パンドラの箱
パンドラの箱。
「スカートの中を覗きたい?」
「あぁ! スカートの中って男の永遠の夢だろ!? 俺はその中を覗いてみたいんだ!」
「そう……なのか?」
放課後の俺たち以外誰もいなくなった教室で、高らかと友達の原木がパンツ見たい宣言をした。
原木はチャラい金髪とチャラい服装をしていて、一見チャラいヤンキーに見えるけど、本当は天才だ。常にテストは満点で模試は一位が当たり前。色々な研究室から声がかかっているらしい。
そんな彼がスカートを覗きたい……。
うーん……天才の考えることはよくわからん。
「なんで急にそんなことを?」
俺がそう聞くと、原木は顔をうっとりとさせた。
「好きな子が出来たんだ……。B組の晶子さんって子なんだけどさ~」
晶子さん……。
彼女の名前はよく聞く。
美人でおっとりしていて誰にでも優しく、いつもにこにこと笑っている。
まぁわからなくもない。
「それが何でスカートの中に繋がるんだ?」
「何言ってんだよ。好きな子のスカート覗きたいなんて男として当然の欲求だろ?」
お前が何言ってるんだよ。
天才と馬鹿は紙一重ということなのか?
それはおいといて、つまり原木は女子のスカートではなく、晶子さんのスカートの中を覗きたいというわけだ。
原木はにひっと笑うと、
「まぁ来てくれよ」
と言って、俺をここの校舎とは違う校舎に連れていった。
「晶子さんはこの校舎のこの階を、いつも決まった時間に通るんだ」
「お前ストーカーかよ……」
俺は呆れた。
どうでもいいことだが、スカートとストーカーの二つって文字並べ変えただけだよな。少し面白い。果てしなくどうでもいいけど。
そうこうしてるうちに、原木が俺の肩を叩いた。
「来た! 向かい側から晶子さんが来た!」
原木のテンションがハイになる。
「だけどお前どうするんだよ。どうやって見るんだ?」
俺が不思思って聞くと、原木は自信満々な顔をする。
「まぁ見てろって」
俺は原木の言った通り、晶子さんを曲がり角から少しだけ顔を出して見ていた。
と、晶子さんがちょうど廊下の真ん中に差し掛かった時、原木が飛び出した。
原木は晶子さんの手前まで走っていくと、わざと転んだふりをして晶子さんの足下までスライディングした。
なんて……なんてベタ!
あいつ本当に天才なのか!?
しかし原木の行動を予期していたかのように、向かい側からラグビー部の集団が物凄いスピードで走ってくる。
そうか、今日は雨だから校内ランニングしているのか。頑張ってるんだな。
俺は他人事のように感心した。
だがそれも束の間。
原木は寝たまま顔だけ晶子さんの方に向ける━━━━
直前、ラグビー部の集団にゴミのように踏まれた。
晶子さんはそれを見て心配そうにしたものの、俺が「大丈夫か原木!」と言って急いで保健室まで担いで行ったので、晶子さんとは話すことすらなかった。
翌日。
「昨日はひどい目にあったよ」
原木が嘆息する。
昨日と同じ時間に俺たちは自分たちの教室で喋っていた。
「これに懲りたらスカートの中なんて見ないことだな」
「いいや、そうはいかないね! やっぱ気になるもん!」
「懲りねぇなぁ……」
「まぁ来てよ。昨日とはアプローチを変えてみることにしたからさ」
俺は原木にまた同じ校舎の同じ階に連れられていった。
「ふふふ……この教室の前を通れば、廊下に設置された無数のセンサーが反応して、小型カメラが晶子さんのスカートの中を追う……。この仕掛け作るの大変だったんだよ……」
「だから今日、一切授業に出なかったのか」
俺は呆れた。
俺たちがいる場所は昨日と同じ校舎の同じ階だが、その階にある空き教室の中だった。
「僕がセンサーを仕掛けた範囲を晶子さんが通ったとき、ここにあるレンズを覗けばスカートの中が見える!」
原木は今日一日かけて設置したらしい、顕微鏡についてる筒の中にあるレンズを指さす。
こういう装置を作るのって、やっぱり天才なんだろうか。
いや、目的は馬鹿なんだよなぁ……。
俺が少々失礼なことを思っていると、原木がレンズを覗きながら、小さくあっと声を漏らした。
「どうした?」
「あと何秒かで晶子さんがここに来る……。5……4……3……2…………」
原木がカウントを始める。
くだらないことだったけど、これで目的を達成して終わりだろう。
しかし、原木は歓喜の声を出すことはなく、代わりに「えっ?」と呆然としていた。
「どうかしたのか?」
「ちょっと見てくれ」
「はぁ? やだよ」
「いいから!」
俺は原木に力ずくでレンズを覗かせられる。
そこにあったのは、多分晶子さんの足とスカートの中だった。
だけど、問題はスカートの中にあった。
真っ暗だったのだ。
女性の太ももやお尻、はたまた下着があるわけではなく、ただただ真っ暗だった。
「な、なんだこれ?」
俺は原木に質問すると、原木は真剣な顔をして黙ったままだった。
そしてぼそっと声を出す。
「明日違うアプローチをしてみよう。また明日付き合ってくれ」
正直もう嫌だと思ったけど、なんとなく俺もスカートの中が気になったので、わかったと頷いた。
翌日。
俺たちは晶子さんを尾行していた。
理由は単純、原木が後ろから実験したいことがあると言ったからだ。
やがて、晶子さんがいつもの階を渡り始める。
「原木、具体的には何をやるんだ?」
俺は原木に小声で話しかけた。
「これ、これだよ」
原木はポケットから十個ほどのスーパーボールを出す。
「これを投げると晶子さんのスカートまで自力で動いて、スカートの中に潜ったら自動で爆発して風を起こすんだ。その風でスカートを捲る。名付けて神風スーパーボール」
そのまんまだけど、確かにいいかもしれない。
すると今度は原木が俺にゴーグルを渡した。
「昨日仕掛けた小型カメラがまだ残ってる。そのゴーグルはカメラの視点で見ることが出来るんだ」
「わかった」
俺はゴーグルを頭に被る。
「じゃあいくよ」
原木はそう言うと、神風スーパーボールを晶子さんに向かって投げた。
スーパーボールはスカートに吸い込まれるようにして、晶子さんに向かって一直線に跳ねていく。
5、6回跳ねた後に、神風スーパーボールは晶子さんの足下に到着した。
俺たちはゴーグルをかける。昨日よりも視界が広かった。
真っ暗なスカートの中にに向かって跳ねていくスーパーボールが見える。
よし!
スーパーボールはスカートの中に入っていった。
これで爆発が━━━━
起きなかった。
何秒待っても何も起きない。
まさか故障か!?
俺と原木は顔を見合わせる。
身を隠していた壁から少しだけ顔を覗かせて、晶子さんの方を見た。
やはり何も起こって……………………!?
俺たちは気づいてしまった。
たった今、爆発することなくスカートの中に入っていったスーパーボールが、どこにもないのだ。
この世にはニュートンさんが見つけた重力というものがある。
それに従えば、スーパーボールが床に落ちているはず……。
なのに、どこにもないのだ。
「まさか奴のスカートの中はブラックホールとでも言うのか……!?」
俺は驚きを隠せずに、自然と呟いてしまう。
ふと原木の方を見ると、原木は昨日に増して真剣な顔をしていた。
「明日、もう一度、もう一度だけ試してみたいことがある。付き合ってくれるか?」
「ああ」
俺は原木の頼みに首を縦に振った。
翌日。
「今日はラジコンを作ってきた」
昨日のように晶子さんを尾行しながら、原木が開口一番にそう言った。
「ただのラジコンじゃない。ラジコンの上に扇風機がついてて軽いトルネードを起こせる。しかも透明になって、人の目から認識されなくなるようになる」
原木はいたって真剣だ。
それはそうだ。
これはもう、好きな子のスカートを見たいなんて邪な思いでやってるわけじゃない。
戦いだ。
俺たちの好奇心と晶子さんのスカートの戦争なんだ。
晶子さんがいつもの階を歩き始める。
原木はラジコンを置くと、リモコンを持って操作し始めた。
ちなみに原木はラジコンが見えるようになる特殊眼鏡をかけている。
さすが天才が作ったラジコン。
姿どころか音も聞こえない。
俺たちは隠れることをせずに、足音を立てないように晶子さんの後ろからついていく。
晶子さんが階の真ん中辺りに差し掛かる。
そこで、原木は操作の手を止めて、今まで押さなかったボタンを押した。
「トルネード発射」
原木が小声で合図するとともに、晶子さんの足下から強い風が巻き起こった。
「きゃっ!?」
晶子さんが悲鳴をあげる。
きた!
やっと中身が見れる!
しかし、その期待は途中で潰された。
突然、風が止んだのだ。
否、風を吹かせていたラジコンが潰されたのだ。
晶子さんのスカートから出てきた謎の黒い手によって。
『なっ!?』
しかし手はそのままスカートの中に戻ることはなく、ズリズリと這い出てくる。
右手、左手、頭、長い髪、胴体。
そこまで出たときは既に、俺たちの何倍もの大きさの、人の形をした人ならざる者が存在していた。
だが、晶子さんは平然と歩き続けている。
俺たちが唖然としていると、化物が左手を伸ばした。
そして。
原木を握り潰した。
「原木!? 原木ィィィィイイイイ!」
俺は友の名を叫ぶ。
そこで、晶子さんが初めてくるっとこちらを向いた。
愕然とした。
晶子さんは笑っていた。
次いで、晶子さんのスカートの中から黒い煙がもわもわとこの階全体を包み込み始める。動こうとするも、煙が俺の体に絡みついてきて動けなかった。
と、晶子さんの弧を描いていた口が動いた。
「あなたたちだったんですね。スカートの中を覗こうとしたのは……」
何か言おうと思ったが、口が針を縫ったように固く閉ざされていて、全く開かない。
そうこうしていると、化物がでかい口を俺に向かって開いた。
「駄目ですよ。スカートの中には魔物が住んでいるんですから」
俺が最後に聞いたのは、少女の楽しそうな笑い声だった。
THE END
頭空っぽにして読んでくださったら幸いです。