参考にしているまでである。
俺は二人にバレないように気をつけろというメールを送りつけ、携帯をしまった。
カフェのテラスにいる二人をよく見てみると、仲良く話しているようにも見える。
――あいつら、あんなに仲良くなってたっけ?
と、疑問を持ちながらも、葵が来るのを待っていると、葵が歩いてくる姿を見つけた。
葵もこちらに気づき、小走りで待ち合わせ場所へ向かってくる。
「ごめん、待った?」
「いや、俺もさっき来たところだから」
「そう?」
葵はほっとした表情をして、数歩後ろに下がる。
「ね、ねぇ、どう、この服?」
葵が着ている服を見てみると、白色のジャケットに、ジーパンという、白を基調とした服装をしている。
「うん……可愛いと思うよ」
「そ、そうかな」
葵の顔がほころぶ。とてもうれしそうだ。
「あ、あのね、確か遥くんはスカートがあんまり好きじゃなかったなーって、思い出したから、これにしてきたんだけど、良かった」
「よく思い出したな、俺がスカートがあまり好きじゃないって」
「だって、子供の頃言ってたでしょ? 『スカートとか、男が女を連れて歩くとき、いろいろと対応するのが面倒じゃん』って」
――子供の時の俺、よくそんなことを言ったな。
確かにそうだけど、ここは、とりあえず褒めておくべきところなのだろうか。
「まぁな――それで、行き先を聞いていないんだが、どこへ行くつもりなんだ?」
「うーんとね……」
葵がどこへ行くか考え始める。
「服見たいし、映画もいい作品が上映しているなら見たいな、ゲームセンターはあんまり好きじゃないから行きたくないし、体動かすのもいいけど、そういう気分じゃないから――」
「それじゃ、映画を見に行って、待ち時間とかで服を見ようか」
葵がたくさん意見を言ってくれた中で、大丈夫そうなものを選んで(二つしか行けそうなのを言っていないが)言ってみた。
「うん、それがいいかも」
「それじゃ、まずは目的地へ行きますか」
「うん」
すると、葵は恥ずかしそうに左手を差し出した。
俺はその動作がどういうことなのかを、ゲームのおかげで何だかわかり、右手でそれを取る。
――手を握りながら、歩くっていうやつだろ。
手を握ってみると、柔らかい肉付きで、しかも手に収まるサイズであって、こちらも少し恥ずかしかった。それに、周りの人たちから見られるため、より恥ずかしい。
「い、いこっか」
「そうだな」
俺たちは映画館のあるショッピングモールへ歩き出した。
◇
「映画、どれ見ようか?」
映画館に着いた俺たちは、上映中の作品を眺めていた。
「んーとね、遥くんはどれがいい?」
「そうだな……」
パッと見て、いいなと思うものが少ないが、見るとしたらならば、
「あの、アクションのやつか、このコメディのやつかな」
ここで恋愛物を選ばなかったのは、それを見てから俺たちだったら、どのような行動を取るか、予想がついたからだ。
――きっと、途中で切り上げることになるんだろうな。
でも、それはできない。それは昨日花音と作戦を立てていたとき、
『もし、話せる雰囲気だったら、さっさと終わらせなさい』
という、通告があったからだ。
――今日で決めるのか、俺は。
そして、このデートには、俺にとっての目的もある。それは、自分が葵のことをどう思っているか、確認するためだ。
それらを持って、話すにいたっても、答えを決めるつもりだ。
「それじゃ、コメディのやつにしよっか、うさぎさん可愛いし」
「わかった、それじゃ、チケット買うか」
俺は受付に行って、高校生でチケットを二枚購入した。
チケットを受け取り、葵のところへ戻って、チケットを一枚渡す。
「ほら」
「あ、ありがとう……」
葵は頬を染めながら、チケットを受け取る。
「それじゃ、上映時間までまだ時間あるから、どっか行くか」
「うん、そうだね……」
「どこ行きたいんだ?」
「うーんとね……」
葵が考え始めるのを見計って、あたりを見回す。
すると、上映中の作品の前で、どれにしようか迷っている二人の女子――花音と優里を見つけた。
どうやら、俺たちと一緒のものを見ようとしているみたいだが、何を見るのかわからないらしい。
俺が二人を見ていると、見られていることに気づいた花音が、アイコンタクトを送ってきた。
――どうやって教えるべきか。
ここで、二人のところへ行ってしまうと、尾行されていることが葵にバレてしまう。
それは二人にも、最悪のパターンになってしまう。
だと言っても、ここでメールをしてみろ、葵が不安がるじゃないのか。
ここでサインを出せるとしたら、指でしかないのだけれど……。
何かいいものはないかと周囲を見渡すと――あった、いいものがあった。
「葵、ちょっとごめんな」
「――ん?」
俺が葵のそばを少し離れると、映画のチラシが置いてあるブースへ着いた。
「何々? 見たいと思うのがあるの?」
「いや、ちょっと気になってな」
そう言って、俺は今から見る映画のチラシを手にし、
「これだよな、今日見るやつ」
「うん、そうだよ、可愛いよね、これ」
手にしているチラシを見てみると、軍服を着ていて、左目に眼帯をしているうさぎが銃を持っていて、戦車に飛びかかろうとしている。そしてその背景には、敬礼をしている、これまた軍服を着ているリスの絵が描かれてあった。
「そうだな、まぁ、可愛いっちゃ可愛いか」
「もう、これは可愛いんだよ」
そんな会話をしながら、俺はそのチラシを遠目に見ようとして――花音と優里に見える角度で――腕を伸ばす。
すると、花音はそれを確認して、優里の手を引きながら、受付へ歩いていった。
――これでいいのかな。
チラシを元にあった場所に戻し、他の映画のチラシを眺める。
「――さて、それでどこに行くんだ?」
「え、ええっとね……、服を見に行きたいな」
「オーケー、それじゃ行くか」
「うん」
俺と葵は、服がたくさん置いてあるエリアへ移動した。
◇
服の専門店街が並ぶところへ行くと、そこには女子たちがたくさんいた。
「さすがに賑わっているね」
「そ、そうだな……」
休日に普段こういう場所に行ったことがない俺にとっては、少し難関な場所なのかもしれない。
――こんなに人が多いと、同級生に会ったりしないか?
そう思って足が進まない俺と反し、葵はずかずかと進んでいく。
「はやく、こっちこっち」
「おう、ちょっと待てよ」
俺は人を避けながら、葵の元へ行く。
よく見ると、女子だけではなく、カップル連れや家族連れも多いみたいだ。
「ねぇ、思ったんだけど」
「ん?」
「遥くんの服って、自分で買っているの?」
「あぁ、これか? これはいつも遥奈を連れて、買いに行っている。俺が選ぶより、遥奈に選ばせたほうが正解だと思ってさ」
「へぇー、そうなんだ」
「前行ったときに、ピンクのダウンを着せられたのは驚いたぜ」
「ふーん、遥くんにピンクか……」
葵は何やら考え始めてしまった。心なしかものすごく真剣に考えているように見える。
――なんか、身の危険を感じるのは、気のせいであろうか。
「よし、それじゃまず、遥くんの服を見てみようか」
「え?」
葵は俺の手を握って、俺をメンズの場所へ連れて行く。
「ほら、こっちこっち」
「おいおい、ちょっと!」
俺は連れられるままに、葵のあとを着いていく。
◇
「遥くん、このピンクのTシャツなんてどうかな?」
葵は目を輝かせながら、俺に手に持っているピンク色のTシャツを押し付ける。
「と、とりあえず合わせてみればいいんだな?」
葵は二回頷く。
俺は羽織っていたジャケットを脱いで、葵のピンクのTシャツをあててみた。
「……どうだ?」
葵は少し後ろに下がり、全体を見る。
「――うん、可愛い」
「か、可愛いか……」
「そうだよ、でも、少しかっこいいのかも知れないね」
「……そうなのか? 男としては、ピンクって女子が着るっていう印象しかないもんでな」
「え? 違うよ、今の男の人でも、ピンクを着ている人はいるよ?」
「……そっか、そうじゃなかったら、売ってないもんな」
「そういうこと」
葵は再び、俺に着せるために、店内のものを物色している。
俺は深いため息をして、目の前をみてみると、少し離れたところで花音と優里を見つけた。
二人とも、口を抑えながら、笑いをこらえているように思えた。
――やっちまったな、俺。
俺は二人にこのことをネタとして扱われないことを祈りつつ、あてていたTシャツをたたみ、元の場所へ戻した。
「ねぇねぇ、遥くん、このTシャツなんてどうかな?」
葵が戻ってきて、手にしていたのは、またしてもピンクのTシャツだった。
「お、結構、デザインいいんじゃないか、それ」
「でしょでしょ? ほら、つけてみて」
そう言われたので、俺がそのTシャツを手にしようとすると、葵は手放さなかった。
「ん?」
「――遥くん、もう少し近くに来てくれないとあてることできないじゃん」
「さっきは自分でやったぞ!?」
「いいからっ!」
俺は葵に近づくと、葵は手に持っていたピンクのTシャツを俺にあててくる。
俺の目の前には、葵の顔があり、葵は恥ずかしそうに、頬を染めていた。
「……私があててたら、みれないじゃん」
「今さらかっ!?」
俺は葵からピンクのTシャツを受け渡してもらい、鏡の前に立ってみる。
「ホント、これいいじゃないか」
「そうでしょ? 遥くん黒ずくめだから、色加えてもいいかなって思ったんだ」
葵は照れくさそうに言う。
「それにしても、いい線いっているぞ。結構俺こういうデザイン好きだし」
「えへへ、だって彼女だもん」
「そ、それもそうだな」
俺たちは笑いながらそんな会話をした。
「それじゃ、俺これ買ってくるよ」
「えっ? 購入決定?」
葵は意外そうな顔をして、俺を見つめる。
「いや、だって、葵が俺に似合いそうなのを選んでくれたわけだし、失敗はないだろ?」
「え、でも……いいの、その色で?」
「なーに、お前が選んだ色で、似合っているんだったら、大丈夫だよ」
「そ、そう」
「そうだ――んじゃ、ちょっと待っててくれ」
「うん」
俺は近くにあったレジに並んだ。
少し並んでいたが、すぐに順番が回ってくるだろう。
並んでいる最中、俺は考えた。
――これはこれで結構楽しい。
でも、この楽しいは、幼馴染としての葵と一緒にいるのが楽しいのか、それとも、恋人としての葵と一緒にいるのが楽しいのだろうか。
そこで俺は悩んでしまう。わからない――けど、この答えが俺は知りたい。
探さなければならない、その答えを。
「次のお客様どうぞ」
「あ、はい」
俺は会計を済ませ、葵のところへ戻った。
「悪い、待たせたな」
「ううん、大丈夫だよ」
「それじゃ、次は葵の服を見に行くか?」
「えっ?」
「なんだ、嫌か? それだったら、他のところに――」
「ううん、いいよ、それじゃいこいこっ!」
俺はまた手を握られ、葵に連れていかれた。
◇
「ねぇ、遥くん、どうかな?」
今、葵が着ているのは、うすいピンク色のワンピースである。
胸に小さなリボンがついていて、スカートの丈は膝を隠している。
「い、いいんじゃない?」
「――もっとはっきりと」
「か、可愛いと思うよ」
「う、うん、良かった」
そう言うと、試着室のカーテンを閉め、
「そ、それじゃ着替えるから、ちょっとあっち行ってて」
「――わかった」
そう言われて、俺は少し試着室から離れる。
葵が試着室に閉じこもったところで、周りの目線が気になる。
――この場を今にも離れたいが、そうにもいかないんだろうな。
俺はじっとこらえて、周りを見渡す。すると、向こう側の試着室で、優里が俺に手を振っていた。
――なんだ?
すると、試着室から、うさぎの着ぐるみを着た花音が出てきた。
顔だけが出ていて、それ以外はうさぎの格好をしていて、うさぎの耳が少し垂れている。
それに加えて、花音が優里より背が低いが、より小さく見えて、第一印象としては、小動物を眺めるような、可愛さだった。
優里がにやにやしているのを不思議に思った花音は、俺の視線に気づくと、右手を握りしめつつ、顔を赤くしながら、試着室の中に戻った。
優里は腹を抱えて笑っている。
――ホント、あいつらいつの間に仲良くなったんだよ。
「遥くん、着替え終わったよー」
更衣室から葵の声が聞こえた。
俺が振り返ってみると、そこにはボーイッシュな服装を身にまとった葵の姿があった。
「ど、どうかな?」
「んー、正直言っちゃっていいか?」
「ど、どどど、どうぞ」
葵は恥じらいながら、回答を待つ。
「うーんとな、俺はそういうのが好きだけどな、葵が着るんだったら、なんていうか、ふわふわっとした感じのやつのほうがいいと思うんだ」
「そ、それって?」
「長年幼馴染している俺からの意見だ」
「……そう。長い間一緒にいる人の意見だったら、参考にしないといけないね」
そう言って、葵は微笑みながら、試着室の中に戻りカーテンを閉めた。
その刹那、葵の目に涙が輝いているような光が見えた――が、俺の見間違いだろう。
数分後、試着室から葵が自分の服に着替えて出てきた。
それから、試着した服を元の場所へ戻し行って、戻ってくる。
「それじゃ、どこ行こうか?」
「んー、そうだな……」
俺は携帯で時間を確認した。
「そろそろ、飯でもいいんじゃないか?」
「ん? 結構早くないかな?」
「いいや、十二時とかジャストで行くと、混んでいるのが目に見えている。それなら、少し早めに行って、混む前食べるのがいいんだよ、こういうのは」
「そうなんだ! それじゃ、ご飯食べに行こ」
葵が歩き出そうとするが、立ち止まって、俺の方を見る。
「ん? どうした?」
「あ、いや……、なに食べたい?」
「そうだな……、できればハンバーガーでいいか? 安いからさ」
「う、うん、そうだね、高校生にとって定食屋さんとか結構の出費だからね」
「それじゃ、混む前に行こうか」
「うん」
俺と葵は、隣を歩きながら、ファーストフード店へ移動した。
◇
ファーストフード店に着いたとき、まだ中は混雑していなかった。
俺たちは近くにあった席を確保して、カウンターで注文して受け取り、席に着いてハンバーガーを頬張っていた。
俺はてりやきバーガーを食べていて、葵はフィッシュバーガーを食べていた。
「これが食べ終わるころは、ちょうど開演する時間だろうな」
「ちょうどいい時間帯だったのかも知れないね」
ハンバーガーを食べ終わると、葵は立ち上がり、
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
と、行って店内の奥へ行ってしまった。
「ふぅ……」
俺は緊張が少しほぐれ、肩の力を抜く。それから首を回す。
――さて、葵が戻ってくるまで暇だ。
まだ飲みかけであるドリンクを飲みながら、外を眺めていると、目の前に見たことのある人物がいた。
――花音に優里、それに武彦!?
花音と優里はまだしも、そこに武彦が入っていた。
武彦は、至ってシンプルな服装で、ジーパンにTシャツであり、首にカメラをかけている。
二人の態度を見て推測すると、たまたま出会ってしまって、困っている状態なのだろうか。
武彦は嬉しそうに会話をしているが、花音と優里は苦笑いをしながらそれを聞いているように見える。
すると、優里は俺が見ていることに気づき、右目でウインクをしてきた。
――つまり、助けてくれっていうことか?
まぁ、お安い御用だが。
携帯でこの現場を写真に納めて、ある奴らにメールで送ってやった。
数分後、そこに二人組の男子――クラスの男子――が来て、武彦を取り押さえて、連れ去ってしまった。
花音と優里は憐れむ目をしながら、その去っていくのを見ていた。
――ご愁傷様、武彦。お前の骨は一本ぐらいは拾ってやるから。
その光景を眺めた直後、葵が戻ってきた。
「ご、ごめんね、ちょっと待たせちゃったかな?」
「いいや、別に構わないよ」
「そう?」
「おう、それじゃ行くか」
俺は葵の分のトレーを持って、ゴミを分別して捨てる。
「あ、ありがとう」
「いいよ、さぁ、行こうか」
「う、うん」
俺は葵と一緒に店を出て、映画館へと向かった。
◇
チケットを受付の人に渡して半券を貰い、中に入場する。
中はコメディ、しかも子ども向けもあってか、家族連れが多く、賑やかだった。
「このくらい雰囲気が明るいほうが落ち着くよね」
葵が笑いながら、そんなことを言う。
「確かに、そうだよな」
「普通のところって、みんなシーンとしていて、しゃべっている人が浮いちゃう感じでしょ? でもこんな感じだったらこんな感じにひそひそと話せるからね」
「でも、上映中はマナーを守れよっていうのが、親が子どもに躾なきゃいけないところだぞ?」
「それもそうね」
そんな話をしながら、自分たちの席を見つけて座る。
俺はあたりを見渡すと、奥のほうにサングラスとかけている優里と、帽子をかぶっている花音を見つける。
どうやら、俺たちより先に中に入ったらしい。後から入ってきて、見つかると大変だからな。
その後、この映画楽しみだよね、とか、子供たち元気だよね、とかそういう話も一切なしに、映画が始まるまで、お互い話をしなかった。
そうして、映画が始まった。
内容は、ホント馬鹿げた話で、戦争に駆り出されたリス兵が、戦車に向かって直進して、見事に打たれ、隊長であるうさぎ隊長が、リス兵の代わりに、自分があの戦車を倒す、と言い始め、そのために努力していくといった内容であった。
その行き先にあたり、うさぎ隊長は他の隊員たちに馬鹿にされ、隊長としての資格も失われ、それでもうさぎ隊長は自分の意志を、リス兵の敵を打つべく、一生懸命に努力して、戦車に打ち勝つという内容であった。
その映画の最中は、みんなが腹を抱えて笑っていた。
後ろから爆笑をしていた女子の笑い声が一番大きかった。
そんな中、葵は笑ってはいたものの、少し寂しいそうな感じがした。
俺はそれが気になり、俺と葵の席の間に手をおいて、映画ではよくあるようなシチュエーションを作ってみたものの、それにも反応せず、映画を見ていた。
――どうしたんだ、葵のやつ?
体調を崩したのだろうか、それとも、何かあったのか?
そんな兆しがあっただろうか?
俺はそんなことを考えながら、映画を見終わった。
「おもしろかったね、遥くん」
「あ、あぁ、そうだな」
葵が俺に笑いかけてくる。
――別に心配するほどではなかったか。
俺と葵は外に出て、少し歩いたところで立ち止まった。
「さて、これからどこか行くか? 時間あるけど?」
「そうだね……、少し歩こっか」
「ん? いいけど、どこに向かうんだ?」
「うーん、それじゃ、川の堤防のところに行こうよ、確かまだあそこだったら桜が咲いているような気がしたから」
「そっか、それじゃ行くか」
「うん」
俺たちは街から川までの距離を、二人並んで、歩いていった。
◇
歩いていると、桜の花びらがはらはらと落ち始めていた。
川の堤防にそって、桜の木々が並んでいて、桜の花が付いている枝もあれば、落ちている枝もあった。
さすがにこの時期には、花見をしている人は一人もいなく、俺たち二人だけが堤防を歩いていた。
「さすがに落ち始めちゃっているね」
「そうだな、でもこれもこれで綺麗じゃないのか?」
「……落ちる花びらは、私は好きじゃないな」
葵が少し暗い口調でそんなことをつぶやいた。
「……どうしてだ?」
「あのね、あれだけ綺麗だ、綺麗だって言われて、咲き誇っていた花が、時期が過ぎると人っ子一人もいなくなって、誰にも見とられずに、地面に落ちていくんだよ」
「……そうだな」
「頑張って咲いて、綺麗だって言われるために咲いていたのに、一回見たら、それで終わりで、見捨てられるんだよ、可哀想だよね」
何か胸にずきずきと刺さってくるような痛みがする。
俺はなんだか、自分に言われている言葉ような気がした。
「ねぇ、遥くん」
葵は俺の前に立って、悲しそうな目で、こう告げる。
「――久東さんとは、どういう関係なの?」
「!?」
「私、遥奈ちゃんから聞いたよ? 放課後毎日うちに来ているって」
「――それはっ」
俺が言い出そうとしても、葵は続ける。
「それに、仲良さそうで、まるで恋人同士みたいだよって、言われたんだよ」
「――っ」
「私、すごく悲しかったんだよ、あの日、その場所で私が勇気を出して告白して、それなのに……」
俺は、言い出せなかった。いや、言い出すことができなかった。
目の前にいる葵が、泣いているのである。
あの日、どんなに血迷っても、葵は泣かせないと決めていたはずなのに、泣かせないために告白を承諾したはずなのに、その葵が泣いている姿を目の辺りにし、何も言い出すことができない。
「それでね、優里ちゃんに相談したんだよ、そしたら優里ちゃんなんて言ったと思う? 『大丈夫、安心しなよ』だよ。あれだけ自分が押しといて、私が付き合い始めたら、そこで私たちの関係は終了なの!?」
その言葉は、普通はこの場にいるはずもない優里に対しての問いかけだった。
だけど、たぶん、この場には――、
「違うよ、葵! 本当に大丈夫だから、安心してって、そういう意味だよ!」
優里が桜の木の影から出てくる。そう、映画館から出ていた後も、花音と優里は尾行をしていたのだろう。
「――やっぱりいたんだ、優里ちゃん」
「や、やっぱりって……!?」
優里はその発言に動揺する。
「知ってたんだよ、私。久東さんと優里ちゃんが私たちを見ているって」
「――そう、いつから知ってたの?」
木の影から、もう一人――久東花音が堂々と出てくる。その手には、赤いボールペンが握られていた。
「やっぱり、久東さんもいたんだね」
「で、どうなの? いつから私たちが尾行しているって知ってたのか」
「私が試着室から出てきて、昼食の話をしているときにね、見つけちゃったんだ。二人が一緒に歩いているところ」
――昼飯の話をしていたとき、葵は一瞬立ち止まる動作を確かにしていた。
そのときに、見つかってしまったのであろう。その時は、何を食べるかという話題で持ちこたえていた。
「そう――だから、その時から、あなたたちは移動中手を握らなくなったのね」
「!?」
確かに、ファーストフードの店へ行く時から、手を握らなくなっていた。
それに、そこから、あまり話さなくなっていた。
「うん、そうだよ、よく気づいたね、久東さん。やっぱりちゃんと遥くんのことを見ているんだ」
「そこは違うわ、遥斗だけじゃなくて、遥斗とあなたをちゃんと観察していたのよ」
「そっか……、そうだよね……。それは、あなたが遥斗の恋人だから?」
「違う! それは断じて違う!」
俺が声を上げて、葵に訴える。
「花音は、俺の家に来て、これまで――」
「遥くんは黙っててっ!」
葵の叫びに近い声で、俺の声がかき消される。
「遥くんの話は、今はもう聞きたくない……。信じることができないよ」
「葵……」
それ以上、俺は葵にかける言葉が浮かばなかった。
すると、花音が俺の肩に触り、俺を押しのけた。
――今の俺じゃ、この問題は解決できない。
自分でもわかっていた、だから俺は、それに逆らうこともできず、花音の後ろにつったっていることしかできなかった。
「ねぇ、葵! 私の話を聞いて!」
優里が前に出て、葵に迫る。
「来ないでっ」
優里が差し伸べた手を、葵は叩く。
「な、なんでだよ……。なんで私のことを信用してくれないんだよっ!」
優里が声を大にして、そう叫ぶ。
「だって、優里ちゃん、久東さんと仲良く話してたじゃないっ! それって何? 裏切ったの!?」
葵もそれに応じるように、声をはって言う。
「裏切ってなんかいないっ! ただ、私は遥斗の話を聞いて――」
その言葉を遮るように、葵が言い放つ。
「裏切ってないんだったら、ちゃんと説明してくれたっていいじゃないっ! 何が『大丈夫、安心しなよ』って! ちゃんと話してくれたっていいじゃないっ!」
「それはだな、遥斗が真正面向いて話すことだったから」
「そんなに言いにくいことだったの? 言いにくいことだったんだよね、きっと。そうだよね、だって、遥くんは久東さんと付き合っているんでしょ?」
「それは誤解だっ! 遥斗は花音さんとは――」
優里が言い続けようとしたところで、花音が肩に手を置き、それを中断させる。
「あなたがこれ以上言っても、あの子にとっては逆効果だわ」
「で、でも――」
「落ち着きなさい。あなたがこれ以上我を失っても、何も解決できないわ」
「くっ――」
優里は下を――桜の花びらが散らばっている路面を見ながら、涙を流す。
「葵さん、あなたにどれだけ言っても私たちを信用してくれないっていうことはわかったわ。でも一つだけ聞かせてちょうだい」
花音は赤いボールペンのペン先を葵に向けて、問う。
「あなたは、どうして私たちが恋人だと思うの? 今日何かあったから、そう言えるのよね?」
「そうだね……、私は久東さんが遥くんの家に放課後毎日行ってても、あなたが遥くんの恋人だって、そうは思っていなかった」
その時、強い風が吹き、桜の花びらが俺たちと葵の間に舞った。
「――だって、私、遥くんのことを信じていたから」
「――っ!」
「でもね、結構悲しいんだよ、他の女の子と一緒にいるって、裏切られた気分で……、でも、優里の『大丈夫、安心しなよ』っていう言葉も信じて、立ち直ったの」
葵は話を続ける。
「でね、思い切ってデートに誘ったの、このデートで見極めるんだって……。そしたら、遥くん、私が試着した服の意見言ったとき、こういったんだ。『長年幼馴染をしている俺からの意見』だって」
「――長年、幼馴染を、している……」
俺はそう口ずさむ。
「そうだよ、遥くん。遥くんはまだ、幼馴染をしている、今も私を幼馴染と見ているんだよ! 恋人じゃないんだよ! 彼女じゃないんだよ!」
「で、でも、それだけじゃ――」
「――それでその後、私たちを見つけて、確信しちゃったわけね」
「うん、その通りだよ、久東さん」
「――っ」
俺は何も言い出すことができない。言い出しても逆効果だってわかっているから。
もし、この出来事が単独で起こっていることだったら、まだしも、連続で起こっているとなると、信用できなくなって当然だ。
「それから私は、お手洗いに行くって言って、個室で泣いてたんだ。それで、私が見間違えたのかなって思ったから、携帯で眞柄くんに、街に久東さんや優里ちゃんがいるよっていう情報を流したの」
「それで、私たちを見つけた眞柄くんは『本当にいた!』って第一声で言ったのね」
「そうだったんだね、私は遥くんから見えないように離れていたから何をしゃべっているのかわからなかったんだ」
「そして、眞柄くんが連れ去られた後、タイミングよく、遥斗のところへ戻った」
あの時、武彦がクラスの男子に連行された直後に葵が戻ってきた。しかも、お手洗いに行って、結構時間が経っていた。
「さすがは、小説家志望っていうところなのかな? 当たってるよ、ほとんど」
「どうも、ありがとう」
花音はボールペンを下ろし、再び言い続ける。
「――それで、あなたはこれからどうするの? 何がしたいの?」
「わかんないよっ! そんなこと!!」
葵が頭を抱えて、泣きじゃくり、叫び、苦しんでいる。
葵の思いが葵の中で葛藤をしているのだろう。
「わからない! 何にもわかんないっ!!」
そう叫ぶと葵は俺たちに背を向けて、走り去っていく。
「ちょっと待って! 葵!」
優里が葵のあとを追って、走っていく。
「葵――っ」
俺もあとに続いて走ろうと思ったとき、
「あなたは行ってはダメ! 話がまた混乱する!」
花音が仁王立ちして、俺の行く手を阻む。
「行かせてくれよ! これは俺の問題なんだよっ!」
俺は泣きながら、花音に訴える。
すると、花音の左手――赤いボールペンを持っていないほうの手で、俺の頬を叩いた。
「しっかりしなさいっ! これはもう、あなただけの問題なんかじゃないっ!」
花音も涙ながら、言い放つ。
「あなたが問題を起こしたのは事実よ。だけど、それに手助けしようとして、さらに悪化させたのは私、そしてさらに追い風を吹かせたのは優里。――もう、あなただけの問題じゃない、私たちの問題なのよ、これはっ!」
「――――っくっそぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は、両手を地面につき、今までこれ以上感じたことのない感情を声に出してぶつけた。
花音はそれを、赤いボールペンを強く握り締めながら、俺が泣き止むのを待ってくれた。
「――はぁっ、はぁっ」
俺が泣き止むと、花音が言い出した。
「――今週の遠足で、この問題の決着をつけるわよ」
その言葉は、強い意志、そして、決意がこもった言葉だった。




