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第17章

 荒廃した古戦場に、異様な静寂が漂っていた。


 かつてここで大きな戦いがあったのだろう。

 朽ちた武器や兵士の骨が地面に散らばり、崩れ落ちた城壁の残骸が不気味な影を作っている。

 

 空は鉛色の雲に覆われ、太陽の光がほとんど届かない。

 風もなく、鳥の鳴き声も虫の音も聞こえない。

 まるで世界から音が消えてしまったような、死の静寂だった。


 その中央に、一人の男が立っていた。


 虚無将ニヒル——魔王軍三幹部最強の存在。


 身長は二メートルを超え、痩せこけた体型をしている。

 全身を灰色のローブで包んでおり、顔は深いフードに隠されて見えない。

 ただ、フードの奥から赤い光がぼんやりと漏れているのが分かった。


 最も異様なのは、彼の周囲の空間だった。

 ニヒルの足元から半径十メートルほどの範囲で、あらゆるものが静かに消滅していく。


「来たな、勇者よ」


 ニヒルの声は空虚で、まるで遠い洞窟の奥から響いてくるようだった。

 感情というものが完全に欠落している、機械的な響きだった。


「全ては無意味。存在することに価値などない」


 その言葉と共に、ニヒルの周囲でより多くのものが消えていく。

 古い剣が錆となって崩れ、骨は粉となって消え去った。


「こいつ……物体の存在そのものを消している」


 エリーナが戦慄の声を上げた。

 彼女の顔は青白く、魔導書を握る手が震えている。


「理解できない……どうやってこんなことを?」

「理屈じゃねえ。気をつけろ、こいつは今までとは格が違う」


 アルフレッドが剣を抜きながら言った。

 彼の表情は今まで見たことがないほど緊張していた。

 騎士としての経験が、目の前の敵の危険性を本能的に感じ取っているのだろう。


「お兄ちゃん……怖い」


 ルナが俺の袖を掴んで震えている。

 彼女もニヒルの発する虚無の気配に圧倒されていた。


「大丈夫だ」


 俺は魔力を身体に巡らせながら言ったが、正直なところ、大丈夫という確信はなかった。

 ニヒルから感じる力は、今まで戦った敵とは次元が違う。


「無駄な抵抗だ」


 ニヒルが片手を上げた瞬間、戦闘が始まった。


「【虚無の領域】」


 ニヒルの周囲から、透明な波動が放射状に広がっていく。

 それは可視光線ではないが、確実に何かがそこにあることが分かった。

 空間そのものが歪んでいるような感覚だった。


「逃げろ!」


 アルフレッドの声と共に、俺たちは四方に散らばった。

 虚無の波動が俺のいた場所を通り過ぎると、そこにあった石塚が跡形もなく消失していた。

 音もなく、煙も出さず、ただ無になっていた。


「くそっ! 近づけない!」


 アルフレッドが剣を構えながら叫ぶ。

 彼の得意な接近戦が全く通用しない相手だった。


「【ファイアボルト】!」


 エリーナが炎魔法を放つが、虚無の領域に触れた瞬間、炎は消えてしまった。

 燃え尽きたのではない。

 存在そのものが無に帰したのだ。


「魔法も効かない!?」

「俺が行く!」


 俺は【ホーリーランス】を発動させた。

 青白い光の槍がニヒルに向かって飛んでいく。


 しかし結果は同じだった。

 光の槍は虚無の領域に触れた瞬間、まるで最初から存在しなかったかのように消失した。


「無駄だ。存在するものは全て無に帰す。それが我が力」


 ニヒルが感情のない声で言った。

 虚無の領域が徐々に拡大していく。

 最初は半径十メートルだったものが、今では二十メートル、三十メートルと広がっている。


「このままじゃ全部消されちゃう!」


 ルナが叫びながら、素早い動きで虚無の領域を避けている。

 獣人の身体能力でも、拡大し続ける虚無から逃げ続けるのは限界があった。


「何か方法は……」


 エリーナが必死に魔導書をめくりながら考えている。

 しかし虚無という概念そのものと戦う方法など、どんな本にも書かれていないだろう。


 俺たちは古戦場を駆け回りながら、虚無の領域から逃げ続けた。

 しかし逃げ場はどんどん狭くなっていく。

 このままでは全員が虚無に飲み込まれてしまう。


 その時、俺に閃きが走った。


「みんな、俺に力を貸してくれ!」


 俺は仲間たちに向かって叫んだ。


「虚無に対抗できるのは、存在の肯定だけだ!」

「存在の肯定?」


 エリーナが振り返る。


「そうだ! 俺たちが存在していること、生きていることを、全力で肯定するんだ!」


 俺は魔力を最大限に高めながら続けた。


「アルフレッド! 君の勇気を俺に!」

「分かった!」


 アルフレッドが俺に手を向けると、金色の光が俺に流れ込んできた。

 それは彼の持つ騎士としての勇気、正義への信念、仲間を守る決意の光だった。


「エリーナ! 君の知恵を!」

「はい!」


 エリーナからは青い光が俺に向かってきた。

 それは彼女の持つ知識への渇望、真理を追求する意志、魔法への愛の光だった。


「ルナ! 君の愛情を!」

「うん!」


 ルナからは暖かいピンク色の光が俺に注がれた。

 それは彼女の無邪気な愛情、家族への想い、生きることへの喜びの光だった。


 三つの光が俺の中で融合し、巨大なエネルギーとなって身体を駆け巡る。

 これは単なる魔力ではない。

 存在すること、生きること、愛することの素晴らしさを讃美する、純粋な肯定の力だった。


「【エグジスタンス・グローリー】!」


 俺の究極魔法が炸裂する。

 俺の全身から七色の光が放射され、古戦場全体を包み込む。

 それは虚無とは正反対の力——存在する全てを肯定し、讃美し、祝福する光だった。


 光が虚無の領域と衝突した瞬間、激しい共鳴が起こった。


「ぐああああああ!」


 初めてニヒルが苦痛の声を上げた。

 虚無の力が存在肯定の光によって中和され、消滅していく。


「馬鹿な……存在に意味があるなど……」


 ニヒルの身体が光に包まれ、少しずつ透明になっていく。

 しかし今度は虚無による消失ではない。

 彼自身の存在が、光によって浄化されているのだった。


「お前たちの絆……」


 消滅する直前、ニヒルの声に初めて感情らしきものが宿った。


「確かに美しい。だが——」


 最後の言葉は風に散り、ニヒルは完全に消えた。

 虚無の領域も消失し、古戦場に静寂が戻る。

 しかし今度は死の静寂ではなく、平和な静寂だった。

 空の雲も晴れ始め、久しぶりに太陽の光が地面を照らした。


「やったあああ!」


 ルナが飛び跳ねながら叫んだ。


「すげえぞ、蒼真!」


 アルフレッドが興奮した様子で俺の背中を叩く。


「今の魔法、素晴らしかったわ」


 エリーナが感動したような表情で俺を見つめる。


「あれは魔法というより、私たちの心そのものだったのね」


 俺は仲間たちを見回した。

 みんなで戦い、みんなで勝った。

 一人では絶対に不可能だった勝利を、四人の力を合わせて掴むことができた。


「次はいよいよ魔王だ」


 俺が言うと、三人の表情が引き締まった。


「ああ、最後の戦いだ」アルフレッドが頷く。

「怖くないの?」


 ルナが少し不安そうに聞いてきた。


「怖くない」


 俺は即答した。


「みんながいるから大丈夫」


 エリーナが微笑む。

 

「そうね。私たちには負けない力がある」


「俺たちなら何でもできる」アルフレッドも自信に満ちた表情を見せる。

「じゃあ、魔王城に行こうよ!」ルナが元気よく言った。


 俺たちは古戦場を後にして、最後の目的地である魔王城に向かって歩き始めた。


 魔王軍三幹部を全て倒した今、俺たちの実力は最強レベルに達している。

 どんな強敵が待っていても、きっと勝利できるだろう。


 夕日が俺たちの背中を押すように輝いていた。

 最終決戦の時が、近づいている。


 希望に満ちた足取りで、俺たちは最後の戦いに向かっていった。


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