表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/104

第18章

 丘の上から見える魔王城は、まさに絶望の象徴だった。


 黒い雲が城の上空に渦を巻き、まるで生き物のように蠢いている。

 城そのものは巨大な黒い石で造られており、無数の尖塔が天に向かって突き刺さっていた。

 城壁からは不気味な紫色の光が漏れ出しており、見ているだけで寒気が走る。


 周囲の大地は荒れ果てており、草一本生えていない。

 まるで生命力そのものが吸い取られたような、死の大地が広がっている。

 空気も重く、息をするたびに胸が苦しくなった。


「でかいな……」


 アルフレッドが小さく呟いた。

 彼の顔は緊張で強張っており、いつもの明るい表情は影を潜めている。


「魔力の密度が異常よ」


 エリーナが魔導書を開きながら分析した。

 彼女の手が小刻みに震えているのが見える。


「魔王の力は三幹部とは次元が違う。これまで戦ってきた敵とは、比較にならないわ」

「怖いよ……」


 ルナが俺の袖を掴んできた。

 普段は勇敢な彼女も、魔王城から放たれる邪悪な気配に圧倒されている。

 獣人特有の鋭い感覚が、危険を本能的に察知しているのだろう。


 俺も恐怖を感じていた。


 足が震え、手のひらには汗が滲んでいる。

 あの城の中で、俺たちは本当に勝てるのだろうか。

 今まで戦ってきた三幹部でさえ、それぞれが強大な力を持っていた。

 その上に君臨する魔王は、一体どれほどの力を持っているのだろう。


 しかし、それ以上に強い感情があった。


「あそこで戦いが終わる」


 俺の声は思ったより落ち着いていた。


「そうだな」


 アルフレッドが頷く。

 彼の碧い瞳に、再び闘志の炎が宿り始めていた。


「長い戦いだったが、ついに最後の敵と対峙する時が来た」

「勝てるかしら?」


 エリーナの声に不安が滲んでいる。

 知的な彼女だからこそ、魔王の力の恐ろしさを論理的に理解してしまっているのだ。


 俺は三人を見回してから、はっきりと断言した。


「俺たちには負けられない理由がある」

「理由?」


 エリーナが首をかしげる。


「この世界の人々を守ること。そして——」


 俺は仲間たちを一人一人見つめた。


「俺たちの絆を証明すること」


 アルフレッドが笑った。

 いつもの豪快な笑顔だった。


「お前、すっかり勇者らしくなったな。最初に会った時は、泣いてばかりいたのに」

「本当ね」


 エリーナも優しく微笑む。


「最初に会った時とは別人みたい。今のあなたは本当に頼もしいわ」

「お兄ちゃん、かっこいい!」


 ルナが俺に抱きついてきた。

 小さな身体が温かくて、緊張が少し和らいだ。


 俺の胸が熱くなった。


 この仲間たちとなら、どんな困難も乗り越えられる。

 どんな強敵が待っていても、きっと勝利できる。

 三幹部を倒してきた俺たちなら、魔王だって倒せるはずだ。


 しかし、心の奥で小さな不安がささやいていた。

 戦いが終わったら、俺はどうなるんだ。


 女神アリエルは言っていた。

 魔王を倒せば、俺の使命は完了する。

 

 そうしたら元の世界に帰るのだろうか。

 あの絶望的な現実世界に。

 父親の暴力と、学校のいじめと、誰からも愛されない孤独な日々に。


 この仲間たちと離れ離れになってしまうのだろうか。

 その不安を振り払うように、俺は勢いよく立ち上がった。


「行くぞ。最後の戦いに」


 三人も立ち上がる。

 みんなの表情には、恐怖よりも決意の方が強く表れていた。


「ああ」


 アルフレッドが剣の柄に手を置く。


「俺たちの冒険の集大成だ」

「みんなで一緒に戦いましょう」


 エリーナが魔導書を胸に抱く。


「絶対に勝つよ!」


 ルナが元気よく拳を握る。

 俺たちは丘を下り、魔王城に向かって歩き出した。


 足音が大地に響く。

 四人の足音が重なり合って、力強いリズムを刻んでいる。

 恐怖はあるが、それ以上に仲間たちがいることの心強さがあった。


「そういえば」


 歩きながらアルフレッドが口を開いた。


「魔王を倒したら、みんなでお祝いしようぜ。王都で一番高い酒場で、思いっきり騒ごう」

「いいわね」


 エリーナが微笑む。


「私も久しぶりに羽根を伸ばしたいもの」

「私、美味しいケーキが食べたい!」


 ルナが嬉しそうに飛び跳ねる。


 みんなが未来のことを話している。

 魔王を倒した後の、希望に満ちた未来を。


 俺も話に加わりたかったが、なぜか言葉が出なかった。

 本当に俺は、彼らと一緒にその未来を迎えることができるのだろうか。


「蒼真はどうする?」


 アルフレッドが俺に聞いてきた。


「俺は……」


 俺は言葉に詰まった。

 どう答えればいいのか分からない。


「みんなと一緒にいられたらいいな」


 やっと出た言葉は、曖昧なものだった。


「当然だろ」


 アルフレッドが俺の背中を叩く。


「俺たちは家族なんだから、ずっと一緒だ」

「そうよ」


 エリーナも頷く。


「私たちの絆は、魔王を倒したくらいで終わるものじゃないわ」

「お兄ちゃんは私の大事な家族だもん!」


 ルナが俺の腕に抱きつく。

 仲間たちの言葉が、胸に温かく響いた。

 きっと大丈夫だろう。

 魔王を倒した後も、俺たちは一緒にいられるはずだ。


 魔王城が徐々に大きくなってくる。

 城門は巨大で、表面には禍々しい彫刻が施されていた。

 衛兵の姿は見えないが、城全体から強大な魔力が放射されているのを感じる。


「着いたな」


 アルフレッドが剣を抜いた。


「準備はいいか?」

「ああ」


 俺も魔力を身体に巡らせる。


「みんな、怪我をしないように気をつけて」


 エリーナが心配そうに言った。


「お兄ちゃん、頑張ろうね」


 ルナが俺の手を握る。


 城門の前に立った時、俺は改めて仲間たちを見回した。

 アルフレッド、エリーナ、ルナ。

 この三人と出会えたことが、俺の人生で最大の幸運だった。

 

 もし魔王を倒した後、本当に元の世界に帰らなければならないとしても、この思い出は永遠に俺の心に残るだろう。


「行くぞ」


 俺は城門に手をかけた。

 重い扉がゆっくりと開いていく。

 城の中からは、さらに強い魔力の波動が流れ出してきた。


 運命の時が、ついに来た。

 俺たちは一歩一歩、魔王城の中へと足を踏み入れていく。


 最後の戦いが、今始まろうとしていた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ