第15章
洞窟全体が青白い氷に覆われており、壁面は鏡のように磨き上げられている。
天井からは氷柱が垂れ下がり、足音が反響して幻想的な音を奏でていた。
空気は凍りつくように冷たく、吐く息が白い雲となって消えていく。
その中央に立つ男は、異様なまでに美しかった。
身長は百八十センチほどで、すらりとした体型をしている。
漆黒の長髪が腰まで伸びており、まるで絹のように美しく流れていた。
顔立ちは貴公子然としており、整った鼻筋と切れ長の瞳が知性を感じさせる。
服装は深紫色のローブで、金糸で複雑な模様が刺繍されていた。
首元には銀色のペンダントを下げ、細い指には複数の指輪を嵌めている。
全体的に優雅で気品があり、まるで宮廷の貴族のような佇まいだった。
しかし、その美しさの奥に潜む冷酷さが、俺の背筋を凍らせた。
「ようこそ、勇者とその仲間たち」
レイヴェンの声は美しく、魅惑的だった。
まるで上質なワインのように滑らかで、聞いているだけで心を奪われそうになる。
「私は魔王軍三幹部の一人、孤独候レイヴェン。君たちの『絆』とやらを試させてもらおう」
レイヴェンが細い指を鳴らした瞬間、洞窟の氷が蠢き始めた。
ゴゴゴゴ……。
氷の壁が俺たちの間に立ち上がり、四人を別々の空間に分離してしまう。
透明な氷の壁越しに仲間たちの姿は見えるが、声は届かない。
「蒼真!」
「お兄ちゃん!」
「蒼真、どこだ!」
仲間たちの声が氷の壁に阻まれて、こもったように聞こえる。
必死に氷を叩くが、びくともしない。
「絆など所詮は幻想」
レイヴェンが俺の前に現れた。
その瞳は深い紫色をしており、まるで深淵を覗き込んでいるような錯覚に陥る。
「人は最後には一人になる。信頼も愛情も、すべては自分を慰めるための嘘に過ぎない」
「そんなことはない!」
俺は反論しようとしたが、レイヴェンが手をかざすと、俺の意識が朦朧としてきた。
「見るがいい。これが彼らの本心だ」
俺の周囲に幻術の映像が浮かび上がった。
最初に現れたのは、アルフレッドの姿だった。
彼は他の冒険者たちと酒場で話をしている。
「蒼真? あいつは足手まといなんだよ」
アルフレッドが吐き捨てるように言った。
「強い魔力は持ってるけど、戦闘経験が浅すぎる。いつも俺たちが守ってやらないといけないんだ。本当は一人で冒険したいくらいさ」
次にエリーナの映像が現れた。
彼女は図書館で一人、魔導書を読んでいる。
「蒼真は弱すぎるわ」
エリーナが独り言のように呟く。
「魔法の理論も理解できないし、戦術眼もない。私がいなければ何もできない役立たずよ。もっと優秀な人と組みたいのに……」
最後にルナの映像が現れた。
彼女は孤児院で泣いている。
「本当のお兄ちゃんじゃないもん」
ルナが涙を流しながら言った。
「血の繋がりもないし、本当の家族じゃない。寂しい時に慰めてくれるだけの人。本当のお兄ちゃんがいたらいいのに……」
レイヴェンが俺の耳元で囁く。
「どうだ? これが彼らの本心だ。君への同情、憐れみ、そして負担に思う気持ち。絆なんて所詮はその程度のものだ」
俺の心が激しく揺らいだ。
確かに俺は弱い。魔力は強いかもしれないが、戦闘経験は浅いし、いつも仲間に助けられている。
足を引っ張っているかもしれない——。
「そうだ。君は一人だ。いつだって一人だった。仲間なんて幻想に過ぎない」
俺の膝がガクガクと震える。
胸の奥が冷たくなっていく。
もしかして、みんな本当はそう思っているのではないだろうか。
俺なんかいない方が、みんな自由に冒険できるのではないだろうか——。
その時だった。
「蒼真! 聞こえるか?」
氷の壁の向こうから、アルフレッドの声が響いた。
「俺はお前を信じてる! 絶対に負けるな!」
「私たちはあなたを信じてる!」
エリーナの声も聞こえてくる。
「あなたは私たちの大切な仲間よ! 幻術に惑わされないで!」
「お兄ちゃん、負けちゃダメ!」
ルナの声も壁を越えて届く。
「私たちは本当の家族なんだから! お兄ちゃんがいなきゃ嫌だよ!」
仲間たちの声を聞いた瞬間、幻術の映像が揺らぎ始めた。
「馬鹿な……」
レイヴェンが動揺の色を見せる。
俺は立ち上がった。
「俺の仲間は、そんなことを言わない」
俺の声に力がこもる。
「確かに俺は弱いかもしれない。みんなに迷惑をかけることもあるかもしれない」
幻術の映像が次々と崩れていく。
「でも俺たちは本当の仲間だ。お互いを支え合って、守り合って、一緒に成長してきた」
俺の魔力が爆発的に増大した。
「絆は幻想なんかじゃない! 俺たちの心を繋ぐ、本物の力だ! 【ホーリーブレイク】!」
俺の光魔法が氷の壁を粉々に砕いた。
透明な破片が舞い散る中、仲間たちと再会する。
「やったね、お兄ちゃん!」
ルナが俺に飛び付いてきた。
「さすがだ、蒼真」
アルフレッドが俺の肩を叩く。
「あなたなら大丈夫だと思ってた」
エリーナも安心したような笑顔を浮かべる。
「みんな……」
俺の目に涙が浮かんだ。
幻術の中で見た映像とは正反対の、温かい笑顔がそこにあった。
「さあ、みんなで行こう!」
俺は三人に向かって手を差し出した。
「ああ!」
四人の手が重なり合う。
そこから光が放射され、洞窟全体を包み込んだ。
四人の魔力が融合し、巨大な光の輪となってレイヴェンに向かっていく。
「くっ……!」
レイヴェンが防御魔法を展開するが、絆の力の前には無力だった。
光の輪が彼を貫き、その美しい姿を光の粒子に変えていく。
「馬鹿な……絆が孤独に勝つなど……」
レイヴェンの声が次第に小さくなっていく。
「だが覚えておけ……」
消失する直前、彼の最後の言葉が響いた。
「最も深い孤独は、愛する者を失った時に訪れる……」
謎めいた言葉を残し、レイヴェンは完全に消えた。
氷の洞窟に静寂が戻る。
「やったな!」
アルフレッドが俺の背中を叩いた。
「今度は蒼真が先頭に立って戦ったな」
俺は頷く。
「みんながいるから、俺は強くなれる」
「私たちもよ。あなたがいるから、私たちも頑張れるの」
「そうそう! お兄ちゃんは私たちのリーダーだもん!」
リーダー。
その言葉に、俺は少し照れた。
確かに今日は、俺が先頭に立って戦った。
仲間たちを信じ、自分の力を信じて。
氷の洞窟を出ると、夕日が美しく空を染めていた。
「今日は良い温泉宿に泊まろう」アルフレッドが提案する。
「いいね!」ルナが手を叩いた。
「賛成よ」エリーナも頷く。
俺たちは肩を並べて歩いていく。
今日の戦いで、俺はまた一つ強くなった。
仲間への信頼を、より深く理解することができた。
しかし、レイヴェンの最後の言葉が心に引っかかっていた。
『最も深い孤独は、愛する者を失った時に訪れる』
その意味を、俺はまだ知らなかった。
ただ今は、仲間たちと一緒にいられる幸せを大切にしたかった。