第38話 約束
「聖奈、ちょっと来てくれるか。」
逞真は部屋で勉強している聖奈を呼んだ。
「ん、なに。」
リビングに行くと、改まった感じに萌と逞真が聖奈の向かいに腰かけていた。
「ど、どしたの?改まっちゃって。」
「聖奈、そこに座ってくれ。」
「う、うわ~。こういうの、やっぱ慣れないなぁ。なにさ、早く言ってちょ!」
二人は顔を見合わせて、再び聖奈のほうを向いて言った。
「ここを、引っ越すことにした。」
「・・・・へぃ?」
「だから、ここを引っ越す。」
「引っ越すって、学校も変えるつもり!?」
逞真は首を振った。
「その地域に対応するところにだよ。一軒家にすむんだ。ここでは生活がこれから不便になっていくだろうし。」
「そう、なんだ・・・」
「そこでなんだけどね、聖奈ちゃんは来年から一人暮らしするでしょう?」
「うん。」
「場所、決まった?」
「ううん、まだいい場所がなくて。」
「ここ、使ってくれよ。いや、むしろ使ってほしい。」
「え、いいの!?」
「えぇ。二人で話し合ったら、そのほうがいいと思って。ここからなら、受験する大学にも近いし。ね?どう?」
「めっちゃOKだよ!なに、そういうこと!?嬉しーじゃん♪ありがと!二人とも!!」
二人は微笑んだ。
「だが、ここを貸すのは婚約してからの話だ。それまでは今まで通り、3人暮らし。」
「いつ、結婚式挙げんの?」
声をハモらせて萌と逞真は同時に言った。
「「4月。」」
しばらくの時が経った。
まだ冷たい風が吹く昼時のこと。
「ねぇ、駿Tと萌さんの結婚式、今日らしいよ!」
「皆で行こうよ!」
「勿論☆」
逞真の生徒たちは大勢で結婚式場まで駆けていった。雪が残っていて自転車は使えないが、そんなこと気にしなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・・」
息を切らせた先には雪なんて一欠けらもなく、桜がはらはらと舞い散っていた。
「お前たち、来てくれたのか。」
声の先を見ると、そこにはあの、あの鬼教師だった自分の担任がフィアンセとなって白いタキシードをまとっていた。
「駿T・・・綺麗・・・・」
「なに?なんか言ったか。」
「もう!これじゃいつもの駿Tじゃん!」
「もっと格好つけてよ。今日ばかしは許してあげる♡」
「なんだと?私はいつからお前たちの許しを得て格好つけるような男になったんだ?」
「あー!とにかくもう行ってらっしゃい!お嫁さんが待ってるぞぃ!!」
逞真は皆に背中を押され、苦笑した。
「はいはい。」
逞真が見えなくなってから、生徒たちは安心した声を漏らした。
「よかったね、駿T。」
「幸せそ。」
「そーゆー俺たちも充分幸せだけどな。」
「だってー、思い出いっぱいの担任の先生の結婚式だもん♪」
「だよなーっ」
「萌、そろそろいいか?」
着衣室のドアを開けると、萌がウェディングドレスをまとい、顔を赤くしていた。
「逞真・・・・、まだ心の準備が・・・」
「どうしてだよ。試着しに来た時に見ただろう。」
「でも、当日はやっぱり、緊張するよ・・・」
逞真は微笑んで萌に近寄った。
「お前も、一緒に結婚式だぞ。」
萌のお腹を優しくさする。もう大きくふくらんだお腹。あと数か月で生まれる予定だ。
その時、外の桜の花びらが風に乗って二人の所にやってくる。
「やはり、この月にしておいてよかったな。桜が綺麗だ。」
「本当。私、桜って大好き。新しいことを迎える感じがするもの。」
「これから新しい日々を送っていくんだ。な?萌。」
「うん。」
二人は抱き合って、頬にキスをし合った。
「さて、そろそろ式の時間だ。準備はいいか?」
「えぇ。」
逞真は萌の肩を抱き、式場に向かった。
式が始まった。桜が花吹雪のように舞う。
それぞれの親たちは涙していた。聖奈や生徒たちは見惚れている。
ついに、誓いの印に指輪をはめるとき。その際に逞真は呟いた。
「色々あったが、”約束”を叶えることができてよかったな。これほどまで遅くなってしまってごめんな。」
「ううん、今の私はとても幸せだから。とっても嬉しい。”約束”して、よかったわ。」
生徒は首を傾げる。
「二人でなにぶつぶつ言ってんだァ??」
「シーッ!!」
「今は黙ってんの!ホラ見てよ、駿Tの穏やかな笑顔。あんな顔、今しかないよ!!」
そのとおり、逞真は穏やかな笑みを浮かべて、指輪を差し出した。萌の手を取り、ゆっくり薬指にはめる。萌は明るく笑った。
「逞真・・・!」
二人はすこしはにかみながら、唇を重ねた。生徒たちは思わず立ち上がって拍手した。
この幸せを、永遠に刻みたいと思ったのはこの瞬間だっただろう・・・____
誓いの儀式を終え、披露宴の時間帯に差しかかった。
招待された人たちは、新婚の二人とともに食事をいただく。
その間に、聖奈は我兄の腕を引っ張りながら庭園のほうへと連れ出した。
「なに、子供じゃあるまいし無言で連れ出すのはやめろ。」
少し不機嫌な顔で妹を睨むと、聖奈は足を止めて照れたように笑った。
「いやぁ、ごめんごめん。主役を誘拐するのはよくないと思うんだけどさ。ちょっと、折り入って話がしたくってさ。もう、いつもみたいに会えないじゃん。」
「成程。」
逞真も納得したように表情を緩和させた。
「あの、さ・・・・ありがとっ!」
顔を真っ赤にさせながら言うその一言が、聖奈にとってかなりの勇気のいるものだった。普段改まって兄妹で話すことなんて全くないため、少し不器用になってしまうのだ。それは、何年も生活を共にしてきた兄も察せられる。苦笑しながら、簡潔に疑問を述べる。
「なにが」
少し躊躇いがちに、小さな声で聖奈は呟いた。
「その・・・・居候させてくれて。私の面倒見てくれて。」
「あぁ、珍しいじゃないか。かなりお前にしては義理堅いんじゃないのか?」
「でしょ。一つさ、訊いてもイイ??」
「どうぞ。」
「何でさ、勝手にやってきた私を、こんなに丁寧に面倒見てくれたの?」
「どういう意味だ?」
「だって、先生って職業は忙しいし大変なのに、受験勉強だって教えてくれたし、生活ぜんぶを支えてくれたし。」
突然問いかけられた言葉に狼狽しつつも、彼なりに正しいものを思考錯誤して答える。
「家に、一人家族が増えるということは、そいつの保護者になるということだろう?俺は、母さんや父さんの代わりとして聖奈を育てる役目を担ったと思ったんだ。それは、教師として生徒を育む義務と同じこと。だから、責任も感じたし、将来をよりよくしていかなくてはならないと思った。でも、まだ足りないと思うがな。」
「そんなことないしぃ!!兄ちゃんが、そんなこと思って生活してたなんて全く知らなかった!」
何故か、叫ぶたびに聖奈の目から涙が出てくる。逞真は微笑んで、愛しき妹の頭に手を置く。
「寧ろ、俺が感謝するべきだ。お前がいなければ、俺は過労死していたかもしれない。ありがとう、聖奈。」
不器用でもなく、温もりが籠った言葉が、余計にも聖奈の心を躍動させた。
「萌姉が・・・・兄ちゃんに惚れる理由解るな。私もフツーの女の子だったら惚れ惚れしてるよ・・・・」
「なに馬鹿なこと言っているんだよ。そろそろ戻るぞ。」
「グスッ、ん。」
兄妹はまた披露宴会場に戻っていった。
それからのイベントで、二人の過去のスライドショーや、生徒からの出し物で、披露宴は最高な結末となり、終了した。
数年後・・・・_______
「お父さん!」
女の子の元気な声。その手をきゅっと繋いでいるのが美しい、泣きぼくろと古い傷が目立つ、女性だった。
「ごめんな、待たせてしまって。_____日和」
そう言って、もう片方の手を優しく握る。
「もう、逞真ったら部活1時で終わるって言ったのに。」
「ほんと、謝るから。」
「日和、お父さんのこと待ってたんだよーっ。」
「ごめんな。その代り、うんと遊ぼうな。」
「うんっ!!」
この、日和という女の子は、察しのとおり逞真と萌との間の子だ。少し吊り上った眼とパサついた髪は父親譲り。泣きぼくろと微妙な栗色の髪色は母親譲り。どう見ても彼らの子である。
今は公園に遊びに来ている。
「お父さん、かけっこしよ!」
「あぁ、いいよ。」
「日和が鬼になるから、逃げてね!」
「よし、捕まえてみろ日和!!」
二人が走り出す。その姿を萌は見守っていた。
「おっ、日和速くなったな!」
「毎日かけっこしてるもん!」
「走るの、好きか?」
「うん!大好き!!」
・・・・・・・・
「ターッチ☆」
「うわ、凄いな。お父さんを捕まえちゃったか。」
「やったよ、お母さん!」
萌はニコッと笑った。
「ちょっと、休ませてくれ。」
「うん、いいよ。」
「・・・・はぁ。」
逞真は疲れて汗だくだった。
「本日二回目の運動だ。」
「よくそんなに走れるね。」
「当然だ。そうじゃないとバスケ部顧問は務まらないだろう。」
「そうだね。」
「・・・日和のやつ、本当に速くなって。将来はスポーツ系になるのかな。」
「気が早いなぁ。でも、足速いのはきっと逞真に似たんだよ。そんな気がする。」
「んー・・・・受け継いでほしかったのは運動もだが、脳のほうだったな。萌の器用な手つきも似たと思うよ。」
「そうかな?」
「だって、見てみろ。砂をバランスよくコンクリートに並べて形造ってるぞ。本当に将来の可能性は無限大だな。」
「フフッ。」
「どうした?」
「逞真、変わったよね。」
「・・・?」
「昔を思い出したの。生徒に恐れられてるあなたを。」
「今だってそうだぞ。こんな姿露わにするの、萌と日和ぐらいだ。」
「・・・バランス、取れるようになったんだね。」
「あぁ。お前のおかげだ。」
逞真は萌の頬を撫でた。
ふと、近くの幼稚園を指差す。
「あれ。あの幼稚園、聖奈がいるところだ。」
「え、意外に近いんだね。」
「地域の子供のほうが親しくなれそうなんだと。」
「・・・聖奈ちゃん、先生になったの?」
「一応な。子供好きは無敵なんだぜ☆とか言ってたが、まだまだヒヨコだ。まぁ、本望は絵本作家だし、コンクールに応募したりして頑張ってるよ。」
「凄いな、聖奈ちゃん。昔は甘えん坊で、子供っぽかったのに。」
「今も性格自体は変わっていない気がするがな。」
「お父さん、お母さん、ちょっと来てー!!」
不意に日和の声が聞こえた。
「それじゃあ、行くか。」
「そうね。」
逞真は幸せな日々を送り続ける。
今も、あの日の”約束”を胸に・・・・______
完結です!今まで見てくださりありがとうございました(涙)
こんな風に終わった『約束』ですが、突然ですけど!次の連載について紹介したいと思います☆
えー、2話ありまして・・・・
まず1話目。
『☆34ismadeupofateatcher☆』~34人は一人の先生で成り立っている~
言うとまぁ、『約束』の続編ですね。今度は恋愛というより、教師と生徒の絆物語です。詳しくはその話のあらすじで♪
続いて2話目。
『友情の刹那』
聖奈のお話なんですけど・・・・恋っちゃあ恋ですね。題名は友情なんですけど、友情と恋愛の境目を上手くしていくには・・・?みたいな話ですかね。それも、詳しくはそのあらすじで♪
とにかく、これからも私めをどうか見捨てないでください!
いままでありがとうございました☆
そして、これからもよろしくお願いします☆