第1話 灰色の街
気がつくとノノは見知らぬ場所に立ち尽くしていた。
どこ、ここ?
率直な疑問を持つ。
変な場所。視界に映る風景は灰色ばかり。
人の住む気配のない建物——灰色。
コンクリートの地面——灰色。
雲が覆った空?——灰色。
灰色だらけの世界、街。
うらぶれた街。
人に見捨てられた街。
廃墟の街
死んだ街。
幽霊でもいそうな街。
色んな言い回しが次々と浮かぶ。
なぜ、自分はこんな場所に気がついたら立っていたんだろう。
夢遊病ってやつかな?
寝ている間にふらふらと歩き出す病気があるらしい。
自分はその病気なのだろうか?
それならパジャマを着てるんじゃないかな?
普段着なので、夜寝ている間にベットを抜け出したわけじゃないはず。
髪だって、いつも通りツインテールに結んでいる。
それに——
ここにはノノ以外に4人の少年少女がいた。
男女2人ずつ。ノノを含めれば女の子は3人。
合計5人。
まさか、この5人が5人とも夢遊病なんてことはないはずだ。パジャマじゃないし。
夢遊病患者同士が5人も鉢合わせするなんてどんな確率だ。それも今までノノが訪れた覚えのない、こんなおかしな場所で。
一体ここはノノの家からどれだけ離れているんだろう?
ノノんちの近くにこんな場所があるはずない。
だから、相当離れた場所なのは確かなはずだ。
あれ?
そもそもノノは、ここにいる前はどうしていたんだっけ?
それがわかれば、ここにいる理由もわかるかな?
ほかの子たちは、ここにいる理由を知っているのかな。
見回すと、どうもそんな感じはしない。
みんな多分、ノノと同じ。突然この場所で気がついて困惑している。
おかっぱの女の子は、落ち着いているようにも見えた。でもキョロキョロしているから、やっぱりここがどこか、なぜ自分がここにいるのか、わかっていないのだろう。
話しかけてみようかと思った。
ここどこですか? なんでこんなところにわたしいるんですか?
尋ねても答えられる人はいなさそうだけど。
ギャルっぽい感じの女の子と勉強ができそうなメガネの男の子は何やら考え込んでいる。何やらも何もノノの抱く疑問と同じだろう。
みんなわからないのなら、聞いても無駄な気もするけど、黙っていても仕方がない。
話しているうちに思い出すこともあるかもしれないと考えたわけではないが、ノノは口を開いた。
「ねえ、ここどこ?」
距離的にはみんなそう変わらないけれども一番近い、丸刈りのオドオドした男の子に話しかけてみる。
安直にノノは野球少年だと考える。考えるというより半ば決めつけていた。
「えっと、わかんない」
野球少年(決めつけ)はそう言った。
答えられないと予想はついていたし、別に期待もしていなかったのでがっかりはしない。
「なんで、わたしたちこんなところにいるの?」
次の質問も解答は期待していない。
期待していなかった通りに、少年はそれもわからないと首を振った。
「なんだっけ? ここに来る前、わたし何をしていたんだったかな?」
質問というよりは独り言だった。
野球少年は質問と捉えたようだ。
「ええと、君はどうだかわかんないけど。おれはバスに乗っていた。夏期講習に参加するのに」
少年の言葉で思い出す。
「あ、そうか。わたしもそうだ。そうだった」
少年と同じに、夏期講習に向かうバスに乗っていた。
「ってことは、同じバスに乗ってたのかな?」
野球少年の顔を見る。
そういえば、なんとなく見覚えがある気がする。
深刻そうな顔のギャルちゃんとメガネくん、無表情なおかっぱの子を順繰りに見ていく。 やっぱりなんとなく見覚えがある。
ということは、みんな同じバスに乗っていた。
同じ目的で。夏期講習に参加するために。
それが何を意味するのか?
「ここが合宿所?」
「そんなわけないでしょ!」
ギャルっぽい子が言った。かなり強い調子で。
「アナタ、ここで気がつく直前のこと思い出せないの!?」
詰問するような言い方だ。なぜそんなきつめの言い方をするのか。きついというよりは焦っている。
「だから、バスに乗ってた」
「——バスに乗っていて、何が起こったの?」
先を促すように言う女の子。なにかを確認したいようにも思える。
どうも彼女はノノよりも詳しいことを思い出しているようだ。多分、その内容とノノの記憶が一致するかを確かめたいのだ。
「うーん。多分寝ちゃってたからなぁ。わたし、乗り物に揺られていると、すぐ眠くなるんだぁ」
お陰で乗り物酔いで気持ちが悪くなる体験をしたことがない。
車体が揺れて、気持ちが悪くなるような経験は。
でも、あれ?
そういえば、激しくバスが揺れたような。眠り込んでいるノノが眼を覚ますほどに。
揺れというよりも、激しいショックのような。
「なんかすごい衝撃があったような。それで目が覚めて——」
目が覚めて——
「なんかすごく痛かった気がする。怖かった気がする。寒かったような気もする」
季節を考えれば、ありえない寒気を感じた。
それよりもその前の痛みがなんなのだろうか。
「あ、おれも」
野球少年が言った。
ギャル女子は目を閉じて額を抑えていた。
目を開けると、メガネ少年の方を見る。
彼は何も言わずに、ただコクリと頷いた。
ギャル女子が続いて顔を向けたおかっぱの子も同じようにした。
「全員、概ね同じ体験したってことね」
「みんな寝てたら、何か起きたの?」
ノノは尋ねた。
「寝てはいないわよ!」
なんか苛々しているなぁ。カルシウム不足かな。
それとも受験疲れだろうか。バス内で寝ていなかっただけではなく、根本的に寝不足なのかもしれない。だとしたら、ちょっと軽い感じがするのとは違って、勉強熱心なのか。睡眠時間を削って参考書に向かっているのかもしれない。
でも——
「寝るのは大切だよ」
ノノの発言にギャル女子は呆気に取られた様子だが気にしない。
「結局、何が起きたの?」
ギャル女子の応答を待たずにノノは続ける。思ったことを口にしただけで、ギャル女子の睡眠時間を大して気にかけていたわけではない。
「事故が起きたのよ。おそらく。大きな事故が」
ギャル女子の口調は重い。
「ああ、そうか」
それであの衝撃かぁ。
納得納得。事故があったのなら、目が覚めるほどの衝撃があってもおかしくない。
バスに揺られて寝入っていたら、事故が起きて叩き起こされた。それでこの場所にいるわけか。
と納得しかけて、事故の発生はノノたちがこの場所にいる説明にならないと気づく。
気づいたのはそれだけではない。この状況には不審な点がある。
見知らぬ場所にいつの間にかいる状況がすでに不審な点だけど。
仮にバスのシートで眠っていたノノが事故で一度目が覚めて、また気を失って。意識がない間に誰かがなんの目的でかはわからないけど、ここにに移動させたのだとしてもだ。
やっぱり、不審というか、奇妙というか、おかしいというか、辻褄が合わないというか、説明ができていない点がある。
ノノの体にはなんの異常もない。かすり傷一つない。
服が破けたり汚れたりもしてない。
運良く、無傷で済んだのか。
それにしても家を出た時のままの格好で小綺麗なままというのも。
それにノノには、すごく痛い思いをしたという記憶があるのだ。怪我をしたはずだ。
どんな風に痛かったのか。
どこをどんな風に痛めたのか。
あまり思い出せない。
思い出したくない。
でも、痛みの記憶はそれがただ事でない大怪我であることを物語っていた。
なのに今、ノノの体には目に見える怪我どころか、痛いところなど全くない。
これは流石におかしい。
異常事態だ。
異常事態で非常事態だ。
ここに至ってノノも何か大変なことが起きているらしい、あるいは大変なことに自分が巻き込まれているらしいと認識した。
「どういうこと?」
ギャル女子は何か勘付いているようだったので聞いてみた。
その質問にギャル女子が答える前に、彼女とは別の声が聞こえた。
一瞬まだ喋っていない、声を聞いていない男女2人のうちどっちかが口を開いたのかと思った。
すぐにそれは違うと判断できた。
〈皆さま、こんにちは〉
その声は、空の上から聞こえていた。