第33話 愛情
「はぁ・・・」
2年3組の教室は朝から女バス部員の溜息に埋もれていた。
「どしたの?皆して。」
「部活がね・・・禁止されちゃった・・・」
「ハイ!?」
クラス全員で女バス部員を見る。
「女バスの顧問ったら駿Tか。ってか駿Tかよ。なんでまた?」
「うちらが気ィ抜いたゲームして、そしたら駿Tが”私に不満を持ったまま部活をしても意味がない。名門の座を奪われる”って言って。それで・・」
「マジかよ、ヒデェ話。」
「いっくら何でも厳しすぎない?駿T。」
「部活はうちらの命だってのに。あの人クールに見えて意外と熱くなるんだね。」
すると女子がポンと手を叩いた。
「ねぇ、今日のイジメでもっと駿Tを苦しめちゃおうよ。女バスの敵討ち☆」
「そうだな!丁度今までのやり方に飽きてきたところだしぃ・・・あ、そういえば野球部がいいモノ持ってんだった♪もう早速やっちゃわね?俺待ちきれないわ。」
「そうしよ、そうしよ!!」
みたいなことで、いじめっ子数人はそのまま職員室へと足を運ばせた。
「駿河先生!」
生徒たちの元気すぎる声に逞真は眉を顰めた。
「・・・おはよう。」
「先生!質問があるんです。ちょっと来てください!」
「なんだ、質問ならここで言え。」
「いやぁ、ここじゃ他の先生に迷惑がかかりますんで。ホラ、早く早く!」
生徒が逞真の腕を引っ張った。いや、正確には腕の痣を握った。
「・・・ぅ゛・・・・」
逞真は先生方に勘付かれないようにするためにも渋々職員室を出た。生徒についていくときに呟く。
「本当は質問なんてないくせに。どうせまた何かするんだろう。今日はやけに早いな。」
「よくわかったね、駿T。」
逞真が溜息を吐くときには既に到着していた。そこは特活室。いつもは空き部屋だ。
「オリャッ!」
男子が思い切り逞真の背中を蹴って特活室の中に入れた。
「先生、勘弁するんだな、今日は。」
そして、逞真の頬を力強く殴った。逞真は室内にある机にブッ飛ばされた。
「痛って・・・」
逞真の頬は青痣になって、口は切れて血を顎までつたらせた。
「あ、ごめーん。勢い余って見える傷つくっちゃったw皆ゆるしてちょ♡」
「いいよ、いいよ。どうせ他の教師にも気づかれてると思うし。」
「そのままやっちゃえ!」
皆はいっせいに逞真に殴り掛かった。いつものように数回の攻撃はかわすが、人数が多すぎて体に打撲などを増やしてしまう。
だが、今日の逞真はすぐに立ち上がった。
「お、なに。今日はやろっての?」
「生徒に暴力したら捕まるよ。」
逞真は口の血を拭い、フラフラと生徒の脇を通った。
「そんなつもりはないさ。ただ、時計を見ろ。」
生徒たちは時計を見る。時刻は8時10分を指していた。
「あ、職員会議の時間・・・」
「そうだ。それに遅れたら、他の先生方に勘付かれる。まずいんだろう?だから今はこのくらいにして、やるなら放課後にしてくれ。」
生徒たちは逞真の見抜かれたような言葉に顔を見合わせた。
一人の男子生徒がムッとして持ってきたものを掴む。それは金属バットだった。
「そうやって、生徒をかばうふりして、許してくれると思ってんのか!?」
逞真の背後からバットを振り回す。逞真がそれに気づいた時には既にバットは逞真の脇腹に直撃していた。
「うぐッ・・・ぁ・・・・」
逞真はあまりの痛さに我慢できず、床に伏せこんだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
その男子は満足げに笑った。
「見ろよ、教師が情けなく倒れてやがるぞ。」
そしてバットの当たった部分を足で踏みにじる。それを見た女子は流石にドン引きした。
「ねぇ・・・これはちょっとやり過ぎじゃない?」
「うん。駿T脂汗掻いてるし。」
「大丈夫大丈夫。どうせ駿Tだから。先生ー、何やってんの?早く職員室戻なよ。会議遅刻するよ?」
男子たちは馬鹿笑いした。逞真は決死の思いで立ち上がり、壁に寄りかかりながら歩き出した。とにかく、逞真は肋骨が痛くて仕方がなかった。
職員室に戻ると、その学年の先生たちがビックリしていた。
「駿河先生、どうしたんです、その口。」
「いえ、大したことではありません。ちょっと、ホワイトボードの角に口をぶつけてしまいまして。」
「あー・・・そりゃ痛いでしょ。手当てしたほうがいいですよ。」
「ご心配ありがとうございます。」
逞真は作り笑いをした。本当は、肋骨が痛くて死にそうなはずなのに。
職員会議が終わりそれぞれの教室に向かう際、伊東先生が逞真に声を掛けた。
「駿っち、大丈夫かい、君。」
「あぁ・・・伊東先生・・・」
「顔青いし、秋だってのに汗掻いてるし。それに、何かに耐えてるような顔してるよ。」
「え、そう見えますか。それは済みません。全然大丈夫なんですよ。」
「いや、嘘だね。いい?駿っち。僕と君はそんな堅苦しい間柄じゃないでしょ?だからなんでも言ってよ。困ったときはお互い様。」
「クスッ、わかってるよ、そういうことぐらい。でも、本当に大丈夫なんだ。真面目に困ったとき、その時はよろしくね。」
逞真は伊東先生の耳元で囁いた。ほとんどが息漏れでかすれた声だったから、伊東先生は尚更心配になった。
「そう?ならいいんだけど。ホント、なんでも言っていいからね!」
「はい。」
そのまま逞真は教室へと向かった。
教室に入った途端、生徒たちの目線が逞真の肋骨にいった。
「はい、それでは今日は朝読書を省略してそのまま朝の会に入るぞ。日直、頼む。」
逞真のぴんぴんした姿に生徒たちは驚きを隠せない。
「流石駿T・・・なんであんなに立ってられるの・・・?」
「確かにさっき床に倒れて弱ってたよね・・・」
「あの人・・・化け物だ・・・・」
しかし、本当の所、逞真は生徒に弱いところを最小限に見せないように痩せ我慢していたのだった。
放課後、全く痛みが治まらない為、逞真は整骨院によることにした。
そこで、医者に驚くべきことを告げられた。
「肋骨骨折!?」
「はい。まだ見た目なので確定できませんが、でも明らかに肋骨が変形してますね。」
医者は逞真の肋骨をシャツごしに触った。
「痛っ・・・」
「ほら。どうしました?学校の先生が骨折だなんて。」
「ちょっとした事故です。」
「そう・・・ですか。気を付けてくださいね。さて、レントゲンを撮るので服を脱いでください。」
「はい。」
逞真はシャツをめくろうとしたが、痛みに動作を止める。
「大丈夫ですか。胸までめくるだけでいいですよ。・・・・って、なんですか!?これ!」
医者は逞真の体の痣や打撲に目を着ける。
「酷い有り様ですねぇ・・・。立っているのが不思議なくらいだ。」
「あまり・・・気にしないでもらえますか。」
「あ、あぁ、失礼。では、撮りますね。」
そして間もなく、結果が表れた。
「あー、やっぱり骨折してますね。見てください。肋骨が2、3本。」
「本当ですね。(流石金属バット&野球部男子)」
逞真の呆気ない言い方に医者は肩をすくめた。
「こんなんでお仕事してはいけませんよ。絶対安静にしてください!」
「はい・・・・」
逞真は医者の前では頷いたが、内心”休んで堪るか”と思っていた。
帰り道・・・・
逞真はゆっくり足を進めながら胸を抑えた。
(なんだ・・・この気持ちは。誰でもいいから話したくなってくる。傍にいてもらいたくなってくる。)
不意に逞真は萌の姿が浮かんだ。
(『え、骨折!?大丈夫なの、駿君。』『駄目だなぁ。駿君は自分に厳しすぎ。そんな体で学校行っちゃ駄目でしょ。』『・・・大丈夫よ、私が守ってあげるから。』)
逞真は微笑ましくなってきた。
(萌・・・、この場にお前がいてくれたら、俺はどんなに幸せか。俺は愛情に飢えてしまったようだ。孤独を感じる。自分が近づかせようとしないせいかな、俺の周りに俺の本当の想いを知る者はいない。)
(『聖奈ちゃんは?』)
何故か、会話が成り立っている気がした。逞真は思わず立ち止まる。
(聖奈は・・・駄目だよ。変な見栄を張ったせいで、俺はあいつに冷たくしてしまった。せっかく心配してくれたのに。・・・あんな表情していたから、きっとスネているはずだ。)
逞真は再び歩き始めた。
(どうしてあの時、萌と別れてしまったのだろう。あそこで別れてなければこんなことにはなっていなかったかもしれない。萌と別れても、以前のような理想の教師に近づけなくなった。もう・・・こんなに悔やんでも、遅いけどな・・・。)
家に帰った。
「・・・ただいま。」
聖奈の表情を思い浮かべると、それと全く真逆な声が聞こえた。
「おかえりー。兄ちゃん、今日の聖奈ちゃんは偉いよー」
ふらついてリビングに行くと、聖奈がニコニコして腰に手を当てていた。
「料理めっちゃ頑張ったし、洗濯全部済ませてお風呂まで沸かしちゃったゼ☆兄ちゃんこの頃具合悪いからその分頑張ったんだからね。」
「・・・聖奈・・・・」
逞真は感動でいっぱいになっていた。
「・・・って、ん?やっぱ兄ちゃん顔色悪いよ。お昼ちゃんと食べた?心配だなーもー」
(今、俺を心配してくれるのは聖奈だけだ・・・。俺は孤独じゃない。聖奈は何故ここまでして俺に構う・・・家族、だから・・・・・・・?)
「おーい、兄ちゃん。何か言ってーっ」
その時、逞真のもとに目まいが生じた。不意にグラリと聖奈の上に倒れる。
「うおっ、兄ちゃん!?」
聖奈は突然の重さに床に尻もちをついた。
「いってぇー・・・大丈夫?」
「う゛・・・・」
逞真は倒れた衝撃で目が覚めた。
「あのー・・・意識あるなら起きて。意外に重いんだよ・・・」
逞真はそのまま聖奈を抱き締めた。
ギュッ・・・・
「わっ、く、苦しい゛・・・」
聖奈の言葉に聞き耳持たず、抱き締めた聖奈の体を自身もろとも押し倒した。
聖奈は”なんだぁ?”という顔をした。
「おえ・・・兄妹で何やってんだか。」
上に乗る逞真の体は小刻みに震えていた。
「・・・・え・・・?」
「聖奈・・・俺を助けて・・・。俺はもう、駄目だ・・・。」
「な、なんだってぇ??」
すぐ斜め横にある逞真の顔をよく見ると、目から涙が溢れ出ていた。
(に、兄ちゃんの泣いたとこ、初めて見た・・・・ってかどうしたの、この人。)
「頼む、助けてよ・・・・。俺に、愛情というものをくれ・・・。助けて・・・。」
「萌さんはどうしたの!?」
「萌はもう・・・とっくの間に・・・・」
「え!?とっくの間に何さっ!!」
「・・・別れたよ・・・・・」
「ナヌィィィ!!?なんでまた、しかもいつの間に!?ね、兄ちゃん!!」
逞真は疲れ切ったように聖奈の胸に埋まった。聖奈は溜息を吐いて逞真の髪の毛を撫でる。
逞真は一瞬ビクッとしたが、そのまま泣き続けた。
「う・・・くっ・・・」
「大丈夫、私ここにいるよ。」
萌の声と重なって聞こえて、逞真は思わず顔を上げた。
「も・・・え・・・?」
「はい?聖奈でーす。どした?」
「いや・・・なんでもない。もういいよ、ありがとう。」
逞真は聖奈から離れた。
「なんか、済まないことをしたな。ごめん。大丈夫か?」
「大丈夫も何もないよ!苦しかったし!兄ちゃん何者?シスコン!?」
「シ・・シス・・・?」
「えっと、妹好き!?」
「・・・馬鹿?」
「ン~!!!馬鹿じゃない!!馬鹿はそっちじゃん!」
「俺は馬鹿じゃない。誰が妹好きだ。」
「だって、いきなり抱き締めてさ、押し倒すことないじゃん!!」
「それはすまん。謝る。だが変なものに誤解するな、馬鹿。」
「だから馬鹿じゃないって!!」
よくわからないうちに兄妹喧嘩になっていた・・・。
「コンニャク~!!」(聖奈で言うこの野郎)
聖奈は逞真の腹を思わずパンチした。
逞真はその瞬間血の気がひいて床にしゃがみ込んだ。
「う・・うわ・・・・、はぁ・・はぁ・・・」
何故か生徒たちの幻が見えた気がしたのだ。
「あ、ゴメン・・・、大丈夫だった?」
「聖奈・・・、今骨折中なんだ・・・。今のはレッドカードだぞ・・・」
「ギャッ、ホントごめん。ってか骨折!?どうしたのさ。」
「話せば長くなる。料理ができているのにいいのか?」
「い、いいよ。どうせ兄ちゃん弱ってて食べれないでしょ?」
「・・・あぁ。じゃ、話すからな。」
逞真はソファに腰かけ、すべてを話した。萌と別れた理由、骨折したわけ。それと、逞真自体の心情。
聖奈は全てを聞き終ると、悲しそうな顔をした。
「なんで、兄ちゃんがそんな目に遭わなきゃいけないの?」
「さぁな。噂がどうとかあるらしいが、詳しくは知らないんだ。」
「噂・・・。」
「全く嘘なんだがな。」
逞真は嘲笑した。一方聖奈は真面目な顔をする。
「兄ちゃん、でもこれを知ったからには兄ちゃんを学校に行かせるわけにはいかないよ。明日から、休んでね。じゃないといつまでそれが続くかわかんないじゃん。」
「あぁ・・・、わかったよ。ありがとう、聖奈。」
聖奈はニカッと笑った。
変な終わり方でスミマセン・・・
次回もよろしくお願いします☆