コスフェスへようこそ
栄駅で電車を降りたら、八番出口から外に出る。目の前にはサンシャイン栄がある。大きな観覧車が目印で、中にはTSUTAYAなどの暇つぶしの施設があるから待ちあわせに最適だ。けれど今日はそんな事をしている余裕はなかった。周りを見回す、すると、駅周辺の様子がいつもと違うことに気付いた。
サンシャイン栄は、錦通りと大津通りの交差点の角にある。その場所にたって大津通りの方向を眺めたとき、奇妙な人達が目に入ったのだ。
広い道路のかたわらを、着物にカタナを持った男の人と、和服姿の女の人がこちらに向かって歩いてくる。その後ろには、赤い髪に、フリルの着いたやけに可愛らしい恰好をした女の人が手に魔法のステッキを持っている。そして、その隣にはバーテンダーがいる。
と、私の携帯電話がポケットの中で震えた。着信相手は加納くんだ。
「もしもし、加納だけど。柊さん?」
「そうだよ、八番出口の前にいるんだけど、加納くんはどこにいる」
電話の向こうで沈黙が流れる。加納くんが口を開く前に、私は昨日の夜受け取ったメールの文面を思い出した。
『矢場町駅に集合で』
「僕は今矢場町駅にいるんだけど」
「ごめん、栄駅で降りちゃった」
コスプレ集団が私の脇を楽しそうに歩いて行く。いまの私は間の抜けた顔を彼らにさらしているだろう。
「そっか、じゃあ僕がそっちに行くよ。何分か待ってくれる」
「ごめん、私が勘違いしてたのに。私もそっちにいくよ」
加納くんは考えた風に間を置いた。
「じゃあ、僕は大津通りに沿ってサンシャイン栄の方に向かうから。柊さんは、そのまま南の方に歩いてきて。駅の中間地点で会おう」
「わかった、ごめんね。じゃあ」
栄から矢場町駅までは大津通りをまっすぐ行くだけだ。迷うようなルートではないが、距離がある。とてもみじめな気分だったけれど、せめて早足で歩こうと思った。
「今日はなんだか面白そうなことをやってるね」
「びっくりした。駅を出たら魔法使いと剣士とバーテンダーが歩いてたよ」
加納くんは電話の向こうで笑っていた。
電話を切って、大津通りを南の方向へ向かって歩く。先ほどの集団がやってきた方向だ。
広小路通りとの交差点を超えたところからは街の様子が一変した。その先が歩行者天国になっているほか、色や形もさまざまな衣装を来た人たちが道路を埋め尽くしている。剣士や魔法使い、学生、どこか別の星からの訪問者。歩いている途中、栄駅のそばでみかけたのと同じ魔法少女を何人も見かけた。たぶん、今一番人気のキャラクターなのだろう。
道路わきには屋台や小さな舞台ができていて、カメラの前でポーズを取っているキャラクター達を何組も見かけた。現実離れした明るい色の衣装は、なんだか人を落ちつかない気持ちにさせる。ふっと視線をあげると、高い建物に看板が取り付けられているのが目についた。
『栄 コスプレフェスティバル』
母が言っていたのはこのことだったのだ、路上で受け取った地図を見ると、栄駅から矢場町駅の間が、フリーウォーキングエリアになっているらしい。私と加納くんの両方から等距離の場所は、ちょうどこのエリアの中心だ。
今日は栄の文房具店と本屋をめぐろうとしていたけれど、この通りを歩ききるだけでお腹いっぱいになってしまいそうだ。加納くんは真面目な人だから、私以上にこの光景に戸惑っているかもしれない。私は、もっとはやく歩こうと思ったけれど、最初の一歩を踏み出したところで、魔法少女とぶつかった。歩行者天国は慣れていないと歩きにくい。
人と人のすきまを縫うように歩いて行く。すると、明るい色で溢れかえる雑踏の中に、どこかで見たような黒い影があることに気がついた。




