第18話 臆病な心
朝、学校に来た途端に、俺は全身から血の気が引いた。
「あ!来た来た、熱愛彼氏ぃー!!」
クラス中は大盛り上がりだった。
黒板には相合傘。
・・・・それに書かれていた人物が、俺と・・・萌だった。
いつどうしてどんなことが知れ渡ったのだろうか、それは一日経った今朝凄まじい勢いで広まっていたらしい。
萌を見ると、俯いて押し黙っていた。
近くにいた女子が嫌味ったらしい顔で大きな声で呟く。
「地味~な女子の坂下が駿と付き合ってるなんてねぇ~。」
「聞いた話では、キスしたらしいよ?しかも坂下から!」
「うっそぉー??人目につかないからって、そんな目立つことやるなんて、馬鹿だよねー」
「そうそう、ば・か!ハハハハハハハwww」
萌は女子たちに沢山の消しかすを当てられた。
「・・・も__」
「おーっと!駿はこっちでゆっくり聞かせていただこうではないか!」
萌に近づこうとしたら、男子たちに止められた。教室の奥のほうで事情聴取みたいに机を用意され、俺は無理矢理座らされた。
「ホントはこれにカツ丼が付いたら様になってたのに。」
「意味わかんねーよ。俺、容疑者?」
「そ!」
「俺、なんかした?」
「まーまー、積もる話もありますし、事情聴取といきますか。」
惇一が机をバン!と叩いた。
「坂下萌と付き合ってるのは本当ですか!?」
「なんで、答えなきゃないの?ってか、いつ、どうやって広まったの?」
「んじゃ、それから話しますか。俺の弟が小学校から下校していました。その時にお前とあいつを目撃したわけ。あれあれ?可笑しいですね?駿は真逆の方向に家があるはずなのに。しかも、弟が言うには二人っきりで顔赤くして話していたらしいじゃないか。お手手つないで。最終的にチューまでしたのを見たってよ!」
俺は溜息を吐いた。
「事実ですかっ!?」
「当たって、砕けろ、駿!!」
「砕けてどうする・・・。でも言っちゃって楽になれよ。」
男子どもに嚇されて、俺は戸惑った。
どうする・・・?ここで付き合ってるって言ったら、俺は茶化されるし、萌のイジメは酷くなるだろうし・・・・クラスに冷たい視線を浴びるのは、一番に嫌だ。
俺はギッと睨んで叫んだ。
「つ、付き合ってねーよ!そんなわけあるかっ!萌なんて、ただの友達だっ!!」
男子どもは唖然とした。
「だったら、弟の証言はどうなるんだよっ!?」
「そんなの、出鱈目かもしれないだろ!?お前の弟、確か低学年だったし。」
「なにーっ?」
大嘘をついてしまった。不意にドアの辺を見ると、そこには達之介がいた。達之介は全てのことを聴いていたのか、冷めた眼差しで俺を見ていた。
「達之介・・・・」
達之介は何も言わないで自分の席に腰掛けた。なんだ、この見透かされたような気持ちは・・・・
この後、俺は今まで通り達之介と移動教室を一緒に行ったり、話したりできると思った。
「・・・・・・」
でもできなかった。達之介は俺を避けて、今日の学校生活を過ごしていったのだ。
何故なんだろう?
俺、達之介に何かしたのだろうか?
大原先生に知らせても、その人自体茶化す一方だし、もう諦めた。事実なんだし・・・・
でも、そのことでいじめられている萌を、何故か助けることはできなかった。
そんな昼休み・・・・
人口密度が低くなった教室で達之介に声を掛けられた。
「おい、駿。ちょっといいか?」
ちょっと怒り気味の顔をしている達之介。
「ん?なに。」
普通に答えると、達之介は目をカッと見開いた。そうと思うと____
バシッ!・・・・・・・
俺の頬に途轍もない痛みがはしった。その衝撃で俺は座ってた椅子から吹っ飛ばされる。
「いって・・・。いきなり何するんだよ、達之介!」
達之介は握った拳をそのままにして、息を切らせていた。あぁ、野球少年のグーパンチは、流石に痛すぎるよ。
「何するんだじゃねぇよ!この意気地なし!」
「ハァ!?」
俺たちの怒鳴り合いに教室にいた数名は大騒ぎ。それなのに達之介はやめなかった。こいつがこんなに怒ることなんて・・・・・
「意気地なしだ駿は!どうして坂下を助けなかったんだよ!?」
「・・・ぁ・・・」
俺は達之介の怒っている理由についてわかった。反省したらいいのに、俺も言い返してしまう。
「いつでも助けられるわけじゃないだろうが!俺にも事情があるんだよ!」
「だったら、さっきの言い訳みたいのは何だ!?”萌はただの友達”って、本当にそう思っていったのか?違うんだろう!?男子に茶化されるのが嫌で変な見栄這って、本気でいるのか!?」
「・・・・」
少し間があって、達之介は呟くように言った。
「お前、本当に坂下が好きか?」
「あぁ、好きだ。愛してるって言っても過言じゃない。」
「それなら、照れて理不尽な嘘吐くのは二度とやめろ。そんなやつだとは正直思わなかったからな。」
「わかったよ、今反省した。」
「本当に?」
「うん。」
俺の瞳を確認して、達之介は強張った表情を元に戻した。
「しっかりしてくれよ、駿!」
そう言って背中を叩く達之介は笑っていた。
「わかってるよ!」
俺も達之介の背中を叩いた。
「・・・そういえば、坂下は?」
「そうだ、いつもなら教室で読書しているはずなのに。」
俺たちは顔を見合わせて、萌を探すことにした。
・・・でも、いくら探しても萌の姿は見つからなかった。一階にも、二階にも、三階にも。
こうなったら、思い当たる場所は一つしかない。俺は達之介に念のためにここら辺を探すように言って、そこに向かった。
そこは、屋上だった。予想通り、萌はいた。何をしているのかと思えば、彼女は手すりギリギリのところで止まっていた。
「あ・・・」
「何してるの、萌!?」
近づこうとすると、
「来ないで!」
と、萌は今にも泣きそうな声で叫んだ。
「何してるんだ、危ないじゃん!早く降りろよ!!」
「嫌だ。」
「え?」
「私はここから飛び降りる。」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ。それじゃあ自殺じゃないかよ!」
「そうよ。自殺。」
どうやら萌は本気みたいだった。
「どうせ、私なんて誰も必要としてない。死んだって変わらないよ!今の私がいたら、駿君だって揚げ足ばっかとられて、いじめられちゃう。助けてもらってばかりなのに、何もできないでこんなこと引き起こして、私馬鹿だ。恩返しも何もしてないのに逢う顔なんてない!!」
萌は手すりを跨いで思い切って体を投げ出した。
「萌っ!_________」
俺は素早く手すり側に近づいて、萌の腕をつかんだ。
「離して、駿君!このままだったら駿君まで落ちちゃう!」
「嫌だ。絶対に離すもんか。お前を死なせたりしない・・・・。」
でも、無理に近かった。俺の腕力で萌を引き上げることはできなかった。スポーツ部に入っていたらこんなことにはならなかっただろう。逆にズルズルと俺まで下に下がっていく。
「・・・あ゛・・・・・」
もう駄目だ・・。そう思った瞬間、俺の腕を掴む感覚があった。
「何諦めてるんだよ、駿!」
「達之介・・・・」
「お前は、坂下を・・・心から好きなんだろ!?だったら、格好いいところを見せないでどうする!?」
達之介は俺と萌の二人を力強く引っ張ってくれた。
なんとか屋上の上に上ることができた。
「ありがとう、達之介・・・。萌、大丈夫か?」
「ごめんなさい・・・・私また二人に迷惑かけちゃって・・・・どうしよう・・・・」
萌はぽろぽろと涙を流した。俺は萌を強く抱きしめる。
「ごめん・・・俺もお前を助けられなかった。それじゃあ本当に心から好きだって言えなかった。俺は・・・・」
「・・・・そんな・・・駿君は全然悪くないよ・・・・」
俺は萌を離して言った。
「萌はさっき、”自分なんて必要ない”って言ったけど、それは違うぞ。俺がいる。俺は、萌が死んだら悲しむから。それだけは覚えておけよ。」
萌は涙を流しながら笑った。
達之介は満足そうに微笑んで頷いた。
「坂下、もう死のうだなんて考えんなよ。命を大切にしないほど損なことはないぞ。」
「うん・・・・」
そして、昼休みの終わりのチャイムが鳴った。
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俺はもう何があっても萌を見捨てたりしない。
臆病な心は、消し去った。
次回もよろしくお願いします☆