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異変

 貯金箱を探そうと机を開けた時に、違和感を感じた。

 机の中には、シンプルな四角形をした貯金箱。ずっと使っていない三角定規セットにコンパス、筆記用具類がいつも通りの配置で並んでいる。机の中をもう一度見回して、ようやく気付いた。いつも机の引き出しを開けるたびに視界の端に映っていたキーホルダーがなくなっていた。私が小学生のとき、好んでいつも鞄に着けていたものだ。けれどいつからか、子供っぽいからとつけるのをやめてしまった。けれども捨てることはできず、ずっと机の片隅にしまいっぱなしになっていた。たぶん、机の中から物を出し入れしているうちに、何かに紛れてしまったのだろう。机の中や周辺を探しても見つからない。困るわけではないけれど、なんとなく淋しい気持ちになる。

 壁掛けの時計を見ると、そろそろ待ちあわせの時間に遅れそうだった。私は探したい衝動をぐっと抑えて、机をゆっくりと閉じることにした。

「おかーさん、今から行ってくる」

 母はリビングに面した庭で洗濯物を干していた。

「志穂、ちょっと待って」

「なに」

 私は靴を履きながら答える。なぜ母は、急いでいるときにばかり質問をしてくるのだろう。

「昨日から、クロちゃんを見てないんだけど」

「私も見てないよ、けどすぐに帰ってくるんじゃない」

 クロは私達が買っている黒猫だ。黒いからクロ、なんの変哲もない普通の猫だ。確証は全くなかったけれど、話を打ち切りたくてそう言った。母の声色に不満げな様子が滲む。

「慌てて事故とかに合わないようにね」

「わかってるよ」

 クロみたいにはならないようにするよ、と言おうと思ったけど、本当にそうだったら嫌なので、止めた。

「どこに行くんだっけ」

「栄。夕飯までには戻ってくるよ」

 行き先の報告と門限は私の行動範囲を著しく拘束する。大切に思われている裏返しでも、不自由を感じるのは仕方がない。

「栄って、今日は確か」

「いってきます!」

 母の言葉を最後まで聞かず、私は家の扉を閉めた。今から地下鉄に乗って、約束の時間に間に合うだろうか。

 私は、目の前からなくなってもそのキーホルダーの形や色合いをはっきり思い出すことができた。

 丸く切り取られた夜空に三日月が浮かび、黄色い光の中には少女の横顔が影として映っている。よくよく見ると、三日月の上には黒猫が行儀よく座っているのがわかる。どんなキーホルダーかというと、アニメ映画のキャラクターグッズだ。

 魔女見習いの少女が、友人の黒い猫と一緒に苦難を乗り越え、成長していくという映画だった。ひねりのない王道のストーリーが大ヒットし、私が高校生になった今でも名作として何度もテレビで放映されている。映画を観終わった帰り、母だったか父だったかにそのキーホルダーを買ってもらった記憶がある。私はそのキーホルダーを手にした瞬間を鮮明に記憶しているから、当時の私はよっぽどそれを欲しがったのだろうなと思う。

 赤いリボンを髪に結び、黒いローブをはためかせて空を駆ける少女は、大人が描く理想の子どもだ。少女は挑戦し、失敗し、それでもけなげに困難に立ち向かっていく。年を経るにつれ、私は共感するよりもむしろ、一種のあこがれの対象として彼女を眺めるようになっていた。自分はそういうふうにはなれないなと、現実の自分が少しずつ理想から遠ざかって行くのを感じていた。

 映画の少女は魔法のほうきで空をほうきでひとっ飛びだけれど、かたや私は地下鉄に揺られ、しかも時間に間に合わないというのが現実だ。私は、延々と代わることのない地下鉄の窓の外を眺めながらぼんやりしていた。

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