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第14章

 王都ルミナリアは収穫祭で大いに沸いていた。


 街中が色とりどりの装飾で彩られ、メインストリートには無数の屋台が立ち並んでいる。

 赤や青、黄色の布が建物から建物へと張り巡らされ、風に揺れて美しく舞っていた。

 空気には焼きたてのパンの香り、甘いお菓子の匂い、そして祭り特有の興奮した人々の熱気が満ちている。


「すげぇ……」


 俺は祭りの賑わいに目を輝かせていた。


 石畳の道には老若男女が行き交い、みんな楽しそうに笑いあっている。

 子供たちは色とりどりの風船を持って走り回り、恋人同士は手を繋いで屋台を巡っている。

 どこからともなく聞こえてくる楽器の音色が、祭りの雰囲気を盛り上げていた。


「祭りは初めてか?」


 アルフレッドが俺に聞いてきた。

 今日の彼は普段の騎士装備ではなく、白いシャツに茶色いベストという軽装で、まるで普通の青年のようだった。

 金髪も綺麗に整えられており、祭りを楽しみにしている様子がよく分かる。


「ああ……今まで参加したことがなくて」


 現実世界でも、俺は祭りに参加したことがなかった。

 夏祭りがあっても一人で行く勇気はなかったし、父親が酔っ払って暴れるのを避けるために家に籠もっていることが多かった。


「じゃあ今日は思いっきり楽しもう!」


 ルナが俺の手を引いてきた。

 彼女は今日、薄いピンク色のワンピースを着ている。

 髪も普段のツインテールではなく、頭の上で可愛くお団子にまとめていた。

 獣人の耳にはピンクのリボンが結ばれており、まるでお人形のような愛らしさだった。


「お兄ちゃん、あっちにゲームの屋台があるよ!」

「その前に腹ごしらえだろ」


 アルフレッドが笑いながら言った。

 

 エリーナも今日は特別な装いをしていた。

 普段の魔法使いローブではなく、淡い水色のドレスを着ている。

 銀髪は編み込みにして横に流しており、知的な美しさがより際立って見えた。


 四人は屋台を回り始めた。

 最初に向かったのは、焼きたてのパンを売る屋台だった。


「いらっしゃい!」


 屋台の主人が俺たちを見つけて声をかけてきた。


「じゃあこの焼きたてのやつを四つ」


 アルフレッドが注文する。

 温かいパンを受け取ると、甘い香りが鼻をくすぐった。

 一口かじると、外はカリッと中はふんわりとしていて、ほんのり甘い生地が口の中に広がる。


「美味しい……」

「でしょ? この店のパンは王都一って評判なのよ」


 エリーナが微笑んで教えてくれた。

 次に向かったのはゲームの屋台だった。

 的当てゲームで、弓で的を射抜くと景品がもらえるというものだ。


「俺がやってみる」


 アルフレッドが挑戦したが、意外にも外してしまった。


「あれ? おかしいな……」

「普段と弓の種類が違うのよ。重心の位置とか、弦の張り具合とか」

「じゃあ俺が」


 俺も挑戦してみたが、これも外れてしまった。


「私の番だね!」


 ルナが弓を構えると、見事に的の中心を射抜いた。


「さすが!」

「やったー! お兄ちゃん、これあげる!」


 景品の小さなぬいぐるみを俺に手渡してくれた。

 それは白い子犬のぬいぐるみで、とても愛らしかった。


「ありがとう、ルナ」


 その後も俺たちは様々な屋台を回った。

 綿菓子を食べたり、輪投げをしたり、民族舞踊を見たり。

 俺は初めて味わう「祭り」の楽しさに心を躍らせていた。


 こんなにも楽しい時間があるなんて、今まで知らなかった。

 仲間たちと一緒に笑い合い、美味しいものを食べ、同じ時間を共有する喜び。


「蒼真、楽しそうね」


 エリーナが俺の隣を歩きながら言った。


「ああ……本当に楽しい」

「良かった。あなたの笑顔を見ていると、私も嬉しくなるわ」


 夜になると、祭りはさらに盛り上がりを見せた。

 街の明かりが灯され、提灯の温かい光が路地を照らしている。

 音楽もより賑やかになり、広場では人々が手を取り合って踊っていた。


「おお、始まるぞ!」


 アルフレッドが空を指差した。


 ヒュルルルル……。


 高い音を立てて、一発の花火が夜空に舞い上がった。


 ドーン!


 大きな音と共に、花火が夜空で美しい花を咲かせる。

 赤、青、黄、緑……色とりどりの光が闇夜を彩り、見上げる人々の顔を幻想的に照らしていた。


「綺麗……」


 俺は首が痛くなるほど空を見上げていた。

 現実世界でも花火は見たことがあったが、これほど間近で、これほど美しく見るのは初めてだった。


「蒼真」


 エリーナが俺の隣にやってきた。

 花火の光が彼女の銀髪を七色に染めており、まるで天使のように美しく見えた。


「なに?」

「あなた、最近とても幸せそうね」

「そうかな?」

 

 エリーナが微笑む。


「最初に会った時の暗い表情が嘘みたい。今のあなたは本当に輝いて見える」


 確かにその通りだった。

 あの時の俺は死ぬことばかり考えていて、笑顔なんて作ることもできなかった。

 それが今では、心の底から笑うことができる。


「私……」


 エリーナが少し躊躇いがちに口を開いた。


「あなたといると心が安らぐの。図書館で一緒に過ごした時間も、今日みたいに祭りを楽しむ時間も……全部が特別に感じられる」


 そう言いながら、エリーナが俺の手を取った。

 彼女の手は温かくて、柔らかくて、少し震えていた。


「俺も……エリーナといると特別な気持ちになる」


 俺も正直に答えた。

 胸の奥で何かが熱くなっている。


 二人の距離が少しずつ縮まっていく。

 花火の光が俺たちを照らし、ロマンチックな雰囲気を演出していた。


「お兄ちゃーん!」


 その瞬間、ルナが俺たちの間に割り込んできた。


「私も私も! お兄ちゃんと一緒にいると幸せ!」


 ルナが俺の腕に抱きついてくる。

 エリーナとの良い雰囲気は台無しになってしまったが、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「よお、盛り上がってるな」


 アルフレッドも合流してきた。手には焼き鳥の串を持っている。


「花火、綺麗だな」

「ああ」


 俺たち四人は花火を見上げながら肩を寄せ合った。

 次から次へと打ち上げられる花火が、夜空に美しい絵を描いていく。

 周りでは人々の歓声が上がり、祭りの興奮は最高潮に達していた。


「ずっとこのままでいられたらいいのに」


 俺が何気なく呟くと、三人が振り返った。


「こんな平和で幸せな時間が、永遠に続けばいいのに」

「絶対にずっと一緒だよ! 私たちは家族なんだから、離れ離れになんてならない!」

「当たり前だろ。俺たちは仲間だ。どんなことがあっても、一緒に乗り越えていく」


 俺は心の底から幸せだった。

 これ以上の幸福は想像できないほどに。


 仲間がいて、家族がいて、愛する人がいて……こんな完璧な人生があるなんて、少し前まで信じられなかった。

 大きな花火が夜空で炸裂し、金色の光が雨のように降り注ぐ。

 その美しさに、俺たちは言葉を失って見とれていた。


「最高だ……」


 俺は呟いた。

 この瞬間を、永遠に心に刻み込んでおきたかった。

 四人で過ごす、この完璧に幸せな時間を。


 花火の最後の一発が空に舞い上がり、王都の夜空を黄金色に染めた。

 その光の中で、俺たち四人は幸せそうに微笑んでいた。


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