おもちゃの行進
休み明けの教室で、私のあだ名は魔女子になった。にやにや笑っている友人を問い詰めると、友人は携帯電話の画面を開いて見せてくれた。そこに映っていたのは、二人の女の人と、その間でピースサインをする赤いリボンと黒いローブの魔女、というか私だ。
「知らなかったよ、志穂、そんな趣味があったなんて」
違う、と言いたかったが説明の仕方が思いつかなかった。世の中は狭い、私の写真は、関係各者に拡散されてしまっていた。そのため私は、休み時間のたびに屋上へ駆けあがらなくてはならなくなってしまった。
けれども、それはさらなる悲劇を呼び起こした。
我が家からいなくなったクロは見つかった。けれど生きていなかった。クロは、私の家の近くの横断歩道の上でぺしゃんこになっていた。クロの体には、タイヤの後がくっきりと残っていた。その痕跡は、クロの命が奪われた瞬間の光景を想起させ、腕におしつけられた煙草のあとみたいに、私の記憶の中にくっきりと残った。
教室の中でそばに人がいるときは大丈夫だった。あのコスプレ(断じて違うけれど)写真を見せられて笑っているときには、
「よし平気だ」
と油断していたけれど、ひとりになったのは失敗だった。校舎の喧騒が遠く聞こえてくる。校庭には、昇降口から生徒が溢れだしてきた。次の授業は体育か何かなんだろうか。私の目の前の光景は、雨の日のガラスを通しているかのように頼りない輪郭をしていた。
屋上に通じるドアが音を立てて閉まった。誰かやってきたようだ。
「柊さん、ここにいたんだ」
その声は加納くんだった。何かを面白がっているような響きが混じっている。見たのだと私は直感した。きっと、学校中に拡散されている私のコスプレを。
アスファルトを踏みしめる靴の音。笑ったらいいのか泣いたらいいのかわからなくなってきた。
「待って!」
自分でも、こんな大きな声が出るとは思わなかった。足音が止まる。加納くんの体に緊張が走ったのが空気でわかる。
制服の裾で乱暴に目をこすった。視界は一向に良くならない。私の脳裏に、あのキーホルダーを買ってもらったときの記憶が浮かんでくる。小学校低学年のころ、私は学校から帰る途中に黒猫を拾って家まで帰った。だだをこねて捨て猫を家族の一員に加えた。そのころまで、私は黒猫と魔女にあこがれていた残念な子どもだった。
目をこする。何度も何度も繰り返した。ようやくマシになったかと思って、私は校庭を見下ろした。そのとき目に映った信じられない光景だった。
イヌ、ネコ、クマ、魔法使い、スーパーロボットに怪獣。種々雑多なキャラクターたちが校庭を闊歩している。私は悟った。
あれは、その人の心を支えている何かの象徴なのだと。ずっと昔遊んだぬいぐるみ。夢中になったアニメ。それは記憶のかなたに押しやられてしまっても、思い出すのが恥ずかしい記憶になっても、力強く私達の心を支えてくれている。私は、ポケットの中に入れたままのキーホルダーを強く握りしめた。私にとってそれは、このキーホルダーであり、クロであり、あの幼い魔女なのだ。現実に存在しなくなっても、それは私の心の中で永遠に生き続けるだろう。私達は皆、おもちゃの行進と連れ添って歩いているのだ。
もう一度瞬きをした瞬間、キャラクターたちは制服姿の生徒へと戻っていた。しまった、と思い私は慌てて振り返る。
加納くんはおもちゃなんて被らず、制服姿でこちらを見ていた。
「大丈夫、柊さん」
「ごめん、ちょっと花粉症がひどくて」
私は考える。加納くんの心を支えているおもちゃは、いったいどんな姿をしていたのだろう。もう一秒はやく振り返っていたら、私はその正体を、加納くんの心の奥底に潜むものを知ることができたのに。
「花粉症なのに屋上に出てくるってどうなの?」
「魔女子って呼ばれたくなくて」
加納くんは声をあげて笑った。私もつられて笑う。でも、それは後悔することではない。その正体は、これから気長に知っていけばいいから。
「いやいや、結構可愛かったよ思うよ、僕は」
けれど私のほうを先に知られてしまったのは、やっぱり不公平だ。




