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物語の始まり

 始業式の一日前のことだった。

 俺――鎌瀬遥斗は、白い息を吐きながら夜の街を駆けていた。

 電灯の光が暗い夜の街をうっすらと照らし、俺の足元を写している。

「こんな夜中に、なんのようだっていうんだよ……」

 なんで、こんなことをしているかというと、幼馴染の篠木葵から、一通のメールが届いたからだ。その内容は、

『話したいことがあるから、今すぐ会えないかな? 公園で待っています』

 話したいことなんて電話で済ませればいいだろうと思いながらも、俺はしぶしぶ家を出たのだ。

 なにせ、いつもの葵なら、用事があるときには、電話や朝会ったときに済ませるのだが、今回はなぜかメールで、しかも、会って話がしたいというのだ。

 ――まさか、引っ越すことになったとか、彼氏ができたとか?

 ――まぁ、彼氏ができたとかは俺にはどうでもいい話なんだがな。

 そんな考えをよそに、公園が見えてきた。

 そこには、ベンチで座っている葵の姿もあった。

 葵は、肩にかかるか、かからないくらいの茶髪で、足がすらっとしている、可愛いという分類に属するだろう。

 ――って、こんなこと今更説明することじゃないな。

 葵は、手袋をはめた手を口元に当てて、息を吐いている。

 その上、セーターまで着込んでいて、防寒は完璧だろう。

 ――そんなに寒いのなら、呼ぶなよ。

 と、心の中でツッコミを入れるが、葵の瞳がいつもと違って、何らかの覚悟を持っている、そんな感じに見えたのだ。

 公園の入口までさしかかり、公園内に入っていく。

 葵と目が合う。すると、一瞬慌てるような身振りをしたが、すぐ落ち着かせて、きりっとした目付きで、俺のほうへ駆け寄ってきた。

「遥くん、ごめんね、こんな時間に呼び出しちゃって」

「いや、別にいい。どうせ暇だったし」

「でも、よく家から出てこれたね? お母さん止めなかったの?」

「あぁ、ちょっくら葵に呼ばれたから出かけてくるわって言ったらすんなり出させてくれた」

 俺の母さんは、ちょっと口うるさい面があるのだ。こんな夜中に息子を歩き出させたくないっていうもんだから、めったにこんな時間帯に出歩いたりしない。

「そっか……、あの遥くんのお母さんが……」

「でだ、俺になんか用があって呼び出したんじゃないのか?」

 ――要件済ませて、早く帰ろう、寒いし、葵を家まで送っていこう。

 そんな考えの基で、発した言葉だった。

「あっ、そ、そうだったね……」

 葵は自分の手を見ながら、もじもじとしている。なにかのタイミングを見計らっているように。

「ん?」

 ――そんなに言いにくいことなのだろうか。

 俺は葵に急かすようなことをしたくないがために、顔を覗き込む。

「――――――――っっ!!」

 葵は顔を赤く染め上げ、俺と目が合うのを避けるような動作をした。

 ――おいおい、こりゃ、絵にしたら頭から湯気が出ているな、絶対。

 言っておくが、葵はこういう人間だ。

 普段は落ち着いていて、きついことは決して言わず、困っている人がいたら、放っておけない。その反面、言いにくいことがあるとすぐに喋らなくなる。そんな奴だ。

「そんなに話しにくいことだったら、また今度にするか?」

「だめっ! 今言わなくちゃいけないことなの!」

「そ、そっか……」

 なかなか口を開こうとしないため、次の機会にしようと思って、言ってみたのだが、こんなにはっきり、しかも、普段はめったに発しない強い声で言い返してきたので、俺は驚いた。

「勇気を持て、私……」

 小声で、自分に活を入れる葵。

「えーとね、くだらない話かも知れないけど、ちゃんと聞いてくれる?」

「ん? あぁ、もちろん」

 踏み切る決心をしたらしく、葵は一回深呼吸をして、俺の顔を見る。

「遥くんが来る前、心の中で練習してたのに、いざっとなると、やっぱり恥ずかしいものだね」

 葵は笑いながら、そんなことを話し、真面目な表情をして、俺に、告げてきた。


「私、遥くんのことが、好きですっ!」


 俺たち以外、誰もない、公園で、葵の声が響く。

 ――え?

「え、えっとね、急なことでね、ご、ごめんなさいっなんだけどね、きょ、今日言わなきゃいけなかったから……」

 葵は目元をうるわせながら、俺を見つめてくる。

「ど、どう? ……びっくりした?」

「お、おう……」

 あまり突然なことで、頭が混乱しているが、葵の思いだけはちゃんと理解してしまった。

 ――俺のことが、好き?

 葵は以前、俺たちが同じ高校に入る前にした会話でこう言っていた。

『遥くんの恋路には邪魔しないよ、むしろ、応援しちゃうんだから』と。

 その葵が、俺に告白してきたのだ。

「それでね……、わ、私を、か、かかか、彼女にしてほしいなって…… ダメかな?」

 俺は気が動転して、葵の表情があまり見えてなかった。でも、向こうも同じような状況であることは察することができた。

「ええっとだな……」

 俺は迷っていた。

 このことについての回答は二つ。承諾するか、振るか、のどちらか。それしかないだろう。

 はっきり言うと、俺はこれまで葵のことを本気でただの幼馴染としか見ていなかった。

 これを承諾してしまうと、葵は幼馴染から恋人へと変化してしまう。

 それが怖かった。怖くて仕方がなかった。

 さっきまで変わらずにいた存在が、急変してしまうことが。

 それに、振ってしまってもそうだ。

 振ってしまっても、これまでどおりの葵とは違う関係になってしまいそうだった。

 いつも頼ってばかりだったのが、変わってしまいそうな、そんな気がした。

 俺は怖かったのだ。いや、今の生活が変わってしまうのが嫌だったのだろうか。

 変化を認める、そんな覚悟がなかったのか。

「お、俺はだな――――」

 そんな臆病な俺は、自分の気持ちを確かめる余裕すらなく――


 幼馴染の告白を承諾してしまった――――。


   ◇


「なに、あの男……」

 公園の物陰に隠れていた一人の女性がつぶやいた。

「あんなの、はたから見れば、臆病者じゃない……」

 その女性は、手に持っていたボールペンの先を強く押し、こう言った。

「こんなの、物語的に、面白くないじゃない」と。


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