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呆然とする僕にルーカスが言う。
「とりあえず帰ったほうが良いですよ?
今彼女に何を言っても無駄…だと思います」
ルーカスは僕の腕をつかむと立たせてくれる。
そしてそのまま扉まで連れて行く。
「ち、ちょっと待ってくれ!
なんで…なんで僕は彼女を怒らせちゃったんだ?」
「何を言ってるんですか。
解りきってることでしょう?」
ルーカスは僕を部屋の外に出すと自分も外に出る。
彼女はなにも言っていないのにまるで「一人にしてくれ」と言われたかのような対応だった。
彼は僕の目を見て言った。
「まさか…知らなかったんですか?」
「なにを?」
「彼女のコンプレックスですよ」
初耳だった。
彼から言わせれば当たり前なのかもしれない。
そんなことも知らない自分に悲しくなってくる。
「教えてくれないか?
彼女のコンプレックスを」
「別にいいですよ。
このまま続けて彼女を泣かされても困るので」
そう、ルーカスは前置きしてから語り始めた。
「彼女は自分ってものを持ってからずっと『美しい』と言われて育ちました。
私が会ったときにはもう美しかったです。
彼女の美しさはエドガー様も見たんだ。
解りますよね、周りの人が美しいという気持ちが」
確かに彼女は整った顔をしていた。
普通の人なら顔を見ただけで惚れてしまうくらいには美しかった。
だが、僕はあまり人の顔に興味がないからそこに固執しなかっただけだ。
「彼女は整った顔について称賛される度に思っていたそうです。
『私の良い所は顔だけ?』と。
しかも、彼女はミミズにされたんです。
今まで顔だけを見ていた人がどうなったか…想像できますよね?」
きっとみんな離れてしまったのだろう。
まるで魔術師になる前の僕のようだ。
そして僕はまた彼女を傷つけた。
彼女の顔だけを見て喜んだようになってしまったのだから当然彼女は傷つく。
「彼女はあなたに心を許し初めていました。
それだけにあなたに裏切られたと思い悲しみも大きいでしょう。
誤解を解くチャンスはあと一回でくらいしか無いでしょう。
そこでしっかりと誤解を解いてあげてください。
私の…幼なじみをよろしくお願いいたします」
ルーカスはそう言って頭を深く下げた。
僕はその日から完全に彼女を人間に戻せる薬を作ることに専念した。
彼女…ミーシャ姫と仲直りする方法は全く思い付かなかったがそれでも僕は必死になって薬を作った。
彼女はあのとき月光に当たったときだけ人間に戻っていた。
そこからいつでも月光に当たっているのと同じ効果が起こる薬を作った。
でも、彼女にこの薬をそのまま渡してしまえば誤解は深まってしまうだろう。
僕は考えた。
考えて考えて考えて考えてついに思い付いた。
「エドガーです。
入っても良いですか?」
「はい」
僕は彼女の部屋に行きいつもより念入りに入室の許可をとった。
彼女の返事はいつもより固かった。
「お久しぶりです。ミーシャ姫」
「たしか5日ぶりですね。
この前は取り乱してしまい申し訳ありません」
ミーシャ姫はなにごとも起こらなかったかのように振る舞う。
でもこれは誤解の上に成り立っているものだ。
今までのように誤解など無く会話がしたい。
そうはっきりと思った。
「ミーシャ姫を完全に人間に戻す薬が出来ました」
「まあ、そうですか」
彼女の声からは堪えきれない悲しみが感じられた。
きっと僕がやはり顔目当てだと思っているのだろう。
「ですが、貴女が望むならばこんなもの灰にしましょう」
彼女が息をのむ。
しかし、ここで止めてはならない。
彼女に僕の気持ちをしっかりと伝えなければならない。
「私は貴女の性格、貴女との会話に惚れたのです。
決して容姿に惚れた訳ではありません」
「そ、そんなこと…。
口ではなんとでも言えるでしょう」
その通りだ。
だけど、ボクは諦めない。
ここで諦めて彼女を失ってしまっては意味が無いのだから。
「その通りです。
ですから、行動で示します」
僕は彼女に一気に近付く。
ミミズとしての皮膚呼吸だろう。
生暖かい風が感じられる。
うねうねと動く様は吐き気すら感じる。
だけど、それでも。
僕は彼女を失いたくない。
失う訳にはいかない。
僕は彼女の…ミミズの口にキスをした。