第35話 粘り勝ち
逞真は7日間もの間、休養を取り続けた。一週間も経てばもうすっかり体も心も元通りになっていた。
ついに学校へ行くと決めた今朝。逞真は着替える時に自分の体を一目見た。
(・・・大丈夫、だな。)
そう、痣や打撲は全て消え去っている。肋骨を触ってみると、まだ少し痛むがあまり感じないほどまで達していた。
逞真はそのままTシャツを着て、Yシャツのボタンを閉め始めた。
「兄ちゃん、元気ですカーッ!!」
「あぁ。元気だ。」
聖奈はニコニコ笑って兄の肩をべしべし叩いた。
「よっかたノ。元に戻って。あたしゃホッとしたよ。うん。」
「そうか。」
「学校、行くんでしょ?」
「・・・・行きたい。だが、少し迷うことがある。」
小首を傾げる聖奈。
「怖いんだ。生徒と上手くやれるか。一応元気になったが気休めにしかならない場合も・・・あぁ、悪いな。聖奈のおかげもあって元通りになったのに。忘れてくれ。」
聖奈はムッと頬を膨らませた。
「見栄張るな!不安に思ったときとか困ったときは言いなさいよぅ!」
「す、すまない・・・」
(最近、聖奈の口調が強く感じるのは俺だけか・・・?)
「兄ちゃん、大丈夫だよ。自信持って行ってきなよ。兄ちゃんは強いんだから。」
逞真は微笑んで聖奈の髪をクシャっと撫でた。
「わかったよ。聖奈のためにも、俺は行く。」
「私だけじゃないよ。萌さんも。兄ちゃんが理想の教師になって、恋愛もバランスよくできるようにならないと逢えないんでしょ?」
「・・・あぁ。」
聖奈はニコッと笑って逞真を見送った。
「行ってらっしゃい!」
「行ってきます。」
「おはようございます。」
職員室に入って自分の学年の先生に挨拶をすると一気に注目を浴びた。
「駿河先生・・・もう大丈夫なんですかっ!?」
「はい。ご迷惑をおかけしました。」
「ふー、よかったよかった。この一週間、3組は不思議な空気に包まれていましたからね。」
「・・・そうですか。」
「数学も、復習はやらせておきましたのでご安心を。」
「ありがとうございます。」
その後、伊東先生に抱き着かれ、笑顔を浮かべる逞真だった。
教室に入る前、逞真は一度深呼吸した。そして、扉をガラッと開けた。
「おはよう。」
すると、さっきまで騒ぎまくっていた教室は静まり返った。
「駿・・・T・・・?」
「戻ってきたのかよ・・・」
逞真は生徒たちに動じず、教卓の前で微笑んだ。
「一週間、済まなかった。」
生徒たちはただ唖然と逞真のしゃんとした姿を見ていた。
数学の時間・・・・
「復習は前回の授業までしたのか?」
「・・・・」
未だに無視されるが、今日の逞真は改めたように口を開いた。
「私を無視しようがしまいが構わない。だがな、数学の授業を無視すると自分の首を絞めることになるぞ。お前たちのわかったはずだ。復習の時間を増やさなければ授業の内容を全て把握することはできなかった。数学は入試にもこれからにも必要なことなんだ。」
生徒たちは気づかされたように目を見張って、しぶしぶ頷いた。
「関数のグラフまでワークはやって、それからそれぞれ個人の持ってる問題集とか集めて、うちらで予習しておきました。」
久しぶりの会話の成り立ち。逞真は嬉しくてたまらなかった。
「そうか。予習したなら私の授業は結構理解できるはずだ。それでは、始めるぞ。」
その放課後、やはり生徒たちはトイレに逞真を呼び出した。
「駿T、やっぱり俺たち駿Tを信じることできない。だから、続けるから。」
「そうか。」
逞真は冷静だった。いっせいに掛かってくるが、逞真は隙をついてすべてをかわした。
「・・・えっ!?」
「なんで・・・かわせるんだ?」
「ちょっと待てよ、駿T!」
生徒は逞真の胸ぐらを掴んだ。
「どうしたらそんな風にキレよくかわせるんだよ!怪我はどうしたんだ!?」
「一週間もすれば、治るものではないのか?」
「なっ・・・」
生徒はムキになって逞真の体を殴ってみた。しかし、逞真は腹部に力を入れ、軽くガードしあまり効かなかった。
「そんな・・・」
生徒たちは唖然として動くことができなかった。逞真は
「じゃあな。」
と、トイレを出ていった。
職員室で仕事をしていると、ノックが聞こえ、ぞろぞろと女子たちが入ってきた。それはよく見ると女バス部員だった。
「駿河先生。」
逞真の席の前に部長が立つ。
「お話があります。」
逞真は無言で立ち上がり、廊下に出た。
「で?何の用だ。」
「・・・先生、まず、謝ります。」
『ごめんなさい!!』
女バス部員が声を揃えて礼をした。
「私たち間違ってました。部活に個人的な感情を持ち込んで、活動ができなくなって。」
「それで、考えたんです。いろんな意見が出た末に出た結論は、やっぱり部活は続けたいです!」
「今まで築き上げてきた女バスの伝統とか絆を、こんなことで壊したくないんです!」
「それに・・・先生がいなければ、今の私たちがいないんだと、改めて気づかされました。」
「噂のことはともかく、これからは先生の恩を忘れずに信頼し合ってバスケをしていきたいです。」
「先生、お願いします!」
「部活を再開してください!!」
女バス部員の目が逞真に願いを必死に訴える。
逞真は今まで無言で聞いていたが、不意に目を伏せた。
「・・・・その答えが聞きたかった・・・・」
逞真は声を震わせて、申し訳なさそうに彼女らを見詰めた。
「私も悪かった。お前たちのそんな気持ちも知らないで勝手に部活を停止させて。でも、わかってほしかったんだ。部活のあり方、部員や顧問の関係、今まで成績を残してくれた大先輩たちのこと。」
『はい・・・』
「でも・・・はぁ・・・っ」
逞真は我慢の限界までいって涙が出そうになったが、俯いて素早く拭い、改めて言った。
「お前たちは素直でいい子だ。こちらも気づかされたぞ。」
部員たちは照れながら顔を見合わせた。
「わかった。部活動を再開する。明日から頑張ろう。」
『はい!!』
部員たちは嬉しそうに声を揃えた。
そして、翌日から女子バスケットボール部は再会されたのであった・・・。
噂のほどぶりも徐々に静まってきたこの頃、辺りはすっかり寒くなってきていた。
「へっくしゅいっ!!!」
妹の馬鹿でかいくしゃみに思わず振り向いた。
「なんだ、化け物の叫びだと思ったぞ。」
「なによそれ。」
「お前も女の子なんだからもう少しわきまえたくしゃみをしなさい。」
「わかってんよそんなこと。家でしかしないもんっ!・・・っくしゅい!!」
聖奈はテーブルのティッシュを素早くとって鼻をかむ。
「お前、風邪引いたんじゃないのか?」
「・・・多分。」
「耳鼻科行けば。」
「いいよめんどくさい。」
「なに?ぶっ倒れても知らんぞ。それに、うつされてはそれはそれで困るのは俺だ。」
「ん~ッ、だったら家に風邪薬ないの?ズビ・・・」
「あ、ある。」
「なにさ、それ飲めばいいだけジャーン。どこ?」
「そこ、棚の上。」
「あったあった♪」
逞真はテレビの液晶に目を戻した。丁度天気予報だった。
「・・・今日、初雪だとよこの地域。」
「え、マジで!?だからこんな寒いわけ。・・・っくしゅい~っ!」
「学校休めよ。」
「やだよ、受験生なのに~」
「それもそうだ。」
「でしょ。」
すると、行く時間になった。逞真は鞄を持ってリビングを出た。
外に出ると、辺りは晴れていた。
(こんな天気で雪が降るのか?)
逞真は車に乗った。
その日の昼休み。
教室には、皆体育館へ行って、文系の人たちしか残っていなかった。読書を黙々と続けるはかせ君。合唱部の楽譜に何やら書き込みをしている合唱部員約2名。それから、優花たち約5名がお喋りをしている。
逞真も、静かに次の授業の確認と軽く教室の清掃をしていた。その時、教室が一気に騒がしくなる。
「うわ、雪だ!初雪が降ってきたー!!」
「さっきまで晴れてたのにね。」
「ズバリ、予想のはずれる今日かと思ったんだけどね・・・」
逞真は思わず窓を覗いた。確かに白く小さな雪たちが舞い降りてくる。ふと逞真は思った。
(中1の初雪の日は、萌と家で過ごしていたな・・・。そう思えば、今頃何をしているのだろうか、萌・・・・)
優花たちはお喋りを再開する。
「初雪ってロマンチックだよね。恋の瞬間って感じ。」
「なにそれ。」
「あんたバカァ?」
「あ、恋といえばさ、ちょっと思い出しちゃったんだけど、私のピアノの先生可愛いって話したじゃん。」
「うん。萌先生だっけ?」
逞真は顔を上げ、優花たちに振り向いてしまう。
「そう。・・・妊娠したさ。」
逞真は驚きを隠せず、目を見張った。
「えー、そうなの!?ってことは結婚した身?」
「ううん。それはないよ。相手は?って訊いたら、秘密だって。気になっちゃうよ。」
「おい・・・、優花。」
逞真は優花に近づいてその机に重心を乗せた。
「それは本当か。」
「はい・・・そう、ですけど?」
逞真は目を見開いたまま沈黙した。
(萌が・・・妊娠・・・?)
優花は怪訝そうな目をして首を傾げた。
一方、その頃萌はというと・・・・・
「はい。今日はここまでね。お疲れ様。」
「ありがとうございました!」
教え子を見送ったときのこと。
「・・・・うっ」
いきなりの体の歪みと吐き気に襲われ、素早くトイレに駆け込んだ。
「・・・はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・」
萌は便器に顔をうずめながら肩を上下させた。そして、お腹をさする。
「大丈夫・・・・よ。駿君が・・・・見捨てるはず・・・・ないもの・・・・。」
萌の妊娠発覚!
さて、逞真はどうするのか・・・?
次回もよろしくお願いします☆