第31話 精神的苦痛
「いってらっしゃーい☆」
「行ってくる。」
学校に出勤するとき、逞真はこの頃少しためらうようになった。
「・・・・」
「・・いてっ。急に止まんないでよ、背中にぶつかったじゃん。」
「・・・すまん。」
逞真は我に返って歩き出した。
ガラッ
「おはよう。」
「・・・・」
教室に行くと、毎日のように無視される。
逞真はそんな光景に慣れつつあった。
授業でも・・・・
「先生、全くわかりません。」
「・・・お前たちの場合、わかろうとしていないだけだろう。」
「いいから始めてください。」
「・・・あぁ。」
と、相手にされない。
また、違う日・・・
「おい、私の授業で携帯小説を読むとは、勇気のある行為だな。」
「そうなんです、うち勇者なんで。」
「勇者だろうが何だろうが、決まりは守ってほしいものだが。本を読むとは授業に参加してないということだぞ。」
ある生徒が鼻で笑った。
「妃那に何言ったって聞かないっすよ。もともと授業に参加する気ないですもん。」
「・・・あぁ、そうかよ。だったら、廊下行って読め。授業の妨げになる。」
妃那は喜んで廊下に出た。
「他に授業に出たくないものは出ていっていいぞ。」
すると、ぞろぞろといなくなり、3分の2くらいの人しか残らなくなった。それでも逞真は気にせず授業を進めた。
もうすぐ学校祭だ。2年生は校内バザーを行う。
クラスで学活の時間、そのバザーについて担任が説明するとき。3組は誰もそれについて聞かなかった。
「・・・これを聞かないとバザーをすることはできないぞ。」
「いいです、どうせプリントがあるんでしょ?それ見ますんで。」
「はい、もうそれでいいです。」
逞真もやけになった。
「だったら、今回の学校祭に関しては、すべて自分たちでやれ。私は一切責任を負わないからな。」
「はーい、わかりましたぁ!」
生徒たちはわざとらしく喜んでプリントを取っていった。
その授業が終わり、職員室に行くと、1組の梅木先生と2組の斉藤先生に”お疲れ”と声を掛けられた。
「もうはや、僕んとこの生徒たちでも話題になってますよ。」
「そうですか。」
「今回の3組のやり方もすぐに話してましたわ。まぁ、原点に立ち返ればいいやり方かもしれませんね。」
「私とはともかく、生徒たちでの間が深まるようにしようと思いまして。」
すると、二人の先生は苦笑した。
「もう、わかってるんですね、駿河先生は。」
「何をです?」
「今回の3組のやり方を自主的にさせたのは、噂のせいで誰も君を相手にしないからですね。」
「・・・えぇ。もう、わかり切っているので否定するのはやめようと思いまして。」
「先生も、大人ですね。」
「さぁ、ただの負けず嫌いかもしれません。」
3人の教師は冗談ありげに笑った。
結局、学校祭関連の活動は全く逞真の手を借りず、それにしては上出来な出来栄えになっていった。当日の教室のレイアウトはデザインの達人たち・美術部に頼んで考えて、売るものは生徒たちで考えに考えた。それに逞真の頭脳が付け足されれば、文句の言いようのない素晴らしい学級になったのに、やっぱり、何かが足りない。
音楽祭関連は、合唱部の協力の末、結構いい演奏になっていった。
学校祭当日・・・・
「では、昨日行われた音楽祭についての発表をいたします。」
音楽担当の室川先生がステージに立つ。1年生の順位発表が終わり、2年生。
「まず1組。・・・シルバー銀賞です。」
1組はまぁ、拍手。
「続いて2組。・・・銅賞です。」
「え、ってことは・・・」
「3組。ゴールド金賞です!」
3組はまっさかぁー!?と言う顔で、でも喜んだ。
その後のバザーは3組の教室が大人気。売り物はすぐに完売。皆満足げだ。
つまり、教師VS生徒では超バラバラなはずなのに、生徒だけになると、3クラスの中でずば抜けて団結力の高い、ヘンなクラスなのだった・・・
学校祭が終了して間もないある日、放課後に女子たちに呼ばれ、逞真は女子トイレに来ていた。
「勿論誰も入ってないから安心してよね、先生。」
「それで、一体なんだ。私をこんな所に連れ込んで。」
辺りはしん・・・と静まり返っている。皆帰ったり、部活に行ったのだ。
「先生、妊娠させたのにもかかわらず、何も変化ないよね。」
「だから、嘘だと言っているだろうが。」
「女の人たちは一体どんな気持ちしてるんだろうね。」
「聞いてないのかよ・・・」
「先生、紳士的じゃないよね!意外だったけど。もっと、レディーに優しい人かと思ったぁ。」
「それは済まなかった。話はそれだけか。」
呆気なく終わらせようとすると、女子たちがムッとする。
「ホント、わかってない!」
「女の人たちの気持ち、思い知らせちゃおうよっ!!」
と、女子たちがいっせいに逞真にかかってきた。
逞真は小さく溜息を吐いてそれらを余裕でかわす。およそ10対1の対決だ。
「・・えっ!?」
「い、意外と素早い・・・!」
大人と子供、男と女の差だろう。逞真はトイレの奥のほうに身を寄せ、軽くネクタイを整えた。
「それだけなんだな。」
逞真はそれしか言わなかったが、女子たちの想いは十分伝わっていた。
「お前たちの言いたいことはわかったが、教師に手を出すとは、いただけないな。」
「っ~!!」
「これからは、気を付けるんだな。それじゃあ、私は行くからな。」
トイレを出ていく逞真に女子たちは何もできなかった。
が、次の日、今度は男子まで連れてきた。
「・・・まだ懲りてなかったのか。」
「先生、今度こそ思い知らせてあげるっ!お願い、男子!」
男子たちは逞真の腕を固定させた。
「お前たち、なにを・・・」
「スマンな、先生。幼馴染の言うことは絶対なんだよね。」
その矢先、逞真の腹に激痛が走った。違う男子が腹にグーパンチしてきたのだ。
「先生、意外に硬いね。」
「ホントだ、バスケ部の顧問たる者、自主トレとかしてるんかね。」
次に胸部、脇腹、背中・・・あらゆるところを殴りまくる。
「うっ・・・くっ・・・・」
逞真は必死に耐えた。女子たちはケラケラ笑っている。逞真の弱点を見せた瞬間だったからだ。
ガードしようにも生徒に手を出すわけにもいかず、どうしようもできない。しかもその男子たちはスポーツ部だったものだから、力は逞真と同じか、それ以上だ。
「今日は、これまででいいんじゃね?」
「うん、ありがと♡男子たち!」
と、皆は逞真を放し、向こうへ行ってしまった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
逞真は壁にもたれかかって荒い呼吸を整えた。
「こんなの・・・初めてだな・・・・。これが、大原先生がされたことの一部、か・・。」
逞真は嘲笑した。
(たかが誤解でこんなことになるなんてな・・・)
家に帰宅して服を脱いでみると、全身に痣や打撲ができていた。
そのせいか、逞真はこの日から毎日体調を崩すようになった。
朝、鏡を見ると、顔が青白く、驚いた。しかも、なんだか熱っぽい。
(どうしたんだ、体は丈夫なはずなのだが・・・。)
逞真は急いで顔を洗い、出発する支度に入った。
学校に行くと、まず男子たちに
「お、先生元気?」
と心にもないことを言われ、壁に押される。黙っていると、男子たちはニヤッと笑って顔を近づけた。
「妊娠させたなら、それなりに丈夫だよね。」
と、不意に逞真の急所を強く掴んでくるのだ。
「何をする・・・。」
「先生、何もしないの?もしかして嬉しい?」
「馬鹿言ってるんじゃない・・。」
「あ、そっか。俺たちが殴ったあとのせいで何もできないのか。どうりでダルそうだもん。」
馬鹿笑いする男子生徒たちに逞真はただ歯を食いしばるしかない。
女子には
「先生、どったの?随分顔色悪いじゃん!」
と、またも心にもないことを言われ、じゃれてくる。逞真にとってじゃれるというよりは、責められているようだった。自分の痣や打撲を敢えて狙って触ってくるのだから。
しかし、周りから見て、仲よさそうに戯れているようだから、先生方も何も言わない。
そんな毎日が続き、逞真は精神的にもダメージを受けていった。
家で、緊張の糸が解け、涙が出そうになるが、聖奈がいるため、見栄を張って我慢した。その代り、逞真の性格上、なんでも自分の頭だけで物事を考えてしまう。
生徒から自分はどう思われているのか、どうしようもできない無力さが逞真を混乱させる。
「・・・っ」
すると、突如、逞真に吐き気が襲ってきた。素早く洗面所に行って、洗面台に顔を近づける。
「う゛・・・ゲホッ!!」
逞真は吐いた。
「はぁ・・・はぁ・・・・」
自分の弱さに悔しくなる。
(どうした・・・、こんなに臆病だったのか、俺は・・・)
逞真は拳を握った。
「負けて・・・堪るか・・・・」
つい、声が出る。
「俺は・・・大原先生のようにはならない・・・・。俺が休んで、誰が・・・数学を教えるんだ・・・・。教育委員会を見返すまで・・・・粘るって・・・決めたんだ・・・・。」
熱をだし、貧血になり、嘔吐を繰り返しても、それでも逞真は学校に行き続けた。
子供たちに教育を教えるために・・・____
次回もよろしくお願いします☆