表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/5

【3-1】結界杭の試作

(前回)緑の石粉で土が“目を覚まし”、村に希望が戻り始めた。――だが森の奥では、黒が脈打っている。


午前の畑仕事が一段落すると、俺は柵の内側に縄で小さな円を描いた。

「ここに“守りの輪”を作る。名前は――結界杭だ」

村長と自警団が集まり、エルナも水桶を抱えて立つ。照明結晶は昨夜のまま等間隔で灯っている。あとは、この光の線に“歯”をつけるだけだ。


「杭を打って、どう守る?」と自警団の若い男。

「杭そのものが盾じゃない。杭と杭のあいだに“薄い壁”を張る。魔物を弱め、足を鈍らせる壁だ」

俺は地面に指で図を描く。

「外周は二重。外側は“弱める”、内側は“押し返す”。井戸と家々の前は内側で囲う」


杭の構成を頭に組み直す。

“浄化石”で汚れを吸い、“導き板”で力の流れを整え、最後に“遮りの薄膜”を広げる。

照明結晶と干渉しない周波――(と、自分で勝手に呼んでいる感覚の)揺れ方に調律する必要がある。

深呼吸。手の甲の紋が静かに熱を灯す。


――創造(クリエイト)


腰の高さほどの杭が、一本。節目の少ない木肌の内部に、白い芯(浄化石)と薄い板が納まっている。頭には起動符をはめ込む溝。側面には照明結晶用の小さな金具。

「持ってみてくれ。軽すぎず、重すぎずにしてある」


若い男が片手で持ち上げ、感嘆の口笛を鳴らす。

「おお、打てそうだ」

「間隔は二十歩。角は狭めに。照明は杭の“二本に一つ”。――エルナ、起動符を」

「はい!」

エルナが木箱から薄い板を取り出して並べる。俺は一枚ずつ、符に軽く触れ、起動の“合図”を仕込む。


打ち込みは手際よく進んだ。

柵沿いに杭が並び、輪郭が少しずつ“見えない線”を形作っていく。

俺は最後に中央の制御杭(といっても見た目はただの一本だが)に手を当て、全体の揺れ方をそろえる。

空気が、ほんのわずかに澄んだ。風鈴のない場所で風鈴の余韻だけが鳴る、そんな奇妙な感覚。


「今、何か――」とエルナが目を瞬かせる。

「境ができた。まだ弱いけど」

俺は頷き、自警団へ運用を伝える。

「夜間は二人一組で杭の“感触”を見る。冷たくなったら強める合図、ふわふわするなら間隔を詰める。異常時は起動符を押し込め。内側の杭が“押し返す”」


「押し返すって、見えるのか?」

「見えない。けど、触れば分かる。皮膚の裏側が、少し暖かくなる」

皆が半信半疑で手のひらを杭に当て、ほんのりとした温もりに顔を見合わせた。


試しに外周の“弱める”層へ近づく。

東の小道に出ると、空気の縁が薄く揺れているのが分かった。

腐臭はしない。けれど、境の向こうに黒い布の切れ端のような気配が、一瞬だけ走る。

風が草を押し、揺れはすぐ消えた。


「今の、見たか?」

「見えたような、見えてないような……でも、何かいたな」

自警団の声が低くなる。俺は小さく息を吐いた。

「杭は“呼ぶ”ためのものじゃない。来た時に“遅らせる”ためのものだ。――だから、見張りは増やす」


午後。

村人たちは畑を続け、自警団は杭の点検と巡回の稽古を繰り返した。

俺は照明結晶の配線ならぬ“配距”を微調整しつつ、結界杭に触れる指先の痺れに気付く。

(やり過ぎるな。昨日よりも、ほんの少しだけだが体が重い)

女神の忠告――“力は優しく働くが、限りはある”――が、背骨のどこかでひっそり鳴った。


夕刻。

一日の仕事が終わる頃には、村は“線”と“点”を得ていた。

点は照明結晶、線は結界杭。輪郭があるだけで、人の動きは整う。

子どもたちの帰り道は明るく、見張りの足取りは迷いがない。

エルナが水桶を下ろし、俺に小さな包みを渡した。

「干した果物。少しだけど、甘いよ」

「ありがとう」

包みの重みは軽いのに、胸の内側が温かくなる。


――夜が、来る。


起動符を押し込み、結界杭の“押し返す”層を一段だけ強める。

宵闇が落ち、照明がひとつずつ灯る。

風が冷たくなり、柵の向こうで草の波が黒くうねる。

俺は自警団の二人と交代で東と北を巡り、杭を掌で確かめて歩いた。温もりは安定している。境は保たれている。


その時だ。

東の小道の先、結界の“外縁”に、ものの影が立った。


背の高い黒。月のない夜でも、暗闇の中で“暗さの形”として分かる黒。

風が止み、影も止まる。顔は見えない。フードか覆面か、輪郭だけが冷えている。

見張りの男が喉を鳴らし、鍬を握り直した。

俺は手のひらに起動符を忍ばせ、声をかける。


「そこは、これ以上は――入れない」


影は一歩、境に触れた。

結界がさざ波のようにゆらぎ、黒い外套の裾がわずかに跳ねた。

入れない。だが、確かめに来ている。杭の“歯”がどれほどか、あの黒は測っている。


沈黙ののち、影はふっと薄れて、草むらの闇に溶けた。

風が戻り、夜の虫の音が再び鳴きはじめる。

俺は結界杭に触れ、温もりの減りを確認する。大丈夫、まだ保つ。けれど、確かに“誰か”が触れた痕がある――皮膚の裏の温度が、ほんの少しだけ奪われていた。


「見張りを二人増やす。東の交代を早めに。――今夜は、目を離さない」


結界は働いた。

……だが、境の向こうに“黒装束の影”がいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ