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バーンブ家の日常

朝、太陽が登るよりも少し前に

カグヤ・バーンブは目を覚ます。

バシャバシャと水で顔を洗い、

動きやすい薄手の服装に着替えると、

重りのついた木刀を持って

屋敷の裏庭に出る。

木の影でしばらく瞑想してから、

木刀を構えて一心に振るう。

落ちてくる木の葉の一枚一枚を

切るような感覚で、

右に左に前に後ろに足を動かし、

縦横無尽に木刀を振る。

まだ肉体が16歳だからと、

甘えたことは言っていられない。

剣聖という二つ名を持つギーダンに

簡単に技を消されてしまうようでは、

剣姫の名が泣いてしまう。

そこに年齢の歳があったって、

性別の差があったって、

全て超えてこその二つ名だ。

自分よりも強い人間がいると

実感してしまった以上、

少しばかり足をケガしたからと言って

毎日の鍛錬を欠かす訳にはいかない。

日頃から自分よりも強い相手を

欲し続けてきたカグヤだが、

いざそのような存在が目の前に現れると、

悔しいような嬉しいような

複雑な気分になっていた。

カグヤは一通りの素振りを終えると、

再び木の影で瞑想に入る。

カグヤの技を薙ぎ払ったあの剣技を、

カグヤは目で捉えることができなかった。

それは一重にあの瞬間、

カグヤの心に隙があったからだ。

完璧に相手の体を貫いたと、

自分の技が負けるはずがないと、

慢心していたのだ。

自分に溺れてしまうことが

破滅への道だと分かっておきながら、

傲ってしまったのだ。

だからもうあのような

未熟な心を捨てるために、

今日は重りを一段と重くしていた。


「ふぅ……。」


汗をかいた後はお風呂だ。

静寂した体と心に熱を帯びさせ、

力んだ筋肉を優しくほぐす。

長い銀の髪も丁寧に手入れして、

乙女らしい香りを纏う。

今日はお見合いの予定が

一件入っているので、

それなりに気合いの入った

紅色の和服に身を包む。

最後に鏡を見ながら自分で化粧をしたら、

人形のように綺麗な女の子の完成だ。

腰に刀さえ下げていなければ、

カグヤはどこからどう見ても

可憐な女の子にしか見えない。

月の姫、という通り名が伊達でないと、

彼女を見た者はそう実感する。

五日前には剣聖の弟や

犯罪組織の幹部と戦っていたなんて、

到底想像もできないだろう。


「おはよう、カグヤ。」


「おはようございます。お父様。

シノとナギもおはよう。」


食卓に行くと、オーゼと兄のシノ、

そして弟のナギがいた。


「うん、おはよう。」


兄のシノは18歳になった。

もう結婚できる年齢だが、

バーンブ家の跡継ぎとしての責務を

勉強している途中で、

お見合いはあまりしていない。

この頃は以前にも増して父親のオーゼに似た

威厳のある顔つきをしているが、

若々しさの残る爽やかな笑顔を

いつも浮かべている。

そして、妹であるカグヤの剣姫という

二つ名に感化されたのか、

時々カグヤに稽古をつけてもらうようになり、

毎日のように剣を振り続けてきた結果、

今はバーンブ家の跡継ぎとして頑張りながら、

王都近衛兵団二番隊の一員として

この国の平和に貢献している。

そんなシノは、男らしい顔つきと、

バーンブ家の跡継ぎで近衛兵団の一員という、

贅沢すぎる要素もあって、

幾度となく女性からのアプローチを

受けているらしいが、

彼の心を揺らす程の女性がいないのか、

結婚するような気配はない。

これもカグヤの影響なのだろうかと、

カグヤは少しだけ気にしていた。


「お、おはよう…カグヤお姉ちゃん。」


今年で13歳になり、

数年前にナギという名前を与えられた弟だが、

相変わらずの引っ込み思案であり、

家族以外の人間とは

ほとんど目も合わせられない。

長く伸ばした銀の前髪で

片目を隠すようにしているのは、

その性格のせいだろうか。

内気なこともあって、カグヤやシノのように

積極的に剣を振ることはしないが、

勉学の方に精を出しており、

来月からは学校という場所に

通うことが決まっている。

下界でいう所の寺子屋のような

場所だろうかとなんとなく

捉えているカグヤだが、

同世代の人間が集まって

見識を広めるという行為には

少なからず憧れを抱いていた。

思えばカグヤには、

友達と呼べる存在がいないのだ。

あまりにカグヤの存在が特殊過ぎて、

婚姻目的の男以外に

誰もカグヤと仲良くなろうとしない。

そして、今この場所にいない

今年で15歳になった妹には

スズメ、という名前が与えられた。

カグヤに似て可愛い女の子に育ったが、

どうやらまだ部屋にいるようで、

結婚できる年齢を目前にして

自立という言葉を知らないようだ。

イザイがここにいないということは、

スズメを呼びに行っているのだろう。

まさに自由奔放とした性格のスズメは

小さな頃から絵が好きだったが、

どうやらいわゆる芸術肌の持ち主で、

絵の具と筆を持たせたら

どんな場所にも絵を描いてしまう上、

寝ることを忘れて朝まで

絵を描いていることがある。

カグヤには絵の善し悪しなど

よく分からないのだが、

過去にはスズメの描いた絵が

有名な芸術家に気に入られ、

王都の端に戸建てを建てられる程の

金額で落札されたことがある。

それはすごく素晴らしいことで、

誰かに止めることなど

出来るはずはないのだが、

少しくらいは身の周りのことを

気にしてもいいのではないかと思う。

しかし、そんなことを言えるような生活を

自分が送っている訳ではないので、

カグヤは何も言えないのだが。

カグヤとて、来る日も来る日も

お見合いに来た男性を数分で帰らせたり、

気に入らないからという理由だけで

使用人を解雇したこともあるのだ。

これならむしろスズメの方が

可愛げがあるというものだろう。

朝は鍛錬の後ということもあって

カグヤはお腹が空いているのだが、

家族が揃うまでは

食事を始めないという

バーンブ家の掟により、

まだ朝食を食べることができない。

全く、世話の焼ける妹であるが、

自分の席に腰かけて、

じっとその時を待つしかない。


「みんなー!おっはよー!

今日も朝から張り切っていこー!」


そして、どうやらまた明け方まで

絵を描いていたらしいスズメは、

顔や手を絵の具で汚したまま

勢いよく食卓に現れた。


「スズメ…なんだその格好は。

朝まで絵を描くことは許したが、

そんな姿でいることを認めた覚えはないぞ。」


だが、さすがにそのような格好では

貴族の娘としての自覚が足りないと

オーゼにお説教をもらい、

イザイと使用人に連れられて

お風呂に入ることになった。

結局この朝、バーンブ家が朝食を

食べることができたのは、

朝陽が登ってから

3時間が過ぎた頃であった。

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