プロローグ
「はぁ・・・今日もノルマを達成できなかった」
辺りも暗くなりふとぼやくように帰路につく一人の男がいた。今日も今日とてなかなか契約を取ることができなかった30代前半の男。とある有名メーカーの営業として働いていたが長く続く不況で契約も取りづらくなっていた。
「今月もあと3日で終わりか・・・あと2件取らなきゃ給料減らされちまう・・・」
彼を取り巻く環境は割と切迫していた。
なんならちょっとその辺で思い切り叫びたいくらいにはいろいろ溜まっていた。
が、しかしもうすでに深夜0:00も周っている。ここで騒いだら近所の住人に青い服の人を呼ばれてしまうのでそれもできない。溜まる一方である。
などと考えながら明日の為に早く家に帰らなくてはと、思った瞬間・・・
「え?」
フッと体が浮くような感覚に陥り目の前が真っ暗になった。
「うーん・・・」
と、どうやら気を失っていたらしい
辺りを見回すが全くの暗闇である。
「おーい!誰かー!」
と叫んでみるが特に返事もない。というよりもここが何処かが全く分からない。直前にあったことを思い出そうと考えていたところ体が軽くなり落ちたという感覚があったことを思い出した。
そこまで考えて自分はまさか暗い道を歩いていてマンホールの蓋でも開いていてそこに落ちたのではないかと考え始めた。そこでもう一度助けを呼んでみたがやはりうんともすんとも言わない・・・だが、そこであることに気が付いた。
自分がマンホールに落ちたのであれば当然中はそんなに広くないはずである、にも関わらずさっきから叫んだ声の反響が無く伸ばした手もどこに触ることも無い。気が付いた時には全身からあせが噴き出て必死になって助けを呼んでいた。
しかし、返事はない。
自分は打ち所が悪くて死んでしまったのかはたまた未だ夢の中をさまよっているのか・・・
頬をつねってみた
「・・・痛い」
「ぶふっ」
焦りながらも自分で起こしたアクションに思わず笑ってしまった。
そのせいか分からないが少し落ち着いたようだった。状況は全く変わってはいないが。
もう一度助けを呼んでみようと息を吸ったところで闇の中に一つの明かりが灯っていることに気が付いた。
(やったこれで助かる!)
漠然と駆け出し明かりを目指す。もはやここがどこなのかもわからないまま灯った明かりに希望を抱いて走り続ける。真っ暗な中どのくらい走っているのか、何分、何十分、何時間走っているのか感覚が狂い始めた中でようやく光が大きく見え始め、大声で助けを求める。するとこちらに気が付いたのか光も近づいてくることに気が付いた。
息を切らせながら目の前まで迫り、膝に手をつきながら息を整えて汗を拭う。
「すいません、ここはー・・・」
どこですか?と問おうとして息をのんだ。
明かりを持っていた者の異質さにそれ以上声が出なかったのだ。
闇の中でもわかるような淡い光を放つ3メートルはあるであろう黒い木の棒を持ちその先には煌々と灯るランタンは白い炎を吐き出している。そしてその持ち主は赤を基調としたかなり上質なマントを目深くかぶっている。それだけならば何かのコスプレ?くらいにしか思わないかもしれなかったがその杖の様な物を持つ手は決して人のものではなく猿のように毛深く足は鳥の様になっており目深くかぶっているマントの奥からは浮かぶように赤い光が2つ浮いていた。
明らかに異質なその姿に何も言えずただ茫然としていると
「◎△●◇△□」
聴き取れない言語で何かを聞いてきた。
2.3言だろうか、言葉が通じないとわかると杖の下の方をこちらの額に当てた後、何かを喋ると杖の先から赤い光が漏れ始めた。30秒位経った頃だろうか光が収まっていくと
「これで言葉がわかるかい?」
と、聞かれた。
あまりの事に硬直していると彼は首を傾げ「おかしいね?これで通じているはずなんだけどね?」と言うともう一度杖を額に当てようとしてきたので慌てて止める。
「だ・・・大丈夫です!きききちんと通じてます!」
少し声が上ずってしまった。恥ずかしい。
すると彼は「そう?」と、また首を傾げた。
「君はどうしてココにいるのかな?ココへは入ってこれないはずなんだけどね?」
彼はものすごく不思議そうにこちらに聞いてくる。
「僕にも分からなくて・・・なんだか落ちたっていう感覚があった後気が付いたらここにいまして・・・」
「ふーん・・・」
彼はしばらく何かを考え込むと徐に杖を掲げ何かを叫ぶ。
すると今までの比ではないくらいの光がランタンから発せられあまりのまぶしさに思わずどこかの国民的に有名なキャラクターの様に「目がー」と言ってしまった。しばらくして光が収まると彼が何かを納得したらしく一言「うん」と言うと
「ごめんね?」
いきなり謝ってきた。
「いやー、ヌイの不手際だー。まさかまだ穴があったとはー」
どうやらこいつはヌイというらしい。そしてどうやらこいつの不手際にどうやら巻きこまれたらしいという事がわかった。
「あの・・・それで僕はどうすれば帰れるでしょうか?」
「ううーん」
「・・・」
「・・・」
「ちょっと無理かなぁ?」
「・・・は?」
ヌイの一言に血の気が引いていくのが分かった。
(つまりここから出られない?え?俺ここで死ぬの?)
「・・・ここは君のわかる知識で言うなら次元の間?っていうか流れの中っていうかね?要するに君のいた世界ではないんだよねー」
ヌイは何が面白いのかケタケタと笑いながら話し始めた。
「・・・いや笑ってられても困るんだけど・・・」
「とりあえず分かりやすくいうとね?君の世界とココがつながってね運悪く君はそのつながった穴に落ちて違う世界というか世界と世界の間に落ちちゃったんだよね?で、ヌイはそういう穴が無いようにココを管理するぅー・・・君には神様っていえばわかるのかな?それでね?ヌイはできたらスグにその穴をつぶしたりできそうなところを綺麗に直したりっていう事をしていたんだけどねぇ?」
つまりヌイは世界を管理する神様で世界に穴が開かないようにするのをどうこうする神様だと・・・
そこまで把握して先程のヌイの発言を思い出した。
(という事はもしかして自分の世界につながる穴ってもうー・・・)
そこにこちらの心を読んだかのようにヌイが言い放つ
「もう穴ふさいじゃったから帰れないんだ?」
「・・・マジか」
「うん?ごめんね?」
(うおおおおおおおおおマジかこいつ。軽いな!っていうかさっきからずっと喋ってるとき疑問形の喋り方しやがってふざけんなよ!明日の仕事とかどうすんだよ!・・・・・・あぁでももう帰れないのか・・・)
膝を屈し両手をつき正にorz状態で心の中で叫ぶ
が、そこでランプに照らされていて初めて気が付いた
(あれ?俺の手ってこんなに小さかったっけ?)
「な・なぁヌ・・・神様?」
「ヌイでいいよ?」
「じゃあヌイ」
「なーに?」
「なん・・・か・・・僕おかしくなってないか?」
怪訝そうな顔で聞くとマントの上から頬を掻くかのようにヌイが当たり前のように
「まぁココは通常の生物が簡単に入ってこれる場所じゃないしね?このままだと君はココの流れに巻き込まれて消滅しちゃうんじゃないかなぁ?今も若返ってるみたいだし?まぁいつだったか他に入ってきた子もいたことあったけどね?その時はどうしたんだっけなぁ?」と、涼しそうな声で残酷なことを言ってのける。
暫く絶句しているとヌイが「おもいだしたぁ!」と、嬉しそうに何かを叫んでいるがこっちはそれどころではない、気が付けばもうすでに体が動かない、というより動かせない。力を振り絞って体を見てみると体が1歳位だろうか?もしかしたらそれ未満かもしれない寝返りさえできないくらいに若返ってしまっていた。
(詰んだ)
僕はもう既に死ぬことを受け入れ始めていた。死因が結果として穴に落ちたから死んだという情けないような気のする終わり方はあれだが・・・
(・・・あーまぁそんなに悪い人生でもなかったか・・・やりたいことは大体できたし、特に大げさな夢ってのも無かったし・・・事故ったり殺されたりとか痛い思いするよりはマシ・・・か?しかしこんな死に方するとは理不尽っていえば理不尽だけど・・・)
などと考えているとふとヌイが顔を覗き込んだ。
「運が悪かった君には申し訳ないけど、もうどうしようもないからせめてプレゼントをあげるよ・・・」
そこまで言われて、意識が遠くなっていった。