第28話 変化しつつある教師
あの夜、萌と一線を越えた日から、逞真は毎日のように萌と一晩過ごすようになった。今度は酒を含んでいない、本当の気持ちで。
逞真は無意識にしてしまった行為と言動に萌に詫びているのだ。萌もそれを察していて、快く引き受けている。
そうしているうちに、逞真の心は変わりつつあった。萌の前ではよく笑顔を見せ、ありのままの自身の姿を露わにする。そう、昔の逞真のように戻り始めていたのだ。
「駿君、夜が明けちゃったね・・・・」
「・・・そうだな・・・。そろそろ行く準備をしなくてはな。」
起き上がる逞真の腕を掴む萌。
「どうした?」
「・・・やっぱり何でもない。頑張るね、駿君。」
「萌も頑張ってるじゃないか。お互い様だろう?」
「でも、私は昼からしか指導しないけど、駿君は朝から晩まで大忙しじゃない。」
逞真は萌の手を取って微笑んだ。
「何を今更言ってるんだ?私は大丈夫だよ。私こそ、毎晩のようにつき合わして悪いな。」
「いいのよ、全然。」
逞真はベッドから起き上がり、Yシャツのボタンを閉め始めた。萌も自分の服に手を寄せた。
「じゃあ、またね。駿君。」
「あぁ。気を付けて帰れよ。今晩も待っているぞ。」
「はい。」
今は朝方。萌は朝早くに自分の家に帰る。聖奈が寝た後に来て、聖奈が起きる前に帰るのが日課になっている。
「ふあ~・・・、おはよ兄ちゃん。いっつも早いね。」
しばらくして聖奈が起きていた。
「おはよう。早く朝食食えよ、遅刻するぞ。」
「・・・ほぉ・・・」
逞真の穏やかな笑みが、毎回毎回見ていても慣れない聖奈だった。
学校で______
「先生・・・スンマセン・・・」
「どうした?」
「締切今日までの提出物、あ、参観日の。忘れちゃいやしたぁ~!!」
生徒は涙目で覚悟したようにやってきた。逞真は苦笑して、こう言った。
「・・・そうか。仕方がないな。今日の放課後までに持ってきなさい。ご両親に何も言ってないのであれば、明日で構わない。」
そして穏やかな笑み。生徒たちは唖然とした。
「へ!?い、いいんですかっ!?」
「あぁ。でも気を抜かず急げよ。」
思わず生徒たちは顔を見合わせた。
「駿Tがキレない・・・。」
「うん、いつもの駿Tなら”今すぐ取って来い!”だの”お前が忘れたのが悪いんだろう。きちんと責任を感じて自分でどうするべきか考えろ!”とか言うのにさ・・・。」
「す・・・駿T!」
生徒たちはいっせいに振り返った。
「な、なんだ、急に。」
「それはこちらの台詞ぅ!先生急にどうしたの!?なんか悪いものでも食べた!?」
「熱あるんじゃないの??」
「べ、別に大丈夫だが・・・?」
その時、一人の生徒が思いついたように言った。
「先生、あの彼女とはどうです?」
生徒たちは”そりゃヤバいだろ!”という顔でそいつを見るが、逞真の答えは予想を反していた。
「んー・・・まぁ、そこそこいい感じだと思っていてくれて構わん。」
これには皆世界がひっくり返ったように思った。ぞろぞろと逞真のもとへより、肩叩きだの、下敷き扇ぎだのをし始めた。
「駿T・・・俺たちが悪かったです!」
「また、私たちで何か悪いことしたんですよね、そうでしょ!?」
「じゃないとこんな接し方しないじゃんねぇ!?」
「元に戻ってぇ~」
「お願いだから、ね?ね?」
「な、どうしたんだよ皆。私はどこもおかしくないし、お前たちも何もしていない。」
「よし、こうなったら最後の手段だ!」
「女バス!頼んだぁ~!」
「あいよぅ!」
女バスたちは逞真の前に立ちこう言った。
「先生、今日のトレーニングメニューは?」
逞真は満面な笑顔で言った。
「外周全力疾走2周。腕立て伏せ5セット。ストレッチ7セット。シュート連続50回。以上だ。その後の練習は私が来てから行う。」
女バスたちは青ざめた。
「こればっかりは変わんない!」
「良かったのか悪かったのかようわかんないけど、安心していいんだよね!」
「でも、笑顔でいうのが怖いよぉ~!!」
生徒たちの反応に、逞真は面白くて笑っていた。
その昼休みのこと。教室で次に行う授業について確認していた時、女子生徒がいきなり走ってきた。
「先生、大変ですっ!」
「どうした?そんなに急いで走ってきて。」
「2組で、瑛斗と丈が取っ組み合いしてます!二人とも鼻血出してて、怪我もしてるんです!」
「何だと!?」
丈のほうは3組の生徒だった。素早く立ちあがる逞真。
「斉藤先生は?」
「今会議でいないんです!」
「あぁ、そうだったな。」
急いで2組に入ると、野次馬で本人たちは見えなかった。
「済まない、道を開けてくれ。」
「よかった、駿Tだ。」
そして本人たちを見ると、逞真は目を見開いた。
確かに鼻血を出していて顔中は血だらけ。腕と足は打撲ができていて、それぞれが叩いた傷もあった。
「瑛斗!丈!それまでにしろ!」
「ッ、止めないでください、先生!丈が悪いんです!」
「いや、瑛斗が悪いよ!もう1発殴ってやろうか!?」
逞真は舌打ちしてその手を掴む。
「丈、早まるな!何があったか知らないが、まずお前は悪い。違うクラスに入るのは校則違反だぞ!?」
「わかってる。わかってるけど、瑛斗が許せなくって・・・。放して駿T!こいつ、もういっぺん殴んないとわかんないって!」
もがこうとする丈。逞真は全身で止めた。
「暴れるんじゃない。」
「うわ、駿T!痛いって!!」
半端ない力が丈を襲う。丈はうめき声をあげた。
「うあぁぁぁあ!!」
「・・・ハッ・・・」
逞真はふと、古い記憶を思い出した。
新任の頃、いじめていた子の手首を誤って折った事件。あんな過ちは2度と起こさないつもりだった。逞真は仕方なく丈の手首を離した。その代り、二人の体を離す。
「いい加減にしろ!」
逞真の怒鳴り声に二人は制止した。
「・・・・保健室へ行くぞ。」
逞真に無言でついていく二人。
保健室で事情を伺うと、こんなことがあったらしい。
遊び半分で追いかけっこをしていた二人。不意に瑛斗が自分のクラスに入って
「これじゃあ、エッタできねぇなっ!」
といって挑発したらしい。その挑発はどんどんヒートアップしていって・・・
「どうせ、ケツあごは追いかけられねーんだよっ!」
と、丈のコンプレックスを口実にしてきた。丈は耐え切れなくなって2組のクラスに入って瑛斗をぶった。そして取っ組み合いになったのだった。
「はぁ・・・それは挑発した瑛斗も悪いが、早まって暴力をふるった丈も悪いな。お互い様だろう。」
手当てを受けながら二人は頷く。
「先生、すみません。本当は先生が来る前に解決しなくちゃならなかったのに。」
「そうやって、学年集会でも言ってたもんな。中2なんだから、もめ事とか自分たちで解決しなさいって。」
「・・・・その通りだ。わかっているならまだいい。」
「ごめん、丈。」
「いや、こっちこそごめん。」
二人は仲直りしたようだった。一息吐いて、保健室を出る逞真。その手は震えていた。
「・・・・ぁ・・・・」
逞真は素早く水道に行って顔を洗った。
「はぁ・・はぁ・・・・」
(まさか、過去の事件をまた引き起こそうとするなんて・・・・。今まではこんなことなかったはずだ。
例え取っ組み合いをしていて、口では治まらず体で止めなくてはならなかったとしても、あんなに力を入れずできたはず。何故だ・・?俺の心が緩んでしまった。)
ひんやりとした顔を拭い、逞真はハッとした。
(・・・萌。萌のことのせいで、俺の心が緩んでしまったというのか・・・?そう思えば生徒たちも今日の俺が変だと言っていた。理想の教師から、昔のような心に変わりつつあるのか・・・!?)
そう思うとゾッとした。
(やばい・・・。それでは俺が目指してきたものが変わってしまう。どうする?萌の存在が、俺を元に戻してしまうのだとすれば、俺は一体どうすればいいんだ・・・?萌とは一緒に居たい。しかし、そうすることで俺の心が乱されてしまう。)
逞真が頭を抱えたその時に、チャイムの音が重たく耳に響いてきた。
(よし・・・・俺はこうするしかない・・・・・)
逞真は暗い笑みを見せ、決意した。
先生の決意したことは何なのでしょうか・・・?
次回もお楽しみに☆