第20話 さよならセトくん
というわけで、隠れ場所に良さそうなところを探すことにした。
セトくん曰く、見つかりにくくて、逃げやすくて、人が通りそうなところで、セトくんの探知に引っかかった人の様子を確認しやすい場所がいいのだとか。
「そんな都合いい場所があるのかなぁ? ていうか、どんな場所がそんな場所?」
ノノが疑問を口に出すと、セトくんは困り顔になる。
「僕も条件を挙げてみましたが、具体的にどんな場所が当てはまるのかと言われますと——どんなところになるんでしょうか?」
自分でもわからないらしい。
「見つかりにくそうで、逃げやすそうという条件に絞りましようか」
「そうだね」
少し歩いて。
「モモセさん!」
セトくんが叫んだ。同時に一方を見据えて指さした。
「いるの!?」
「はい」
建物の影に隠れた誰かが、セトくんの探知に引っかかった。
「何人?」
セトくんは建物の方をさしていた指を上に向けて、相手が1人であることを示す。
さっきのロープの男の子が戻ってきたのかもしれない。
「ブーメラーン!」
ノノはさっと右腕を上げて能力を発動させる。
「やる気ーー?」
ブーメランをいつでも投げられる体勢のまま、威嚇するつもりで言った。
「そちらは1人ですね? もしかして仲間を探しているんですか? 話し合う気があるなら、両手を上げて出てきてください」
探知範囲内にいる人の体格がざっくりとならわかるとセトくんが話していたことを思い出す。話し合いを提案するということは、体格でロープの男の子ではないと判断したのか。
「戦うつもりがないならば、そのまま立ち去ってください。見逃してあげますから」
一応2対1でこちらが有利なんだぞ、という前提での駆け引き。実際はセトくんは戦えないので、戦闘に突入したら戦うのはノノ1人、1対1になるけど。
向こうはセトくんの能力は知らないから——いや、言動からレーダーのようなものだと推察できちゃうか。
ノノは珍しく緊張する。
隠れている誰かはどうする?
穏便に済ませたいところだけど。
仲間になってくれるのならいいんだけど。
建物の陰からゆっくりと男の子が出てきた。
ぞわり、と。悪寒が走った。その男の子の姿を見た瞬間。
異様に痩せている。
不健康な白い肌。
目は爬虫類を思わせるものがある。
微笑を口元に浮かべている。
それが友好の印ではないことをノノは直感的に理解した。爬虫類を思わせる目は笑っていなかったから。
この人は敵だ。ノノたちを攻撃する気だ。両手を上げていないのは関係なしに直感した。
直感が走るが早いが、ノノは腕を振って叫んでいた。
「とりゃっ!!」
ノノ的に裂帛の気合いとともにブーメランを投げた。
相手の方から姿を見せてくれたのだ。何をするつもりか、どんな能力の持ち主なのかはわからないが速攻、先制攻撃あるのみ。
ブーメランは回転しながら痩せこけた男の子の方へと飛んでいく。
痩せこけた男の子はさっと建物の影に引っ込んだ。
ブーメランが何もない空間を通り過ぎていく。
「ありゃ」
思わず間抜けな声が漏れ出てしまった。
「モモセさん! 逃げましょう!」
セトくんが叫んだ。
「え?」
セトくんの言葉の意味するところがとっさに理解できなかった。
くるくる回るブーメランは前進を止めたかと思うと、持ち主であるノノの元へと吸い寄せられるように舞い戻り始めた。
ブーメランが痩せた男の子が身を隠した建物の横を通り過ぎる。
すると痩せた男の子が姿を現し、ブーメランを追いかけるように駆け出した。
「え?」
マイペースであるがゆえに物事に動じにくいノノもこれには面食らう。
痩せた男の子が近づいてくるのは多分、攻撃のため。能力の効果が届く距離まで近づくため。
能力の効果範囲に入ったら攻撃してくる。
一方のノノはブーメランが戻ってくるまで攻撃できない。
ブーメランの方が男の子の走るスピードよりは速いとはいえ、男の子が攻撃を繰り出してくる前に、戻ってきたのを再度投げるのが間に合うかわからない。
投擲武器の弱点——一度投げると武器を失う。
ブーメランは戻ってくるので繰り返し使えはするが、それでも戻ってくるまでの間は、丸腰になってしまう。
セトくんは痩せこけた男の子の狙いに気づいたからノノに逃げるように言ったのだ。
でも、ブーメランが。
「あ!」
ノノが走り出しても、どう動いても、ブーメランはノノの手元にすっぽり収まるように戻ってくるのだ。
軽いパニックになって、ブーメランの持つ特性が頭から抜け落ちてしまっていた。
「うん!」
ノノはセトくんに返事をして、痩せた男の子に背を向けて走りだそうとした。
セトくんはそれを見ていち早く駆け出した。いち早くといってもノノが逃げようとするまで待っていてくれたのだ。
ノノは、リレーのバトンを受け取る時のように、右手を後ろに出した姿勢で駆け出す。
まもなく掌にブーメランの重みが返ってきた。
逃げるのならデカくて重いブーメランは邪魔でしかない。すぐさま消して、全力疾走で逃げるのに専念するのみ。
そうしようとしたのに。
体のあちこちに走った激痛がそうさせてくれなかった。
ノノは顔を下げる。
黒いトゲが自分の体から生えている。
いや、地面から生えた黒いトゲがノノの肉体を貫いている。
これでやられるのはできればご免被りたかったのに。
むちゃくちゃ痛そうだったから。
実際、むちゃくちゃ痛かった。
まあ、仕方がない。
戦いを選んでしまった以上、こうなるのも。
痛いのが嫌なら、戦いを拒否するなら、いっそあの川に——ヒョウコさんが落とされたあの川にザブンと飛び込んでしまう手だってあったのだ。
溺れる苦しみを味わうこともないだろう、多分。落ちたら即リタイアって話だし。
全身水に浸かった時点で光になって消えるんじゃないかな。
なら、少なくともヒョウコさんは苦しまずにリタイアできたということ。
あの時、何もできず見ていたノノにとっては少しだけ救いになる話だ。
申し分けなく思う気持ちがあったのだ。
申し分けなさといえば、セトくんに対しても感じるべきだろう。
ノノを待っていてくれたから、すぐに逃げ出せなかったのだから。
そのせいで逃げ切れなかったらノノの責任だ。
どうか無事に逃げてほしい。
霞む目で、セトくんの走っていった方を見た。
転んでいた。
だめだこりゃ。
ノノ自身はこの結果に悔いはない。もっと適切な行動を取れただろうとは思うものの、それでも精一杯やったのだから。
ノノの意識は途切れた。
終わり




