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DOLL  作者: 黒胡麻
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まるで人形のような

「ドルシー、ドルシー!!」



青々とした若葉や様々な野花を照りつける暖かい日差し。少々冷たい風が吹く初春。蝶や蜂が花の蜜を吸い、静かな空間がつくりあげられている。のどかで人の手によって手入れされていない、自然溢れる野原だ。しかし、その空間を高いソプラノの声が切り裂いた。


声の先には、薄紫色のエプロンドレスを纏った十代半ばぐらいの美しい女性が立っている。軽く息を切らしながら、きょろきょろと辺りを見渡していた。それと同時に一つに結ばれているカールが掛かったプラチナブロンドの長い髪が揺れる。

彼女は暫く探している人物と思われる名前を読んでいたが、痺れを切らしたように叫んだ。



「ドルシー……、ドールッ!!」



先程よりも大きな声が野原に響く。彼女のすぐそばで蜜を吸っていた鳳蝶が驚いたのか、パタパタと羽を揺らし別の花へと移っていく。

彼女の声に、残念なことに応える人はいなかった。あからさまにがっくりと肩を落としている。しかし、可憐な容姿と反して我慢強い彼女はもう一度と大きく息を吸い込む。

その時だった。



「なあに?」



幼いけれども、凛とした声が彼女の耳に入る。後ろからだ。バッと振り向いた女性、数メートル先の草むらががさりと揺れる。そこから、九、十歳程の少女が現れた。まだまだ低身長の少女を草は容易く隠してしまうのだ。

少女の姿を見た女性が慌てて少女の元へと走り寄った。彼女はしゃがみ、少女と目線を合わせた。



「ドール!心配しました、もうすぐでお茶の時間ですよ。全くこんなところに葉を付けて…」


「オフェーリア姉さま…ごめんなさい、忘れてたわ」



少女、ドルシーは頭に付けた葉を女性に取られながら、呟くように言った。あまり表情が変わっていないように見えるが、眉は見事に垂れている。その様子を見て姉である女性、オフェーリアは安心したように溜息を吐いた。



「全く…物凄く心配したのよ。ドールは夢中なことがあるとすぐに他のことを忘れる癖があるから」


「……充分分かっているわ。本当にごめんなさい。…でも、" ドール "なんて呼ばないで!」



ドルシーはオフェーリアの小言を甘んじて受け入れる。しかし、謝罪のあとプク、と頬を膨らませ大きな目をナイフのように尖らせた。彼女は自分の愛称を気に入っておらず、むしろ嫌悪しているのだ。

オフェーリアはふふ、と曖昧な笑みを見せて誤魔化す。内心はこれを聞くのは何回目かしら、と苦笑していた。


ドールという愛称は、ドルシーという名前を短縮しているところが由来だ。しかし、実際はそれだけではなかった。彼女の容姿には似合い過ぎるのである。


ドルシーは、それはそれは整った容姿をしていた。肩まで伸びた絹のような黒髪、宝石のペリドットのような翠の瞳。ぷっくりとした桜色の唇。それらは真っ白な肌によく映える。何より少し大人びた性格と雰囲気が拍車をかけ、まるで人形のようであった。そして、クリーム色のブラウスと上品なフリルが付いた紺色のサロペットスカート、黒光する革靴がそのイメージを上昇させる。服装はシンプルながらも細かい刺繍がされており、一目で高級なものだとわかる。


………幼いながらも、酷く整っていて惚れ惚れする美しさだ。現に実の姉であるオフェーリアがうっとりとするぐらいには。


ドルシーはそういう意味も込めてそう呼ばれているのを知っているのだ。別に自分の容姿の良さを知っている訳ではなく、ドルシーはあまり人形を好いていない(特にフランス人形)からその呼び方を嫌っている。彼女はあのフランス人形特有の此方を見透かすようなガラス玉の目が苦手なのだ。

また、彼女以外の兄妹、そして両親が全員プラチナブロンドの髪をしていたのも理由の一つだった。ドルシーの黒髪は母方の家系譲りらしい。


しかし、残念なことにドルシーのことをきちんと真名で呼ぶ人物は父であるアルワードしかいなかった。ドルシーには兄と姉が二人ずつ、そして弟が一人いるが、皆ドールと彼女のことを呼んでいる。母もそうだ。使用人ですらたまに巫山戯て「ドールお嬢様」と呼ぶ。



「もうすぐでお茶の時間だから、すぐに戻ってくださいね」



そんなことをつらつらと考えながら、オフェーリアは言葉を紡いだ。こくり、と頷いたドルシーは見て、満足そうに微笑む。若干ドルシーが不服そうなのは御愛嬌だ。




オフェーリアが去ったあと、ドルシーはふわふわと浮ついた気持ちで家へと歩いていた。ドルシーの足取りは時折ふらふらと揺れている。しかし、何故そのような気持ちであるかは本人には分からなかった。ただ、暖房にずっと当たっていたように頭が締め付けられるような気がしていた。

彼女はまるで大きな熊が唸っているようだわ、とよく分からないことを考える。そしてその熊はきっとラズベリーアイスクリームでも食べたいのねとまで考え出したとき、唐突に口を開いた。



「…………きっと、日の下にずっといたせいね」



かなり頭が痛くなってきたドルシーは、自分を納得させるように呟く。彼女は自分を納得させる為にわざわざ口に出す癖がある(けれどもこれは自分の可笑しな考えを振り払う為でもあった)。しかし、ドルシーは人目を気にする性質だったので、あまりその癖を使わないようにしていた。

誰かに見られていたら溜まったもんじゃない。


頭を左手で抑えながら、彼女は歩く。家を目指して。

しかし、その足取りはゆっくりと家路からずれて、別の場所へと向かっていく。


そのことに、ドルシーは可笑しな程に気付かなかった。




ドルシーの足取りは家からどんどん遠ざかっていく。

この野原から家まで彼女の足でも僅か十五分程で着くことが出来るが、ドルシーは数十分は歩いているような気がしていた(実際その通りであった)。


いくら少し大人びていて好奇心旺盛のドルシーでも、段々と怖くなってきていた。一向に着かないのである。それを堪えるように彼女は口元をキュ、と引き締めた。



「(大丈夫…きっと着くわ。もう少し、もう少し……)」



ドルシーは頭の中でその言葉を繰り返した。頭がぐらぐらとしていてなんとも言えない不快感が彼女を襲う。それは暖房にずっと当たっていた時の感触に似ていたような気もするし、油オイルの匂いをずっと嗅いでいたときの不快感にも似ているような気がした。



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