第3話:キャロット
その日は、朝早く起きることができた。
まぁただ単純に、昨日寝たのがいつもより早かったからなのだが。
「けど…起きるに起きられない」
隣で寝ているキャロットちゃんに視線を移す。
すでに何度か起きようとしたのだが、その度に俺の服を握っている力が強くなるのだ。
その手を振り払って起きることは俺にはできなかった。
「仕方ない、朝食も魔法で作るか」
半自動調理魔法(自作)は便利だが…自分の調理技術が下がらないか不安になるよな。
バリエーションは3つほどしか無いから連続使用すると飽きる欠点があるが。
「さて、朝食ができるまではゆっくりしますかね」
ほどなくして、朝食の美味しそうな匂いが部屋にまで届いて来た。
その匂いに釣られてかキャロットちゃんがゆっくりと目を開ける。
「……おいしそうな…におい?」
「おはよう、早速で悪いけどどいてもらっていい?」
「え?」
キャロットちゃんはしばらく半開きの目でボーっと俺の顔を見ていたが、次第に目が見開いていく。
「す、すみません!」
跳び起きたキャロットちゃんは急いで部屋から出て行った。
「…何も出て行かなくても…ってそうか、俺は着替えないとな」
キャロットちゃんの気遣いに感謝しつつ着替えをすませる。
その間にキャロットちゃんに朝食の準備ができているのを伝えるのも忘れない。
「とりあえず、無くなったお肉の補充に行かないとな」
そんな独り言をつぶやきながら部屋を出ると、キャロットちゃんは朝食に手をつけず待っていてくれた。
俺は苦笑しながら席に着く。
「先に食べててもよかったのに」
「流石に悪いですから」
その後、片付けは魔法にまかせて狩の準備をする。
準備と言っても魔力を広げて獲物を探す程度の物だが。
その時、どこか遠慮がちにキャロットちゃんが近づいて来た。
「あの、私に何か手伝える事ってありますか?」
「え…う~ん。特に無いかな、今までも俺一人でどうにかしてきたし今更一人増えても問題ないしな」
とは言え、流石に何もするなと言うもの違う気がする。
ここでの最善手は…これならどうだ?
「そうだな、事情を話すかどうかしっかり考えておいてくれ」
「…あ」
俺がそう言うとキャロットちゃんは俯いてしまった。
「なに、お昼までは帰らないと思うからじっくり考えればいいさ」
「…はい」
「どうしても話せなければ無理に言う必要は無いよ。じゃ行ってくる」
話している間に獣の居場所は調べがついた。
宣言どおりお昼には帰れるだろう。
…念のため魔法で縛っておくが。
「よし、後は往復するだけだな」
魔力の探査を怠らなければ不意打ちも無いしな。
結果、特に問題も無く散歩感覚で目的地に着く事ができた。
魔法で縛られた大きな猪の様な獣の前に出る。
「悪いが、これも生きるためなんでな。<ロックスピア>」
岩で出来た槍が真っ直ぐ飛んで行き猪の頭を打ち貫く。
この方法が一番肉の損傷が少ないので重宝している。
「よし、後は帰るだけだな」
案の定、猪の死体は魔法で浮かせる。
解体は氷魔法と平行して行うので帰るまではこのままだ。
ただ、問題なのは。
「血の匂いに釣られて狼が出る事だな」
探知は続けていたので問題ないが、少し数が多い。
「いつもなら倒して追加のお肉にするんだが…それだとお昼に間に合わないな」
仕方ない、追い払うか。
古今東西、獣は火に弱い!
「<フレイムサークル>!」
本来は敵を逃がさないように炎で囲む魔法だが、今回は自分に発動する。
突然の炎に驚いた狼達は一目散に逃げ出してくれた。
「よし」
こうして、俺は時間通りに家に帰り着く。
家に入るとキャロットちゃんがどこから取ってきたのか童話の本を読んでいた。
確か、吟遊詩人たちが広めている魔法使いの話が書かれてる本だ。
この世界で魔法使いがどう思われているのかの参考に神様がくれた。
「話すかどうか、決めた?」
「はい…」
「そうか、とりあえず昼を食べよう。準備するから少し手伝ってくれ」
「はい!」
今回こそ、魔法に頼らない俺の手料理を振舞う事ができる。
ふっふっふ、その美味しさに舌を巻くがいいさ!!
昼食後……
……うん、分かってたけどね。
自分の料理の腕が普通レベルだって。
キャロットちゃんは美味しそうに食べてくれたけど驚かれるようなリアクションは無かった。
はぁ、俺の腕もまだまだって事だな。
「さて、それで…話してくれるの?」
「はい」
片付けも終わり、そう聞いてみるとキャロットちゃんは少しずつ話始めた…。
「私の家は、近所の村でも珍しい薬草の調合ができるんです。だから他の人たちから大事にされてて村の大会合にも参加できるんです」
「大会合?」
「えっと…近くの村の村長がまとまって話をする事です」
「それはまた、すごいね」
実質、村のまとめ役と同格。
いや…他の村の村長も参加を認めてるんだろうし下手すれば一村の村長より立場が上の可能性も有る。
魔法も奇跡も無く、当然ながら医療技術も無い。
こんな世界では病気の治療ができる薬草師は大きな発言力があっても不思議ではないのか?
「今まではお母さんが皆に薬を作ってたんですけど…ひとつ前の大会合に向かう途中で事故に遭って……それで、私が薬草を調合する事になったんです」
「君が? えっと…お父さんは?」
「お父さんは生きてます、薬草の調合は代々女の子の役目だそうです」
あぁ、そういう決まりがあるのね。
それなら…まぁ納得かな。男よりも手先が器用そうだし。
「最初はお婆ちゃんから教わって…私なりに頑張ってたんですけどある日、王国から領主様がこの辺りの村を当地する為に来たんです」
「王国に、領主様ね…」
気になる単語が出てきたが…今は話の続きを聞こう。
「領主様が来ること自体は、大会合でも賛成されたんですが。その……領主様が、私と婚姻しようとして」
「はあ!?」
いや、ちょっと待て。
ん、婚姻とか聞こえたけど間違いだよね?
この世界では普通…では無いよな、キャロットちゃんの表情を見るに。
「えっと…お父さん達は取り込むとか、利用するとか言ってたんですけど…よく分からなくて」
「……あ、あぁ~なるほど」
つまり、村々に対して強い発言力を持つ薬草師の家系を取り込むことで統治しやすくしようって魂胆か。
平和的か脅すかは置いといて、確かに村人達にとっては強い圧力にはなるかもしれない。
よく考えれば婚約ではなく婚姻なのは逃げられないように縛る目的が主か。
この世界に奇跡は無いが、神様と信仰は存在する。神様の前で行われた婚姻を覆すのは信仰上難しい。
ってな事が"神話と魔法"という本に書かれていた。
合意が無かったとしても簡易な神殿で力ずくでも神様に誓わせれば……ってまさか。
「まさか、領主の奴が無理やり?」
「……はい、領主様の屋敷に顔合わせで呼ばれた時に襲われて。お父さんが必死で逃がしてくれたんですけど…逃げてる内に森の深いところまで入ってしまって」
「そこまでやるか…下手すると村々の反感が強まるだけだってのに。まさか真正か?」
そうじゃないと信じたい、と言うか信じさせてくれ。
これから魔法を広めようとしてるのに、最初に会う国の人間が変態とか嫌過ぎる。
「それで、今は大丈夫ですけど何時かは領主様に見つかると思います。その時は…私を差し出してもいいです。だけど、それまでは…」
「キャロットちゃん」
少し震えながらも祈るように拳を握り、話を続けようとするキャロットちゃんを遮る。
やる事はもう決まっているのだ、これ以上の話は必要ない。
後必要なのは、最終確認だけだ。
「キャロットちゃん、もし領主の問題が解決したら。お家に帰りたい?」
「…………はい」
涙目ながらも、キャロットちゃんはしっかりと頷いた。
これで決まりだ。
「なら決まりだ。俺が領主と話をつけるよ」
「…え?」
目を見開いて驚くキャロットちゃんに笑いかけながら、童話の本を取る。
「魔法使いは困ってる女の子の味方だからね、ここは万能の魔法使いに任せておけ」
魔法の力を見せ付ける第一号は領主か…魔法使いの説得を世界で最初に受けるんだ。ここはおめでとうと言うべきか?
まぁ、説得と言っても魔法(物理)だがな!
「と言う訳で、いつも通り魔法で乗り込もうと思うのだが。すこし協力してくれないか?」
「協力、ですか?」
「そう。君と会った時につかった<ゲート>の魔法は場所の正確なイメージが無いと不発になるんだよね。そこで、別の魔法で君の考えを読むから、領主の居る場所か君の村や家を思い浮かべてほしいんだ」
「分かりました」
キャロットちゃんは素直に目を閉じてくれる。
なので早速魔法を使う。
『我が魔力よ、かの者と我の思考を繋げよ。我は読み取るもの、かの者は読み取らせるもの、ここに契約は完了している。契約に基づきその思考を読み取らん…<イメージシンクロ>」
この魔法、超越級の癖に使い勝手が悪い、この魔法に対して隠し事は出来ないが合意が無ければ不発する。
こんな事にしか使えない魔法だ。
魔法が発動した瞬間、俺の頭にイメージが広がる。
大きな屋敷、そこの中にある執務室。
「ありがとう、これで問題なく<ゲート>が使える」
さて、領主はどんな奴なのかね。
おれはどう料理しようか考えながら<ゲート>の魔法を唱えた。
キャラクター紹介
キャロット 10歳
筋力3
体力4
知力5
魔力7
やさしさ:トップクラス
すきなもの
森、薬草、家族
嫌いなもの
苦い野菜、獣、事故
苦手なもの
強引な人、領主
※ステイタスの数値は同年代、同じ性別が基準となるため数値が上でも年齢によっては負ける場合がある。
これは、子供のキャラクターの場合全て1などの表記にしないため。
納得いかなければ才能と置き換えてもいい。