第32話 心の叫び
(大丈夫かな、兄ちゃん。)
逞真がフラフラと歩きすすむ姿を聖奈は玄関先から心配そうに見ていた。一応駿河逞真の妹として18年間やってきたためこの頃兄が体調を崩していることは勿論気づいていたのだ。
(ホント、急になってたからなぁ・・・何かあったのかな?)
その時、携帯電話にメールが入った。聖奈はパッと顔を明るくする。
(今日はドーナツ屋で勉強会か♡あ、そう思えば時間だ。遅刻しちゃうっ)
聖奈は慌ててバッグを取り、家の鍵を閉めた。
その夜・・・
「ただいま・・・・ふー・・・」
帰るなりぐったりとソファに倒れ込む逞真。そんな兄を見て聖奈はムッと頬を膨らませ、その空いているスペースにドサッと座った。
「疲れてんなら自分の部屋行って寝ろーっ!!」
そう行って体を揺すると、部活で来ていたと思われるTシャツが不意に肋骨まで捲れた。
「あ、ごめんごめん。」
急いで服を直そうとするが、すぐに動作を止めた。
「な・・・何これ・・・」
逞真の体に見られる複数の痣や打撲が痛々しく聖奈の目に焼き付いたのだ。しかも、よく見ると逞真の体は全体的に骨が浮き出ていて、今にもへし折れそうなまで細かった。もともとの体型もあるが、それにしても以上に痩せていた。
聖奈は思わず逞真の体を触った。すると逞真は
「う゛・・・ぐあっ・・・・」
と、思いのほか痛がった。軽く触っただけでこの様だ。
「っ、どうしたのさこれ。」
「学校でぶつけただけだよ。」
逞真は面倒そうに言い捨てた。
「それだけでこんなになるの!?ホレホレ。」
聖奈も頑固になって逞真の体を触りまくった。逞真は痛みに耐えきれずに声を荒がした。
「これ以上触るな!怒るぞ!?」
聖奈は押し黙り、逞真は舌打ちして思い体を自室へと運んでいった。
「なんなんだよ、あいつぅ・・・」
聖奈はふて腐れたようにじっと逞真の部屋を睨みつけた。
翌日・・・
「くそ・・・今日は限界だ。こわい・・・・」
※こわいとはある地域の方言です☆だるい、具合が悪いという意味に使われます。
逞真はソファに倒れ込んでいた。気が付けば彼の体重は誤解前と比べ15キロも激減していた。こうなると見た目でもその変貌が解る。逞しかった肉体は、今では軟弱な細い躰に変わり、顔にも赤みがなく死人のような青白さがそこにはあった。
薄く目を開ければ、次々と学校の地獄が脳裏に過る。
(もし、学校を休んだら・・・)
深く考えてみる。
(『よっしゃあ!駿Tに会わなくて済む!』『しかも理科だよ、理科!斉藤先生の授業はなんつーか活気が感じて・・・とにかく面白い!』『駿Tは真面目すぎてつまんないよね~』『俺たちいじめといてよかったな♪』)
イメージする生徒たちの台詞に逞真は目を伏せた。
(生徒の思うつぼだ。)
不意に目尻から涙が出てくる。しかし聖奈が起きてきたため、慌てて拭った。
聖奈は逞真の青白い顔に溜息を吐いた。
「兄ちゃん、今日休みなよ。」
逞真は無理矢理起き上がり、
「余計な心配するんじゃない。」
と、冷たく言い放った。その時、急に起き上がってしまったために途端に吐き気が襲ってきた。
逞真が思わず口を押えてうずくまると、聖奈は優しく背中をさすってくれる。
「大丈夫?やっぱり休みなって。生徒さんもそんな体で授業されたら・・・」
その言葉に逞真はカッとなってつい乱暴に聖奈の手を解いてしまった。
「な・・何さ・・・」
逞真は”お前なんかに俺の気持ちがわかるか・・・”と目で訴え、トイレに入っていった。
その際にチラリと聖奈を見ると、あまりにも以外で逞真は内心驚いた。
聖奈は今までにないような瞳をしてじっと逞真を見詰めていたのだ。どこか寂しげで心から本音を表情にぶつけているようだった。
学校でのすべての授業が終わり、部活となっても生徒たちは逞真のことを軽蔑していた。部員だけで2チームに別れてゲームを行う時だ。
「横だ横!もっとパスを回せ。」
逞真がいくらアドバイスをしてもその通りに動いてくれない。逞真は察したようにゲームを中断させミーティングを行うことにした。
「どうした、先ほどのゲームは。」
部員たちは何も言わずただ逞真を睨んでいた。逞真は溜息を吐く。
「私に不満があるんだろう。そうでもなければお前たちはこんな動きはしない。」
逞真は地区大会で必死に頑張る部員たちを知っていた。優勝したが、次試合で敗退してしまい悔し涙を流していたのも忘れはしない。だからこそ、察することができたのだ。
「お前たちは私が何と言おうとこのままのやり方を続けるはずだ。だとすれば・・・」
逞真は少し間をおき、思い切って言った。
「部活を無期限停止にする。」
それには流石の部員も目を見張った。
「これ以上やったってそんな気持ちでは意味がない。このままでは地区一位の座をいつ奪われるかわからない。だからこれからの活動は禁止する。」
冷ややかに言って逞真は歩き出す。
「それでも続けたいならば自分たちでどうするべきか考えるのだな。」
それだけ呟いて逞真は体育館を出た。
「・・・・」
部員たちは沈黙していた。ふと部長が手招きをして皆を囲む。
「このまま終わっちゃ駄目だよね。」
部員たちは頷いた。
「駿Tには悪いけど、今日の活動時間が終わるまでここ使わせてもらって考えようよ!」
「はい!!」
部員たちはそれぞれの意見を出し始める。
「確かに今駿Tに不満を持ってない人はいないよね。」
「でも私たちも悪かったです。そのこと部活では関係ないのに態度悪くして。」
「そうだよね・・・」
そこに一人の女の子が呟く。
「でも部活停止されてよかったです。せいせいするし、家にいる時間増えるし♪」
隣の子が思わず振り向く。
「あんた、駿Tが部活停止にした理由わかんないの!?」
「わかんないよ!だって駿Tが悪いんだもん。うちら何も悪くない!!」
「はぁ・・・そういう人がいるから駿Tはわざわざ時間をくれたんじゃない・・・。」
「ねぇ皆。今までの私たちの気持ち思い出して!地区大会で優勝して嬉しかったよね。でも次戦で敗退して超悔しくなかった?」
「悔しかったよ、私泣いたもん。」
「ね?そういう気持ちにさせてくれたのは全部駿Tじゃん。」
「あ・・・」
部員たちは気づかされて押し黙る。
「優勝できたのもそう!駿Tが教えてくれなければ私たち強くなれなかった。いま市内の名門でいられるのも駿Tのおかげだったんだよ!!」
涙が溢れてくる。そこに泣きじゃくりながら2年生の一人が手を挙げた。
「私、ずっと・・・決めてたの。駿Tを・・・全国に連れて行くって。なのに、なんな噂が広まってどうしようかわかんなくなって、だから・・・だからっ・・・!!」
「私も、駿Tを全国に連れて行って喜ぶ顔が見たかった。今までの恩返しがしたくて・・・頑張ってた・・・。」
「私、駿Tのことまだ信じられないけど、でも部活は続けたい。」
「今までに築いてきた女バスの絆を、こんなことで壊したくないもんね。」
体育館中に皆の泣き声が響き渡った。
「あいつら・・・」
思わず呟いたのは逞真。実は逞真は体育館のドアごしでずっと女バス部員の話を聞いていたのだ。目を伏せ、拳を握り、職員室まで歩き出す。
(やはり根はいい子たちだ。そう思ってくれていたとは、不覚だった。それに比べて俺は何だ。ヤケを起こして部活を停止させて。この頃はずっとそうだ。俺は愚かでずるい奴だ。子供たちの純粋な気持ちを理解してあげられなかった。たかが噂で俺は子供たちの人生に傷をつけようとしている・・・。何が理想の教師、だ。まったくもって信条を反しているではないか。)
逞真は壁にもたれかかった。すぐそこが職員室なのに、急に足が重くて進めなくなってしまう。
その時、一人の教員が会釈されたが逞真は気づかず俯いていた。その教員は首を傾げて職員室に入る。
「どうしたんです?」
伊東先生が声を掛ける。
「いえ、駿河先生がちょっと変だな、と。」
「え、駿っちが?」
伊東先生は廊下を覗く。
「あちゃー・・・」
「伊東先生?」
梅木先生もやってくる。
「梅ちゃん、駿っちが大変なことに。」
「うわ、本当だ。駿河先生のあんな絶望的な顔、初めてみます。」
「どうしちゃったのかなぁ?」
教員たちは驚いて何も言えなくなったのだった。
次回もよろしくお願いします☆