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2/7

変化、そして、同盟

 目覚まし時計が鳴り響き、俺は目を覚ました。

昨日は遅くまで出かけていたせいか、体が少し重く感じるが、些細なことだと思い、体を起こす。

 昨日――そう、葵が俺に告白をしてきたのだ。

 俺はそれを承諾してしまったのだ。

「これってつまり、恋人同士っていうことなんだよな……」

 そう、独り言をつぶやく。

「ねぇ、恋人同士って、なんか昨日あったの!?」

 突然、部屋のドアが開き、妹――鎌瀬遥奈が入ってきた。

「お、お前っ! 入るときはちゃんとノックしろよ!」

「いやー、だってさ、お兄を起こしてこいって母さんに言われてきてさ、ノックしようとしたら、小言で恋人とかお兄言うんだもん。驚いちゃって」

 遥奈は、自分の頭に自分の拳でポコッと叩く。

「お、お前なー……」

「で、どうなの!? まさか、本当に!?」

 遥奈が目を輝かせながら、俺に接近してきた。

「どうなの!? もう、楽になっちゃえよー」

「べ、別に、お前には関係ない話だろ」

「いいや、関係あるね、だって、お兄に彼女さんができたっていうことは、何かの前触れだって、そう私の直感が訴えているね」

「いや、ないない」

「もう……。ま、お兄に彼女さんなんかできるはずないし、できたらできたで、葵ちゃんと一緒に拷問してまで吐かせるまでだし」

 笑顔で話すわりには、ひどいことをおっしゃっていませんか?

 妹の遥奈は、背中までかかっている茶髪で、背は中学生らしく、俺から見れば小さめだが、学校の中では高い方だと言っている。ちなみに胸の発育は上々らしい。

「それじゃ、起きたことだし、早く朝ごはん食べに来てね、今日から学校でしょ? 葵ちゃん待たせちゃいけないよー」

 遥奈は人事のように(実際人事なのだが)言って、部屋から出ていく。

 ――ん?待てよ。

「朝から、葵に会うことになるのか……」

 学校がある日は一緒に登校しているのだから、今日も例外なく迎えにくるだろう。

「どう接すればいいんだよ――っ!!」

 そんな俺の叫びが、虚しく部屋に響き渡った。


  ◇


 朝食を済ませ、部屋に戻り、学校にいく支度をしていた。

 今日から高校二年生になるわけであり、始業式のため、今日は半日で帰宅できる。

 そんなことを考えつつ、制服に着替える。

 うちの高校の制服は紺色のブレザーに、赤いネクタイで、紺色のズボンという、どこにでもあるような制服である。

 ちなみに、これは冬服であり、夏はワイシャツである。

 と、着替えているうちに、玄関のチャイムがなり、母さんが玄関に向かっていく足音が聞こえた。

「遥斗ー、葵ちゃんが待っているわよー」

「わかった、今行くー」

 俺は着替えを済ませ、カバンを持って、玄関に向かう。

 ――葵と何を話せばいいんだ?

 ――どういう態度でいればいいんだ?

 そんな不安を抱えつつ、玄関にいくと、葵が待っていた。

「お、おはよう、遥くん」

「あぁ、お、おはよう」

 なんとも言えない、ぎこちない挨拶を交わす。

「…………」

「…………」

 お互い、恥じらいがあるのだろうか、無言になってしまう。

 ――この状況どうすればいいんだよぉっ!?

 と、心のなかで助けを求めていた。

「あ、葵ちゃん! おっはよー!」

 遥奈が、カバンを持って、玄関にやってきた。

「あ、遥奈ちゃん、おはよう。遥奈ちゃんも今日から学校?」

「まぁね、中学校も今日は半日だから、午後は友達とカラオケに行く予定なんだ」

 ――遥奈、ナイスタイミングだ。

 遥奈のおかげで、無言の状態を打破することができた。

 これほど、こいつを崇めたことはないだろう。

 葵の顔を見ると、恥じらいが消えたのか、いや、きっと葵も同じなのだろうと、勝手に、解釈してしまう。

 ――お互い、考えることは一緒っていうわけか。

 ――ん? もしかして、恋人ってこういうものなのだろうか。

 と、ふと思いついてしまった。

 ――でも、違う。

 俺は、葵の恋人という資格がないから――自分の感情を優先せず、変化を受け止める勇気がなかったから――恋人とはどういうものか考える権利はないのだ。

「で、なんでさっきまで、お兄と目で語り合ってたわけ?」

「「えっ?」」

 遥奈の質問に、俺と葵の声が重なる。

「だってさ、ちょっとだけ、お兄たちのことみてたけど、挨拶してからなんにも喋らなくなるし、なんかあったの?」

「え、ええっとね、そ、それはね、つつつ、つまりね」

 まずい、葵が明らかに挙動不審になっている。

 これでは遥奈に俺たちが付き合っているということがばれてしまい、あちらこちらに噂が広がってしまう。

 そうなると、この事態の収拾がつかなくなってしまう。

「それより、早く学校行かないとな、遅刻しちまうぞ」

「あ、お兄そうやって逃げるつもりだなぁー」

 遥奈はこういう話はめっぽう好きで、気になることには納得するまでしつこく付きまとってくる。

「ほら、早く三人とも学校行きなさい」

 台所から、母さんの声が聞こえる。

「ん、タイムリミットか、また今度、じっくり聞かせてもらうから、それじゃ、行ってきまーす」

 遥奈は、そう言って、家を出ていく。

「「ふぅー……」」

 俺と葵はお互い肩を下ろし、ため息をつく。

「……俺たちも行きますか」

「……う、うん」

 そうやって、朝の事態を収めることができた。

 ――本当にこれで良かったのだろうか。


   ◇


 俺たちが通う高校は、徒歩およそ十分で着くところにある。

俺はこの高校にした理由が家から一番近いからっていうのがある。

 俺と葵は、学校についた。

 無論、登校中の話は一切なし。お互い気遣っているのだろうか、目が合うとすぐそらしてしまう。

 ――俺たちって前からこんなんだっけ。

 と疑問に持ちながら、生徒たちが群がっているのに気がつく。

「何してんだ?」

「た、たぶん、クラス分けが貼り出されているんだよ」

 俺が質問すると、話すきっかけができたと葵が答えてくれる。

「そっか、クラス分けか……」

 そう言いながら、俺と葵は、生徒たちが群がっているところに近づいた。

「ほ、ほら、クラス分けが貼り出されているよ」

 葵が指でクラス分けの張り紙をさしながら、俺の方を見る。

「一緒のクラスだといいね」

「そ、そうだな……」

 ――ここでクラスが違えば、この苦労も減るのかな。

 ――って、そんなこと考える彼氏がいるのか。

 俺の中で思考が相対する。そう、俺は今、葵の彼氏なのだ、一応は。

クラスが一緒になったほうがいいに決まっているじゃないか。

 そう自分の中で唱えつつ、クラス分けの張り紙から自分の名前を探す。

「2年1組……ないな、2組……」

「遥くんは4組だよ」

 探していると、葵が見つけてくれたらしく、教えてくれた。

「ありがとな。……ところで葵はどこだった?」

「私も4組だったよ。これから一年間よろしくね」

 葵が微笑む。よほど、俺と同じクラスでよかったと思っているのだろうか。

「お、おう、よろしくな」

 俺は戸惑いつつ、そう返事をする。

「えーとね、他には――」

「葵―――――!! お久しぶり―――――!!」

「――きゃっ!?」

 そう叫びながら、不意に誰かが葵に飛びついてきた。

「……優里か」

 葵が驚いてもがいているのを、楽しんでいる人こそ、遠野優里である。

「なになに? そんな呆れたような感じで?」

 葵で遊びながらこちらに目線を送ってくる。

 優里は、至って普通の女子じゃないと思う。

 スポーツ万能、勉強があまりできない、よくあるスポーツマンである。

 容姿もそうで、黒髪を束ねてポニーテールを作っていて、動くたびに右往左往している。輪郭もしっかりしていて、余分な肉がないようだが、出るところが出ていて、目のやり場が困ることがたまにある。

 性格も大らかで、いつも明るく、接してくれる。

 そして何より……、女子に対するスキンシップが激しいのだ。

「ふむふむ、だいたい合っているよ、それで」

「なに俺の心を覗いたようがことを言っているんだ?」

「まぁまぁ、気にせず気にせず」

 何を考えているか、わからないし、どんなことを仕出かすかもわからない優里が、俺はちょっとした苦手意識がある。

「はむはむ」

「ちょっと……、やぁっ、やめてよっ優里んっ……」

 優里が葵の耳たぶを甘噛みしているらしい。葵の瞳が潤んでいる。

 俺はその光景を直視しないため、クラス分けの張り紙に視線を移す。

「むっふー。余は満足じゃ♪」

 優里が満足したらしく、葵を開放する。

「うぅっ……、遥くん、み、みてないよね……?」

 葵が涙ながら俺の方へ聞いてくる。

「お、おう……、大丈夫だ、みてないから」

「最初のほうはちゃんと見ていたけどね」

 優里が小声でそう付け足してくる。

「お前な……っ!!」

「――っ!! やっぱり見てたんだぁぁぁぁ!!」

 葵が優里に抱きついて、泣きじゃくる。

「あーぁ、遥斗、葵っちを泣かせたー」

 優里がじーっと、俺のほうを見てくる。

 ふと気がつくと、周りの目線も俺たちのほうに向いていた。

「あいつ……幼馴染がいるからってヘラヘラしやがって……」

「それに、優里ちゃんと楽しく話しやがって……」

「許せない、許せないぞ……」

「排水口に突き落としてやりたい……」

 様々な男たちの怨念の声があちらこちらから聞こえてくる。

 何かと葵といるせいか、女子と話す機会が多いために、俺は妬み、恨み、嫉妬の的になってしまうことがしばしばあるのだ。

「そ、それは、優里がいきなりあんなことするから!」

「他人に自分の容疑をなすりつけるの? うわー、さいてーだー」

 ――優里のやつ、楽しんでやがるな……。

 ふと耳を済ませると、金属バットを振る音や、竹刀を振り下ろす音、カッターを研ぐ音なのが聞こえてくる。イカン、このままだと俺の生命が危うい。

「あ、葵、突然だったから、ちらっと見てしまっただけだからな、そ、その……、ごめんな」

「うぅ……、本当?」

 葵が顔を優里の胸から俺の方へ動かした。

「本当だって!」

「う、うん、それじゃ、許すね……」

 葵の機嫌がなおったようで、優里から離れる。

「よっ、さすがは葵の彼氏、機嫌を治すのもお安いようだね」

 ――っ!

 優里はふざけて言ったようだが、今の俺にはちょっときつい言葉だった。

「?」

 優里は俺の引きつった顔を見て疑問に思ったみたいだが、

「まぁ、いいや。ねぇ、葵、一緒に教室行かないかぁ?」

「え、う、うん、いいよ。それじゃ遥くん、また教室で」

「んじゃぱー」

 気にすることなく、優里は葵を連れて教室のほうへ向かっていった。

 ――最後の言葉は何なんだ。

 騒がしいことが終わったので、見ていた人たちも自分の教室へ歩き出していた。

「ふぅ……、俺も教室に向かうとするか」

「人気者は大変だな、遥斗」

「た、武彦!? いつの間に!?」

 不意に後ろから現れた武彦に俺は驚いた。

「いやー、クラス分けを見に来たらさ、お前らが相変わらず戯れていたから、ちょっくらそこで傍観していたわけよ」

 そこですかさず、手に持っているカメラをこちらへ見せてくる。

 眞柄武彦、中学からの俺の友人だ。

 趣味は撮影(女子のみに限る)。いかなる時でもカメラを所持しており、写真部に所属している。

 そのためか、神出鬼没であり、いつ、どこにいるかなんてわかるもんじゃない。

「……葵の写真をあまり売るなよ?」

「な、なんのことかなぁ? 俺にはわからないなー」

 武彦は、裏で写真の販売をしている。なかには秘蔵の写真があり、男たちに人気がある。その反面、女子から危険視されているのである。

「で、お前はどこのクラスなんだ?」

「ん? 俺はお前と同じ4組だぜ」

「お前もかよ……」

「おいおい、何そんなにがっかりしているんだよ、遥斗よ」

 俺はため息をつく。武彦とは長年一緒のクラスになっているので、今年こそはと思ったら、願いはむなしく、今年も一緒ということらしい。

「武彦、荷物はどうしたんだ?」

 ふと、武彦がカメラしか持っていなかったので、気になって聞いてみた。

「あぁ、まず自分のクラスを確認して、教室においてきたんだ

 それで、またここに来て、自分のクラスの女子やら他のクラスの女子やらをチェックしに来たわけよ」

「お前……、物好きだな……」

「ん? それって褒め言葉として受け取っていいのかい?」

「いや、ただ呆れているだけだよ」

 俺は朝のホームルームまでまだ時間があったので、武彦と一緒にクラス分けの張り紙を眺めた。

 女子を確認するためではなく、知り合いがどこのクラスにいったのかを把握するためである。

「ん?」

 武彦から、疑問の声が出る。

「どうした?」

「いやー、見たことのない女子らしき名前を発見してしまったもんでな」

 そう言うと、武彦はその名前のところを指さす。

 そこには、『久東花音』と書かれてあった。

「前からいたんじゃないのか?」

「いや、そんなはずはない! 俺は学年の女子の名前をすべて網羅しているんだ! 見落としているはずがないっ!」

「その言葉の自信ははたから見れば、危険視されるものだぞ……」

 でも、武彦が言うとおり、こいつは学年の女子のことなら俺より詳しい、たぶん、学年の誰よりも詳しいだろう。その武彦がいうのだから、その『久東花音』という女子は、

「転校生……か?」

「そ、それだっ! それだよ、遥斗!」

 武彦はすぐに、携帯を取り出し、どこかへ連絡をし始めた。

「おう、俺だ、緊急事態発生だ、2年4組に転校生らしき人物が入ってくるらしい

 はぁ? 何を言っている。女子に決まっているじゃないか。

 名前は久東……久東……」

 武彦の言葉がそこで止まってしまう。

「おい、どうしたんだ?」

「なぁ、遥斗、あれ、名前なんて読むんだ? かね?」

「かねって、お前な、さすがにそれは違うぞ」

 武彦は名前をなんて読むかわからなかったらしい。正直俺もそんなに漢字が得意というわけではないので戦力にはならない。

「あぁ、もういい。とりあえず久東という女子が入ってくるはずだ。職員室を見はってくれ!」

 そう言うと、携帯を閉じて、

「それじゃ、俺、職員室で隊員と一緒に待ち伏せをしてくるから」

 と言い残して、職員室のほうへ向かっていった。

 どうやら、電話した相手は、写真部の部員(武彦曰く、俺の仕事を手伝ってくれる隊員)ということらしい。

 ――きっと、先生たちに見つかって怒られるだろう。

 俺はそんなことを考えながら、自分の教室――2年4組へと向かった。

 ……武彦の叫び声を無視して。


   ◇


 俺が教室に着くと、クラスのみんなが自分の席へ座り始めていたころだった。

「おーぃ、遥斗の席はそこだからー」

 声がしたところに視線をやると、優里が俺の席の場所を指さしてくれていた。

「サンキューな」

 俺は優里にお礼を言いつつ、その場所へ向かう。

 その席をふと見ると、そこの席には『久東花音』という名前が貼ってあった。

「おい」

 俺が優里のほうをみて言うと、優里は目をそらしながら、吹けもしない口笛を吹こうとしていた。

「ったく……」

「遥くん、遥くんの席はここだよ」

 今度は葵が(たぶん)俺の席を指さしてくれていた。

「あ、ありがとな」

 そこへ行ってみると、確かに自分の席だった。

「ううん、べ、別にいいから」

 葵が頬を少し赤く染め、手を横にふる。

 こいつは、俺のために……彼女だから? 幼馴染だからか?

 そんなことを考えていると、

 ――っ!!

 そこに、刺々しい目線が刺さるのが、俺には感じられた。

「俺にも、あんな幼馴染が欲しかった……」

「アイツウラヤマシイ…… ボクアイツナグル……」

「しょうがないよ、あいつら、ああいう奴らだからさ…… いつかぶちのめす」

 俺はそんな言葉をスルーしながら、自分の席へ着く。

 俺が席に着くのと同時に、武彦が滑り込んで教室へ入ってくる。

「セーフっ!!」

 武彦は自分の席へ着こうと移動するが、

「何がセーフだって?」

 武彦の首元を後ろから、掴んで離さないようにしている女性教師がいた。

「あ、あれ? 沢嶋先生……?」

「ん? どうしたの? もう一回、生活指導の先生に怒られに行きたいのかな?

 廊下必死に走っちゃって?」

「い、いいえ、す、すみませんでしたっ!」

 武彦は頭を深々く下げる。

「まぁ、いいわ、遅刻者一人ということで勘弁してあげるわ」

「始業式当初から、遅刻かよ、俺……」

「なんか言いましたか? 眞柄くん?」

 沢嶋先生の鋭い視線が、武彦に突き刺さる。

「い、いいえ、な、なにも!!」

 武彦はそう言って、自分の席へ着く。どうやら俺の隣だったらしい。

「さて、全員いるようだね」

 そう言って、教壇に立つ沢嶋先生。

「えーと、今日から一年間このクラスを受け持つことになった、沢嶋美菜実だ。

 一年間よろしく頼む」

 そう言うと、自分の名前を黒板に書いていく。濃くはっきりとした字である。

「くそっ……、まさか沢嶋が担任とはな……」

 武彦が小声で俺につぶやいてきた。

「なんか言ったか? 眞柄くん」

「い、いいえ」

「ならばよろしい」

 沢嶋先生は、1年からの数学を教えている教師である。数学の教師だからかはわからないが、時間には厳しい先生である。

 ちなみに武彦調べによると、現在独身で彼氏募集中だそうだ。

「沢ちゃん、今年こそ彼氏できるといいねー」

 クラスの女子からそんな言葉が発言された。

「ば、バカ言え! おおお、お前らに言われる覚えはない!」

「また沢ちゃんパニクってるー」

「それに沢ちゃん言うな!」

 それと、男子には厳しいが、女子にはいじられキャラとして成り立っており、沢ちゃんというニックネームで呼ばれている。男子が前にふざけて言ったら、生活指導を受けさせられたらしく、男子にとっては禁句扱いとなっている。何、この男女差別。

「ごほん」

 間をつくるかのように、沢嶋先生が咳き込んで、クラスを見渡す。

「えーと、クラス分けの張り紙を詳しく見た人がいるならわかると思うが、うちのクラスに転校生が来ることになった」

 教室がざわついた。

「本当に転校生だったぜ」

 武彦が俺のほうに近寄って言ってきた。

「見れたのか?」

「こっ酷く叱られている最中にちらっと見えたんだよ、あれは学年の中でもトップを争うかもしれない美人だったよ」

 武彦の言葉を聞いたクラスの人たちがよりざわつき始める。

「武彦がああいうんだぜ、期待だな」

「このクラスの女子のレベルが高いと思っていたが、より高くなるのか」

「美人さんだったら、その秘訣を聞かないとね」

「彼氏がいるのかどうかも聞かないと」

 男女問わず、そのような会話が聞こえてくる。

「はいはい、静かに静かに」

 沢嶋先生の声が届いていないのか、静かになる気配がない。

「チッ……」

 沢嶋先生が教壇を叩く。

 すると、何事もなかったように、クラスのざわめきが消える。

「よし、それじゃ、久東、入ってきていいぞ」

 沢嶋先生は、何もなかったかのように、廊下のほうへ呼びかける。

 すると、一人の女子が教室に入ってくる。

 クラスから歓声が上がった。

 その女子が教壇の上へ上がり、クラスのほうへ顔を向ける。

 長くつやのいい黒髪に、背は少し低いものの、綺麗なスタイルで、鋭い目元をしている。

 これまた輪郭もしっかりしていて、誰も寄り付かせない一匹の狼というような、そんな印象を持った。他には、胸ポケットに黒と赤のボールペンがささっていた。すぐ取り出せるようにしてあるのだろう。

「それじゃ、自己紹介をどうぞ」

 沢嶋先生がその久東と呼ばれた女子にチョークを渡した。

 久東は、黒板に名前を書いていく。沢嶋先生とは異なり、すらすらと、綺麗な字を書いていく。

 名前を書き終わり、チョークを置いて、こちらのほうをみて、

「久東花音、名前は『かのん』だから、よろしく」

 と、単調な自己紹介だった。クラスは「他には?」という顔をしている奴らがいるだろう。

 それでも、久東は、それで自己紹介を終えて、クラスを見渡した。

 一人ひとりの顔をちゃんと見ているようで――

「――っっ!!」

 俺と目が合うと、久東は目を大きく見開いた。

「え?」

 すると、久東は俺の元へ近づいてきた。

「あんた、ちょっと来なさい」

 それは、自己紹介のときよりも感情的、少し怒りの感情がこもった声だった。

 久東は俺の首元を掴み、席から立たせ、教室へ出ようとする。

「ちょっと、久東! どこへ行くの!?」

 沢嶋先生が止めに入ろうとする。が、

「始業式には間に合うようにしますから」

 と言って、俺を連れていこうとする。

「ちょっと、なんだよ、おい」

 俺は止まろうとするが、ぐいっと、より強い力で遮られる。

「無駄な抵抗はやめなさい」

「お、おい!」

 抵抗も虚しく、久東に引っ張られる俺。

「遥くん!」

 葵が声を上げる。

 だが、それを気にすることなく、久東は俺を連れて、教室を後にした。


   ◇


 俺は久東に引きずられて、屋上まで連れてこられた。

「おい、いい加減にしろよっ」

 俺がそう言うと、久東が力強く、地面に叩きつける感じで手を離した。

 俺はその勢いにつられ、体を強く地面に叩きつけられる。

「いってぇー」

 俺は体を起こそうとすると、目の前には、黒のボールペンのペン先があった。

「なんなんだよ……」

 俺は視線を久東に移す。すると、


「あんたは、クズ。本当ゴミクズよ!!」


 教室から屋上に連れられて、地面に叩きつけられるやすぐ罵声を浴びせられた。

「……はい?」

 初対面のはずなのに、久東からは怒りが表れていた。

「わからないの? あんたは最低の男だって言っているのよ!」

「なんでそんなことを言うんだ?」

 さすがに、初対面でもそんな罵声を言われると俺も黙ってはいられない。

 俺が睨みつけるが、久東は屈することなく言い続ける。

「それは、あんたが告白されているのを見ていたのよ」

「っ!!」

「そこであんた、告白を受けたわよね? でもそれって本望じゃないわよね?」

 ――見られていた? あの出来事を。しかも、俺の心を読み取られている!?

「な、なんであんな遅くにあんな場所にいるんだよ」

「あそこ、うちの近くなの、それでコンビニの帰りにちょうど告白のところを目撃してね、いいネタになるかなと思って覗き見させていただいたのよ」

「……いいネタ?」

 いいネタと言われて、一種の怒りが込み上げてくる。

 ――葵が勇気を振り絞ってした告白をネタ扱い?

 俺の怒りがわかったのか、

「ああ、言い方が悪かったわ、私、小説を書いているの」

「小説?」

「そう、小説」

 それを聞いて、なんとなく察する。胸ポケットにあったあのボールペンは、何らかのアイディアが浮かんだら、メモするためにすぐ取り出せるようにしてあるのだと。

「それでいい小説のアイディアが浮かんでくるかもしれないって思って、見ていたんだけど、見ているほうだからわかったわ。あんた、自分の気持ちに嘘ついて、彼女を泣かせないためにとか、そんなことを考えて承諾したわよね?」

「……っ」

 言い返すことが出来なかった。その通りだったから。

「その通り……っていうことでいいのね?」

 俺は、軽く頷いた。

「そう……、だから私はあんたの顔を見たら、言いたいことが山ほど出てきたから、ここに引っ張りだしてあげたわけ。それとも逆に教室で話してほしかった?」

「いや……、それは勘弁してくれ」

 この話をクラスでされたら、恥ずかしくて、学校へ行きたくなくなったかもしれない。

 久東は、ボールペンを胸ポケットにしまう。

「さて、私が言いたいことを言わせてもらう」

 久東は右手を上げて、俺を指さし、


「あんたの恋は、物語的に、面白くない!!」


 続けて久東は言う。

「あんたは、恋っていうのを甘くみている。そもそも、告白しようとしたあの子の気持ちになってあげなさい。そんなにあの子は弱い子なの? あの子の覚悟を受け止めてあげなさいよ。女はそんなに弱いもんじゃない」

「……まったく、その通りだ」

「あら、認めちゃうの?」

 ここまで俺の恋路のことについて言われてしまっては、俺だって引き下がるれるものじゃない。

「ああ、認めるさ、だって俺は……、変わってしまうのが怖かったんだ」

「変わるのが怖い?」

 久東は俺の言ったことに疑問を浮かべた。

「あぁ、怖かったんだ、幼馴染から恋人になるっていう変化が……。だけど、それが怖くて、断ったところで葵はたぶん泣くと思ったんだ。それでこれからどう接すればいいかわからなかったんだ」

「だからあんたは、彼女が傷つかないように、告白を受け止めたの?」

「そうだよ、あいつが泣くところを俺は見たくなかったんだ。俺はあいつを今までただの幼馴染とでしか見てなかった。だけど、葵が俺のことを好きっていってくれて、それだけでも変化が生じたんだよ……俺の中で」

 久東は黙って、俺の言葉を耳にする。

「だから、俺は……俺は……、自分の気持ちを考えず、ただあいつのことを考えて承諾してしまったんだ。あいつに最低なことをしてしまったんだ」

 俺は嗚咽をこらえながら、昨日の思いを、まだ初対面の転校生に打ち明けた。

「そう……、自分がしてしまったことには気づいていたんだ」

 久東は、俺の話が終わると、ボールペンを胸ポケットから取り出し、

「で、あんたはこれからどうするの?」

 再び、俺にペン先を向けて、問いてくる。

「どうにかしたい。……でも、何をしていいのか、わからねぇ」

 ――あぁ、本当にわからない。何をすればいいのか。

「そう、ふふっ」

 久東は、そうやって抑えめに笑った。

「何がおかしいんだ……? まぁ、俺がおかしいんだと思うんだけどな」

「いいや、ちょっと考えてみたのよ、そうね、そうしましょう」

 久東は、ペンをくるっと、回して、再び俺を指し、

「あんた最初見たときはクズだと思ったけど、どうやら、面白い男だったようね」

「それって褒めているのか?」

 久東は俺の言葉を無視してさらに続ける。

「だから、私、あなたに協力してあげる」

「……え?」

「あなた、なんかいい主人公補正がついていそうだし、なかなかいいネタになると思うから」

 俺は黙って久東の話を聞く。

「私は、あなたの恋路を手助けして小説のアイディアを見つけさせてもらう、そしてあなたには、私がこの事態を解決へと導いてあげる、どう? いい案じゃないかな?」

「それは、願ったり叶ったりだが、なぜ初対面の俺の手伝いをするんだ?」

 久東は何かを思い出したような表情をしたけれども、すぐに真顔になり、

「だからさっきもいったじゃない、私はいいアイディアがほしいだけなのよ」

「そうか……」

「で、どうなの? 組むのっ、組まないの?」

 久東が右手を差し出す。

「俺は……」

 俺は、右手を出し、久東の手を握る。

「よろしく頼む」

「うん、同盟成立ね」

 そのとき、俺には久東花音が、相手を罵る悪魔ではなく恋路を助ける天使のように見えた。

 こうして、俺と久東の同盟関係が成立した。


  ◇


「あ、そうそう、私まだあなたの名前聞いてなかったわね」

「ああ、俺は鎌瀬遥斗。よろしく、久東……さん」

「私のことは花音でいいわ」

「名前で呼んでいいのか?」

「私はただ、苗字で呼ばれるのが嫌いなだけ」

「そっか、それじゃ、これからよろしくな、花音」

「えぇ、私のほうからもよろしくね、遥斗くん」

 俺たちはお互い手を離した。

「それで、今後のことについてなんだけど……」

 久東――花音は、ブレザーのポケットから、携帯を取り出す。

「とりあえず、携帯の連絡先をちょうだい」

「あ、あぁ」

 俺はポケットから携帯を取り出し、お互いの連絡先を交換した。

「それで、まずやることなんだけど」

 花音が言おうとした直後、放送が流れた。

『全校生徒に連絡します。まもなく始業式が行われます。生徒は至急体育館に集まってください。繰り返します。まもなく――』

「残念、時間切れのようね」

「そのようだな……、それじゃ、携帯で連絡してくれ」

「わかったわ、やることが決まったら連絡するから」

 そう言って、二人は、体育館に向かった。



 ――そうね、鎌瀬遥斗、なかなか面白いじゃない。

 花音はそう思った。

 ――この物語、タイトルはどうしようかな?

 ――『恋で迷う男の物語』? そのまんまね。

 もし、この主人公で物語を書くとしたら、どんなタイトルがいいのだろうか。

 そんなことを考えると、胸が弾んでくる。

 ――でも、そんな簡単にこんな面白いことは手放したりしないわ。

 ――この流れを、面白くしなければ。


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