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第12章

 ルナに連れられて訪れたのは、王都の一角にある小さな孤児院だった。

 「聖母マリアの家」と書かれた看板が掲げられた二階建ての建物は、確かに古いが温かい雰囲気に満ちている。

 石造りの外壁には蔦が絡まり、小さな花壇には色とりどりの花が咲いていた。


「ここが私の育った場所だよ」


 ルナが振り返って俺に微笑んだ。

 今日の彼女は普段の冒険者装備ではなく、薄いピンク色のワンピースを着ている。

 赤い髪を三つ編みにして、まるで本当の少女のような可愛らしい姿だった。


 玄関の扉を開けると、中から子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。


「ルナお姉ちゃん、お帰りなさい!」


 小さな子供たちが一斉にルナに群がってきた。

 年齢は様々で、五歳くらいの幼児から十歳前後の子供まで、十人ほどがルナの周りに集まっている。


「みんな、ただいま!」


 ルナの顔が輝いた。

 普段の元気な表情とはまた違う、心の底からの優しい笑顔だった。

 その瞬間、俺は彼女の新たな一面を見た気がした。


「お土産ある?」

「また冒険の話聞かせて!」


 子供たちが口々に話しかける中、ルナが俺の方を振り返った。


「みんな、紹介するね」


 ルナが俺の手を引いて、子供たちの前に連れ出した。


「私のお兄ちゃんよ!」

「本当のお兄ちゃん?」


 茶色い髪の男の子が首をかしげながら聞いた。


「違うよ。でも本当よりも大事なお兄ちゃん!」


 子供たちは俺を興味深そうに見つめてきた。

 その純粋な瞳に見つめられて、俺は緊張してしまう。

 子供と接した経験なんて、ほとんどないのだ。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん」


 ルナが俺の手を握って安心させてくれる。


「みんないい子だから。お兄ちゃんも優しいから、きっと仲良くなれるよ」

「お兄ちゃんって呼んでいいの?」


 金髪の女の子が上目遣いで俺を見た。


「もちろん」


 俺は微笑んで答えた。


「俺の名前は蒼真。よろしくな」

「そうま!」

「そうまお兄ちゃん!」


 子供たちが嬉しそうに俺の名前を呼ぶ。

 その無邪気な声に、俺の緊張も徐々に和らいでいった。


 孤児院の中は清潔で温かかった。

 古い家具が大切に使われており、壁には子供たちが描いたらしい絵がたくさん貼ってある。

 暖炉には火が灯されており、部屋全体が優しい光に包まれていた。


「ルナ、お帰りなさい」


 奥から中年の女性が現れた。

 シスターの服を着た、母親のような優しい雰囲気の女性だった。


「マザー・テレサ、ただいまです」


 ルナが深々と頭を下げる。


「こちらは私の仲間の蒼真お兄ちゃんです」

「初めまして。蒼真と申します」


 俺も丁寧に挨拶した。


「ルナがいつもお世話になっています。この子たちにとって、ルナは本当の姉のような存在なんです」


 俺は子供たちと過ごす時間の中で、ルナの別の顔を見ることができた。

 年下の子供たちの面倒を見る時の彼女は、普段の元気いっぱいの少女とは少し違っていた。

 時には厳しく、時には優しく、まるで本当の姉のように子供たちに接している。


「だめよ、ちゃんと手を洗ってから食べなさい」


 汚れた手でパンを食べようとした男の子を、ルナが優しく諭す。


「はーい」


 男の子は素直にルナの言うことを聞いて、洗面所に向かった。


「ルナお姉ちゃん、これ見て!」


 女の子が描いた絵を見せると、ルナは心から褒めてあげる。


「すごく上手ね! お花がとても綺麗に描けてるわ」


 子供たちの顔が嬉しそうに輝く。

 ルナの言葉一つ一つが、彼らにとって大きな励みになっているのがよく分かった。


「ルナはすごいな」


 俺は彼女に感心して言った。


「何が?」

「こんなにたくさんの子供たちから慕われて」

「そんなことないわよ。みんなが可愛いから、私の方が癒されてるの」


 それから俺たちは子供たちと一緒に遊んだ。

 鬼ごっこをしたり、お絵描きをしたり、本を読んであげたり。

 普段の冒険とは全く違う、穏やかで温かい時間だった。


 夜になって子供たちが眠りについた後、ルナと俺は孤児院の小さな庭で話をした。


「お兄ちゃん」


 ルナが俺の隣に座って話しかけてきた。


「今日はありがとう。みんな、お兄ちゃんを気に入ったみたい」

「俺の方こそ楽しかった。子供たちと遊ぶなんて、初めての経験だったから」

「そうなの?」

「ああ。俺には兄弟もいないし、親戚の子供とかとも付き合いがなかったから」


 ルナの表情が少し寂しそうになった。


「でも今は違うわね」

「そうだな」

「家族って血の繋がりじゃないんだよ」


 ルナが真剣な表情で言った。


「心の繋がりなの。一緒にいて安心できて、お互いを大切に思えて、困った時には支え合える……そういう関係が家族だよ」


 俺の胸に深く響く言葉だった。

 確かにその通りだ。

 血の繋がった父親からは愛情を感じたことがない。

 むしろ暴力と憎悪しかなかった。


 それに比べて、ルナやアルフレッド、エリーナからは無条件の愛情を感じる。


「お兄ちゃん、私たちも家族よね?」


 ルナが上目遣いで俺を見た。

 琥珀色の瞳が、月光を反射してキラキラと光っている。


「もちろん」


 俺は迷わず答えた。


「嬉しい!」


 ルナが俺に抱きついてきた。

 小さな身体が俺の胸に当たり、温かい体温が伝わってくる。

 獣人特有のふわふわした毛の感触も心地よかった。


「私、ずっとお兄ちゃんが欲しかったの」


 ルナの声が少し震えている。


「孤児院にいる時も、冒険者になった時も、いつもお兄ちゃんがいたらいいなって思ってた」

「俺も……」


 俺も声が震えた。


「妹がいてくれてよかった」


 ルナの無邪気な愛情が、俺の心の傷を癒していく。

 現実世界で受けた心の傷、誰からも愛されなかった寂しさ、そういったものが少しずつ溶けていくような感覚だった。


「お兄ちゃん、約束して」


 ルナが俺を見上げて言った。


「何を?」

「ずっと一緒にいて。私たちの家族でいて」


 その言葉に、俺の目に涙が浮かんだ。

 ずっと一緒にいる。

 それは俺が最も望んでいることだった。

 

 この温かい関係が永遠に続いてほしい。

 この幸せが失われることなんて、考えたくもない。


「約束する」


 俺は力強く頷いた。


「俺は君たちの家族だ。ずっと、永遠に」

「本当?」

「本当だ」


 ルナの顔に、満面の笑みが浮かんだ。

 その笑顔は、俺がこの世界で見た中で最も美しい笑顔だった。


 夜風が二人を優しく包んでいく。

 孤児院の窓からは、子供たちの安らかな寝息が聞こえてきた。


 俺はこの瞬間を、心に深く刻み込んだ。

 家族という概念を、初めて理解した夜として。


 そして、絶対に守りたいものを見つけた夜として。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「大好き」


 ルナのその言葉が、俺の心を完全に満たした。

 俺も彼女を、心の底から愛していた。


 血の繋がりなんて関係ない。

 心と心で結ばれた、本当の家族として。

 月明かりの下で、俺たちは静かに抱き合っていた。

 

 永遠に失いたくない、かけがえのない絆を確認しながら。

 

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