第2話 不意に思い出された記憶
北中学校の2年3組の教室は、初夏の風と日差しを浴び、静かで心地よい空間ができていた。
その中で、教師の声が響き渡る。
「この方程式は、もう一方の式に代入してXを消去して解きます。・・・ここポイントだからな。期末で重要だぞ。」
この教師こそ、駿河逞真だ。整った顔をしているが、生徒からは鬼のようだと嫌われている。規則を破ったりしたら、額に血管を浮かばせ、細かいことまで説教するのだから。
「では、今日の授業はこれまで。しっかり家で復習するように。」
そう逞真がいうと同時にチャイムが鳴った。
「気を付け、ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
終礼を終えると、クラスの中が一気に騒がしくなる。逞真は気にせず、教室を出ようとしたが、クラスの女子数人に声を掛けられ、足を止めた。
「駿T、駿T!」
このあだ名については、昔から”駿”(スル)と呼ばれていた為、TPOに合わせてくれるなら、逞真は別に嫌ではなかった。
「なんだ。」
「今、翔が実留に告ったんですよ。」
「おう、この騒動の理由はそれか。・・・今?」
「今っていうか、授業中。席が隣だから、机に書いて。ね、実留ーっ。」
「う、うん。」
頬を赤く染める実留の隣には、照れている翔。逞真は渋い顔をした。
「机に文字や絵を書いては駄目だとあれほど言ったはずだが?それに授業中にそんなことするということは、手紙を回すのと一緒だ。授業に参加していないということだぞ。」
生徒たちは慌てる。
「あ゛~!!ごめんなさい、ごめんなさい!」
「でもいいじゃん。許してあげてよ。これで愛が芽生えたんだし。」
(”愛”か・・・・・)
逞真は物思いに二人を見詰め、微笑んだ。
「今回きりだぞ。次にしたら・・・・」
「はいはいっ、わかってます!」
逞真は背を向け、こう言った。
「いい恋をしろよ。」
教室を出ていく逞真に生徒たちは硬直した。
「駿T、大人っぽい・・・」
「駿Tもう大人じゃん。」
「そうじゃなくて精神的に。なんか、体験談を含めた大人の物言いで。」
すると、男子が興奮しながら
「”体験”ってどっちの!?」
「馬ー鹿。変態は黙っててっ!・・・そういえば駿Tって、独身なのかな?」
「あ、確かにそれ気になる。」
「駿Tいいっちゃいいんだけどねー・・・」
「あれのどこが。」
「顔は。」
「あぁ、そっちね。面食いの人好みの人ならもう結婚してるんじゃない?」
「でも、20代だし付き合ってるとか。」
「いやいや、性格も性格だしよぉ。例え面食いの人でも生真面目で彼女困ってそう。」
「あー、わかる。それでも彼女はほんの少しの駿Tの心遣いを期待してるんだよー。」
「それ、お前の理想だろ。ひょっとしたら彼女だけデレデレかもしれねーぜ?」
「うっそぉー」
そんな会話も知らずに逞真は廊下を進んでいく。
「あっ、駿河先生、こんにちは!」
「こんにちは。」
通り過ぎる生徒をみて逞真は想い返した。
(丁度、こいつらぐらいの年齢だったかな、あの出来事は。)
『もう、行くのか?』
少年の自分の台詞。
『うん。時間もないし・・・』
女の子の切なげな声。
『また、逢えるよな。』
『そうだよね。離れ離れになるけど、次に再会するときは二人の運命を誓おう。』
『うん、”約束”だよ。』
__指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます指切った__二人の最後の指切り。
『じゃあな、萌。』
『またね、駿君』
逞真にとって忘れることのない深い深い約束は、今も胸の中に刻まれている。だが、逞真は叶えられることのできない出来事だと諦めていた。
(まったく、生徒のせいで不意に思い出してしまった。あの過去を・・・)
次回もよろしくお願いします☆
wokagura