最初の挑戦
始業式が終わり、教室に戻ると、俺は男子から質問攻めにあった。
「おい、久東さんと一体何を話していたんだ!?」
「なんでお前ばかり女子運がいいんだよ!!」
「オマエ、イツカ、フコウニシテヤル」
俺はその質問に適当に回答しつつ、二人の様子を見ていた。
一人は、篠木葵。
葵は俺と花音のほうを交互にみて、頭を抱えている。
――おいおい、目がくるくる回っているぞ……。
そこに、優里が後ろから抱きついてきて、さらにパニックに陥る。
優里はそれを楽しんでいるようだった。
もう一人は、久東花音。
花音は、転校生ということと、そして朝のホームルームのことで、クラスの女子たちが花音の席に集っている。
花音の様子をみると、あまり感情的にならず、落ち着いた感じで会話をしているように思われる。
クラスの女子とは仲良くやっていけそうな雰囲気を醸し出していた。
「おいおい、なんだよ、葵ちゃんと久東さんのほうばかり見ちゃって」
武彦が俺の周りにいた男子たちを追い払って、俺のところへ近寄ってきた。
「いや、別にどうもしないが」
「嘘だね、なんかあるよな」
「どうしてそう思う?」
俺は武彦に問いてみた。すると武彦は瞳の奥に光を見せて、
「お前が女子を見るなんてなんかあったとき以外あり得ないからだ」
「…………」
――ごもっともで。
「うん、何かあったみたいだな」
「何があったとは聞かないのか?」
「まぁ、俺とお前の仲だからな、あまり追求はしない。だけど」
「だけど?」
武彦は俺の肩に手を当て、俺の耳元で、
「二股は良くないぜ?」
「違うわ、ぼけ」
俺は肩を回して、武彦の手を振りほどく。
「ならいいんだけどな」
と、武彦は笑いながら、俺の肩をぽんぽん叩く。
すると、教室に沢嶋先生が入ってきた。
「おーい、お前ら席につけー」
クラスのみんなが席に着いたことを確認して、
「よーし、それじゃ連絡事項言うぞー」
と、沢嶋先生が今後の日程について話し始めた。
「月末ごろに、学年で遠足に行くんだが……、今回は山でバーベキューだ」
教室がざわつく。
「おい、聞いたか? バーベキューだってよ」
「ってかバーベキューの略称なんだったっけ? BB9?」
「なんだそれ、ビービー弾の大きさみたいだな」
「肉食えるのか? 肉食えるのか?」
「お前ら、少しは落ち着けって」
沢嶋先生が教室をなだめる。
「それで遠足の班を……そうだな、遠足の一週間前には決めておいてくれ」
――それって、今考えたよね?
大丈夫なのか不安だが、それで帰りのホームルームが終わった。
沢嶋先生が教室を出た後、教室は先程までの賑やかさに戻る。
「さて、俺も帰ろうかな」
俺は席を立ち、カバンを取った。
「あ、遥くん!」
葵が、カバンを持ちながら俺のところへ近寄ってきた。
「ご、ごめんね、私、部活があるから……一緒に帰れない」
「あ、あぁ、別に構わない。一人で帰るからさ」
「そ、そう? ごめんね……」
葵は残念そうに、教室を後にした。
「さて、帰ろう」
静かになった教室から、出ようとすると、
「私が一緒に帰ってあげようか?」
行く手を、花音が遮った。
「お、おう、それじゃ、帰ろうか」
そうして、俺と花音は一緒に教室から出た。
――なーんか怪しいよなー。
教室の片隅に潜んでいた遠野優里はそう思う。
――転校初日で遥斗と仲良くなるなんて、なおさらおかしいぞ。
1年のときもクラスが一緒だからわかるが、遥斗はあまり女子とは話さない。
それに、久東花音さんはいきなり遥斗を連れだしたのだ。
――この裏には、何かあるぞ?
遠野優里は、二人の関係を疑い始めていた。
◇
俺と花音は、隣を歩きながら、下校していく。
どうやら、俺の家の近所に引っ越してきたらしい。
――まぁ、あの現場を見られたって言われたから薄々気づいていたことなんだけどな。
「それで、何かいいアイディアがあるのか?」
すると、花音は少し驚いた表情を見せた。
「遥斗から先に切り出されるとは、思ってなかったわ」
「いや、お前に俺の思い打ち明かしてから、少し気が楽になったからさ」
「そう、少しはマシになったのね」
花音は胸ポケットから黒いボールペンを取って、ペン回しをし始める。
「なんで歩きながらペン回しなんだ?」
「ん? あぁ、これね。手にボールペン持ってないと、気が落ち着かないときがあって、それでそうなったら、いつもこうやって遊んでいるの」
「へぇー」
「たまにあるじゃないの? 大人がタバコを吸いたくなるときと一緒よ」
「なんだ、その例え方は?」
「い、いい例えが思いつかなかっただけよ!」
花音は少し恥ずかしそうに、ペン先を勢い良く俺に向けてきた。
「おぉ、危ないな」
「あなたが、変なつっこみを入れるからよ」
花音はそう言うと、黒いボールペンを胸ポケットに戻す。
「さて、幼馴染の篠木葵のことなんだけど」
「お、おう」
花音は本題に踏み出した。
「あなたは、まずは恋とは何かを確かめなければならないと思うのよ」
「……え?」
――恋とは何か、確かめる?
「『え?』じゃないわよ、まずは恋とは何かを確かめなければ、本当にあなたが幼馴染のことが好きかどうかわからないじゃない」
「あぁ、なるほど」
「そう、例えるなら、ミートスパゲティを作るならば、その作り方を覚えなければならないのと同じことよ」
「……ほかに例えるものはなかったのか?」
「わ、分かりやすさ重視で言ってみたまでのことだからっ!」
花音は恥ずかしそうにそう言う。
「で、具体的にはどんなことをすればいいんだ?」
俺は花音に尋ねる。
「ふふっ……、その点につきましては、任せておきなさい。いい考えがあるから」
「ほ、本当か?」
「任せておきなさいってば、信用しなさい。確実にあなたに恋って何か教えてくれるものを考えてあるから」
花音は自慢気にそう語るので、
「それじゃ、期待しておくからな」
「えぇ、それとこれから放課後はあなたの家に行くから、よろしくね」
「えっ!? 俺の家じゃないとだめなのか?」
「何か問題でもあるの?」
「い、いや……、お前の家とかじゃだめか?」
すると、花音は黙りこんで、そして、
「……だめね、ごめんなさい」
「そっか……、それじゃ仕方がないな、わかった」
「それじゃ、今後あなたの家にお邪魔させていただくから。……掃除ぐらいはしておきなさいよね?」
「わかってるよ」
そう言っている間に、家の近くの四つ角にたどり着いた。
「あ、それじゃ、私こっちだから」
「おう、それじゃ、また明日な」
俺がそう言うと、花音は恥ずかしそうに、
「う、うん、また明日」
そう言い残して、花音は駆けていった。
――なんだか、花音にはこれからお世話になりそうだ。
これも、俺の不始末のため、俺が葵にちゃんとした気持ちを伝えなかったために起きてしまったことだと、自分でも自覚している。
だからこそ、なんとかしなければいけない。
――これから、頑張ろう。
そう思いながら、家の途へ着いた。
◇
翌日の放課後。
「遥斗! 早く帰るよ!」
「わ、わかってる! それじゃ、武彦また今度な」
「お、おう」
俺は武彦に別れを告げて、花音と一緒に教室を後にした。
「……いつからあんなに久東さんと仲良くなったんだ、あいつ」
「さぁーね、わかんないやー。ねぇ、葵っち、何か知っちょるさかい?」
眞柄くんの言葉を聞いて、疑問に思った私――遠野優里は、遥斗の幼馴染である葵に尋ねた。
「…………私もなんにもしらないよ」
葵は悲しそうな感じで答えた。
「ありゃりゃ……、あいつ幼馴染をほったらかしにして、他の女とつるんでいるのかい」
「そんなひどい言い方しなくていいよ、優里」
「そうかい? ならいいんだけどさ」
「うん……登校は一緒にしているし、私部活あるし、放課後は一緒にいられないから……」
葵は下を向きながら、そう語る。
「ほんと、どうなんだろうね……」
私は、葵の頭を撫でながら、そう言った。
◇
俺と花音は俺の家を目指しながら歩いていた。
「で、うちで何をするんだ?」
「まぁまぁ、焦らない焦らない」
花音は落ち着いた口調で――何か裏がありそうな口調で――言う。
「それもそうだな……、まず突破しなきゃいけないこともあるし」
「ん? 何かあるの? あんたの家には」
花音は俺の顔を覗きながら尋ねる。
「いや、うちのがな、ちょっと……ね」
「あぁ、親ね……、ま、なんとしても上がらせてもらうから」
「いや、親はまだ帰ってきてない」
「それじゃ、誰なのよ?」
「妹だよ、妹」
「へぇー、あなたって妹がいたんだ」
花音が意外なことを聞いたように、そう言った。
「意外っていうほどじゃねぇよ」
「まぁいいや、妹さんがどうであろうと私は行くまでだから」
花音は俺の親なんぞ無視してまで家へ入るつもりらしい。
――ってか、葵意外の女子を俺の家に上がらせるのは初めてじゃないか?
俺はそんなことを考えていると、
「きっと驚く……。物語的にもこの展開はありだわ……」
と、隣で花音はつぶやいていた。
歩いていくうちに、見慣れた家が見えてくる。
「ここだ」
俺たちは俺の家の前で足を止める。
「これがあなたの家?」
「そうだ。……何かご不満でも?」
「いや、普通すぎて、何もコメントができないわ」
「そうかい」
――花音の言葉が嫌味にしか聞こえないんですけど。
一方花音は、そんな俺の思いにお構いなしに、
「これじゃ、いいネタにはならないじゃない!」
と、ぼやいていた。知るか、そんなこと。
「まぁ、いいわ、さっさと入るわよ」
花音は玄関に手を置いて、ドアを引いた。
「あのさ、まず人の家に入るときにはチャイムをだな――」
「開いたわよ?」
花音はこちらを向いて、玄関を指さす。
「そりゃそうだよ、妹が帰ってきているんだから――」
そう言いつつ、俺は家の中に入ると、そこには、
「お、おおお、お兄?」
「え――」
そこには、バスタオル一枚の遥奈の姿があった。
シャワーを浴びたのか、遥奈の顔が火照っていた。
髪が濡れており、バスタオルから出ている肩や太ももがややきわどく見えている。
「あら、これがあなたの妹さん? いつもこんな格好なの?」
ひょこっと覗き込んだ花音が不吉な笑みをしながら尋ねてくる。
「いや、そうじゃないんだがな……」
俺は花音と遥奈を交互に見ながら、どうしようか頭をフル回転する。
今の状況が若干把握した遥奈は、
「へ、ヘンタイ! お兄! みるな!!」
と言って、近くにあるスリッパやら靴やらを俺に投げつけてきた。
「いたっ、いっ、お、お前は早く、服を着ろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺は玄関――しかも開いている状態のなか、遥奈に服を着るよう、叫んだのであった。
◇
「花音、とりあえずお茶な」
「ん? 気がきくのね、ありがと」
俺は、リビングのソファーに座っている花音に冷蔵庫に入っていたお茶を注いだコップを手渡す。
「……で、お兄。どういうことなの?」
そして、そのソファーの向かいにいるのが、機嫌の悪い我が妹である。
今も、肘をつきながら、こちらを睨みつけている。
「どういうことと言いますと……?」
「お兄が葵ちゃん以外の女の子を家に連れてきていることについてだよ!」
遥奈はソファーの肘かけを強くたたく。
「あ、いや、これにはいろいろと事情があってだな……」
「なんなの!? お兄の彼女なの!?」
遥奈が俺に接近し、顔を近づける。
「決して、遥斗くんの彼女ではないわ」
花音が落ち着いた口調で、お茶を飲む。
「そうなんですか?」
「そうだ、花音は俺の彼女とかじゃないから」
「お兄には聞いてない」
「ひどいな」
「そう、私は、遥斗の彼女ではないから」
「そう……ですか、お兄、どんまい」
「どういう意味だ、お前?」
――何がどんまいだ、俺だって、彼女の一人ぐらい……そのことで花音に頼っているんだっけな……。
それに伴い、遥奈の発言に怒りを覚えた俺を無視して、遥奈は花音のことが気になっているようだ。
「それで、花音……さんでいいのかな? お兄とはどういう関係なんですか!?」
遥奈の目が輝いているのがわかる。
「ええ、自己紹介がまだだったわね、私は久東花音、花音さんでいいよ」
遥奈の質問に応じず、自己紹介をする花音。
それに答えるように、遥奈は、
「わ、私は鎌瀬遥奈です! そこのお兄の妹です!」
と、深々と頭を下げる。
「あんたとは正反対で、まっすぐでいい子じゃない」
花音は俺を見ながら、また嫌味のように言ってくる。
「……」
「それで、お兄とはどういうご関係で!?」
俺は無言をつき通そうとして、遥奈が俺と花音の会話を妨げてくれた。
「……そうね、師弟関係と言っておこうかな?」
「え、師弟関係? それってどういう……」
「こいつ、この前この街に引っ越してきたばっかりなんだよ、それでたまたま席が隣になった俺がこの街について教えようと……な」
話がややこしいことになりそうだったので、俺が二人の間に入り、ごまかした。
「……」
花音が冷たい視線でこちらを見ている。俺はそれを気にしないよう振る舞う。
「そうなんですか、引っ越してきたんですか!」
純粋な我が妹は、師弟関係っていう話よりも、俺の話のほうが正しいと思ったらしく、俺の話を信じてくれた。
「……えぇ、そうよ、そういうわけ」
花音は、胸ポケットの赤いボールペンを取り出し、どこからかメモ帳を出して、何かを書き込んで、俺にだけ見えるようにさりげなく見せてきた。
『覚悟しておきなさい』
死の宣告のような、悪寒がした。
赤いボールペンが、その寒気を一層強いものとしている。
たぶん、黒いボールペンと赤いボールペンの二本は、使い方が違うのだろう。
「それじゃ、二人の間を邪魔するのもいけないので、私は部屋に戻りますね」
遥奈は俺たちを気を遣ってか、リビングから出ようとする。
出る際に、俺の近くをわざわざ通り、
「……あとで、詳しく」
と、こちらも鋭い視線が俺の背中に突き刺さった。
――いよいよ、俺の安全地帯が完全に消えた、そんな気がする。
リビングから遥奈が出ていくと、花音は立ち上がる。
「さて、あなたの家にパソコンはないの?」
「え、パソコン? 何に使うんだ?」
「あなたの、問題について……でしょ? なんのために私がここに来たのよ?」
「あぁ、そうだったな」
――パソコンを使って、何かされるのかと、一瞬思ってしまった。
先ほどの、赤い字がかなり印象づけられており、何をされるか怖かった。
「それなら、俺の部屋にあるな」
「それじゃ、あなたの部屋にいきましょうか」
「ちょ、ちょっと待て!」
花音はリビングを出て、俺の部屋を探そうとしようとしていたところを止める。
「何? どうかしたの?」
「いや……な、そんなにやすやす男の部屋に入るもんじゃないって……」
「ん? まさか、私をいやらしい目で見て、押し倒そうと?」
「いやいや、そんなことはしないけど……、一応……な」
花音は俺をあざ笑い、こう言った。
「あなたは、そんな勇気、持っていないでしょう?」
「――――っ!!」
――確かにそうだ。
俺には、葵の告白に対して、変化が怖くて、その変化を認める勇気がなかったんだ。
俺は、花音の言葉に言い返せる言葉が見当たらなかった。
「……さぁ、あなたの部屋にいきましょう」
「……あぁ」
――勇気、か……。
花音に言われた言葉をしかと噛みしめながら、俺は花音とリビングを後にした。
◇
俺の部屋に着くと、部屋のドアを閉め、パソコンの電源をつけた。
「お、おい、勝手に人のパソコンを触るなよ」
「別に私は変なファイルがあっても構わないけど?」
花音はそう言いながら、俺の部屋を見渡す。
「うーん……、想像していたのと全然違うわね」
「どういう意味だよ、それって?」
「散らかってない」
「そりゃ、片付けてますから」
「……妹? 母? それとも幼馴染?」
「俺がやってるんだよ!」
「へぇー……」
花音がじーと、俺のほうを見てくる。
「嘘じゃないって」
「ま、いいんだけど」
パソコンが起動したらしく、花音は椅子に座り、自分のカバンからディスクを取り出し、俺のパソコンに入れた。
「で、これから何をしようとしてるんだ?」
「ん? あなたと幼馴染との問題についての解決策をやるに決まってるじゃない」
「そうじゃなくて……、パソコンで何をするんだ?」
「あぁ、これはね……、はい、説明書読んどいて」
そう言って、花音から渡されたのは、可愛い女の子の絵が描かれている箱だった。
「――って、これ、ギャルゲ!?」
「そう、ギャルゲよ」
これは、以前武彦が『めっちゃいいゲームなんだよ!』と薦めてきたものだった。
「それより、なぜ、花音がこのゲームを持っているんだ!?」
「え? 持ってちゃ悪い?」
花音は平然としたまま、設定をしている。
「悪くないけどさ……、ホント、なんで持っているんだ?」
――まさか、俺のためにわざわざ買ってきてくれたとか?
「べ、別にいいじゃない、うちにあっただけよ。それよりさっさと説明書読んでおきなさい」
「あ、あぁ」
――うちにあったっていうことは、つまり……、家族にギャルゲをやっている奴がいるっていうことだよな……。
と思いつつも、花音に急かされるままに、箱から説明書を取り出し、読み始める。
「なぁ、花音」
「何よ?」
「これのどこが、俺の問題の解決に繋がるんだ?」
「いいところをついたじゃない」
花音は作業を一旦やめて、こちらを向いた。
そして、胸ポケットの黒いボールペンを抜いて、俺を指し、
「あなたには、恋というものを知るところから始めてもらうわ」
「…………と言いますと?」
「……なんか、思ってたのとリアクションが違ってがっかりだわ。
まぁいいわ、とりあえず、説明してあげる。
あなたが幼馴染をふるにあたり、相手の気持ちを尊重する遥斗だからこそ、今、幼馴染が置かれている心境を知る必要があると思うの」
俺は軽くうなずき、花音が言い続ける。
「でも、あなたは篠木葵を女の子として見ることができない。となると、他の方法で、相手の心境を把握しなければならない――恋する乙女の心境をね」
「なるほどな……、でもさ」
「何か不満でも?」
「それってさ、ゲームじゃなきゃいけないのか?」
「と言いますと?」
俺は頭をかきながら、思ったことを口にする。
「別にゲームしなくても、お前の恋愛体験談とか、友人たちに尋ねるとか……、そういう方法はなかったのか?」
「…………」
花音の動きが止まる。ペン先がカタカタ震えているのが見て取れる。
「だ、だいたい、私は転校して来てばっかりなのよ? まだ友人は作ってないわ。それに、私の恋愛体験談ですって? そんなのあるわけないじゃない!」
――そもそも恋愛体験談があったなら、ギャルゲをやって、恋愛を学ぶ必要がないじゃない!
「すまん、聞いた俺が悪かった!」
俺は花音に逆ギレされてしまった。
「はい、あんたはさっさと説明書を読む!」
「は、はい!」
と、俺に怒鳴りつけるや、花音はパソコンへ視線を落とし、設定を再開する。
俺も説明書を再度読み始めた。
――これで、問題は解決できるのか?
俺は不安を抱えつつ、ギャルゲの説明書を読んでいった。
◇
「じゃあ、ゲーム始めるわよ」
花音は椅子から立ち上がり、俺を座らせる。
「説明書は読んだのよね?」
「ま、まぁな」
「それじゃ、操作は大丈夫よね、んじゃ、ゲームスタート!」
花音は俺の手を掴みとり、マウスに置いて、ギャルゲのアイコンを選択する。
「!!」
そのおかげで、背中に、小さいが柔らかいものを感じる。
当の本人は気づいていないらしく、マウスを操作していく。
「そうね……、音量はこれくらいにしといてっと」
ゲームオプションをいじり、設定を保存した状態で、操作が俺に譲渡された。
「ささ、『はじめから』でゲームを始めましょう」
「そ、そうだな……」
俺は花音に言われつつ、『はじめから』を選択した。
『名前を 入力 してください』
「名前って……、これどうすればいいんだ?」
「もちろん、あなたの名前に決まっているじゃない」
「え?」
「え? じゃないわよ! 何? ギャルゲで自分の名前以外でやる人なんて論外だわ、論外。それに、今あなたが置かれている事態を考えなさい、あなたのことなのよ!」
「そ、そうだな……、悪かったな」
なんだか迫力のある叱責をうけ、俺は自分の名前を入力し、決定を押した。
すると、このゲームのオープニングが流れだし、終わると、本格的にゲームが始まった。
「さっきの映像で出ていた女の子の誰かが主人公と恋人になるのか?」
「そうよ、オープニングで出ていた女の子が攻略対象ね」
と、会話をしつつ、テロップを読み進めていく。
読んでいくうちに、画面に攻略対象らしき女の子が登場してきた。
「この子、主人公の幼馴染ポジションね……」
「そうなのか……」
俺は、テロップを読んでいく。
『おはよう、遥斗くん』
『1おはよう』『2おう』『3無視する』
「なんか、選択肢出てきたぞ?」
「いいから早く選択しなさいよ!」
俺が花音のほうを向こうとしたら、頭を捕まれ、画面のほうへ持っていかれた。
「それじゃ……、無難に1だな」
1を選択すると、幼馴染は普通に言葉を返して、話が進んでいった。
「なぁ、これってそんなに大それたことは起こらないのか?」
「今のは幼馴染との会話でしょ? そんなものよ、それに、1以外を選択したら、何そのそっけない態度は――とか言われて話が進むのよ」
「そんなもんなのか、幼馴染って?」
「それは、あんたが一番知っていることじゃないの?」
「……それもそうだな」
俺にとっては、葵との会話は日常茶飯事のことだったから、普通のことだったのだと、改まってそう感じた。
「その仲が、どのように恋人の関係になっていくか、それが今回ゲームを選んだ理由よ」
「なかなか奥深いんだな、花音の考えって」
「ま、まぁね、感謝しなさいよ。――物語的に、こっちのほうが面白そうだったなんて、言えないわね」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いいえ何も! とにかく今後、放課後は遥斗の家で、このゲームをする。いいわね?」
「あぁ、たぶんこの時間帯なら大丈夫だろう……、お前何時ぐらいに帰るんだ?」
「私は何時までいたっていいんだけど?」
「親に俺が問い詰められるので、それだけはやめてください!」
「冗談よ、そうね……、あなたの親が帰ってくる前ぐらいには帰らせてもらうわ」
「悪いな、助かるよ」
「いいわよ、別に。私もそれほど長居するのも悪いと思うから」
花音は何かを感づいたのか不意にドアのほうをみるが、気のせいだったらしく画面に視線を戻す
「どうしたんだ?」
「いや、私の気のせいだったみたい」
「?」
何があったのかはわからないが、気にせず、ゲームを進めていく。
「で、俺はどの女の子を攻略すれば――って、決まってるよな、そりゃ」
「そうよ、幼馴染の女の子に決まってるじゃない」
「そうですよね」
こうして、放課後に俺と花音はギャルゲで幼馴染の女の子を攻略する日々が続くようになった。
――怪しい、すっごく怪しい。
ドア越しに耳を当てて、部屋の中の様子を探ろうとする遥奈。
――さっきこっちを見てきたけど、気づかれていないよね?
お兄と久東花音さんは、どういう関係なのか、妹として――興味本位で――知る必要があると思う。
――わからないなら、葵ちゃんに聞いてみたほうが手っ取り早いのかな?
遥奈は、部屋の中の音を聞こうとしてもまったく聞こえないため、諦めてドアから耳を離した。




