第34話 休養・噂の原点
聖奈に全てを話した次の日から、逞真は家で休養を取ることにした。部屋でほぼ一人という時間だが孤独は感じなかった。毎朝毎晩聖奈が入ってくるからだ。
ある日・・・・
「兄ちゃーん」
と聖奈は何かを運んで来た。
「・・・なんだそれは。」
「お腹空かない?」
「まぁ、割と。」
「ジャーン!!聖奈特製おかゆ!これなら食べられるでしょ?」
逞真は首を振った。
「いらないよ、飯なんて。食べたらまた吐き気がしそうだ。」
「せっかく作ったのに。うっうっ」
聖奈は手を顔に覆ってわざとらしく泣いた。逞真は呆れ顔。
「わかった、わかった。食べるから止せ。」
「あらそう。」
聖奈はコロリと表情を変えた。
「はい、あ~ん♡」
「な、なんだお前。」
聖奈はニコニコしておかゆを差し出してきたのだった。
「一人じゃ食べられなくない?」
「いいよ。一人で食え・・・・ウッ・・・」
逞真は腕を伸ばした途端に顔を歪ませた。
「ホレ見ろー。怪我で腕が動かせねーでやんの。」
「うるさい。だったらいいよ、食べないから。」
「だからガリガリ君なんだよ!さっさと口開けい!」
聖奈の声質がいきなり変わった。
「せ、聖奈・・・・?」
「なに?文句あるっての?上等だぜ☆これぶっ掛けてやろうか?」
「い、いえ結構です。」
「あっそ。ん。」
聖奈がおかゆを再び差しだし、逞真は苦笑した。
「・・・赤ちゃんみたいだな。」
「仕方ないじゃん。」
思わず目を逸らす逞真に聖奈はプッと笑った。
「照れない、照れない。」
逞真はしぶしぶ口を開けてゆっくりおかゆを噛み始めた。
「どぉ?」
「味が濃すぎだ。まるで雑炊だぞ。」
「あ、ゴメンチャイ。テキトーに調味料ぶっかけたのさ。」
「道理で・・・」
「体に悪かった?」
「いや。味がないよりは美味いし。」
「ホント!?」
聖奈が再び差し出すと、逞真は口を開けた。
「これが萌さんだったら柄になってたのにね。」
「萌のことはもういいよ。」
ついに逞真は全部食べ切った。聖奈は満足げにドアに手を掛けたがふと振り向いた。
「あ、ついでに添い寝してあげよっか?」
「断る。」
「言うと思った。じょーだんよ、じょーだん。」
悪戯っぽく笑う姿が少し萌に似ていたのだった。
また、違うある休日・・・
日向に当たりながら静かに寝そべっていると、その空気に似合わない声がドア越しに聞こえた。
「起きてますカーッ!?」
「・・・あぁ、どうした?」
「入っていいーっ!?」
「別に構わないが。」
聖奈はニコニコして入ってきた。
「兄ちゃん、協力してちょ。」
「何をだ?」
「将棋デス☆」
気づけば棚の上には将棋盤が置いてあった。
「将棋!?珍しいな、お前が。」
「へへ。今高校でちょっとしたブームなんだ。兄ちゃんこういうの強いと思って。やり方わかる?」
「わかるさ。もう10年振りくらいだが。」
「なら早速やろっ!男女子高生約4人に勝った腕前舐めんなよぅ」
と、いきなり聖奈に振り回された逞真。
が、しかし_____
「王手。」
数分もしないうちに勝負はついてしまった。
「な・・・なんですとぉ!?え、ちょっ、タンマ・・・」
「いや、不可能だ。これで駒を一つでも動かしてみろ。次で確実に王を取られる。」
「うわぁーん、流石だよ。頭いい人って無敵・・・」
逞真は聖奈にデコピンした。
「聖奈じゃ駄目だな。もっと強くなってから俺に挑めばまだよかったかも知れないが。」
「クッソォ~!!はぁ、少しは兄ちゃんの暇つぶしになるかと思ったけど駄目だったか。」
「えっ・・・?」
聖奈はサラリと言ったつもりだが、逞真の心にはジンと響いた。
(こいつ・・・俺のために・・・・?)
聖奈は負けず嫌いの子供の面をして人差し指を向けた。
「よっし、兄ちゃん!もういっかい勝負だァ!!」
「いいよ、何回でもしてやるさ。もし勝てば好きなものの一つや二つ買っていいだろう。」
「マジ!?やったね☆」
この時、妹の存在のありがたみを改めて覚えた逞真だった。
☆_______________★______________☆
「わっ、久し振りだな、中学校!」
この日、聖奈は北中に訪れていた。
「何がともあれ3年間おさらばだったのねぇ・・・。まだ生き残ってる先生いるかな?」
そうスリッパに履き替えていると階段を降りてくる人が見えた。
「ん?あれは・・・」
聖奈は表情を明るくさせ、全速力でその人に近づいた。
「伊東ちゃーん!!!!!」
いきなり抱きつかれた伊東先生は?マークを浮かべる。
「なんだなんだ?こりゃ誰だ。どの年の卒業生だー?」
「伊東ちゃん、久し振りだよぉ!」
顔を認識して伊東先生はハッとした。
「聖奈?聖奈か!」
「覚えててくれてた??」
「そりゃ覚えてるさ。クラスで一番精神年齢が低くて2ランク上の志望校に挑んだ勇者。君のおかげで駿っちと仲良くなったんだから。」
「そっか。まだ生き残ってくれたんだねッ!」
「今6年目。聖奈と同じ年に入学したからね。・・・駿っち元気?なんか体調不良みたいだね。4日も休んで。」
「あー・・・んー、なんて言ったらいいんだろう。心はピンピンしてるんだけど、まだ体が駄目で。」
「そうか・・。聖奈、守ってあげてネ。彼、一人で抱え込む人でしょ?」
「はい!」
そして二人は別れた。聖奈は学校中を巡り続けた。
「んー・・・、いかにも部活じゃなくて残ってる2年生っていないかな?」
すると、ある場所に到着した。生徒会室だ。
「こんちわ~!卒業生です☆」
「あ、これはこれはいらっしゃいませ。」
と、律儀に言う人もいたが、
「っちわ~」
と、椅子に寄しかかり、フレンドリーに言う人もいた。
「今忙しい?」
「いえ、特に。」
「会長!オレ忙しいよ!」
「テメーの場合彼女に振られて絶望してるだけだろが!」
「はぃ・・・スンマセンでした・・・・・で、でもはかせ君は忙しそうだよん。」
「いや、僕は緊急脱出プログラム作ってるだけだから。誰かが消失した世界・・・SFっていいよね。」
「でたよ、ソレ。またオタアニメにハマったんでしょ。」
「はかせ君はオタクではなくマニアだけどね。」
「自分でも同感です。」
聖奈はそのやり取りにプッと笑った。
「ねぇ、この中に2年3組の人いない?」
「はい。」
「ふい。」
二名ほど手を挙げた。それははかせ君と女の子。
「はかせちゃんは脱出プログラム?で大変そうだから女の子に訊くか。お名前は?」
奥のほうでパイプ椅子に寄しかかっている女の子が嬉しそうに言った。
「平原花帆です!ちなみに隣でノート書いてる文学少女は村木モナミ(むらきもなみ)ちゃま。2組の人っす。」
「いや、私の紹介要らなくない?」
「まーまー」
「花帆ちゃんにモナミちゃんか。んじゃ早速訊くけど、最近噂になってる教師っていない?」
「いますよ。最近来てないけど。駿河逞真27歳数学と女バスを指導する若き英雄でもないけど頭が切れる2年3組担任教師。」
「説明長っ!」
「気にしないでください・・。こいつの話真面に訊くと疲れますよ。」
「あっ、そういえばおねーちゃん名前はなんていうんですか?」
「私?私はする・・・」
聖奈は言い掛けてハッとして口を押さえた。
(あっぶねー!名字言ったらばれるとこだった・・・。)
「聖奈。聖奈っていうんだ(汗)」
「聖奈さんですか!わかりやした☆」
「で、話し戻りますけど、駿河先生の噂の件でしたね。それ、2組でも流れてますよ。多分1組も。ね?」
「うん。流れまくって2年生は全員知ってますよ。」
「そうなんだ。駿河先生のいない間の数学は?」
「他の教科に変わったり、あ、でも今日は数学のワーク解くことになりました。ま、不登校教師のおかげで今までの数学はバッチこいですわ♪」
「花帆!生徒会ともあろう人が何を・・・!」
モナミがノートを叩いた。
「だって3組みーんな言ってるんだもん。教師不登校だwって。」
「なに流されてんのサ・・・」
「その話、詳しく聞かせてくれない?」
「あい!わかりやした☆」
聖奈は花帆&モナミの話を聞き続けた。
「ただいま。兄ちゃん、入るよ。」
ドアを開けると、逞真は顔を歪ませてあばらを押さえていた。
「・・・大丈夫?」
「今日は何故か異常に痛むんだ。済まないが寝たままでいいか?」
「うん。」
「学校はどうだった?」
「も~、なっつかしくて堪んないの!伊東ちゃんに会ったよ。駿っち元気?って心配してた。」
「・・・そうか。」
「でね、生徒会室に寄ったの。兄ちゃんとこの花帆ちゃんとはかせ君がいた。」
「だろうな。面白いキャラしてただろう。」
「うん。ハンパなかった。」
「花帆は・・・時々毒舌になるが明るくて、なんだかお前に似てるんだ。はかせ君は・・・今SFアニメにハマっているはずだ。緊急脱出プログラム打ち込んでいただろう。年齢の割に語るし。」
「まるっきり正解。生徒をよく見てること。」
「当たり前だ。自分の生徒だぞ。それに以前はよくその個性的な人格を俺に痛いほどぶつけてきたしな。以前はだが。最近は皆同じような態度だ。」
すると聖奈は暗い顔をした。
「どうした。」
「それ、私もわかっちゃったよ。花帆ちゃんとモナミちゃんの話聞いて。」
「・・・どんなこと言ってた?」
逞真は聖奈の心情を見抜いていた。
「言っていいの?言っちゃうよ。・・・・教師不登校だって。3組の皆がそう言ってるって。」
「やはりな。俺も生徒側の立場になればそう思うだろうよ。」
「噂のことも、バッチリ聞いた。」
「どんな噂だったんだ?話してくれ。」
「うん・・・。誰かのお母さんが仕事帰ってくるときにいつもこのアパート通るらしいんだよね。いつも夜遅くで。でもある期間の間、見たんだって。兄ちゃんと女の人が毎晩同じ時間に会ってること。その女の人、暗くて顔は見えなかったんだけど服装も髪形も毎日違うからきっと別々な人じゃないかって思ったらしいんだ。それで夜遅くだし、服がほぐれてて色気ヤバかったらしいから、もしかしたらしてたんじゃないかって。それを子供に言ったみたいだよ。」
妹からの言葉に沈黙する。
「お前、その意味わかっているのか?」
「わかるよ。18だもん。興味はないけどね。」
「・・・そうか。それ、一部本当だ。」
「嘘っ・・・」
「本当だって。夜遅くに女と会っていたのは事実。一人だけ、萌だけだがな。それ以外はまったくの嘘だ。」
「・・・・・」
聖奈が変に沈黙するため、逞真は思わず起き上がった。
「・・・お前、これは本当_____」
すると聖奈は兄の体をベッドに押し付けた。
「いてっ、何するんだ・・・よ・・・・」
「動くな・・・・あばらまた折れるぞアホ・・・・」
聖奈の声質がまた変わった。
「は、はい・・・」
「大丈夫だよ、わかる。嘘だって。兄ちゃんは萌さんだけ。ほかの女つくるなんてそんな器用なことアンタできないでしょ。」
「はぁ・・・よかった、信じてくれて。しかし、アンタって・・・・何様だよ・・・・」
「文句あるっての!?」
「何でもありません。」
「そ。んじゃ、そういうことだから。」
聖奈が出ていこうとすると、逞真は止めた。
「何故そこまで構ってくれる?」
「・・・ハ?」
「い、いえ、やっぱいいです。」
(今の聖奈に何言おうが必ず反抗的になるからな・・・(怯))
聖奈は背を向けてボソッと呟いた。
「・・・いつだか兄ちゃんが私を守ってくれたから、だから恩返ししようかな。・・・なんてね。兄妹なんだから、何でも言ってよね。」
逞真は微笑んだ。
「聖奈。」
「なによぅ」
「・・・ありがとう。」
聖奈が振り向いた。
この時、一番の薬になったのは聖奈の満面な笑顔だった。
次回もよろしくお願いします☆