5歳 爺VS婆
5歳の誕生日が近づいている。
というか明日だ。
今年も誕生会を開いてくれるらしく屋敷の中がそわそわしているのが分かる。
別に毎年開いてくれているしサプライズ的な流れを踏襲しているわけでもないのでそわそわしないで欲しい。
なんだかこっちも少し気まずい感じになるじゃないですかー
と思っていたが少し事情が違った。今から約一ヶ月前に話は遡る…
その日は大体3~4ヶ月に一回帰ってくる両親が僕の誕生日を祝うために一ヶ月は領主館に籠り書類整備をこなしながら誕生日までは家にいるというところから話が始まった。
実際に外へ出続けている両親は書類整備を行う時間もそこそこに外務を優先して行っている。騎士でもある戦闘職の父は言わずもがな、母もかなりの腕を持つ上に回復魔法を使えるという事で戦い漬けの日々を送っているらしい。
母も脳筋であった事に驚いたのは言うまでもない…優しそうだったが意外と父は尻に敷かれているのかもしれない…熊の絨毯よろしくなレベルで…
よそう…哀愁漂う父はなんだか想像するとかわいそうな気になってくる…
何か月かに一回帰ってきては数日書類とにらめっこをしてまた飛び出していくという仕事を両親は続けていた。
まぁ、一月位は少しゆっくりするのも良いと思う。と、思っていたころ二通の手紙届いたのだった。
その日は外で何をしようかと考えていた。
いつも通りにヨルン達の所へ行って魔法の修行をするか読書でもしようか…ちなみに魔法の練習であるが中々上手いこと行っていない。魔力を変質させて属性に変えるというのがどうも上手くいかないのだ…
半年ほど訓練しているがままならないものである。初級編の魔法書は結局のところ手に入っていない。ノールの家に一冊だけあるらしいのだがそれはどうやら注文品らしく売れないとのことだった。まぁ金額が中々だったので無一文の僕には到底買うことはできないのだが、ちなみに金貨二枚、日本円で二万円でした…ヨルンに魔法書を借りようと思ったのだが、ヨルンは冒険者の魔法使いに教えてもらったらしく本で勉強した訳ではないとのことだった。自信満々に字が読めないとどや顔されてしまった…
それでいいのか?ヨルン…
どうやって教えてもらったのかと思って聞いたらひたすら足にしがみついて頼み込んだらしい。
子供に足にしがみつけられた大人。
その姿は決して往来で大人が見せていい姿ではなかっただろう。
その魔法使いが思いやられる…
きっと奇異な目で見られたんだろうなぁ
その結果として魔法が使えたヨルンは良かったのだろう。というか十日でできたと言っていた。
ヨルン《コイツ》天才か?
そんなこんなでヨルンに師事した訳だが……何を言っているか分からなかった…
僕の名誉の為に言っておこう!僕が悪いわけではないはずだ。
「こうやって指先にズォーンって集めてボッボウごわぁ!って行くんだよ!」と言われた時の僕の顔を見せてやりたい。
これでわかるやつって…もう天才だろ?終いにはプリプリ怒っていた…残念な友人である。
ノールはその説明を受けてぽかんとしていたし、サラはなぜか目をキラキラさせていた。
もうよくわからんのである。
閑話休題
手紙の話である。
基本父と母は夜以外忙しそうにしているので僕は暇なのだ、今日やることを考えて領主館の入り口をウロウロしていると荷物を大量に積んだ一台の馬車が門の所で止まった。髪を編み込んだ冒険者と思われる女性を後ろにつけた恰幅の良いちょび髭の商人だろう男がが近づいてくると徐にその手に持った手紙を差し出してきた。
「やぁこんにちは。手紙を渡したのですがどなたか大人の方はいらっしゃいますかな?」
商人は手紙を運んできてくれた。
ここで僕がもらってしまうのは憚られる。なぜならこの世界での郵便は着払いなのだ。と言っても半分だが
盗賊や魔獣と言った存在が跋扈する中手紙を送るのは信用が無い。襲われたり事故で何かあったりしてしまえば手紙は届かなくなってしまうのだ。なので送るほうが前払いで半分、受け取る方が残り半分を支払う。金額は距離に応じて変わるらしく遠い方が金額は上がっていく。
ついた手紙が金貨一枚だったなんてこともあり得るのだ。冒険者や傭兵を護衛に旅をする者なら片手間のちょっとした小遣い稼ぎみたいなものだろう。なので当然金を持っていない僕では話にならないので入り口から人を呼ぶ。
呼ぶとメイド長が出てきたので、手紙に話をすると財布を取りに行った。
その間に商人と冒険者の女性にお茶を持ってきて欲しいとエイラがいたので頼んだ。
メイド長が金を払い手紙を受け取ると差出人の名前をみて絶句していた。
商人達が礼を言って門を後にすると入れ違いで今度は若い商人が手紙を届けに来た。メイド長がまたもや差出人を見て絶句している。今にも倒れそうな程青白い顔をしている。
「どうしたんですか?」事態を把握できずメイド長に声をかける。
「…あ」
「シルド様の…」
「はい。」
「お爺様とお婆様がおいでになります。」
「はい?」
「だ…旦那様ぁぁぁぁぁぁ!!!」メイド長が普段あり得ないほどの狼狽えた態度で駆けていった…
我が祖父と祖母が来ることがそんなに取り乱すことなのだろうか?
後を追って父の元へ行くと頭を抱えてうなっていた…
「父上どうしたのですか?」
「ああ…シルドか…少し困ってことになっていてな…」
「そうなのですか?お爺様とお婆様がお見えになると聞きました」
「ん?むう…まぁそうなんだが…」
「お爺様とお婆様はどんな方なのですか?」
頑張って子供っぽい感じに聞いてみる。体は子供頭は大人な感じで攻めてみる!
「そうだな…私の父、シルドからはお爺様だな。あの方は槍を持たせたら右に出る者はいないといわれる程の強者なのだよ…名前をヴァルファ・ロンドと言う。軍の元帥だね」
うんうんと頷く
「一通目の手紙が我が父だな。二通目がオルフィリアの母であり君のお婆様レスタ・リールドン様、この国の魔導士隊のトップをなさっておられる…」
ん?という事は僕の祖父母は国の重鎮ってことか!?衝撃の事実であった。
(あれ?でもそうしたらなぜグローク家は男爵家で家格が低いのだろう?重鎮の子供同士の結婚なら爵位はもっと高いんじゃ…)
「それでだ、立場的には同列のこの二人は仲が悪い…」
「…」
「我が父は槍一辺倒でレスタ様は魔法一筋…当然どっちが強いと言うことで長年もめたわけだよ」
「私とオルフィリアは王都の学院で出会って、同じ組で競い合う内に気が付いたら引かれていてね。卒業と同時に私は父に、オルフィリアはレスタ様に挑んで結婚の許しを貰ったんだ」
ここに来てまさかの一族揃って脳筋であることが判明した。
「ただ話が大きくなりすぎてね…最終的に国王陛下が間に入って仲裁する程まで…この話は置いておこう、だから私たちは新しい家名を頂き少領であるがまだ未発展のこの領地を任ぜられたんだ。」
「ただ結局二人の仲はあまり改善されなくてね、顔を合わせればすぐに戦いが始まってしまうんだ…普段は顔を合わせることも無いんだけど今回はシルドの5歳の節目だから、恐らく二人共直接ここへ来てしまうと思う…というより来るって手紙がこれなんだけどね」
「二人共自重してくれると嬉しいんだけど…」
という事があり話は冒頭へと戻る。
国王を引っ張り出してくる辺りがもうどうしようもない…
そして件の祖父母が明日の誕生日を祝うために前乗りで本日来るというのだ。
ジェスタとオルフィリアは深いため息をついた。
「無事に何もなく終わってくれるといいんだけどな」
「あら、そんなに簡単には行くわけないと思いますわよ?…」
「そうだよなあ…」
二人は少し前から…正確には手紙が来た時からこんな調子である。
そして時刻は正午を回ろうかという時であった。
大気が震えるかの如くビリビリとした空気が辺りを支配した…
「わっ!なんだなんだ!?」
その底知れぬ焦燥感に狼狽えていると
「あぁ…シルドも解るようになる年かこれはね父上が到着なさった合図なんだ…」
どうやらお爺様の到着の合図であるらしい。
なんだか漫画などで見る殺気をはらんだ空気みたいなことをしてきたらしい。ここまでくるとあきれてものも言えない。
と、今度は妙な圧迫感が生まれた。(あ、これはわかる。魔力だ)
今度はお婆様の到着であるらしい。オルフィリアもまた、大きくため息を吐いた…
出迎えに入り口まで行くと豪華な馬車が停まっており数人の従者を引き連れた30代後半の男女がいた。その間には無言の何かが渦巻いていた。
周りの使用人が青い顔をしてオロオロしている。
「ふん!誰かと思ったら筋肉バカじゃないか」
「そういうそっちは棒っ切れで遊んどるモヤシではないか?」
「あーん?なんだい?」
「やるか?」
今にも先頭が始まってしまいそうである。ものすごい剣幕のなかジェスタが声をかけた。
二人はようやくこちらに気づくとその目に僕を確認した瞬間険悪な顔だったものが破顔した。
すごい速度で近づいてきた二人に抱き上げられた。
「おおお、君が孫か!」
ヴァルファが抱き上げると「さっさとお離し!」とレスタがシルドを奪い取る。
争奪戦でもみくちゃにされるシルドであったがあまり嫌な感じはしなかった。前の世界では祖父母は10歳になったくらいに他界してしまいあまり構ってはもらえなかったと言うのもあった、しかしそれを差し引いても充分に可愛がられた記憶だけは覚えている
(まぁ祖父母と言ってもこっちの二人は大分若いのだが…)
「お、お爺様お、婆様痛いです…」
「おおこれはすまんかった。私はヴァルファ・ロンド君のお爺さんである。」
「っち…先に言われちまったね…アタシはレスタ・リールドン、あんたの婆さんだよ」
「よろしくお願いします。お爺様、お婆様」
一通り軽く挨拶を交わすと父と母が挨拶をした。
「お久しぶりです父上」
「お久しぶりですお母様」
「長旅お疲れさまでした。お部屋の方を用意してありますのでごゆっくりなさってください。」
「うむ」「ゆっくりさせてもらうよ」
一悶着あったものの概ね和やかにその日は終わった。
誕生日当日
ものすごくめかし込まれて盛大に誕生会が始まった。
(自分の誕生日を祝われるのもこれで5回目ではあるがやはり気恥ずかしい)
しばらくして父が一つ咳を払うかのように「オホン」と言うと一つの木箱を持ってきた。
「シルド」
「はい。」
「誕生日おめでとう。私とオルフィリアからこれを送るよ」
「開けても良いですか?」
「もちろん」
許可をもらい箱を開けるとそこには白い布に包まれた見事な短剣が入っていた。
「シルドこれは私も父上から言われたんだけどね。君ももう5歳だ、これからいろんな事があると思う。短剣は唯の道具、使うのは自分次第、使い方を間違ってしまえば後悔することもあると思う。持つと言うことは責任があるということだ。正しく大切な者の為に使いなさい。」
「…はい、努力します!」
「アタシからはこれよ!」
とレスタから青い色のビー玉位の石をもらった。サファイアだろうか?
「えっと…これはなんですか?」
「それは水の魔石よ」
「「は?」」
シルドより先に両親が驚きの声をあげた。
「ちょっと待ってください。お母さま、魔石って…」
「ちょうど国王から竜魚の討伐依頼が入ってね。いくつか手に入ったウチの一つさ」
それは横領ではなかろうか?と考えたが敢えて何も言わない。
「安心おし、陛下には許可をもらっているよ。」
「…あぁ、でしたら…」オルフィリアは納得したようだが顔は引き攣っていた。
これが魔石というやつか…使い方がよくわからないな…?魔力を通せばいいのだろうか…と、安直に魔力を通してみた。するとシルドの目の前に30センチ程の水の塊が出現した。
「おぉ…すごい!」
と、レスタの方を見ると目を見開いて口を開けていた。
(え?なんかまずいことしたか?)
レスタは再起動がかかると同時にシルドにつかみかかり「天才だわ…」と一言呟くと虚空を覗くような遠い視線でシルドを凝視し始めた。
「お…お婆様、どうかなさいましたか…?」と、シルドが聞くとレスタはハッとしたように我に返り何かをブツブツと言いながら考え込んでいた。
「まったくよく分からん女よ、さてシルド私からはこれをあげよう!持って来い!」
扉が開き壮年の執事が今度は赤い布に包まれた長い棒状の物を持ってきた。
「ウム、これは新しくこしらえた槍でな昔私が狩った剛虎という魔物の牙で作ったやりである、大事にしてくれると嬉しいぞ」
「ありがとうございます。」執事から受け取るとかなり重かったので身体強化して持ち上げる
「おっと、重いから気を…」
つけろ、といわれる前に軽々持ち上げてしまったシルドに対しヴァルファは硬直してしまった。
ううむ、とうなりをあげるとこちらも何かをブツブツと呟き始めた。
少しいやな予感がしたが気のせいだと思うように決めたシルドであった。
「いいよ」という声に両親の方を見るとエイラが何かの許可をもらっていた。
「シルド様」
「5歳のお誕生日おめでとうございます。これは私共使用人一同からでございます。」
というと布に包まれた分厚い四角いものを渡された。開けてみるとソコには喉から手が出る程に欲していた魔法の本の初級が包まれていた。シルドは満面の笑みでお礼を言うとエイラは一言礼をすると下がっていった。
シルドはもう既にワクワクが止まらないのである。
プレゼントをもらい終え食事を済ませる
最初にあれだけ騒がしかった祖父母はいつの間にか黙って何かを考え続けている
その姿にまたいやな予感が過るシルドである…が、そろそろいい時間なのである。瞼が落ち始めてきた。
うーん、やはり体に引きずられるなぁ…
と、そこでゆっくりと眠りに落ちていくのであった
シルドが眠りに着きベッドまで運ばれた後、領主館の一室でジェスタ・オルフィリア・レスタ・ヴァルファの4人は顔を合わせていた。
最初に口を開いたのはレスタであった。
「あの子はなんだい?いきなり魔石から属性を取り出したよ?一級の魔術師が10年修行してようやくできるようなことを5歳で行うというのは少々行きすぎな気がするんだけどねぇ…」
「まったくだ。新調したあの槍は子供が簡単に持てる程軽くはないのだがな…一体どういう教育をお前たちは施したのだ?」
大体のものに対して対立する二人ではあるが、今回の事に関しては自分の身内、しかも初孫の異常性についての事なので諍いを起こしてる時間ももったいないのである
「「ははは…」」と笑ってごまかすふたりであった。
そもそもこの二人は自宅である領主館にほとんどいない
故になぜいきなり魔法が使えるのかもわからないし何故と言われても自分たちも知らないのだから答えられない
「「うーん…私のもとで修業させてみるのも面白いかもしれん・ないね」」
「「…ああ?」」
レスタとヴァルファ食い違う時は食い違うが、合う時は合ってしまう2人なのである。
シルドの嫌な予感は割と当たっていたのだが当の本人は知ることなくすやすやと眠るのであった。