第10話 萌の額の傷
以前、本編でも少しふれました、萌の額の傷についてのエピです☆
注)血が苦手の方は注意してみてください。
大原先生への反抗が続く中、俺は微妙にその光景に慣れつつあった。止める気もしない。止めたって直んないし、大原先生を信じ続けるのも疲れた。そのせいか、お気に入りとはあまり言われなくなった。反抗には参加しないためあまり接点はないが、普通通りにはやり取りしてくれる。まぁ、以前よりは気持ちがマシになった。
クラスに、清沢未来という女子がいた。そいつは、物事をなんでもポジティブに考える。これだけしか書いていなければ響きはいいが、一応悪い意味で書いている。
というのも未来は注意しても”自分は悪くない”と反省しない。また、注意されているのにもかかわらず、陰で
「うざ・・・・」
とボソボソ呟いているのだ。それに、自分がいいなと思ったものはとことん真似する。達之介から聞いた話では、小学の頃女子の一部で流行ったキーホルダーや文房具をいいなと思った次の日、学校に持って来たり、変に走り方がブリッ子なため”自分が可愛いとでも思っているのか”と女子からの評判は良くない。
萌とは真逆の嫌われ者だ。
あまり関わってはいないが、こんな噂を聞いた。クラスメイトの武本健弥という男子を好きになったらしい。もともとモテている健弥にはよくある話だが、未来は特別モテる訳でもなく、初めて好きになった相手だったらしい。未来はその想いを毎日メモ帳に書きつづっていた。その想いの強さは顔を見ただけでわかった。あぁ、こりゃ重症だこと。
暑さが冷めてきたある日の昼休み、女子軍団が未来のメモ帳を気になり、ニヤニヤと未来に近づいた。
「ねぇ未来ー、それなぁに?」
「みせてみせてー」
「えー、駄目だよー。見せない!」
女子たちはさっきまでのニヤ顔が嘘のように未来を睨んだ。未来は慌ててメモに書いてあることを消しゴムで消そうとした。女子たちはその消しゴムに色ペンで何か書いてあることに気づき、消しゴムを奪った。
「”めっちゃ♡(ラブ)カワユすチョーサイコー、ラブラブだいちゅき♡T・K、だって。誰だろーね。ってか、この字キモいねww」
その言葉にショックを受けたのか、未来は固まった。その隙に女子たちはメモ帳を奪う。
「え~なになに??”貴男を思うだけで胸が苦しくなる。カッコいい貴男、地味な私・・・・。全く違うけど、いつか結びつければいいな。今なら、貴男を見守っているだけでいい。恋ってものすごく悩むのホントだね、健弥・・・。”だって。・・・・プッ。」
「未来健弥好きだったんだ。何これ、キモッ。」
未来は顔を赤くした。
「返してよー。」
「って言って返すほど、うちら親切じゃないんだ♪悪いねー。」
その時、体育館で遊んでいた皆と健弥が戻ってきた。
「あっ、来た来た。未来の彼氏!」
「・・・は?」
健弥は顔を歪める。
「これ、見てよー未来が書いたんだ。」
女子に言われるがままに健弥はメモ帳を見る。そして焦ってるのか、照れくさいのか、クラスの前で大声を出した。
「はっ!?清沢が俺を好き!?ちょー困るんだけど!それに俺清沢のことなんも思ってないし、むしろ嫌いだし、早く諦めてほしいんですけどー!!」
未来はショックのあまり、何も言えなかったらしい。その代り、筆箱からあるものを出してその先端をむき出した。クラス中は悲鳴でいっぱいになった。
何故なら未来の持っているものは・・・・
カッターナイフだったから。凶器を持つ未来の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。悔しみもあるのか顔も赤いし。
健弥は青ざめて教室の奥のほうに後退りした。メモを持った女子たちは何やらひそひそ話している。
未来はカッターナイフをブンブン振り回し、健弥に近づいた。
「健弥来い!メモ帳見せびらかした女子も・・・みーんなっ!マジ死ね!?死んで!!」
未来は健弥にとっかかろうとしたが達之介がそれを許さない。未来の腕をしっかりとつかんだ。
「清沢、止めろよ!何があったか知らないけどよ、これだけは駄目だ。あとあと大事になるからな!!」
「いやーあ!!!」
ミクは暴れまくった。流石の達之介もどうしようもできない。他のクラスの奴も集まってきた。
「こんな風に騒ぎを起こして楽しいのか、お前は!?」
達之介が必死に叫ぶが、もう何も効かなかった。
未来は達之介を突き飛ばして、健弥に直進してきた。俺は危ないと察し、健弥を押し倒した。
「危ない、健弥!!」
そのおかげもあって、カッターをかわせた。が、床に倒れたため身動きができず、未来の次の動きを察知できなかった。カッターが俺に向かってくる。
あ・・・・まずい______________
「駿君!!」
聞きなれた声が俺を呼んだ。と思えば、萌の体が俺の前に現れる。
「萌・・・・?」
その瞬間、鈍い音がした。
_____グサッ
すぐ目の前だったが、とっさのことで何が何だかわからなかった。でも、未来は動きを止めたようだ。達之介が再び止めたらしい。
クラスの皆が俺のすぐ隣に群がる。訳がわからないまま隣を見ると俺は青ざめた。
「萌・・・!?」
萌が額を抑えていた。皆は
「大丈夫?」
「刺さったの!?」
「うわ、血だ。」
と騒いでいる。俺はすぐに萌に寄った。
「大丈夫か、萌!?」
萌は手を血だらけにしながら微笑みを見せた。
「大丈夫、平気だよ。」
その出血の量から、平気なものではなかった。
「平気じゃないだろ!!保健室行くぞ!」
俺は萌を引っ張りつつ、達之介にアイコンタクトを取った。達之介は頷いた。
「誰か先生呼んで来い!大原Tじゃなんだ、一組のガラTと三組のまっTも!!」
「わかった。」
この時だけは流石に団結したようだ。
俺は萌の手を引き、保健室に足を止めなかった。
萌の傷は結構深かった。すぐに病院に運ばれた。俺はついていくわけにもいかず、教室に戻った。次は数学のはずだったが、大柄先生はさっきのことについて詳しく話してくれていた。俺が行ったときは丁度深~い話になっていた。
「先生の友人でこんな人がいた。中学のとき、酷い騒ぎの加害者になった。大人になってすっかり忘れたころ、同窓会で例の騒ぎの被害者だった人にこういわれた。”貴方は忘れたでしょうけど、あのことは一生忘れない。”と。このせいで二人は同時に深い深い心の傷を負うことになったそうだ。」
大柄先生はそんなことを話した後、一息ついてこういった。
「未来は悪かった。カッターを振り回したということ、皆に迷惑をかけたということで。でも、他にも悪かった人がいるんじゃないか?未来をここまでにさせた原料を作った人が。」
「そういえば、未来、健弥のほかにメモ見せびらかした女子とか何とか言ってたけど・・・・」
「心当たりのあるやつ、言ってみろ。」
少し沈黙が起きて、それからしぶしぶ女子たちが手を挙げた。
「未来が書いていたメモを健弥に見せました・・・。」
「それと、消しゴムに書いてあることを貶しました。」
「はい。正直に言ってくれましたね。・・・未来はそれが悔しかったんだろう?それと、健弥も言い過ぎたんだな?」
健弥は頷いた。
「たくさんの原料が重なってこの騒動が起きた。みんなはね、限度を考えれば、きっといい奴らなんだと思う。このほかにもたくさん事件を起こしただろう?これから中2中3になっていくが、限度を理解しないと、この先やっていけなくなるぞ。中学校を卒業してからもだ。社会に出ていくうえで、自分がどう変わるか。それが重要だ。もしかしたら、相手にも自分にも深い傷を負うことになるかもしれないからな。」
大柄先生は一生懸命話してくれたが、効き目があったのかはいまいちわからなかった。みんなさっきとは裏腹にまたギャーギャー騒ぎ始めたから。
萌は大丈夫なのだろうか・・・・?
溜息を吐いていると健弥がやってきた。
「駿、さっきはありがとう。お前が助けてくれなければ、俺は刺されてたから。」
「いや。ホントに助けてくれたのは、萌だと思うよ。じゃないと俺も刺されてた。」
「お互い様だな。」
俺らは微笑んだ。
そのあと、大人になるまで萌の額の傷が残るだなんて、この時の俺はわかるはずがなかった。