第26話 バレてしまった夏の日
夏休みも終わりに近づいてきたが、やっぱりまだ暑い!
その暑さは弱まる気配がなく、逞真家はバテバテになっていた。
「暑い~・・・・」
「これは異常だな。今何度だ。」
「自分で見てよ。もう温度計なんて見とうないわ!」
逞真は舌打ちして時計についている温度計を見た。
「・・・・」
無言のまま目を逸らす。
「どったの?」
「見なかったことにしよう。そのほうが精神的にもいい。そうだ、これは嘘だ・・・・」
「兄ちゃん壊れた?何度だったんさ。」
「見たいなら自分で見ろ。」
聖奈は?マークを浮かべて温度計を見た。
「はい!?36℃ォ!!?」
「言うな、馬鹿。」
「はい、スンマセン・・・。」
でも知ってしまったものは仕方がない。二人は顔を見合わせてはぁ・・・と溜息を吐いた。
「中学の夏休みあとどんだけなの?」
「今が10日・・・・だからあと1週間ってところだ。」
「マジっすか・・・。私が中学のときには今頃涼しくて夏が恋しかったのに。やっぱ地球温暖化?」
「かもしれない。そういえば・・・」
「ん?なに。」
逞真は言い掛けたが、口を閉じた。
「えー、なになに?気になるよ!」
「何でもない。」
なんだよぉ~と言う聖奈を見ながら逞真はあることを思っていた。
(聖奈がうちに来て・・・1年が経つのか。まだ1年かもしれないが、親に黙っているのも限界になるかもしれない。)
家族で集まる行事(正月や盆)のとき、去年は逞真の仕事が忙しいから、と逞真は行かなくて聖奈も行方不明のままにしたが、今回はそんなこと言ってられない。
2年も家族が集まらないなんて不自然だと駿河家では思うことだ。いつ両親から連絡が来てもおかしくない。
(このまま聖奈をおいておく訳にはいかない、か)
逞真は静かに息を吐いた。その時逞真の携帯に一本の電話が入った。液晶画面を見て逞真は舌打ちしかけた。聖奈がいるためしきれなかったけど。
「はい。」
『お母さんです。』
「わかってる。」
逞真のタメ口に聖奈は反応した。もしかして・・・と思い、逞真を見詰める。
『今日電話したのは・・・』
「どうせ盆休みのことだろう。」
『わかってんじゃない。今年こそは来なさいよ。』
「期待を裏切って悪いけど、盆は忙しいんだ。」
『また去年みたいなこと言って。ただでさえ集まるのが少なくなったのに、どうすんのよ?』
「どうするって・・・・仕事なんだから仕方ないだろう。それに、全員が集まるわけじゃないと思うけど?」
その言葉に母は押し黙った。
「聖奈、それから狼もだろう?」
逞真の従弟の狼も実は結構前に行方不明になっていたのだ。
「その時点で、俺がいようがいまいが変わらないと思うんだけど。」
『でもあんたは行方不明じゃない!ちゃんと来なさいよ!あと・・聖奈、まだ見つからないの?』
「・・・あぁ。」
『連絡は?』
「してる。でも場所は知らないんだ。」
『しっかりしなさいよ!それでも教師なの!?』
「教師とそれは関係ないだろう!そもそもあんた達のせいで聖奈が消えたんだろうが。」
『なによ!もういいわ。とにかく来なさいよ!それじゃっ」
電話は乱暴に切れた。
「・・・・なんだ、あの人は。」
「・・・・兄ちゃん・・・・・」
聖奈は今にも泣きそうな顔をしていた。
「心配するな。聖奈は何も考えずにここにいればいい。」
「でも、こんなに行方不明だったら勘付かれちゃってるんじゃない!?」
「・・・確かに。」
「ほらぁ~」
「でも、親が家に来なければバレないから。」
「そのせいで兄ちゃんは集まれないんでしょ?悪いよ。」
「別に無理に集まらなくていい。その日は忙しいのは事実なんだし。」
「・・・そうなの?」
その時また電話が鳴った。液晶画面には親の名前はなかった。逞真は首を振って電話に出た。
「はい。」
『駿君?』
萌だ。
「よく私の携帯番号を知っていたな。」
『優花ちゃんに聞いた。先生の電話番号知ってる?って。』
「そうか。で、どうしたんだ?」
『明日、夕方から予定ある?』
「明日は部活が昼までで働くのが3時までだから大丈夫だが?」
『明日のね、6時から私、ピアノの発表会があるの。』
「ほう・・・・」
『担当講師で行う発表会なんだけど・・・・駿君よかったら来れない?』
「それは、来ないと言えば最低な男になるだろうからな。当然、見に行く。」
『本当!?よかった!』
「場所は?」
『エメラルドホール。中学で音楽祭をやった場所よ。』
「そうか、そこは思い出深い場所だな。・・・萌のいたころは、散々だったが・・・・」
『・・・確かにね。』
「とりあえず明日行く。6時だったな。先に言っておくが・・・頑張れよ。」
『うん。ありがとう。』
萌の嬉しそうな声とともに電話は切れた。
「萌さん?」
「あぁ。明日の夕方俺いないからな。」
「え、いないの!?もしかして、デート??」
無邪気ににやけながら訊く聖奈に逞真は苦笑した。
「そんなところだ。」
「ギャー!!も、最高じゃん!」
「・・・お前はいつもキャーじゃなくギャーだな。」
「明日は私のことなんか忘れて思いっきり楽しんでくるといいさっ☆」
「あぁ。そうさせてもらう。」
聖奈は興奮してその場にぶっ倒れた。
「も~、どこもかしこもアツすぎて・・・・バテちゃうぅ~」
「聖奈。」
「あいよ。」
「少し、付き合ってくれないか。」
聖奈は一度沈黙して自分を指差した。
「・・・私!?」
逞真に連れて行かれていった場所は、花屋だった。
「お花屋?」
「涼しいだろう。」
「それだけで!?うわぁ~、悪趣味~・・・・」
「誤解するな。・・・お前に選んでほしいものがあるんだ。」
「え、なに。」
逞真は沢山の花を見渡した。
「萌に・・・似合う花を。今なら俺よりお前の方がそういうことはわかると思ってな。」
「うん、確かに。」
聖奈も花たちを見渡した。
「・・・あ、これなんてど?」
「それは?」
「すずらん。」
聖奈の指差す先に小さく白い花がいくつもあった。その可憐さに目が引かれる逞真。
「夏の花なのか。」
「そんなところ。」
「じゃあ・・・これにしょうかな。」
「決めんの早っ!」
「長居は無用だ。もし、この状況を生徒に見られたりしたら・・・・」
「あーっ!駿Tじゃん!」
「え、うそ。マジで!?」
逞真の予想した事態が起こってしまった。紛れもなく2年3組の生徒だ。
「こんちわ~」
「・・・こんにちは。」
「先生が花屋?珍しいこともあるんですね。」
「それは貶しているのか?」
「いえ、別に。」
違う生徒は聖奈のほうをまじまじと見た。
「先生~、まさかこの人ですかい?」
「何がだ。」
「ほらぁ、あの人ですよ。一学期に話題になった先生の元カノ!」
「ブッ!」
聖奈は思わず吹いた。逞真は舌打ちしてキレる。
「若すぎだ!」
「あ、そっか。同い年でしたっけ。」
「じゃあ・・・その人は・・・」
聖奈は逞真の腕を組んだ。
「妹だよっ☆」
「妹ぉ~!!?」
「兄ちゃん、萌さんのこと学校で話題になったの?おっかしーww」
「いいから早く買ってこい。」
「わかったよぉ~」
聖奈はレジの方へ向かった。
「すっごい可愛い妹さんですね。」
「それ以上言うんじゃない。またキレるぞ。」
「やめときます。」
「・・・宿題は進んだか。」
「うっ、はい!それはもう!」
「ハンパなく進みましたっ☆」
「本当か。今一瞬うなったよな?」
「き、気のせいですよぉ。」
「あ、ねぇ。駿Tの私服初めて見ない?」
「あ、確かに!」
「今日は学校にいく用がなかったからな。」
生徒たちは逞真の姿をじっと見つめた。半袖のポロシャツに黒いベスト。そして細身のジーンズを穿いている。
「うわ~・・・脚細・・・・」
「それが先生に向かって言う言葉か?」
「だってホントなんですもん!先生スタイル良過ぎですー!!」
「褒めてくれるのは嬉しいが・・・・だが女子に細いって言われると流石にへこむぞ。」
「先生以外と可愛い・・・・」
「なに?」
「あ、何でもないですぅ~!!!」
「あ、じゃあ私たちもう行きます!また二学期会いましょ。」
「あぁ。またな。」
生徒たちが帰った後すぐに聖奈が来た。
「パシリじゃないからねっ!」
「あぁ。ありがとう。」
そのまま歩き出す。
「兄ちゃん、学校で凄い真面目でクールキャラなんだね。家より喋り方が丁寧で驚いた。」
「以前にも言っただろう。俺の中の教師として成り立たしていると。」
「それにしても、やり取りに受けたなぁっ。」
「もうその話はいいだろう。疲れた。」
聖奈はフフッと笑った。
そして、翌日の夕方。逞真はエメラルドホールへと足を運ばせた。紙袋の中にすずらんの花束を入れて。
6時。コンサートが始まった。逞真は奥のほうの席でステージを見ている。
いくつもの演奏が終わり、ついに萌の出番になった。萌は赤いドレスにカールした長い髪をふわりとおろしている。萌だからか、逞真は
(いくら夏だからと言ってあんなに素肌をさらして寒くないのだろうか?)
なんてことを考えてしまった。
萌は律儀に礼をして椅子に腰かける。そして、演奏が始まった______
♪~♫~♩
♬~♪ ~・・・・・
心地よい響きが音楽堂いっぱいに広がる。この暑さを吹き飛ばすほどの爽やかなメロディーだったり、ときに力強いハーモニーを生みだしたり、その細い手でどうにでもやりこなしていた。
萌の演奏は、他の人に加えて、曲想をバランスよく表現していて、自然と情景の中に導かれるようだった。
逞真は何とも言えない心のうごめきに思わず胸を抑えた。
(何故・・・これ程までに胸が痛む・・・?萌の演奏は・・・・どこか特別だ・・・・・)
ふと隣を見ると、涙する者もいた。音楽堂にいる全ての人々が感動していたのだ。
萌は最後にペダルを離し、余韻を残して演奏を終えた___
萌が礼をすると、観客たちは魅了され、盛大な拍手を贈った。
逞真は萌に微笑んで、音楽堂を出た。
逞真は何故かあの時だけ萌が別の世界に行ってしまったような気がした。たったステージまでの距離しか離れていないのに自分なんて、全くかけ離れた世界で生きているのだと思った。
萌の演奏が、そう伝えているような気がした・・・。
ロビーのほうで腰かけていると、背中ごしに声がした。振り向くと、さっきまでステージで演奏していた彼女がいた。
「駿君・・・・・駿君っ!」
萌は逞真に抱き着いた。逞真も強く萌の体を抱き締める。
(あぁ、彼女はここにいる。今、全く同じ世界にいる・・・。)
逞真は強く強く抱き締めて、耳元に囁いた。
「萌・・・・お前の演奏は素晴らしかった。感動した・・・。」
「よかった・・・、気に入ってもらえて。私、駿君に認めてもらうために今までずっと頑張ってきたんだよ。再会したその時のコンサートで感動してもらえるように。だって・・・・駿君は教師として頑張っているのに、私だけただの講師だったら・・・約束になってないと思って・・・。だから、私・・・」
逞真は萌の体を離して見詰めた。
「そんなことない。萌はいつでも凄い講師だ。演奏を聴いたとき、深く感じたよ。」
「ありがとう・・・」
「そうだ。」
逞真は紙袋を差し出した。
「え?これを私に?」
「そうだ。」
「開けてみてもいい?」
逞真が頷いて萌は中身を見た。
「うわぁ、すずらん?」
「あぁ。今のお前はこの花が一番似合う。小さな花なのに、その可憐さで人々を魅了する。まるで萌の演奏だ。」
「そんな、褒め上手すぎだな、駿君は。」
「そうか?」
「そうだよ。」
萌は幸せそうな笑顔を見せた。
「人に花をもらうのって、やっぱり嬉しい。昔は、おじぎ草だったね。私・・・変わった?」
「あぁ、美しくていい女になった。」
その言葉に萌は顔を赤くした。そんな萌を見て逞真は悪戯っぽく笑った。
「相変わらず、可愛いな・・・・」
「え、なんていったの?」
「いや、なんでもない。じゃあ、もう行くからな。」
逞真は萌に背を向けた。
「うん、今日はありがとう。またね。」
萌はそんな逞真の背中を見守った。
家に到着してドアに手を掛けると、逞真は不審に思った。
(・・・鍵が開いている・・・・。)
逞真は聖奈に戸締りだけはしっかりするように言っていた。聖奈は約束をしっかり守る子だ。だからこそ妙に思ったのだ。
中に入って逞真は言った。
「おい、聖奈。戸締りはちゃんとしろと言ってあったはずだ・・・が・・・・」
逞真は急に血の気がひいた。
「あら、お帰りなさい。逞。」
「逞も掛けなさい。」
(何故・・・父さんと母さんが・・・?)
逞真は玄関を見て舌打ちした。靴箱に入っている靴に気が付かなかったのだ。
(チ・・・・俺が留守にしていたのが裏目に出たな。どうせ、迎えに来たのだろう・・・)
「聖奈が入れたのか?」
聖奈は俯いていた。
「俺たちが勝手に上がらせてもらった。」
代わりに父が答える。
「はぁ・・・」
「迷惑?」
逞真が答える代わりに父が声を荒げた。
「迷惑があるかっ!」
そして、逞真の胸ぐらを思い切り掴んだ。
「逞、先に言うことがあるはずだ。」
「・・・何故いるの?」
逞真は見下した目で父を見た。
「お前はなっ!親を馬鹿にしているのか!!?」
「まぁまぁ。別にそんな気持ちはないよ。それしか言いようがないと思っただけだ。」
「・・・」
「・・・」
「・・・まったく、嫌味な奴だ、相変わらず。」
父はしぶしぶ逞真の襟を離した。逞真は反抗的な態度で聖奈の隣に座り、襟を直した。
「逞は嘘のつかない正直な人だと思っていたわ・・・」
「お母さん、兄ちゃんは悪くないよ!私が泊めてって言ったんだもん。悪いのは全部私!」
「でも、泊めておきながら何も言わなかったのは事実だろう?」
「お父さん・・・・」
逞真は嘲笑した。
「俺だって普通そんなことしないさ。ただ、気に食わなかったから、こうしたまで。」
「なんだと・・・?」
「聖奈、俺にも責任はあるよ。だから無理にかばおうとしなくていい。」
「・・・うん・・・・」
「気に食わないとはどういうことだっ!?」
「そのままの意味だ。聖奈に散々な目に遭わせといていきなり戻って来いだと?笑わせるんじゃねぇよ。」
「・・・・」
「俺はな、聖奈の気持ちが十分にわかるんだよ。受験生なのに・・・辛くても自分なりに頑張っているのに・・・なのにあんなこと言われたら俺だって家を出たくなるだようよ。だから泊めさせたんだ。何も言わなかったのは、戻って来いというのに加えきっといろいろなことを愚痴って叱ると思ったからだよ。」
逞真は不意に聖奈を抱き寄せた。
「聖奈は悪くないさ。叱らないでやってくれ。黙っていたのは謝る。ごめんなさい。」
両親は何も言えず、顔を見合わせた。
「だが、前にも言ったが聖奈も子供じゃない。今まで見ていたら俺に全く迷惑を掛けなかったぞ。むしろ俺が嬉しかったよ。孤独な生活が一気に明るくなって。だから許してほしい。」
「・・・・私、お盆には家族にも謝るから。」
両親は折れたように苦笑した。
「わかった。」
「でも、やっぱり家に戻ってきなさい。これ以上逞に世話になるのは・・・・」
「平気だって母さん。だから言ったじゃないか。俺のほうが明るくなって嬉しかったって。俺はここに居てほしいが?」
「私も、兄ちゃんといたいな。どうせあと何か月かしたら大学受験して一人暮らしするんだもん。ね?いいでしょ?」
「・・・・そう。どうする?お父さん。」
「・・・・逞、聖奈を頼めるのか?」
「昔も今も、正しいことは教えてやっている。無論だ。」
父は頷いて、許してくれた。
逞真が聖奈の背中を軽く叩くと、聖奈も思い切り逞真の背中を叩いた。
帰り際、父は逞真にこんなことを訊いた。
「逞、お前聖奈と暮らして本当にいいのか?」
「何度も言ってるだろう。しつこいよ」
「さっきとは違う意味でだ。お前も27だろう?妹の面倒みるよりも先にやるべきことがあるんじゃないのか」
逞真は父親の言いたいことを察した。少し嘲笑を含めた笑みを浮かべ、呟く。
「別にあいつがいようがいまいが関係ないよ。例え夜女を家に連れてきても、聖奈は気付かないだろうよ。」
それから逞真は父の耳元で囁いた。
「俺もそこらへんは考えているから」
すると父は安心したように微笑んだ。
背を向けて進む父とそれを追いかける母を二人は見守った。
「ねぇ、兄ちゃん。さっきお父さんと話してたのってなんだったの?」
「何でもないよ。例え言ったって、聖奈にはどうせわからないことだろうしな。」
「え~っ、何それ!?やっぱ子ども扱いするんじゃーん!!!」
聖奈は頬を膨らましたが、不意に真面目な顔をする。
「さっきはありがと。また助けてもらっちゃったね。」
「別に構わないさ。」
「もし、兄ちゃんが恋人だったら、絶対惚れ込んでたなぁーっ♪」
「フッ・・・・馬鹿。」
「ンー!今、馬鹿って言ったでしょ!?」
「言ったが?」
「馬鹿じゃないもん!馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだからっ!!」
「違うよ、俺が言いたいのは。」
「何よー」
逞真は聖奈にデコピンした。
「早く大人になりなさい。」
「ハァ!?なに?またそれ!?あ、待ってよ!」
さっさと家に戻る逞真は大人びた眼差しをしていた。
次回もよろしくお願いします☆