第24話 9年ぶりのアイツ
太陽の光がギラギラと教室に当たってくる頃。
明日からは夏休みだ。
逞真は教卓の前で夏休みについて説明していた。
「明日からは夏休みですが、くれぐれも生活リズムは乱さないように。休み明け苦労することになるぞ。」
「先生ーそんなことよりさぁー」
「どうした、賢吾。」
生徒は顔を見合わせて声を揃えていった。
『数学の宿題ムズ過ぎ!!』
逞真はハァ・・・と溜息。
「なんだ、あの問題だけでこの様とは情けないぞ。」
「だって、あれはいくらなんでも難し過ぎですよ!」
「連立方程式のあの文章題なんですか!?割合なんて小学校で全然やらなかったし!」
「ならもう一度復習すればいい。」
「俺は連立の累乗とか分数とか出てきた時点でアウトですっ!」
「・・・・夏休み、私の個人授業を受けるか。」
「ノーン!!!」
「とにかく、あれじゃあやる気出ませんよ!もっと簡単にしてください!」
「そうですよ!あんな問題どこいったって出ませんって!!」
逞真は馬鹿馬鹿しそうに皆を見た。
「何を言う。あれは全て学力テストの過去問だ。」
「・・・・はい?」
「平成17年度と20年度のものをアレンジさせて、問題量を増やしただけのもの。どうせ二学期同じようなものを受けるんだぞ。」
「ウッソでしょー!!?」
「いや、駿Tがこんなことで嘘言わないって。」
逞真は頷いた。
「だが皆いいことを質問してくれたな。夏休み中にたっぷり学力テストの対策をしておくといいさ。」
「流石は駿T・・・手強い。」
「では挨拶をして帰るぞ。委員長。」
「気を付けー、さよならー」
『さよならー・・・』
生徒たちの重い足取りを見守りながら逞真も職員室へと戻っていった。
そして、夏休み。
まぁ、ほぼ部活で長期休暇とは言い難いが、教師の夏休みというものを満喫していた。
そんなある日、逞真は部活が終わり、早めに家に戻っていた。
「ただいま・・・・暑い・・・・」
「家に入った瞬間にそんなこと言わないでよねっ!こっちまで暑いわ。」
「すまん・・・・、扇風機をこちらに向けてくれないか。」
「あいよ。」
聖奈は扇風機の首ふり機能をオンにした。風が逞真のほうにくるのだが、それでも暑くてしょうがない。
「・・・シャワー、浴びてこようかな・・・」
「それがいいさ。いってらー」
逞真は汗でびしょ濡れの自分の顔を拭いながらバスルームに入っていった。
それからしばらくして、インターホンが鳴った。
聖奈は受話器を取る。
「はい。」
「・・・真田です。」
「・・・・」
聖奈は真田??と思いながら兄のなんかだろうと出ることにした。
「ちょっとお待ちください。」
玄関のドアを開けると、その先には図体のやたらデカい逞真くらいの男がいた。
「・・・えっとぉ・・・」
「聖奈ちゃんか?」
いきなり言われて聖奈はン!?となるが、少し深く考えて再びその人を見た。
色黒で、昔野球少年だったってイメージの、スーツをまとったその人は何故か懐かしい。
聖奈はハッとした。
「あーっ!!達之介君!?」
それは、兄・逞真の友人、真田達之介だった。
「よっ、久し振りだな、聖奈ちゃん!」
「うん!どうしたの、急に!?」
「ちょっと、駿と話したくてよ。駿はいるのか?」
「あ、うん。まぁ上がって上がって!」
聖奈は達之介を家の中に案内した。
「聖奈ちゃん、いくつになったんだ。」
「あ、18。高校3年生。」
「うわ、もうそんなか。」
「そうだね。私が達之介君に会うの10年ぶりくらいだよね。」
「だな。駿は元気か。」
「ん~・・・元気なんだろうね、多分。」
「何じゃそりゃ。」
「ポーカーフェイスだから。あ、掛けてて。今兄ちゃん呼んでくる。」
「おう。」
呼ぶといってもバスルームにいることを忘れていた。聖奈はもう30分も経ってるじゃん!みたいな感じのノリで軽くバスルームの扉を開けた。
だが・・・
「なっ」
振り向く兄の姿に、聖奈は凍りついた。
「ギ、ギャー!!!ごめんごめんごめん!」
素早く扉を閉める。逞真はバスルームを上がっていてタオルこそ巻いていたものの、服は着ていなかった。
「早く服着て!お客さんが来てるの!!」
「客!?」
「そう、待たせちゃ駄目でしょ早くして!」
聖奈は勢いに任せて叫んでリビングに戻った。
「はぁ・・・はぁ・・・・ビックリした・・・・」
「・・・忙しいみたいだな。」
「あ、全然っ!?ただ、今シャワー中だったのね。もうちょっと待ってくれる?」
「・・・プッ。」
達之介は思わず笑った。
「聖奈ちゃんならノリでそのまま連れてくるかと思ったよ。」
「そ、そんなことしないよ!」
「冗談、冗談。」
その時、少し慌てた様子で逞真が来た。
「すみません、待たせてしまって・・・・って、ハ!?」
「ハロー、駿ちゃん!」
「た、達之介!?」
「元気そうじゃーん♪」
逞真は溜息を吐いてソファに腰かけた。
「なんだ、達之介だったなら待たせておけばよかった。」
「なんだと!」
「嘘だって。」
逞真は昔のように笑った。
「どうしたんだ、急じゃないか。」
「いやさ、たまには駿とこうして話したいなと思って。最初お前の実家に行ったんだけどここにいるって案内されてさ。来ちゃった☆」
「なるほど。」
達之介はふと聖奈を見てフフ♡とニヤけた。
「見ないうちに聖奈ちゃん随分と大人になって。18だって?お色気全開じゃん!」
「なんだお前。」
「軽蔑した目で見んなよ。可愛いんだから仕方ないじゃねーか。」
「嘘つけ。こいつのどこに可愛さだの色気があるんだ。」
「ホントのことだよ!」
その対話に逞真はムキになった。
「渡さないぞ、絶対!」
「何がだよ?」
「聖奈を嫁にだ。お前なんかに渡して堪るか。」
「え、何でだよ!」
「お前なんかに渡したら何するかわからないしな。論外だ。」
「駿、なんか兄バカになってない?」
「なっ・・・馬鹿言うなよ!」
「兄ちゃんが兄バカなんてありエンティーだから!」
兄妹揃って否定され、達之介はうなだれた。
「まぁ、冗談はさて置き・・・・本当に久しぶりだな。何年ぶりだ。」
「達之介とは高校も同じだったから、9年ぶりかな。」
「うわ、流石駿。暗算は早いのは変わらないらしい・・・」
「兄ちゃん、中学の数学教師なんだよ。」
「マジか!?じゃあ、夢は叶ったってことか。羨ましいことだ。」
「お前は何になったんだ。」
「警察だよ警察。まだまだだけど。」
「お前だって夢叶ったんじゃないかよ。」
「いや、俺の本望は刑事だからさ。ちょっとねじれちまった。」
「・・・道理でたくましい奴だと思った。身長、また伸びたんだな。」
「189・4。」
「「高っ・・・」」
達之介は馬鹿にしたように笑った。
「駿は相変わらず・・・」
「177!」
逞真はすねたように窓側を見た。
「はは、お前も高校時代だったら高いほうだったのに。細いのは変わらないし、あ、でも目つきは変わったか。」
「これ以上侮辱するな。」
「悪い悪い。・・・・あ、ここからは真面目な話だ。最近、大原先生に会った。」
あまりにも急で逞真はただ目を見開いた。
「大原って、中学のときのあの大原先生か?」
「そうだ。」
「な・・・何故・・・・?」
「俺、警察だろう。小中学校とかで犯罪防止の授業とかでよく参加するんだ。まだ若いからとかの理由で。そのとき、行った学校に、大原先生がいて・・・俺もビックリしたわ。」
「最近あったなら、大原先生は・・・38歳か。」
「そうだな。」
「・・・どんな様子だった?まさか、まだ舐められてるんじゃ・・・」
「いや、それはなかった。逆に、歳を重ねたせいか、いい先生になってたよ。」
「・・・そうなのか。」
「やっぱ、アレだね。若いと誰でも舐められるんだよな。しかもああいうもともとの性格があったら。今の大原先生はそういうことがわかったらしい。凄い悔やんでたぞ。”あの時は皆に嫌な思いさせた”って。今から教えなおしてあげたいほどだと。」
「そんなにか。」
「あぁ。見た感じもいい先生で、ホッとした。でも言っといたぞ、”アンタのおかげで将来を決めたやつがいる”って。」
「そうか」
逞真は安心したように表情を和らげた。
(よかった、大原先生・・・。女は歳を重ねるほどよくなるって本当だったんだな・・・)
そして、達之介は不意をついて呟いた。
「坂下に逢ったか。」
「ゲホゲホッ!」
逞真はむせ込んだ。
「急になんだ。」
「いや、中学のとき、凄い想い合ってたからよ。」
逞真はチラッと聖奈を見て達之介に耳打ちした。
「おい、聖奈もいるんだぞ。余計なことは止せ。」
「いいじゃねぇか。聖奈ちゃんも大人みたいなものだ。」
そう言われている聖奈は関心深く二人の話を聞いている。
「・・・逢ったよ。つい最近。」
「マジか。」
「あぁ。正直・・・綺麗になっていたぞ。」
「ブハッ、やるなお前。よく軽々しく言えるもんだ。」
「軽々しくないさ。先ほどの達之介のように本気で言ってる。」
「確かにそんな顔してる。やっぱ、あつぅ~い恋愛話でもしたのか。」
「まさか。普通の日常について語ってたよ。過去のことも今のことも。」
「なんだ、つまんね。」
その時聖奈が口を挟めた。
「でも、行為ならやり覚えあるんじゃない?」
「なっ、まさかお前っ・・・・ホントやるな。」
「いや、変なほうに誤解するなよ。」
「どこまでいった!?」
「・・・変態。」
「真面目にだよ!」
逞真は頑として口を開かない為、聖奈が囁いた。
「ギュってして・・・チュッとしてぇ・・・」
「何!?」
「おい、聖奈。」
「だってホントのことじゃないか。」
「・・・」
「否定はしないんだな。俺たちの勝ー♪」
「「イエーイ☆」」
二人はハイタッチなんてした。
「でも、意外に進んでなかったな。残念。」
「何に期待をした。」
「べっつに~」
逞真が溜息を吐いたその時、達之介のもとに一本の電話がきた。
「あ、ちょっとスマン。・・・はい。」
達之介の声はさっきと一変して低くなった。
「・・・え゛、本当ですか!?わかりました、すぐに向かいます。」
そして電話は切れた。
「何だったんだ?」
「・・・急に仕事が入っちまった。脱走した犯人が立てこもったらしい。」
「それは、まずいじゃないか。早く行け!」
「悪ぃな・・・」
慌てて達之介は玄関に。靴を履くその時、ふと言った。
「駿、お前変わったな。」
「最後の最後でそれに触れてくれるか。」
「駄目だったか?」
「・・・いや。昔からの付き合いの奴にはよく見破られるよ。真反対の性格になったって。」
「見てすぐ察したぞ。無愛想だし、目つき悪いし、話し方ぶっきらぼうだし、聖奈ちゃんがポーカーフェイスだって言ってたのがよくわかったぞ。」
「・・・だろうな。」
「なんかあったんだろ。」
「ないって言っても嘘だって言うだろう。」
「勿論。」
「・・・・教師ってものは大変でな。警察にそんなこと言えないと思うが、相当なショックを受けることがあったんだよ。教師と生徒というものは難しい。それこそ大原先生の気持ちがわからなくもない。」
「ほほう。」
「それについてはまた今度詳しく教えてやるよ。とにかく急げ!」
「おう!」
外に出る際、逞真は達之介、と呼んだ。
「あん?」
「来てくれてありがとうな。また逢おう。」
達之介は懐かしそうに笑った。
「ホント、そういうところはしっかりしてるな、駿は。・・・あぁ、またな!」
そして二人は別れた。
この頃逞真は昔の仲間によく逢うのかもしれない。
以前、街を通りかかったら旧悪ガキの惇一を見かけてしまったとか・・・・?
(相変わらずだったな、達之介。)
遠ざかっていく達之介の背中を見て逞真は微笑んだ。
次回もよろしくお願いします☆