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第13章

 暗黒の森の奥深く、古代遺跡の最深部で、巨大な影が俺たちの前に立ちはだかった。


「来たな、勇者よ」


 低く、地の底から響くような声が石造りの広間に反響する。

 その姿は圧倒的だった。

 身長は三メートルを優に超え、全身が漆黒の鎧に包まれている。


 鎧の表面には禍々しい紋様が刻まれており、微かに赤い光を放っていた。

 兜からは二本の角が生えており、その隙間から覗く瞳は血のように赤く光っている。


 右手には巨大な戦斧を持ち、左手には人間の頭蓋骨を模した盾を構えていた。

 足音一つで石床が震動し、その存在感だけで周囲の空気が重くなる。


 古代遺跡の広間は円形で、天井は高くドーム状になっている。

 壁面には古代文字が刻まれており、床には複雑な魔法陣が描かれていた。

 たいまつの炎が不気味に揺らめき、ゴルザークの巨体に踊る影を作り出している。


「気をつけて!」


 エリーナが魔導書を開きながら警告した。

 彼女の顔は青白く、額には汗が浮かんでいる。


「すごい魔力よ……今まで感じたことのない邪悪な力」

「お兄ちゃん、怖い……」


 ルナが俺の袖を掴んで震えている。

 普段は勇敢な彼女も、ゴルザークの圧倒的な存在感に怯えていた。


 アルフレッドが剣を抜いて構える。

 しかし彼の手も、わずかに震えているのが分かった。


「一ヶ月前の俺なら、きっと逃げ出していただろう」


 俺は仲間たちの前に出た。


 あの時の俺は弱くて、臆病で、何もできない人間だった。

 誰かを守るなんて考えもしなかった。

 自分が生きることで精一杯だった。


 でも今は違う。


「俺がみんなを守る」


 俺は魔力を身体に巡らせながら、ゴルザークを見据えた。

 俺はこの一か月、魔王軍との戦いで確実に成長していた。


「おまえは何者だ!」

「我は絶望公ゴルザーク。魔王軍三幹部の一角。そして……貴様らに絶望を教える者」


 ゴルザークが戦斧を振り上げた瞬間、戦闘が始まった。


「【ダークボルト】!」


 ゴルザークの手から漆黒の魔力が放たれる。

 それは稲妻のような形をしているが、光ではなく暗闇そのものだった。


「散開!」


 アルフレッドの指示で、俺たち四人は左右に分かれた。

 闇の魔法が俺たちがいた場所を貫き、石床に大きな穴を開ける。

 その威力は想像を絶していた。


「【ファイアボルト】!」


 エリーナの炎魔法がゴルザークに向かって飛んでいく。

 しかし漆黒の鎧に炎が当たると、まるで水に消されるように消失してしまった。


「無駄だ、小娘」


 ゴルザークが嘲笑う。


 ルナが影のような速さでゴルザークの背後に回り込み、短剣で攻撃を仕掛ける。

 しかし刃は鎧に弾かれ、火花を散らすだけだった。


「【シールドバッシュ】!」


 ゴルザークが盾でルナを吹き飛ばす。

 小さな身体が宙を舞い、壁に叩きつけられた。


「ルナ!」

「大丈夫……」

「次は俺が行く!」


 アルフレッドが勇敢にも正面からゴルザークに斬りかかった。

 剣技は完璧で、鎧の隙間を狙った精密な攻撃だったが——。


 ガキィン!


 剣が鎧に当たって大きな音を立てるが、傷一つつかない。


「くそっ!」


 アルフレッドが後退しながら悔しそうに呟く。


「お前たちの攻撃では我の鎧は破れん」

 

 ゴルザークが戦斧を構える。

 その瞬間、周囲の空気が異常に重くなった。


「アルフレッド、下がれ!」


 俺は全身に魔力を集中させ、右手を前に突き出した。


「【ホーリーランス】!」


 青白い光の槍がゴルザークに向かって飛んでいく。

 以前のオーク戦の時よりもはるかに大きく、強力な魔法だった。


 光の槍がゴルザークの胸に命中し、爆発的な光を放つ。しかし——。


「その程度か?」


 煙が晴れると、ゴルザークは無傷で立っていた。

 鎧には小さな焦げ跡がついているだけで、致命傷には程遠い。


「絶望を教えてやろう」


 ゴルザークが戦斧を地面に突き立てると、そこから禍々しい魔力が放射状に広がっていく。


「【絶望の波動】!」


 それは物理的な攻撃ではなく、精神に直接作用する魔法だった。

 黒い波動が俺たちを包み込んだ瞬間、過去の記憶が鮮明に蘇ってきた。


 父親の暴力、学校でのいじめ、誰からも愛されない孤独感、死を願った絶望的な夜——。



「動けない……」アルフレッドが膝をついた。

「心が……重い」エリーナも魔導書を落とした。

「お兄ちゃん……」ルナが涙を流しながら座り込んだ。


 絶望の波動は確実に俺たちの心を蝕んでいく。

 過去の辛い記憶が現在の幸せを覆い隠そうとしていた。


 しかし——。


 俺は立ち上がった。


「確かに俺は絶望していた」


 俺の声が広間に響く。


「毎日が辛くて、生きている意味が分からなくて、死ぬことばかり考えていた」


 ゴルザークが興味深そうに俺を見つめる。


「でも今は違う!」


 俺の心に、仲間たちとの思い出が蘇ってきた。

 初めてアルフレッドと握手した時の温かさ。

 エリーナと図書館で過ごした静かな時間。

 ルナと約束した家族の絆。

 一緒に笑い合った夜——。


「みんながいるから、俺は絶望しない!」


 俺の魔力が爆発的に増大した。

 それは今まで感じたことのない、純粋で強力なエネルギーだった。


 俺の全身から眩いばかりの光が放射される。

 それは絶望の波動を打ち消し、仲間たちを包み込んだ。


 光に触れた瞬間、三人の表情が変わった。

 過去の辛い記憶は消えないが、それを上回る現在の幸せが心を満たしていく。


「ありがとう、蒼真」アルフレッドが立ち上がった。

「私たちには仲間がいるものね」エリーナも微笑んだ。

「お兄ちゃん、すごい!」ルナも元気を取り戻した。


 俺の光魔法は更に強くなり、ゴルザークをも包み込んでいく。


「ぐああああ!」


 初めてゴルザークが苦痛の声を上げた。

 希望の光が彼の邪悪な力と対立し、激しく共鳴している。


 やがて光が収まると、ゴルザークの姿は薄くなり始めていた。


「……見事だ、勇者よ」


 ゴルザークの声に、初めて敬意が込められていた。


「だが覚えておけ、勇者よ……」


 彼の姿が完全に消失する直前、最後の言葉が響いた。


「真の絶望は、希望を知った後に来る……」


 謎めいた言葉を残し、ゴルザークは光の粒子となって消えていった。

 戦闘が終わり、古代遺跡に静寂が戻る。


「やったな!」


 アルフレッドが俺の背中を叩いた。


「すごかったわ、蒼真」エリーナも感心している。

「お兄ちゃん、格好良かった!」ルナが俺に抱きついてきた。


 四人は自然と抱き合って、勝利を喜んだ。


 この一ヶ月で、俺は確実に成長していた。

 剣や魔法の腕前だけでなく、精神的にも強くなっていた。

 仲間を守りたいという気持ちが、俺を強くしてくれたのだ。


 しかし、ゴルザークの最後の言葉が気になっていた。


「真の絶望は、希望を知った後に来る」


 その意味を、俺はまだ理解していなかった。

 ただ今は、仲間たちと一緒にいられる幸せを噛み締めていたかった。


 夕日が遺跡の窓から差し込み、四人の影を長く伸ばしていた。

 

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